奇跡のレッスン
「小説 重松清 きみの近くに物語はある」
初回放送日: 2021年11月30日
作家重松清さんの子供たちへのレッスンは、机の上ではなく、公園や商店街を歩き回ることから始まった。想像力を膨らませ人や風景を観察する。小説を描くためのインプットの訓練だ。後半は執筆。テーマは○○の小さな大冒険。身近な人を登場人物に物語を描く。進まない執筆。一人ずつ順番に重松さんと対話を重ね、自分自身の本音を絞り出していく。いじめ、不登校、友情…さまざまなテーマをめぐる作品は結末までたどりつくのか?
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よくある質問
【目次】掲載順 (学年は本放送時のものです)
鬼澤 渉・・・パパの小さな大冒険(小学6年) 野村天音・・・フルールの小さな大冒険(中学3年) 仲野聡真・・・おばあちゃんの愉快な大冒険(小学5年) 染谷 葵・・・きみに贈る「だいすき」(中学1年) 長谷川翔・・・雨の日の不思議なバーで(中学2年) 小林杏樹・・・いつか、気球に乗って。(中学3年) 美土路明・・・LINEが遅い君へ(高校1年) 安富孔亮・・・ともだち(小学6年) 宮下匠汰・・・イサオの小さな大冒険(高校2年) 名雪双葉・・・桜の花びら(中学1年) 根岸利奈・・・虫おばけ(中学3年) 柳澤未来・・・つながる(中学1年)
パパの小さな大冒険 鬼澤 渉(小学6年)
この話は、ぼくが父から聞いた話です。初めはとても信じられませんでした。2019年5月、その日、ぼくは父と鎌倉散策に来ていました。散策のときは決まっておそろいのTシャツを着ます。二人で楽しみにしていた散策ですが、父の目の下にはクマができていました。仕事がいそがしかったこの頃の父の口グセは、「面倒くせぇ」、「明日の朝なんてこなくていいのに。」こんなネガティブなものでした。北鎌倉駅で電車を降りて、横須賀線の線路沿いに寺院を一通り巡りました。それから長寿寺を参拝しました。奇跡はその後起こったそうなのです。 「パパ、新緑とってもきれいだね」 「風情のあるお庭だったね」 「じゃあ次に向かおう」 「うん」 父は出掛ける時、必ず下調べをしてから来る。だからそこに住んでいないのによく道を知っている。お出掛けの準備は、面倒くさくはないらしい。亀ヶ谷坂切通(かめがやつざかきりどおし)を二人は軽い足取りで登っていった。 「そういえば、切通って人が掘ってつくった道なんだよね」 「そうだよ、木々がおり重なって緑のトンネルみたいだね」 二人は坂の頂上に立った。 「わたる、坂ダッシュでもするか?」 「どうしようかなぁ」 「運動会も近いし、リレーの選手なんだろう?」 「そりゃあ、そうだけど…」 「よし、じゃあやろう」 わたるは、坂を下って行った。 「じゃあ行くぞー、よーいドン!!」 わたるは、全力でかけ上って来る。 ストップウォッチモードを見ながら、 (何秒になるかな、ん、あ、トンビだ。金色だ、変わった色だなぁ) ピーヒョロロー (そろそろ、わたるが上がって来る頃かな) いくら待ってもわたるは上がって来ない。 「おーいわたるー、おーい」 (もしかして長寿寺まで、まちがえて、戻っちゃったのかな?一応戻ってみよう。) 父は、急いで見に行った。 (やっぱりいないなぁ。ていうか、長寿寺がない!!冬みたいに寒いし、緑のトンネルじゃなくなってる。わたるはどこにもいない。もしかして…誘拐?とにかく警察に電話しよう) スマホをオンにする。 (圏外だ、なんで?よく見ると建物も古いしどういうことだ?着物を着ている人も大勢いるなぁ) 父は考えてみたが状況がのみこめなかった。 (着物を着て参加するイベントがあるのか?んなわけない。こんなに大勢いるはずがない。まるで、別の世界に迷いこんだみたいだ。そういう設定なのか?ためしに今年何年なのか人に聞いてみることにしよう、あ、人が来た) 「すみません、つかぬことをお伺いしますが、今年は、何年でしたでしょうか…」 「承久元年じゃが…」 (承久!?) 観光ガイドを見ながら、 (西暦1219年、鎌倉時代じゃん!!) 父はびっくりしすぎてフリーズした。 「そなた、そんな短い袖の服で寒くないのかの」 「あ、あぁはい寒いです」 (この出で立ちリアルすぎる。それにこの言葉使い、ひょっとしてもしかして、オレは、鎌倉時代にタイムスリップしてしまったのか!!何でこんな面倒くさい目に合わなきゃいけないんだ) 父は頭を抱えてしまった。 「そなた、これこれ聞いておるのか。上着を貸そうと、言っておるのじゃ」 「ありがとうございます。助かります。これで寒さがしのげます」 父は上着を着ながら心の中で言った。 (もうこうなったらなるようにしかならない、帰る方法を探しながら、とことんまでこの状況を楽しんでやる) 父はピンチのとき、よく開き直る。 