テーマ⑥ 子育て 番外編~番組でご紹介しきれなかった説法 part1~

NHK
2022年1月7日 午後10:30 公開

お坊さんの説法には生きる知恵がたくさんつまっている。

ここでは、『子育てで我が子との向き合い方に悩んでいる』・・・

そんなときに聞くと心が楽になるような4人の説法をご紹介します。

【臨済宗 桂紹寿さんの説法】

以前、「ご夫婦の間にお子さんが生まれたからといって、すぐに親になれるわけじゃないんだよ」という興味深いお話をお聞きしたことがございます。じゃあいったい親になるのはいつなのかといいますと、“子の苦しみが自分の苦しみになって、子供の喜びが自分の喜びになったとき”に初めて親になれるんだそうです。

大なり小なり、私たちはきっと「私が私が」っていう自分自身に対する執着を持っているわけですよね。この「私が」という気持ちが、「私も、あなたも」という気持ちになったときに親になれるんだそうです。これを『慈悲の心』っていうんですけれども、慈悲の「慈」という字は楽を与えるという意味です。慈悲の「悲」という言葉は、苦しみを取り除くことです。これを『抜苦与楽』と仏教ではいいまして、自分の子供だけではなくて、全ての生きとし生きる生き物、それに対して同じような気持ちを持つことが『大慈大悲』といって、仏様の心なんです。

こういう気持ちでお子さまに接すればええんですけれども、なかなかそういかないところに人間の愚かさがあるんだと思うんです。それはそれで仕方がないことだと思います。だってね、人生には予行練習なんてないんですよね。いつもぶっつけ本番で生きてるんですから、ですから初めからうまいこといくことなんてないんですよ。迷いながら、失敗しながら、お子さんと一緒に成長していっていければいいんじゃないかなと思うんですね。

ただし、いくら口で偉そうなこととか、もっともらしいことを子供に言ったとしても、それは絶対に伝わらないです。子供というのは親の背中を見て育つなんていいますけれども、親である自分自身が毎日の何気ない生活の中で丁寧に一生懸命生きることが、実は子育ての中で一番大事なことなんじゃないかなと思います。

【日蓮宗 三木大雲さんの説法】

ある男性が私のお寺へ来られてこんな話をされたんです。テレビを見てると黒い影が、すっと走ったっていうんですね。何かなと思っていると、後ろから人の気配をちょっと感じて、ぱっ!と振り返ると、そこにも黒い影が一瞬映ったっていうんです。できればちょっと家を見てほしい、お経を上げてくださいと呼ばれまして、私その方の家に行ったんですね。

で、家へ上げていただきますとびっくりしたんです。家中に鏡が置いてあるんです。で、「この鏡はなんですか」とその男性にお聞きしますと、「いや、影がぱっと走ったときに後ろで走っても見えるように家中に鏡を張ってるんです。」とおっしゃるんですね。

とりあえず私は経を上げさせていただいたんです。お経を上げてますとその男性が「あっ!!」なんか大きな声を出されたんですけれども、そのままずっとお経を最後まで読みました。そして、振り返りますと男性が耳を押さえてガタガタ震えてられるんです。「どうされんたんですか?」そうお聞きしますと、「いや、今、鏡に僕が映ってたんです。」そうおっしゃるんですね。その黒い影の正体は自分だったっておっしゃるんですよ。「どういうことですか?」ってもう一度お聞きしますと、「その鏡の中に映った自分が人の悪口をうわーっと一斉に言ってた」っていうんです。

もう一度よくよくお話をこの男性にお聞きしましたら、実は男性はいつもインターネットで人の悪口を書き込んだり、愚痴を言ったり、人の悪口を言ったりされていたんです。それがまさに鏡に映っていた自分が一斉に自分に向かって言ってきた。と、こんな話をされたんですね。それ以来、言葉に気を付けて生活されるようになって、今はこの黒い影は見なくなったそうです。

よく言葉っていうのは言の葉なんていう言い方もしますけれども、お経の中には『人というものは耳で育つ』と出てくるんです。子供を育てるときに一番何が大切ですかって言われると私いつも言うんです。言葉ですね。叱るときにも丁寧な言葉で叱ってあげる。で、悪い言葉で育てると子供っていうのは必ず心が悪くなってしまいます。人生は大きな幹。言葉をきれいに使うことで、言の葉から幹に栄養価が送られます。しかし、葉っぱが腐ってしまうと栄養価がどんどん失われてしまいます。ですから、どうか言葉に気を付けて生活していっていただければ、その方の人生の幹も太く健康なものになるのではないかなというふうに思います。

