各地の川に整備された「排水機場」。排水ポンプを稼働して大雨の浸水被害を防ぐこの施設、佐賀県内には185か所と全国で最も多く設置されています。運転を担う「操作員」は、主に市や町などから委託された地域の住民。大雨の度に排水機場に駆けつけ、私たちの暮らしを守っています。地域に欠かせない操作員をどう守っていくのか。
課題の解決に向けて防災の専門家も動き出しました。
【防災の専門家、排水機場を視察に訪れる】
(山﨑キャスター)シリーズ「どう守る排水機場操作員」。取材を続けている渡邉千恵記者とお伝えします。
(渡邉記者)私たちは県内の操作員全員を対象にアンケートを行い、これまで「危険を伴う業務の実情」や「高齢化と担い手不足」などの課題をお伝えしてきました。一連の報道を受けて、防災の専門家が10月下旬、県内の排水機場を視察しました。
視察したのは、東京大学大学院の松尾一郎客員教授です。
国土交通省の審議会で過去に委員を務めたほか、全国各地の防災に関するアドバイザーや検討会の座長を務めるなど、災害時の避難行動で最も知られる専門家のひとりです。
松尾客員教授の視察に私たちも同行したところ、排水機場の操作員をめぐる2つの課題が新たに浮かび上がりました。
課題1:「必要な設備がない」
課題2:「地域によって特別な対応が求められる」
まず、ひとつめの「必要な設備がない」という事例について、伊万里市にある排水機場のケースを見ていきます。
【課題①必要な設備がない】
松尾客員教授が訪れたのは、伊万里市の波多津川(はたつがわ)排水機場。
操作員を務める地元住民の吉田洋信さん(左)、柴田久雄さん(中央)、井手忠正さん(右)の3人から「この排水機場には必要な設備がない」という実情を聴きました。
そのひとつが「除塵機(じょじんき)」です。
除塵機は、排水ポンプが水を吸い込む際、流れ着くゴミなどをコンベアーで取り除く設備。水が流れにくくなるのを防ぎ、排水をスムーズにするために必要なものです。
ところが、この排水機場には除塵機がありません。そこで、操作員たちは、大雨の際、ゴミが流れ着いたら、手作業で取り除いているというのです。
(吉田洋信さん)「この棒を使って、ゴミを揚げている。怖い。これがいちばん危ない」
雨で滑りやすいなか、身を乗り出して行う作業に操作員たちは命の危険を感じています。
(吉田洋信さん)「かつて危ないとの要望も言ったのだが、『費用対効果が』と言われ、『予算的にも厳しいのでできません』と(言われた)」
しかもこの排水機場、休憩室やトイレもありません。業務が長時間になると、操作員は「自分が乗ってきた車で仮眠する」といいます。
(松尾客員教授)「トイレも寝場所もなく家に帰ればいいって、それでは誰も操作員をやってくれない。本当に皆さんの思いに支えられている。おかしい状態だ」
(吉田洋信さん)「毎回こうなので、こういうものだと思ってしまう。ほかを知らないから」
(松尾客員教授)「やはり命は守らなければならない。国は県が整備する施設を補助し、県も施設の充実・強化・改善をしていく必要がある。ここはすぐ改善しなければいけない施設であることは間違いない」
【NHKが県に問い合わせると、改善の方向に】
(山﨑キャスター)大変な環境で仕事をしているんですね。
(渡邉記者)そうですね。県や伊万里市によりますと、この排水機場は当初、伊万里市が整備しましたが、除塵機がなぜつくられなかったかは、わからないということでした。
ただ、NHKが現在この排水機場を管理する県に問い合わせたところ、この状況は改善する必要があるとして、今後、除塵機などを設置する方向で現地確認を行うことになりました。
(山崎キャスター)県の担当者には、仕事をするにあたって最低限の環境があるかどうか、しっかりと見極めてほしいと思います。
【課題②地域によって特別な対応が求められる】
(渡邉記者)続いて、課題のふたつめです。「地域によって特別な対応が求められる」という事例について、佐賀市の排水機場を取材しました。
松尾客員教授が話を聞いたのは、佐賀市西与賀町にある排水機場の操作員の石井博通さん(右)と吉川晃さん(左)の2人。
ふたりから聴いたのは「この排水機場は出動回数が多すぎて大変」という問題です。
それはなぜか―。佐賀市与賀町にあるこの排水機場は、河川の下流域にあり、排水する先にはすぐに有明海。相手は海のため、制限なく排水できるようにも思えます。
ところが、周辺には田畑が広がります。排水しなければ、畑が浸水する一方、排水しすぎると、今度は水田が水不足になるおそれも。この排水機場では、排水するかの判断で頻繁に水位を確認する必要があります。さらには、有明海の干満の差で水位の変動が大きいことも重なり、排水のタイミングの見極めが難しいのです。
(石井博通さん)「ポンプを1回まわすのに30~40回は来ている。どうする?と5人集まって、潮を見ながら待機する。それで、1時間後にもう1回来て、回すとか回さないとか判断する」
(松尾客員教授)「海面潮位の影響、非常に水位の状況を気にしながら操作する施設になる。操作員にとって日常的に関わらなきゃいけない施設。操作について非常に手間がかかるところだと思う。これも真剣に地元行政機関が考えていくところだと思う」
【“地域事情”への有効な対策見つからず】
(山﨑キャスター)こうした地域事情について佐賀市はどう考え、対応しているのでしょうか。
(渡邉記者)佐賀市によりますと、「干満の状況や農業への影響がわかる地域の方でないと操作の判断は難しい。後継者を育てるための研修会を開いたり、業者への依頼も検討したりしている」としています。ただ、いま大変な思いをしている操作員への有効な対策は見つかっていないのが現状だということです。
松尾客員教授は今回、県内6か所の排水機場を視察して回り、操作員が過酷な状況に置かれていることを再確認したということです。すぐに取り掛かれることとして、提言したのがこちらです。
大雨の際にとるべき対応を定めた行動計画、「タイムライン」のモデルケースをつくりたいとしています。たとえば、排水機場に危険が迫った場合は操作員も逃げることをルール化することや、その際の対処、応援体制をあらかじめ決めておくことなどが想定されています。
「操作員の使命感」に頼る形ではなく、私たちの安全な暮らしを守るにはどうしたらいいのか。そのために私たちひとりひとりが、操作員やその仕事に関心を持って、課題をひとつずつ解決していきましょう。
(山﨑キャスター)佐賀放送局は引き続き操作員の課題についてお伝えしていきます。体験談や地域の取り組みなどをNHK佐賀放送局のホームページ「問い合わせフォーム」などにお寄せください。