「そなた、これからどこへ行くつもりじゃ」 (焼失しちゃって現存しない場所に行った方が、タイムスリップならではの貴重な体験ができるかな) 「永福寺(ようふくじ)に行こうかと思います」 「そうか、では、わしも一緒に行くとしよう」 笑顔でその人は答えた。二人は共に歩き出した。 歩いているといくつか発見があった。 「車が全く走ってない。鶴岡八幡宮は現代と比べてすっごくしょぼいな…」 その時、相手は父がブツブツ言っていることがよく聞こえていなかったらしく、勘違いをしたようで、こんなことを言った。 「もしかして…気付いたかの。いかにもそなたの思っている通り、わしは、源実朝じゃ」 (えっ!!さ、さ、実朝!!三代将軍の?) 「うむ、そなたの名は?」 「私、鬼澤 のぼると申します」 「そうか、鬼澤ののぼるじゃな。わしは和歌のネタを探すため外出していたのじゃよ。御忍びでな」 「そうなのですか…」 「明日は右大臣になったお祝いがあるんじゃよ。予定がつめつめじゃ」 (えっ、てことはこの人明日暗殺されるよな…) 「さっ永福寺(ようふくじ)に到着したようだぞ」 (なんて壮大な建物なんだ) 「顔がこわばっとるぞ」 本堂まで来た。この辺りが二階堂と呼ばれるようになった由来は本当だった。本当に二階建ての本堂だった。 「さっそく参拝じゃ」 父はおさい銭の十円を入れて仏様にこうお願いした。 (わたるが健やかに育ちますように。無事現代に帰れますように。実朝を救えますように。ちょっと欲張りか…) 「そなた今、さい銭箱に何を入れたのじゃ」 「え?十円ですが」 「十円?服装も不思議だし、その犬の絵がらは何じゃ。十円とか意味がわからないのう。そなた、どこから来た者だ」 (ついにきたこの質問、どう答える?本当のことを言っても信じてもらえまい。でもごまかしようもない。思い切って本当のことを言ってみるか) 「えっとぉ、あのぉ絶対に絶対に!!信じられないと思うんですけど…私、未来から来た者なのです。2019年から来ました。あと、この犬のキャラクターはスヌーピーといいます」 「未来、はぁ…えっ?まことか。では未来から来たという証拠はあるのか」 父はスマートフォンを見せた。 「かまぼこ板か?」 「いえ、これは未来の機械でスマートフォンと言います。電話ができたり、メールができたりします。他に写真も撮れます」 「電話?メール?」 「あ、ああ、遠くの人と会話のできる機能です」 「はぁ…そんなことがこの機械でできるのか。ではその機械を使えば都の上皇さまと話せるのか」 「上皇さまがスマホをお持ちならね」 「他には、何かないのかの、もっと見せてくれ」 「他に見せるものはありませんが、これから起こることを知っています」 「ではこの後何が起こるか申してみよ」 「幕府と朝廷が争って幕府が勝ちます」 「なんと、それから?」 「元が攻めてきます。撃退しますけど」 「信じられん…」 「塩釜の 浦の松風 かすむなり 八十島(やそしま)かけて 春や立つらむ」 とっさに実朝の和歌を口ずさんでみた。 「今、何と申した。それは…わしの詠んだ歌ではないか!!」 「はい、未来でも、800年後の私が住む時代でも読み継がれています」 「まことか」 「マジです」 「マジとは何じゃ?」 「本当という意味です」 「そうか。それは嬉しいのう。わかった、そなたの話を信じよう。そなたを信じよう」 実朝は満面の笑みを浮かべた。父は信じてもらえてほっとした。 (信じてもらえたところで、あのことも伝えよう) 「お伝えしたいことがあります」 「何じゃ」 「実は…あなたは、もうすぐ暗殺されるんです」 「は!?マジ?相手は?」 「公暁」 「はぁーやっぱりのー、殺されるとすれば、相手はヤツじゃよなー。それでもうすぐっていつじゃ」 「右大臣就任祝いで鶴岡八幡宮を参拝した帰り」 「明日ではないか」 実朝は声が出ない。父も同じだった。実朝はだいぶ時間をおいてから口を開いた。 「教えてくれてありがとうのぉ。じゃがどっちみちなるようにしかなるまい。だからわしは将軍としての公務を全うしようと思う」 「私はあなたを助けたい」 「大丈夫。何事も始まりがあれば終わりがあるもの。それに歴史を変えてしまったらそなたも生まれてこれなくなってしまうかもしれないではないか」 気丈に振舞ってはいるが、やはり気落ちした様子の実朝。返す言葉が見付からない。 (わたるのために買ったけどまぁいっか) 「あの、これでも飲んで元気を出してください」 「何じゃそれは?」 「エナジードリンクです」 「エナジードリンク?」 「元気が漲る未来の飲み物です」 「プシュッ」 「さぁどうぞ」 「ふむ、そうか、飲んでみよう」 実朝はグビグビ飲んだ。 「お味は?」 「漲ってくるのう!!」 父は実朝が少し元気になってくれてうれしかった。それで気をよくして、 「じゃあ、もう一つ…清涼菓子もどうぞ」 「それは何じゃ」 「未来のお菓子でスースーします」 「ふむ、では」 父は実朝の手に二つ三つだして、自分にも二つ、三つだした。 「スースーするのう!!」 