【曹洞宗 篠原鋭一さんの説法】

今、子育て問題っていうのはさまざまな形で社会的な問題に発展しておりますね。お釈迦様が、やっぱり子育てっていうのは難しいんだよということをおっしゃりたかったんだろうと思う、こんな言葉、残しておられますね。

『母あるは幸いなり、父あるも幸いなり』。

子育ては人生のさまざまなことで大事業だと私は思います。私のもとにお子さんを連れてこられるお母さんともよく話をします。その時に、3つの子育ての秘訣っていうのを申し上げるんです。1つは、「お母さん、どうかもっと待つことをしてください」と。もう早くしろ早くしろじゃなくて。お母さんの持っている物差しは長いけれども、子供の持っている物差しは短いんだから、その物差しに合わせましょうよ。だから待ってあげてくださいと。

それから2つ目の秘訣は、「許しましょう」。少々のことがあったって、少々のいたずらをしたって許しましょうと。お母さんだって子供のころずいぶん許されたんでしょう。

そして最後の秘訣は、「願うこと」です。私たちの仏教で言えば、祈りであるとか、願うということになるんでしょうけれども、どうかすくすくと育ってくださいよねって、子供さんに耳元でささやくことです。待つこと、許すこと、願うこと。そうして子育てというものを進めていただく。

今、お母さんやお父さんがお子さんとの問題でいろいろ抱えておられる問題っていうのは、「待つこと」「許すこと」「願うこと」、この3つのことを実行してくだされば私は解決すると信じておるんです。母あるは幸いなり、父あるは幸いなりです。どうかお子さんの人生について、やっぱり母があるから、父があるからなんです。子育て、よろしくお願いします。

【浄土真宗 川村妙慶さんの説法】

突然ですが、怒ると叱るの違いはなんだと思いますか。怒るというのは、自分が腹が立ったから相手に怒りの感情をぶつけてるということです。自分が主体です。叱るというのは相手の気持ちになって、分かるように伝えるというのが叱るです。なぜならば、突然怒られてもなかなか私たちは理解できないです。こんなことも分からないの? なんで勉強しないの? なんで急がないの? って言われても、人間は弱いですからね。逃げるか、言い訳をするか、うそをつくことしか考えられなくなってしまうんです。

私はラジオの仕事をしてるんですが、あるゲストの方がこういうことをおっしゃいました。「妙慶さん、今日出る時にな、妻が子供を怒ってるんや。なんで怒るんっやって言ったら、腹立つんやって言うんや、それどう思う?」 って私に聞いてくれたんです。もうこの気持ちはすごく分かりますよね。

そこでどうか、私たちが子供になったときのことを思い出しませんか。子供のとき、完璧な人生を送っていませんよね。そのときには、私たちがちっちゃいときの体験談を言えばいいんですよ。私たちも完璧じゃないですもんね。「お父さんもな、お母さんもな、ちっちゃいとき失敗したんや、一緒、一緒。でもこうして大人になってね、もっと勉強しておけばよかった、あのときこうしとけばよかったって後悔するんや。だから、分からなかったら、何か一緒に勉強できること、興味のあるところあったら言ってみんか、一緒になんかやってみんか」、ということを相手に分かるように、怒りの感情をぶつけずに伝えていくということをぜひしてみてください。相手はいつでも逃げるんだということをちゃんと自覚しておくといいですよね。

親鸞聖人の弟子に唯円という僧侶がいました。長年、親鸞聖人の教えを聞いてきたんですが、ある日、「親鸞聖人、今まで教えをいただいても喜びが湧かないんです。お念仏がありがたいとは思えないんです」って言うんです。普通だったら、「ばか者!何を聞いてた!」ってなるところが、親鸞聖人は、「唯円、実はこの私もなんや。私もいまだに喜べてないんや。」、っておっしゃったそうです。それから同じ目線に下りてきてくれた親鸞聖人の温かさを感じて、唯円は親鸞聖人に対して信頼関係を持ったということです。

大切なのは子育て、それは一方的なことです。子育ては親育ちといいます。そこから私も学ぶんや、私も育てられるんやという気持ちで、どうかお互いの目線を共に1つにしてぼちぼちやっていきましょう。