琴ノ若、決意を語る「優勝争いをして大関の責任感や使命感を出す」

NHK
2024年3月29日 午前9:40 公開

琴ノ若が念願の大関昇進を果たしました。刈屋富士雄元アナウンサーがお祝いのらんの花で埋まった佐渡ヶ嶽部屋で新大関の決意を聞きました。(※2024年3月1日スポーツオンライン掲載)

琴ノ若を継いで自分のしこ名と認めてほしい


握手する大関琴ノ若と刈屋富士雄元アナウンサー (2月8日)

――大関昇進おめでとうございます。琴ノ若のしこ名で春場所を取るのですね。
はい。昨年秋場所で師匠の番付に追いついたときに大関に上がって戦ってから琴櫻を継いでもいいと思いました。

――先代(元横綱琴櫻)は、お父さんの琴ノ若を大関にしたいという思いがありましたね。琴ノ若が引退したときのことは覚えていますか。
覚えています。平成17年の九州場所13日目の土俵が最後で、翌日引退会見でした。ほかのことは覚えていなくても、あの日のことだけはしっかり覚えています。

新十両昇進で父のしこ名琴ノ若を襲名 (令和元年5月29日)

――そうなると琴ノ若のしこ名を天皇賜盃に刻みたいですね。
こだわっているわけではないですが、そういう思いでやっていくつもりです。しかし、琴櫻を継がなければいけないという使命感でやるのは違うと思います。琴ノ若を継いだときは、まだ師匠のしこ名だったので、これをなんとか自分のしこ名として認めてもらいたいという思いでやってきました。先代のしこ名琴櫻を継いでも同じだと思います。自分にできることを精いっぱいやって、感覚的には継ぐというより、もう一度自分のしこ名にしようという思いです。

けががあったから基礎を見つめ直せた


初場所前の稽古 (1月11日)

――優勝できるぞという手応えをつかんだのはいつごろですか。
戦えるぞという感覚よりも、やるしかないという思いがあったのです。令和3年名古屋場所で12勝して、秋場所が上位初挑戦となりました。大関にも勝ちましたが、左膝のじん帯と半月板を痛めて途中休場して負け越しました。手術をせずに復活を目指し、けががあったから基礎の部分から見つめ直すことができました。

――新型コロナウイルスの感染で途中休場した場所は1場所ありましたが、令和4年の初場所からすべて勝ち越しています。本場所に臨む気持ちも変わったということですね。
自分で探りながら向かっていかなければいけないと思ったことと、優勝争いにも絡めた経験が生きてきたと思います。

おっつけと押し、先代の相撲を勉強


――いろんな立ち合いをしますね。少しずれたりとか、遅れたりとか。理由があるのですね。
対戦する相手に合わせて考えています。相手によって体が瞬時に動いてベストの状態にしてくれます。

初場所11日目 王鵬を押し出しで破る

――この2、3場所目立って良くなっています。突き押しの威力が増してきたということと、出し投げから体を寄せるスピードが速くなりました。
投げても、そのままだと相手がどんどん対応してきます。最後苦しくなってしまうので、相手の形にならせないのがいちばんです。突っ張りも、そこから簡単に差していけるとは思っていないです。相手との距離感が大事だと思います。おっつけと押しに関しては先代の相撲を勉強させていただきました。あの体で、あののど輪だったり、おっつけで相手を逃がさなかったり、すごい相撲だと思います。これができたときにもう一段進化すると感じています。

目の前の1番に集中、積み上げて大関昇進や優勝に


――初場所11勝、12勝という目標は設定していましたか。
どの場所も全勝するつもりでやっています。大関昇進とか優勝ではなく、続けてやっていくには勝ち続けないといけないです。目の前の1番に集中して、それを積み上げていけば大関昇進や優勝につながっていくと思っています。初場所はリラックスしながら気持ちを持っていけたのが良かったです。

――13日目の横綱戦、振り返ってどうでしたか。
体を寄せることができたのですが、まだ私の力が足りていなかったです。上を目指すために越えなければいけないことが分かった1番でした。横綱を倒したときに、私に上を狙える力がついたと思えます。