「実ちゃん、スースーするでしょ」 「てか、実ちゃんとはわしのことか。それならそなたは鬼ちゃんじゃな」 「ハハハハハ」 二人の笑い声が永福寺(ようふくじ)を包んだ。 「鬼ちゃん、この時代に残らないか」 「えっ?」 (現代に戻ったら仕事てんこ盛りだし、面倒くせぇし。大好きな鎌倉時代に残るのもありか) 父も一瞬その気になった。 「じゃあ、ここに残って家族をつくり…」 (そうだ、わたる、わたるを現代に残して来たままだ) 「どうした、鬼ちゃん」 「現代に子どもを残してきた。わたるっていうんだ」 「そうか」 (そうだ、朝、わたるの前髪のうねりを直すのはオレだ。夜、わたるに読み聞かせをするのもオレだ。細(ささ)やかだけれどオレには現代での役目があるじゃないか) 「実ちゃん、やっぱり現代に帰る」 「そうか、それなら鬼ちゃんは現代の自分の持ち場で一所懸命生きてくれ」 「でもどうすれば帰れるんだろう」 二人は考え込んでしまった。 実朝が尋ねる。 「どうやってこっちに来たのだ」 父は考え込んでから答えた。 「確か、亀ヶ谷坂切通(かめがやつざかきりどおし)で、わたるに坂ダッシュをさせて…それから金のトンビ!!それを見上げたら辺りの景色が変わっていたんだ」 「じゃあその時と同じことをしてみよう。ところで、坂ダッシュとは…何じゃ?」 「坂を全力疾走すること」 「わかった、ではわたるの代わりにわしが坂ダッシュしよう」 二人は出会った場所、亀ヶ谷坂切通に戻った。 「では参ろう」 実朝はスタート位置についた。 「よーいドン」 「ドン?」 (あぁ昔の人だからわからないのか…) 「ドンは走り出す合図」 「うむ、承知した」 「よーいドン!!」 実朝が勢い良くかけ上がって来る。 「走りづらいのぉ」 実朝は着物が脱げかけながらも無事ゴールした、 「ハァハァ…どうだ?」 実朝が荒い息で聞いてくる。父は首を横に振った。 「ダメか…トンビとのタイミングが合わん。もう一度やってみよう」 「よーいドン!!」 また実朝は全力でかけ上って来る。 ピーヒョロロー 金のトンビが一声鳴いた。 実朝は父に笑顔を向けた。 「はっ」 その時辺りは、緑のカーテンの景色に戻り、スマホも通話可能になっていた。わたるがかけ上がって来た。 「パパ、タイムは?」 (帰ってきたんだ) 「姿が見えないから、どこかに行っちゃったのかと思ったよ。そんな上着着てたっけ?」 「ただいま」 「えっ?」 「800年前からただいま」 わたるは意味がわからないまま見つめていた。二人はまた散策を続けた。 (実朝、どうなっただろう…) さっきまで一緒にいた歴史上の人物が気掛かりだ。手元の観光ガイドを見ると、1219年1月源実朝暗殺とある。歴史は変わっていない。切通を下った所で中学生の男の子に声をかけられた。 「あのー、鬼澤のぼるさんでしょうか…」 「はい」 「突然失礼します。ぼくは源(みなもと)翔(しょう)と言います。源実朝の子孫です」 「えぇっ?」 「我が家には、代々言い伝えがありまして、それをお伝えしたくてやって来ました。詳しくは、父からお話します」 「はい…」 父とわたるは源家に案内された。 「ようこそお越しくださいました。私、源(みなもと)実弥(さねみ)と申します。翔は私の息子です。我が家に代々伝わる言い伝えというのは、『2019年にスヌーピーのTシャツを着た者が亀ヶ谷坂切通を下ってくる。その者に手紙を渡せ』というのです。これがその手紙です。どうぞお読みください」 父はどきどきしながら開けてみた。 「鬼ちゃんへ 暗殺の危機が迫っていることを教えてくれて、ありがとう。あの後、公暁の刀をにせ物に摩り替えました。だから歴史は表向き変わっていませんが、ひっそりと生き延びることができました。子どもに恵まれました。自分の人生を全うすることができました。鬼ちゃんも子どもと楽しく過ごしてください。そして自分の人生を全うしてください。 わたるによろしく。 実朝」 実弥が言う、 「それと、我が家に伝わる家宝がありまして」 恭しく取り出してきたのは、なんと古びたエナジードリンクの空缶だった。 ピーヒョロロー 澄みきった空で、金のトンビが一声泣(な)いた。 -おわり-
フルールの小さな大冒険 野村 天音(中学3年)
