“日本一短い”西九州新幹線で移住を呼び込め(2022年10月27日放送)

NHK
2022年10月29日 午後5:52 公開

【“交通の要衝” 武雄に新幹線】

西九州新幹線の開業から1か月が過ぎました。

これまで観光への効果が注目されてきましたが、沿線の地域では、

開業効果を移住や定住につなげようとしています。

取り組みが始まった新幹線の「東の玄関口」、佐賀県武雄市で取材しました。

総工費6200億円をかけて整備された西九州新幹線。

9月23日に佐賀県の武雄温泉駅と長崎駅の66キロの区間で開業し、“全国で最も短い”新幹線が誕生しました。

これによって武雄から長崎までが最短23分で結ばれました。

開業に沸いた武雄が「交通の要衝」であることを象徴する場所があると聞き、現場に行ってみました。

武雄温泉駅からおよそ7キロ離れた地点です。

国道34号線の上に高速道路と、そして新幹線の高架。

私がいた場所を上空から撮影した画像で見ると、3本の線が一点で交わっています。

全国的にも珍しい光景として、地元ではまちおこしにならないか、愛称を募集しているそうです。

武雄市は西九州のほぼ中央に位置していて、鉄道を利用すれば長崎市と佐賀市まで、およそ30分。

福岡市までも1時間程度と主要な都市に移動できるのが強みです。

【開業効果!? 長崎から移住依頼】。

取材を続けていると、これまでにない注文が舞い込んだと聞き、武雄市の工務店を訪ねました。

なんと、となりの長崎県に住む人から「武雄市に家を建てたい」という注文だったというのです。

新幹線開業からわずか5日後、社長の宮副秀敏さんのもとに突然、連絡が入りました。

宮副さんは驚いた心情を思い出すように、携帯電話の写真を示しながら説明してくれました。

(工務店 宮副秀敏 社長)

「本当ですか?って半信半疑で。依頼主の方は、新幹線のことをいちばん最初に言われました。新幹線で通勤できる距離だなと」

依頼主は宮副さんの会社を訪れて、実際に住宅の候補地も一緒に見て回ったとのこと。

武雄市に家族で暮らす住宅を建てて、新幹線で長崎へ通勤したいと話したとそうです。

背景には武雄市の土地の価格が割安に映っていると、宮副さんはみています。

国土交通省によりますと、ことし1月時点で長崎市の住宅地の1平方メートルあたりの地価、土地の価格の平均は6万2900円。

武雄市は2万6700円なので、2倍余りの価格です。

単純に同じ金額を支払ったら、長崎市よりも武雄市のほうが2倍の面積の土地を購入でき、広々とした家を建てることができる計算になります。

(工務店 宮副秀敏 社長)

「今後、1か所で仕事を経験させて頂ければ発信にもつながると思います。『長崎と武雄は近いんだよ』という感じで移住して頂ければと思います」

【副次的効果も 特急で通勤検討】

さらに新幹線の開業で、別のメリットに期待する声もあると聞き、武雄市に移住した方に  話を伺うことができました。

新築の自宅で出迎えてくれたのは山口昌樹さんのご家族です。

山口さんはことし6月、福岡市からふるさとに戻って自宅を建てました。

(山口昌樹さん)

「教育のために私が生まれた地域で子どもたちを育てたいなというのがいちばんの思いで、それを機にUターンを決めたのがいちばんですね」。

平日は職場のある福岡市に単身で住む山口さんですが、いま、家族と暮らす自宅から通勤することを検討しています。

後押ししているのが、在来線の特急です。

新幹線に接続する特急「リレーかもめ」が、新たに武雄温泉駅に停車。

この結果、博多行きの特急の本数が倍増。

新幹線の開業した長崎方面だけでなく、博多方面にも行き来がしやすくなったのです。

さらに山口さんを後押ししたのは武雄市が実施する定期券の購入補助です。

費用の半額、ひと月あたり最大3万円まで支払われます。

例えば、武雄市が試算したところ、県外で1人暮らしをすると家賃と光熱費、

それに食費などを支払えば、ひと月あたり20万円前後の支出になるとしています。

これを定期券を使って自宅から通勤・通学した場合、およそ半額の10万円前後と

家計の負担を大幅に抑えられるというのです。

(山口昌樹さん)

「倍に便が増えることによって動きやすさもそうですし。博多も1時間5分で行ける距離。家から通っていける、仕事ができる環境に早くなれたらなと思っています」

【不動産業界は冷静 課題は認知度】

だんだんと移住に関する魅力がわかってきたところで、今後、町がどう変化するのか、地域の土地開発に詳しい人にも話を聞いてみました。

武雄市でおよそ20年にわたって不動産業を営む坂口健太郎さんです。

不動産業だけでなく美容室を経営する異色の経歴を持ちながら、行政の移住・定住の支援にも長く携わってきました。

坂口さんは開業効果には時間がかかるとした上で、認知度の向上がカギになると分析します。

(移住・定住支援の不動産業  坂口健太郎さん)

「ぱっとすぐには 移住・定住の効果について数字は現れないと思います。新幹線の活用方法とかメリットとか、いろんなことをいろんなパターンで、たくさんPRして頂いたら非常にいい方向にいくんじゃないか」

新幹線開業をいかに移住につなげていくか。取り組みは始まったばかりですね。

【Q&A】

Q.

新幹線の開業で移住を増やそうという取り組みは今後どう進むのでしょうか?。

A.

実は武雄市のような移住や定住を促そうという試みは、西九州新幹線の沿線の各地でさかんになっています。

たとえば、嬉野温泉駅のある嬉野市。

新幹線などの定期券を購入した人への補助を、すでに9月から開始しています。

武雄市の取り組みよりも先んじたかたちです。

また、強力なライバルとなるのが長崎県の大村市です。

長崎空港と高速道路のインターチェンジ、そして新幹線の新大村駅が車でおおむね10分圏内と利便性の良さを前面に出して移住政策に力を入れています。

西九州新幹線の沿線で自分たちの街に住んでもらおうという動きが加速しているんです。

Q.

なるほど。移住者の呼び込みといってもライバルがいっぱいなんですね。移住を増やすには何が求められるのでしょう?

A.

武雄市では、まずは街に来て地域を知ってほしいとしています。

新幹線開業の2週間後には、住宅工務店を招いた相談会を開くなどして訪れた人に移住について具体的なイメージを深めてもらいました。

また、新たに移住者を呼び込むだけでなく、いま武雄に住んでいる人たちに定住し続けたいと思ってもらうことも大切です。

例年、春には長崎や福岡への進学や就職で多くの人が街を離れます。便利になった新幹線や特急を使うことで、1人暮らしにかかる経済的な負担を抑えながら通う選択肢もあると、武雄市などでは説明していきたいとしています。

新幹線の開業という千載一遇の機会を移住や定住にうまくつなげていけるのか。人生の大きな決断を後押しできるような取り組みが求められています。

【取材後記】

東京から佐賀に転勤して、3か月ほどがたちました。

今回、取材のため武雄に足を運び、まちの人たちに話を聞くたびに「ほどよく住みやすい」というフレーズを耳にしました。

11月から始まる定期券の補助については、すでに20~30件ほど事前の問い合わせが来ているとのこと。じわりと関心が広がっているようです。

これからも転勤が続く自分にとって、「ほどよく住みやすい」場所はどこになるのか。まずは佐賀で探してみたいと思います。