テーマ② 承認欲求 番外編~番組でご紹介しきれなかった説法 part1~

NHK
2022年7月5日 午前6:02 公開

お坊さんの説法には生きる知恵がたくさんつまっている。

ここでは、『仕事や職場などで承認欲求が満たされない』・・・

そんなときに聞くと心がスッキリするような3人の説法をご紹介します。

【浄土真宗 武田正文さんの説法】

理解されたいという言葉の裏には理解してくれない相手に対するいらいらする気持ち、怒り、攻撃性があるのかなと思って番組アンケートのコメントを拝見しました。自分がこんなに頑張っているのにどうして理解してくれないんだ、どうして認めてくれないんだという思い、おありなんじゃないかなと思います。するとまた理解してくれなくて、私の怒りはまたよりいっそう、大きくなる。

私たちが阿弥陀如来に対して手を合わせ、南無阿弥陀仏とお唱えすることには、いろいろなご利益があるそうです。そのご利益の1つ。南無阿弥陀仏とお唱えすれば、私たちは諸仏から褒めたたえられるというご利益があるそうです。仏様方が、今こうやって生きている、理解されずに苦しんでいる私のことを、褒めてくださるというご利益があるといわれています。

誰かを承認する・承認されるという思いの中には、まず、認められるという経験があるからこそ誰かのことを認めてあげることができるようになります。認めてくれない相手に対して、こちらから認めてあげて歩みよればいいということは皆さんお気付きのことだろうと思います。しかし、なかなか納得できませんね。相手が認めてくれないのに、なんで自分が折れて認めてあげなきゃいけないのか。

そんな目の前の方を認める前に、私は諸仏から、仏様方から認められている、そのことに少し気付いていただくことで、認めてくれない相手に対して、認めようと私たちから歩み寄ろうと頑張っているこの姿を、仏様方は褒めてくださっているんです。頑張ってねと言ってくださっているんです。そして、私たちがこの認めてくれない相手に少し歩みよることができれば、相手からも私のことを認めてくださるかもしれません。

そしてこれは仏様だけではないと思います。あなたが今こうして一生懸命生きておられる中には、その姿を認めて支えてくださっている方、たくさんいらっしゃることだろうと思います。そういった方のことを思い出しながら、すでに認められている自分に少し気付くことができれば、認めてくれない誰かのことも少し優しく関わることができるかもしれません。そうすればいつの日か、認めてくれない相手とも関係ができ、認めてくれること、近づけるかもしれません。

【天台宗 露の団姫さんの説法】

誰かに認められたい。これ、誰でもある普通の気持ちやと思うんです。決して悪いことではありません。私たちって、別に悟りを開いているわけではないので、「いや、そんな気持ちないですよ」って、そんなカッコつけることもないんですよね。

実は、比叡山延暦寺には、1,200年前に伝教大師最澄上人が説かれた、『一隅(いちぐう)を照らす』という教えがあります。一隅というのは一隅(ひとすみ)という漢字を書きますけれども、“私たちが社会の一隅にいる”という意味があるんですね。

私たちは、それぞれ得意分野、自分の持ち場、役割というのを持っておりますけれども、まずは自分自身が社会の一隅で自分の役割を一生懸命頑張って、一隅で明るく光り輝きましょうと、こういう意味があるんです。そして、“1人1人が社会で明るく光り輝くことによって、世の中全体が明るく照らされていく”。これが一隅を照らすという意味なんですね。

また、この承認欲求、誰でも認められたい気持ちはあるというふうに申しましたけれども、これには欲という漢字が付きます。この欲というと、いけないものというふうに考えがちですけれども、やはり生きている限り欲をなくすことはできません。ですから、この欲望を上手に飼いならすということが大切なんです。自分の欲望をかなえるために誰かを傷つける。これは絶対にしてはいけないことですけれども、この認められたいという気持ちを、プラスの良い方向の力に変えるというのが大切です。仕事を頑張る。誰かのために何かをしてみる。そういう力にこの欲を変えていけるのでしたら、それは必ず良い方向へつながっていく良い欲だというふうに思います。

お釈迦様も、お弟子さんたちに、「あなたは将来必ず悟りを開きますよ」、とおっしゃりました。これはおそらく、お弟子さんたちの中にも、「やっぱりこの師匠に認められたい」「尊敬するお釈迦様に認められたい」という気持ちがあったんだと思います。お釈迦様は人間たちにその欲があるからこそ、あなたは将来必ずこうなりますよ、という安心感を与えてくれたと思うんですね。

ですから、自分の尊敬していない人から認められても、それはなんにも意味のないことだと思うんです。自分が本当に尊敬している人、自分の大切な人に認めてもらうこと、自分の本当に尊敬している人、自分の大切な人から認めてもらえること、それを目標にすることは決して悪いことではないと思います。

浄土宗 長谷雄蓮華さんの説法

皆さん、本当に頑張ってみえますよね。私も認められたいと思います。みんな人間そうですよね。あの人はこんな特技があったり、あの人は容姿で得してるんじゃないか。あの人は要領よくやってるよね。あの人、実はこうじゃないよね。そんなことばっかりですよね。思います。でもそれに気が付いたのは、実は皆さんが精一杯頑張ってるからだと思うんです。頑張ってるといろんなことが見えるんですよね。

どうですか、この相談した皆さんもそうです。例えば1年前悩んでいたこと、例えば今なさってる仕事、初めて入社して、そして右も左も分からなくて頑張ってたころの悩みと、今の悩みってまったく違いますよね。

悩みっていうのは、実は皆さんの中の成長がもとになってるんです。成長するから悩むんです。だから悩むっていうことはいろんなことが見えてきたし、いろんな知恵が付いていって、そしていろんなことが分かったからこそ悩んでるんです。そしてこの方々、皆さんもそうです。

どうしたらいいか、悩んでそれで終わりにしないでください。悩んだらどうするか、これが大切なんですよね。お釈迦様も同じように今から2,500年前、悩まれました。人間はなんのために生まれたんだろう。そしてなぜ死ぬんだろう。なぜ病、苦しむんだろう。なんで生まれたんだろう。悩んだんです。

人は悩むことが当たり前なんです。どうぞ皆さんも今、悩んでること、これ、1年後、同じ悩みがあるか、もしかしたら、違う悩みかもしれません。それは成長してるんです。もっともっと成長して、もっともっと悩んでください。

仏様、いろんな仏様がおられます。京都に金戒光明寺というお寺があります。そこの参道におられる石の阿弥陀様、変わった阿弥陀様なんです。実は髪の毛がアフロヘアーになっているんです。有名な五劫思惟の阿弥陀様っていいます。阿弥陀様は仏様になるためにいろんな誓いを立てます。五劫思惟は「何したらこの世の中が良くなるか」、「皆さんをどうしたら救えるのか」、悩んで悩んで…どれぐらい悩んだと思います?五劫っていう長い長~い時間悩んで、そして気が付いたら、髪の毛が伸びてしまっていたんです。仏様も悩むんです。だから皆さんも人間だから悩んで当たり前です。もっともっと悩んで、もっともっと成長してください。