「「 は? 」」 出だしからこんなによろしくない言葉を並べるのはいかがなものだろうか。だがしかしこれにはれっきとした理由があるのだ。きっとあなたにも、この先を読んでいただければ共感していただけるだろう。とにかくこの言葉は覚えておいてくれ。 その前に私の自己紹介がまだだったな。私の名はモーブという。簡単に言えば、これから出てくる妖精、フルールの友人と言ったところか。向こうは友人と呼んでいいのか、そこまで仲がいいのだろうかといつも喚いているがそんなところで毎回躓いているのは面倒くさいし正直どうでもいいと思っている。こんな話をすれば薄々勘づいているかもしれないが、この妖精は自己肯定感が低い代表と言ってもいいほど自分に自信が持てないような子だ。そして実はもう一人、その妖精と共に成長していく似たような人物も出てくる。今回のお話はそんな二人の小さな、いや、この二人にとってはとても大きい、そんな冒険の物語。 ここのところ災難なことが多すぎる。嫌なことと言ってもそう大したことでは無いのだが塵も積もれば山となるとはこの事で、それを実感しながらちびちびと酒を飲んでいる深夜1時13分現在。 しかし災難と言っても、原因はほとんど自分にあるのだ。相手の言っていることを全て受け止めてしまう。肯定してしまう。嫌だなと思っても相手を否定することは僕にはできない。そんな勇気は持っていないのだ。そんな自分に呆れ、さっきつい「は?」と言ってしまった。世間一般から見ればきっと、「嫌なら断ればいい。そんな風に嫌でも断らないで溜め込まれている方が迷惑だ。」などと思われてしまうと思うが僕にとっては「断る」という行為自体、8年前に友人からの誘いを断ったら絶交という最悪な出来事が起きて以来怖くなってしまったのだ。 しかしやはりずっと受け止め続けていくことも疲れる。でも無理だと言うことも怖くてできない。 「どうしたらいいんだ・・・」 夜の闇に吸い込まれて言った言葉。 気がつけばそのまま眠ってしまい、テーブルに置かれた三分の一ほど中身の入った缶ビールと手に握られたスマホの画面に映し出された、「大丈夫か?時間ある日教えてくれよ。久しぶりに遊ぼうぜ」と言う大切な親友、藍からのメッセージだけが残されていた。 「・・・何なんですかね本当に」 大好きなクマのぬいぐるみに話しかけながら今起きた出来事を頭の中で整理する。 のんびりしていた午前中。私が逆らえないTOP3の中の一人、父上に呼び出され、何かあったのかと脈を早めながら行ってみたら突然言われた「フルール、お前は一回この国から出てみなさい」という一言。そんなことを突然言われたら 「は?」と言いたくもなるだろう。 この国から出る。今まで考えたこともなかった。私たちがいるこの世界は、よく知られている地球とは少し違う星に存在している。地球と比べれば私たちの星はごま程度の大きさしかないのだ。しかし、だからといって生活に困っている訳ではない。地球の人たちが言うガスや水道、電気などはあるし天候にも恵まれている。充分快適な暮らしを送っていたのだ。なのにどうして。この国から出なくてはならない? 「どうしてですか父上、私は何か良くないことをしてしまったのですか」 「いや、何も悪いことはしていない。ただ、一回外の世界にも行ってみた方が良いと思ってだな。 「そんな、私は外に出たくなんてありません!」 「分かっている。お前は新しいことに挑戦すことは嫌いだもんな」 「そういう訳ではないですが・・・」 くそ。完全に私の心を読まれている。さすが父上だ。 「とにかく、一度外に出てみなさい。向こうの誰かについて行ってみるでもいい。お前の中の常識か何かが間違っていたんだと気付くはずだ。気づかない限り、こっちに戻ってきてはいけない。行く前と行った後では、必ずお前の中の何かが変わっている」 「・・・わかりました。行ってみます」 なるほど。なるほどなるほど。ほう。 「本当に行かなければいけないのか・・・」 思い出せば思い出すほど事実を突きつけられているようで苦しくなる。大体外に出たところで何が変わるというのか。それに誰かについて行くだなんて言われても・・・ 「どうにかならないのかなぁ」 もう決まったことではあるのだが、何となくまだ行かなくて済む方法は無いのかと考えてしまう。 ふと外を見ると、何人かの子たちが楽しそうに追いかけっこをしていた。 「羨ましいな」 ついそんなことを呟いてしまった。 呟いてしまったというのも、私にはあまり友だちがいない。いや、いるのだろうが私が塞ぎ込んでしまうせいでその線が曖昧になってしまう。難しいことなど考えずに、流れに身を任せるように行動できればいいのだがどうしても私は深く考えてしまう。 この子との関係は本当に友達と呼んでも良いのだろうか。向こうは内心、私のことをどう思っているのだろうか。 そんなことを考えていたらいつの間にか私は家から出なくなっていて、顔を上げたらぬいぐるみのつぶちゃんだけが私の話し相手となっていた。 正直に言えば、私もみんなと遊びたい。くだらないことで笑いあって、嫌なことも共有しあって、そんなことをしてみたい。最後にそんなことをしたのは何年前だっただろうか。あぁ。考えていたら辛くなってきた。一回寝よう。 「おやすみ、つぶちゃん」 静かになるともっと鮮明に聞こえてくる、子どもたちの楽しそうな笑い声や草木が重なり合い揺れ動いている音。一方部屋の中から聞こえてくるのは自分の呼吸している音と殺風景で重いだけの空気。外と中というだけでこんなにも違うものなのかと目を閉じながら笑ってしまった。 寝静まった頃、涙が頬を濡らしていたことは誰も知らない。 