初場所14日目の霧島戦

――翌日14日目の霧島戦が大きかったですね。
土俵に上がったら、力みとか緊張はなかったです。ただ、ここで私が勝たないと上を倒したことにはならないと思いました。私が負けた時点で自力優勝はなくなるので、確実に勝たなければいけなかったのです。ただ勝った負けたを考えるのではなく、自分の相撲を取り切ることが大事でした。

――千秋楽に勝って、優勝決定戦でもう一度照ノ富士と対戦したい気持ちはありましたか。
どういう形になっても、勝ちたいと思いました。その考えは甘かったです。差すならもっと深く差せば良かったです。

照ノ富士との初場所優勝決定戦(千秋楽)

――負けたあとは大関に上がる喜びより、優勝を逃した悔しさが大きかったですか。
喜びは全くなかったです。喜べなかったです。支度部屋に戻ったとき、若い衆が優勝の準備をしてくれていたので申し訳ないな、情けないなと感じていました。

感謝の気持ちが私の原点です


――大関昇進へ気持ちが切り替わったのは翌日、翌々日ですか。
一夜明けの記者会見で大関昇進について触れられるので、そこでは切り替えて話しましたが、悔しい気持ちは変わらなかったです。

伝達式で口上を述べる (1月31日)

――伝達式の口上ですが、自分で考えましたか。
はい。四字熟語を探したのですが、自分らしくないと思いました。思ったことが本当にその言葉になるのかと考えました。その言葉を書いてくださいと言われて書けなかったらどうしようと思いました(笑)。

――感謝の気持ちがいちばん伝えたかったことだったのですね。

26年生きてきて、小さいときは先代から「感謝をするのだぞ」と言われてきました。埼玉栄中学校、高校に入ったときも山田先生(山田道紀相撲部監督)も、そうおしゃっていました。その言葉が身にしみていました。けがをしたときにも支えられ感謝しかなかったです。高校の相撲部の部訓にも感謝の気持ちがあります。私の原点です。師匠、おかみさんに相談したら「いいんじゃないか」と言われて決めました。ひたすら呪文のように(笑)、練習しました。

伝達式を終え騎馬に乗る (1月31日)

――大関になったら大変でしょう。いろんなところから声が掛かり、イベントもあります。
景色が変わりますね。普通に外に出るだけで、名前を呼んでもらえるようになりますね。

巡業で朝ドラが見られない、総集編でも見たい


――堂々と外に出て歓声を浴びていいですよ。大関とはそういうものです。息抜きには、どういうことをやっていますか。
暇さえあれば寝ています。お祝いとか言葉を掛けていただけるので、あいさつさせていただいています。食事会にもお誘いいただけるので、感謝の気持ちを持っています。

笑顔で答える琴ノ若

――当分、結婚は考えていませんか。
もう言われ過ぎて考えていません。うちは琴恵光関と琴勝峰2人も結婚しました。結婚ラッシュはもう終わりました(笑)。結婚できないのかもしれません(笑)。

――以前電話でインタビューしたときに、女優の今田美桜さんがいいと言っていましたね。今田さんは25年度前期の朝ドラ「あんぱん」のヒロインに選ばれましたね。
見ます(笑)。去年10月から巡業が始まって、ビデオに録画している朝ドラを見ることができていないのです。3か月分の朝ドラ70回分くらいビデオがたまっています。とりあえず総集編でもいいから見たいと思っています。

決意を聞き出す刈屋元アナウンサー

――春場所に向けての意気込みを伺います。
常に同じ気持ちでやっているので、勝っていくことも大事ですし、優勝争いをしていかなければいけないです。それにプラスして大関の責任感や使命感を出していきたいです。

――大関として土俵に上がるのが楽しみでしょう。全部勝って琴ノ若のしこ名を天皇賜盃に刻してください。
頑張ります。

雑誌「NHKG-Media大相撲中継」春場所号より