元寇船のいかり引き揚げ 世界の謎を解明!?(2022年10月6日放送)

アナウンサー・小林将純
2022年10月14日 午後2:57 公開

700年以上前の木製品が姿を現す!

この言葉を聞いたことが、取材の始まりだった。700年以上前の鎌倉時代の木製品が、いまもなお海底に眠っていて、それを令和となったいま引き揚げる--歴史ロマンあふれるこの調査を、NHK潜水班に所属するアナウンサー、私、小林将純が取材しました。

今もなお海底に眠り続ける“元寇船”

みなさんは、日本史の一大事件「元寇」をご存じでしょうか?

鎌倉時代、当時のモンゴル帝国から来た大型船が2度にわたって日本に襲来。船の全長は27メートルだったとも推定されています。

発掘資料を元にしたCG

2度目の襲来は1281年。この時、こうした大型船が伊万里湾に集結。

その数、4400隻!モンゴル帝国の兵士は14万人とも言われています。

当時の様子を再現したCG

湾を埋め尽くすように並ぶ大船団!当時の鎌倉武士たちは、こうした光景を目の当たりにしていたのかもしれません。

船は暴風雨で沈没し、伊万里湾を臨む地域は難を逃れました。その時沈んだ元寇船が、海底で朽ちた状態で見つかっています。

その船のパーツの一部である「木製のいかり」が、今月(10月)引き揚げられたのです。

海底に眠る元寇船のいかりへ!

700年以上前の木製のいかりとはいったいどんなものなのか?いかりが引き揚げられる1週間前に、その場所へ向かいました。

いかりが眠るのは、長崎県松浦市鷹島の沖合。唐津市と橋でつながるこの島に入った後、船で200メートル沖合へ。いかりを引き揚げる調査チームとともに、潜りました。

まず感じたのは、調査チームが過酷な海で作業をしているということでした。内海の伊万里湾は砂などがとどまりやすく、見通しはききません。1メートル先すら見えません。

中央に見えるのは、ガイドロープ。これを頼りに水深20メートルまで潜行

光が届かぬ海底。ライトを頼りに海底を照らしながら進むと、見えてきました!

741年前のいかりと対面です。

写っているのは私です。その左にいかりが見えています

いかりの姿と復元図がこちらです。

アルファベットのVの字に組んだ木材を2つつなぎ合わせていたと見られ、半分ほどが朽ちることなく形をとどめていました。

驚きなのは、いかりの状態が非常にいいことです。

いかりに近づいて撮影

近づいて見てみると、水中でもいかりの木目がはっきりと見えます。700年以上前のものとは思えないほど、きれいに残っているのです。

歴史の空白部分にピースを埋める!?

調査チームの一員で、30年以上元寇の船を調査している人に話を聞きました。

佐賀大学の宮武正登(みやたけ・まさと)教授です。

歴史考古学が専門で、いかりを傷つけずに引き上げる計画を主導してきました。宮武さんは、元寇船の装備の一部でも形をとどめていることに大きな価値があると考えています。

「世界的にも13世紀の巨大軍艦のパーツが見つかること自体がまれ。しかも、いかり自体が腐らずにまだ残っていることも奇跡に近い」(宮武教授)

では、なぜ木製のいかりが腐らずに残っていたのか?それは海底の砂や泥にあります。

9年前 いかり発見時の伊万里湾海底 

いかりは海底の泥の中から発見されました。専門家やダイバーからなる調査チームが、この泥を1メートル以上掘り起こして、いかりを発見したのです。沈没後早い段階から、この砂や泥に覆われていたと見られることが、宮武さんの言う“奇跡”が起きた理由です。

さらに、宮武さんはいかりを分析することで、当時世界を席巻したモンゴル帝国がどんな技術を持っていたかを解き明かすことにつながるといいます。

「船の構造や力学的な部分を考えるうえで、現物が残っていることはまずない。その現物自体から発展や進化の度合いなど、まだ不確定な部分にピースを埋め込むような価値があるだろう」(宮武教授)

引き揚げたことで見えてきたものは?

10月1日。いよいよ、いかりを引き揚げる時を迎えました。長い年月を要しましたが、クラウドファンディングなどにより費用が工面できたこと、引き揚げた後の保存の方法にメドがついたことなどが、実現できた理由です。

一番奥が宮武教授

宮武教授自身も海に入り、引き揚げを間近で見守りました。

741年の時を超え、姿を現しました。長さ1メートル75センチ。海中でも見えていたV字の形が崩れることなく、引き揚げられました。

暗い海底では見えづらかったいかり。明るい地上に引き揚げられたことで気になる点がいくつも出てきました。いかりには黒い部分が散見されました。

「何かのコーティング?それとも一回焼いているのか?防水加工の可能性もある」(宮武教授)

調査チームは保存に向けた作業を続けながら歴史のロマンを追い求めます。

今後の元寇船の引き揚げにつながる成果

調査チームの座長で、元寇船本体や今回引き揚げたいかりを発見した國學院大學の池田榮史(いけだ・よしふみ)教授は、今回のいかり引き揚げの成功は、その後につながる大きな成果だといいます。

「今回の引き揚げの作業時間や保存の段階的変化を見ることで、次に大型の船が揚がったときにどんな調査や保存の方法があるかがわかってくる。いかりはそのための貴重な実験サンプルで、今後の引き揚げも楽しみにしている。」(池田教授)

引き揚げられたいかりは、松浦市鷹島にある埋蔵文化財センターで公開されています。

いかりの重しとなる「いかり石」も引き揚げ

今回のいかりの引き揚げ。いかりの重しとなる「いかり石」も引き揚げられています。実は、この石からも多くのことが分かって来るのではないかと期待されています。詳しくは、以下の動画からご覧ください。