重い体を引きずりながら国を出た私は、とりあえずどこかへ行こうと一番栄えているであろう地球へと向かった。適当に飛んで行った場所は丁度夜だったらしく人の影はほとんどなくて、道を照らすライトと様々な建物の窓から覗く生活が見えるような光たちだけが、街の中から「私を見て」と騒がしい昼間の人間たちのように輝いていた。 だがその中で一つだけ寂しそうな、何かを諦めたような光を灯している部屋があった。何となく気になって部屋を覗いてみると、1人の男の人が缶ビール片手に眠っていた。眠っているなら良いかとそっと入って顔を覗き込むと頬が濡れていて、泣いていたのだろうかと心配になった。その時ふと、父上の言っていたことを思い出す。 ——向こうの誰かについて行ってみるでもいい—— 誰かについて行ってみてもいいなら、この人にしようか。理由は分からないけれどなんとなく気になった。いや、もしかしたら私はこの人と重なった部分があるのではないかと思ったのかもしれない。この時はまだ、その理由に気づかなかったのだ。 藍からのLINEが来てから数日、仕事が休みだった僕は遊びに出かけた。 どこかへ行くのは久しぶりだったし、俊介、藍とは結構長い付き合いなため息抜きできるかなと楽しみにしていた。 今日はサップをやりに行くらしい。一時期、結構話題になっていたスポーツらしいが僕は流行に乗り遅れるタイプなので普通に知らなかった。それを俊介に伝えると「まじか」という顔をされた。え、サップ?今回を機にしっかり覚えておきます。はい。 僕と同じように知らなかった方にご説明しておきますと、サップとはスタンドアップパドルボードの略称で専用のボードに乗ってパドルで漕ぎ進むウォータースポーツだそう。 すごい時代だなぁと頷いていると同時に、僕は忘れていた。今僕はとてつもない災難に襲われているということを。 サップは川の方でやると言うことなので、僕たちは移動した。だがしかし、真ん中を歩く僕の横の二人の雰囲気が何か良くない気がしたのでとりあえず明るい話題を話して誘導しようと試みた。 「というか二人はサップ、やったこと——」 「遥はどう思うん?」 「え?」 おいおいおい。せっかく僕が話しているんだから遮らないでくれるかい俊ちゃん。 「藍の彼女だよ。絶対あの女、藍以外にも男いるって。」 いやいやちょっと待て、藍彼女いたの?僕そこから知らないんですが。 「俊介に俺たちのことをどうこう言われる筋合いはないんだよなぁ。」 「俺はお前のことを心配して言ってやってるんだよ。」 「ありがとうね。だけど余計なお世話なんだわ。」 「あぁそうですか。じゃあお前は他に男がいるやつと付き合っててもなんとも思わないんだな。」 「そこまで言わなくても良くないか。まだそう決まった訳じゃないだろ。ちゃんと知りもしないくせに余計なこと言わなくていいんだよ。」 うわ、まじですか。僕完全に立ち位置ミスった感じですね。いや〜というか今日はそういう面倒臭いこと起きないと思ったんだけどなぁ。だいたい僕のこと心配して遊びに誘ってくれたんじゃないのかよ。これじゃ結局ストレスになりますよ。 殴り合いの喧嘩を始めそうな勢いの二人を止めようと、遥は一歩踏み出した。が、それが良くなかった。俊介が藍に向けて振りかざした手が遥の持っていたトートバッグに当たり、そのまま中身がいくつか飛んでいってしまったのだ。しかも運が悪いことに、スマートフォンまで飛び出てしまいそのまま川に水没。 俊介と藍はこの出来事に驚き落ち着きを取り戻したが、今度は二人とも焦っている。それもそのはずだ。普通の人間ならここで怒るだろう。現代の若者にとってスマートフォンはほとんど必須と言ってもいい。そんな大事なものを自分で壊してしまったのならまだ良いが他人に壊されてしまったのなら怒らないはずがないだろう。しかし遥は、違ったのだ。 「あ〜壊れちゃったかなぁ」 「あ、あの、遥。ごめん」 「全然大丈夫だよ。それより二人とも、今日は一回嫌なことは忘れて楽しく遊ぼうよ。せっかく僕のためを思って集まってくれたのに、仲良く二人で言い争いされてたら寂しいなぁ僕」 川に入って落としたものを拾い上げながら話す遥は、文面だけを見れば柔らかいオーラを纏いながら言っているように聞こえるだろう。いや、実際もそうなのだが長年付き合っている俊介と藍は気付いてしまったのだ。今の遥は確実に何かが抜け落ちてしまっている。「何が」かは分からない。ただ明らかに、顔を上げる前と後では変わってしまっている。いや、上げる前から何かに追い詰められているような、出口がなくて泣きそうになっている子どものような顔をしていた。だが上げた後は何と言えばいいのか。例えるならもう全てを諦めてしまったような、そんな顔をしている。 「どうしたの?早く行こうよ」 遥は不思議そうな顔でこちらを見ている。あぁ、これ以上遥を壊したくはない。壊したくないからと今日は遊びに誘ったのに俺たちは結局自らの手で遥を壊してしまった。後悔してももう遅い。ならば今からでも普通を取り繕おう。