スパコン「富岳」の成功と将来

初回放送日: 2023年4月12日

「スパコン『富岳』の成功と将来」松岡 聡(理化学研究所 計算科学研究センター長)

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松岡聡「スパコン『富岳』の成功と将来」

理化学研究所 計算科学研究センター長 松岡 聡

1.はじめに
「富岳」というスパコンについて、その世界ランキングやコロナウイルス対策への貢献などの意義を解説し、科学や社会の発展、また、現実空間と仮想空間が一体となり、さまざまな社会問題の解決と経済発展を実現する社会である「ソサイエティ5.0」に向けた、社会における「富岳」の役割と、日本のスパコンの将来、特に「FugakuNEXT」について考察します。

2. 「富岳」と世界ランキングの意味とは?

「富岳」は、日本が開発した最先端のスーパーコンピュータで、理化学研究所と富士通が共同開発しました。「富岳」は独自開発のCPUであるプロセッサ「A64FX」を搭載していますが、これはスマホなどに用いられるCPUと完全なソフトウェア互換性を持ちつつ、スパコン用の高いエネルギー効率と処理能力を実現しているものです。2020年6月に発表されたスパコンの主要世界ランキングで「富岳」はすべて世界ランキング1位に輝き、現在でもいくつかのランキングでは一位、それ以外でもトップ3を維持しています。「富岳」が一部でなく全てのランキングで高い評価を受けていることは、実際の利用におけるその柔軟性と応用範囲の広さを示すものであり、スパコンに代表される高度ITにおける日本の技術力や競争力を世界にアピールするための大きな要素です。

3. 「富岳」の様々な科学技術分野での活躍

「富岳」は気候モデリング、地震予測、薬物開発、新素材開発など多くの分野で成果を上げています。新型コロナの飛沫シミュレーションで感染拡大防止策の効果を評価し、新物質や新材料の発見でSDGs達成に貢献しています。気候・環境・災害シミュレーションでは気候変動や地震リスクの評価が可能で、産業利用では航空機や自動車の設計最適化や都市のエネルギー効率向上が期待されます。AIやデータ解析で画像認識や自然言語処理の進歩を加速し、医薬品開発や量子コンピューティングの研究を支援しています。さらに、スマートシティでは都市の持続可能性や効率性の向上に貢献することが期待されています。「富岳」はこれらの分野でイノベーションを促進し続けるでしょう。

4. 「富岳」はなぜ成功したのか?「富岳」成功のストラテジー
「富岳」のこのような成功は、単に世界トップクラスのスパコン向けのCPUを開発した結果であるだけではありません。むしろ、理研・富士通をはじめとして、次のような新しい世代のスパコンの研究開発や活用のストラテジーを日本のスパコンのコミュニティが計画し、それらを確実に遂行したことが大きいと思います。

●柔軟性と拡張性: 「富岳」は、単に性能が高いだけでなく、多様な計算タスクに対応できるように設計されています。そのため、異なるアプリケーションや計算ニーズに対応することができる柔軟性と拡張性を持っています。「富岳」では、スマホやPCと同じソフトウェアが動く汎用性を兼ね備えるように設計されています。

● オープンソース技術の活用: 従来の日本のスパコンは独自のソフトウェアを用いることが主流でしたが、現代のスパコンでの主流は、クラウドなどと同様に、オープンソース技術を活用してプラットフォームの構築や拡張・改善を行うことが主流です。「富岳」では、一般ITとの高い互換性を活かし、それら多くのオープンソースのソフトウェアが有効に活用できるようなソフトウェアの管理体制を築いています。

●アプリケーション開発と人材育成: 「富岳」は、単にシステムを開発しただけでなく、同時にアプリケーション開発と人材育成を重視しました。特に、「富岳」が研究開発されるのと同時に、9つの重点的な科学技術の分野において、「富岳」が完成した暁に丁度それを活用する科学研究や、そのためのアプリケーションが準備されるように同時に研究開発が行われました。これにより、「富岳」が持つポテンシャルを最大限に引き出すことができています。

● 産官学連携: 「富岳」の研究管理や運用・更なる高度化においては、産業界、政府、学術機関が連携して取り組んでいます。これにより、異なる分野や業界からの視点が組み合わさり、ソサイエティ5.0実現のためのより革新的なアイデアやソリューションが生まれる可能性が高まります。理研は、ソサイエティ5.0の産官学連携オフィスを「富岳」の稼働とほぼ同時に設立するなど、その体制を推進し、その結果、「富岳」の全てのプロジェクトの6割で産業の参加がある状況となっています。

●社会課題への対応: 「富岳」は、ソサエティ5.0達成の目標である多くの社会課題への対応を重視しています。例えば、新型コロナウイルスに対する対策や、気候変動に関連するシミュレーション、災害の被害予測など、様々な社会課題への解決策を提供することを目指しています。すでに多くのSDGsに纏わる社会的課題が「富岳」によって解決に向けた進化を遂げています。

●クラウドコンピューティングとの統合: 「富岳」は、クラウドコンピューティングの基盤としても活用されることが期待されています。これにより、企業や研究機関がスパコンのリソースをリモートで簡単に利用できるようになり、より多くのユーザーが高性能コンピューティングの恩恵を受けることができます。「富岳」では、複数のクラウド事業者と連携し、「富岳」プロジェクトの成果が幅広く世の中で活用できる体制を築いています。

●グリーンITの推進: 「富岳」は、省エネルギーと高性能を両立させることを目指して開発され、実運用では最もエネルギー効率の高いスパコンの一つとして、グリーンITの推進にも貢献しています。更に、昨今の電力危機に対応するために、10-15%程度の効率改善を本年度達成しています。

これらのプラットフォーム戦略を通じて、「富岳」は多様なアプリケーションでの活用が期待されており、さまざまな分野でのイノベーションを促進することができるでしょう。

5. 「富岳」およびスパコンの将来
最後に「富岳」およびスパコンの将来を述べたいと思います。
スーパーコンピュータの進化は速いため、「富岳」もいずれ他のスパコンに遅れを取る可能性があります。そのため、次世代スパコンの開発が継続的かつ積極的に行われるべきです。理研では、「富岳」の後継機たる次世代スパコン「FugakuNEXT」へむけた研究開発を行っています。その中で我々が今後重要だと考えているのは、次の点です。

●国家プロジェクトとしての高性能IT技術の研究開発:トップレベルスパコンの開発は高性能IT技術の開発でもあり、イノベーションのためには国家プロジェクトとして支援されることが望ましく、国全体で競争力を高めることができます。
●人材育成:ハードウェア、ソフトウェア、アプリケーションの研究開発に必要な人材育成をプロジェクトの主要目的とし、次世代IT分野や応用分野でのノウハウを蓄積することが重要です。
●国際協力:現代のITの技術やサプライチェーンは、国際的になっています。他国と連携し、知見や技術を共有することで、効率的かつ効果的な開発が可能となるだけでなく、逆に日本の技術が世界進出していくカギともなります。
●産官学連携の強化:大学、研究機関、企業が連携し、知識や技術を共有することで、新たな研究成果や技術開発が促進されます。
●新しい計算技術の探訪:CPUの進化の限界に対処するため新たな計算の探訪を行うことも大切です。例えば、量子コンピュータとスパコンを組み合わせる研究開発は、それぞれの得意分野を生かす形で、両方の進化の加速を促します。

今後の「富岳」の進化、さらにそれに続く次世代スパコンの開発は、社会や産業に大きな影響を与え、経済発展や国際競争力の向上につながっていくでしょう。今後、私自身も大いにそれに貢献していきたいと思っています。