そう思った二人はその後いつも通りの、三人だからこそ作れる距離感で楽しさを演じた。 「どうして・・・」 妖精は心の底から思った。数日前から遥と言う男について行っているのだが、今日は少し変化があった。 友人と別れ家に帰ってきたのは良いのだが、遥はそれから随分の時間玄関で蹲ったままなのだ。理由は私にもわかる。きっとあの川での出来事が彼にとっての大きなスイッチになったのだろう。遥を元気づけたいのは山々だが、私は人間から姿が見えないようになっている。今まではこの謎の仕組みを特に気にしたことはなかったのだが、今はとても不満に思う。不便だな。 あぁ。だがしかし、突然こんなよく分からない物体が現れても困惑するだけになってしまうのではないか。「ずっとあなたを見ていました」。突然自分にそんなことが起きたら怖すぎるな。見ていたのは数日前からだし。何もかもが違う。 でもきっと、遥は今誰かに相談したいという訳でもそばにいて欲しいという訳でもないと思う。私がそうだからだ。自分が今変わってしまっているということはきっと自分自身が一番よく分かっていると思うし、話を聞いてもらうと言っても誰に話せばいいのか分からないのだと思う。話したところで適当な相槌、共感をされても「どうせ分かってないだろ」と思ってしまい、そのせいで「なんてことを思ってしまったんだ僕は」と余計自己嫌悪に陥ってしまう。まさに負の無限ループ。 「がんばれ」 今の私には、そう声をかけることしかできなかった。 煩わしい。ここ最近はずっとその言葉で頭の中が埋め尽くされている。 今まではいくら嫌なことがあってもここまでにはならなかった。勿論表向きはそんなことは感じ取らせないように気をつけているが正直それも限界になってきている。こんな風になったのは俊介、藍との一件があってからだ。何があったのかはもう思い出したくもないので語らないが、とにかくあれは僕の体には相当なダメージが来たらしい。 そのおかげでここ最近は誹謗中傷、政治家たちのくだらない罵倒、専門の知識もないただの芸能人が熱く自論を語っているニュース番組、誰かの結婚報道に対してあることないこと騒ぎ立てて書いている馬鹿みたいな記者たち。ここら全てが鬱陶しくて仕方がない。 いや、今一番鬱陶しいのはそんなことを考えている自分自身なのだが矛先をそこに向けてしまうと本当におかしくなってしまいそうで怖いのだ。結局自分もあの人たちと何ら変わらないな、ゆっくりとコーヒーを飲みながらそんなことを考えているとスマホの通知音が鳴った。あれからスマホは新しく買い替えた。もともと結構長く使っていたものだったし、そろそろ変えようと思っていたのでちょうど良かった。まぁ少しショックだったが。 「誰だろう」 そう呟きながら画面を見ると、家族からだった。内容はといえば、近々ご飯を食べに行かないかということだった。そういえばしばらく会っていないな。もうすぐ休みも入るし、ナイスタイミングだ! OKと普段あまり使わないかわいらしいスタンプを送り、時間を確認するといい頃合いだったので「よいしょ」と重い腰を持ち上げ席を立った。 「家族とももうすぐ会えることだしお仕事あと少し、頑張りましょう俺」 コーヒー美味しかったからまた来ようかな。そんなことを考えながら、太陽で熱くなったコンクリートの上を歩き出した。 そんなことありますかね。そう内心で自分に問いかけながら、今できる最大限の笑みを顔に貼り付けた。 やらなければならない仕事を片付け寮に帰ると、嫌がらせかと言わんばかりの上司からの飲みの誘いが待ち構えていた。飲みに行くと言うだけでも憂鬱なのに、「この日どうかな」と言われた日時は家族の元へ帰る日としっかり被っていたのだ。 あぁ、どうしよう。行きたくない。だがこの誘いを断ったら自分はどうにかなってしまうんじゃないのか。どうにかなってしまう訳はないのだろうが、今の自分の頭は正常に働いていない。マイナスウェルカムな脳内にとって、この一大イベントはとても大きいものだった。 「すみません、予定だけ確認してきてもいいですか?」 「あぁ、もちろん。返事はいつでも大丈夫だからね。」 優しい上司で良かった。いや、普通の返答か?でもまぁとりあえず切り抜けられたので一安心です。部屋に戻りながら、久しぶりに心からの微笑みが漏れ出た気がした。 さぁ、どうするんだ遥。ベッドの上でぐるぐるしていても何も変わらないぞ。 誘われた時から24時間ほど経ち現在。急に「あ」と大きな声で言ったかと覚えば誘いを思い出したのか、さっきからずっとあの毛布にくるまって唸っている状態です。 私としては家族とのご飯へ行った方がいいと思う。今の遥は何となくだが、家族の方がいろいろ解れるだろう。上司との飲み会なんて金、時間、体力が削がれるだけだぞ。「仕事の話をするぞ」なんて言われてもだったら仕事中にしてくれという感じだしもう既に酔ってるんですか?と言いたくなるような返答が返ってきたらいっその事無視してしまえばいいのではないか。社会人のことは私にはよく分からないがそのくらいの気持ちでいこうよ遥くん。 あぁ、もうせめて声だけでも遥に届きはしないのだろうか。届けと願いながら心の中で叫べば伝わるかもしれない。勘だが、今なら伝わるかもしれないと思った。そして、今を逃せば本当に遥には届かなくなってしまう気がした。些細なことだが私はこれをきっかけに、遥に変わってもらいたいと思ったのかもしれない。少しの間しか見ていないが、私には遥がいつどこででも無理をしているように感じていた。いつでも相手のことが一番、自分の気持ちは押し殺して、後回しにして接しているようだった。遥の周りにはいつも人がいたが、誰一人として遥の気持ちを考えているようには感じられなかった。大袈裟にいえば言いたいことだけ言って帰っていくような。ごみ捨て場のような使い方をしていた気がした。 そんな遥を私が救うなんていうのは自分でもおかしなことを言っていると思うが、少しでも役に立ちたいと思った。 「自分の気持ちに正直になって、遥。遥はもう充分頑張ったと思うよ、私は」 そう思ったとき、なぜか自分の声が反響したような気がした。まさか伝わったのだろうか。いや、伝わっていなくてもいい。ただ一つだけ、自分の中で何かが変わったような気がした。 どうしようか。行くべきなのだろうか。うぅ。助けて青ダヌキさ〜ん。 そんなくだらないことをうだうだと考えていたとき、強い風が吹いたなと思ったと同時に開けていた窓の隙間から桜の花びらが入ってきた。 「桜・・・」 こんな隙間から入ってくるもんなのか。確かに目の前に桜の木はあるけど、とよく分からない感想を抱きながら手に取った時、何故かは分からないが僕を後押ししてくれたような気がした。この桜が?いやいや、何を言っているんだ僕は。だけど確かに、勇気が出た気がした。 「よし」と言いながらゆっくりと立ち上がり、僕は上司の元へと向かった。この時間ならまだあそこにいるはず。 「あの」 「おぉ、どうした如月」 「すみません、飲み会の件なんですけどその日家族との予定が入ってしまいまして・・・」 「あぁ、家族か。ならしょうがないな。」 「せっかく誘っていただいたのにすみません。お店が燃えたら、参加させていただきます!」 「おぅ!頼んだぞ!」 ブラックジョークが通じる人で良かったと思いながら部屋までの道を進む。同時に、この断ったという行為がひどく久しぶりな気がして涙が出そうになった。この寮の廊下、出て行っても忘れなさそうだ。 今まで怖がっていた「断る」ということ。きっかけとなった絶交事件も、今思えばくだらないことだったなと思う。その子とはきっと、元から友達ではなかったのだろう。 案外あっさり克服できたなぁと思いつつ、さっき降ってきた桜の花びらを手に取る。何故か勇気を出させてくれたこいつ。なにか不思議な力でも持っていたのだろうか。「そんなこと現実にあるんだなぁ」と言いながらお気に入りの本の間に挟んでおく。宝箱とかつくってしまっておくかな、などとこの歳にもなって小学生のようなことを考えるほどに今浮かれている実感はある。些細なことだった。自分が変わるきっかけとなるものは本当に小さいものだった。 テレビを点けると相変わらず嫌なニュースを取り上げている。だが今の僕の気持ちには、煩わしいという単語は見つからなかった。 変えられたのかもしれない。自分が、もしかしたら手伝うことが出来たのかもしれない。あの後、徐に部屋を出て行った遥。数分して帰ってきた遥は、一目見れば分かるほどにすっきりした顔をしていた。少し目が潤んでいる。私が願った後に遥は動き出したのだから、そのくらいの感想は抱いてしまう。 その時、ふと思った。私はこれまで、ここまで誰かに気持ちをぶつけたことはあっただろうかと。今まで無駄に人に期待はするくせに、自分から動こうと思ったことはなかったのではないか。人見知りだなんだと言って、そういった関わりから逃げていたのは自分自身だった。友だちはいた。モーブだって確かに私に寄り添おうとしてくれていた。私のダメなところも含めて、「いいよ」と言ってくれていた。どうして自分は恵まれた環境にいるということに気づかなかったのだろうか。こんなにも、私に優しくしてくれている世界だったのに。 そう思うと、無性に自分の国へ帰りたくなった。私も早く、みんなに伝えたい。自分が思っていることを正直に。 父上、ありがとう。きっと父上が気づいて欲しいと思っていたことは、これだったんでしょう? ここにも桜咲いているんだな。あれから桜を見る度に元気が出るようになった。 数日後、僕は久しぶりに我が家への道を歩いていた。懐かしい。早く犬さんにも会いたい。「携帯機種変したよ」と妹にも自慢してやりたい。家が見えてきた。言いたいことはたくさんある。まずはどんなことを話そうか。楽しみだ。 「ただいま〜」 2週間くらいだろうか。自分の国が懐かしく感じる。父上に早く会いたい。「気づいたよ」と言ったらどんな顔をするだろうか。笑ってくれるかな、それとも涙脆い父上だから「自分が行けと言ったのに寂しかったぞ、おかえりフルール」と泣いてしまうかな。モーブにも会いたい。いろいろ楽しみだ。 「ただいま、父上!」 -おわり- ____________________ 桜はフランス語でFLEUR(フルール) DE(ドゥ) CERISIER(スリズィエ)、という。
おばあちゃんの愉快な大冒険 仲野 聡真(小学5年)
これは、あるおばあちゃんのとても愉快なお話、と言ってもフツーに住んでいるおばあちゃんとはちょっとまた少し違う。 別に平和なわけでもないし、残酷なわけでもない………… まあ、何事も読んでみなくちゃあわからない。 さあ読んでみて! 第1章 おばあちゃんとその周りの人のこと 第2章 おばあちゃんの日常のこと 第3章 マイケルと遊園地に行ったこと 第4章 家族みんなで自転車に乗って海に行ったこと おばあちゃんの愉快な大冒険 (1)冒険の始まり (2)謎の遊園地での冒険 (3)冒険の終わりとその結末 エピローグ 第1章「おばあちゃんとその周りの人たちのこと」 この物語に出てくるおばあちゃんはアメリカの森の中に住んでいたの。おばあちゃんは人づきあいが苦手だったからね。 そこに住み始めたのは最近。 おばあちゃんが住んでいたところには人は少なかったけれど、ほかの住人はちゃんといた。 その一人が「マイケル、ジョンソン」。ここに引っ越してきたのはちょうど二か月前。 あ!言い忘れてたね。 僕もおばあちゃんの近所に住んでいる十歳の小学五年生。まあこれは僕が書いた日記。 それで僕はここへ家族四人でやってきた。 僕、お母さん、お父さん、そして弟。 弟の名前は「レック」、小学二年生かな。おっちょこちょいでビビりな弟。 弟も僕もお互いよくは思っていないみたい。 話は戻るけど、僕がここに引っ越しにやってきたのは三日前。 僕らがここに引っ越しする一週間前、おばあちゃんから電話がかかってきた。 どうやらおばあちゃんも引っ越しをするみたいだ。 そういうことで、僕らが引っ越しする場所とおばあちゃんが引っ越しする場所が偶然同じになったってわけ。 お母さんが「偶然、同じになったけれどよかったわね。きっとおばあちゃんも喜んでいるはずよ。」とか言っていたけど、たぶんおばあちゃんはそうは思っていないだろう。 さっきからみんなはおばあちゃんをとても人見知りみたいに思っているかもしれないけど、まあ無理はない。だって本当に人見知りなんだもん。 だけど僕らにはとっても優しくしてくれるし、前には竹とんぼだって作ってくれた。 まあこれでおばあちゃんについての説明は終わりだね。 ここからは僕が書いた日記。次は2章で! 第2章「おばあちゃんの日常のこと」 うちの窓は大きくて横に長いから、いつでもおばあちゃんの家が見えるようになっている。 まあ、のぞきってわけでもないけど暇さえあればおばあちゃんの家をのぞいていたぐらいだからね。 最初の日はお母さんに少し怒られたけど、僕がずっと見ているもんだからお母さんもあきれちゃったみたい。 今は、夏休みの真っ只中。だから1日中おばあちゃんの家はのぞき放題だ。 それに今日は、お父さんと弟のレックがいない。お父さんは2、3年前に始めた「スポーツバイク」という自転車にはまって、それからずっとやって自転車にはまっている。 森の中はとてもきれいだし、いろいろな道もあるからとてもテンションが上がっているみたいで休日の朝は大体、自転車に行っている。 レックは多分公園に行ったんだろう。友達と最近サッカーをやり始めたらしくそれがとても気に入ったみたい。まあ、あのうるさいレックがいないだけで気持ちがよくなるよ。 おばあちゃんを見ていると、どうやら料理をし始めたみたいだ。ベーコンを焼いているいいにおいがする。 しばらくするとおばあちゃんは、机に座ってコーヒーを挽き始めた。 おばあちゃんが使っているコーヒー挽きはハンドルを回すと音楽が流れてくるやつで、おばあちゃんの愛用のコーヒー挽きだ。 それにおばあちゃんは料理全般が上手だ。前に遊びに行った時も、おいしいオムレツを作ってくれた。何か料理の勉強でもしているのだろうか。 一応念のためにノートにこのことを書いておいた。 書き終えたらちょうどお母さんの料理ができたみたいだ。 げっ!今日は目玉焼きだ!!僕は目玉焼きは好きじゃない。 僕が嫌いなものが出た時は、たいてい犬にあげることにしている。 僕の一家は犬を飼っている。チワワという犬種で、世界で一番小さいらしい。名前は「マロン」 しかし、見た目で判断してはいけない。マロンはとてもよくたべるんだ。 だから、言っちゃえば相棒なのである。それにマロンはとてもかわいいしおばあちゃんもマロンのことだけは認めている。 朝食が終わると僕は、マロンの散歩に出かけることにした。今日はあまり予定がなくて暇だったからだ。いつもはお父さんがマロンを連れて散歩に連れて行くのだが今日はまだ帰ってこないみたいだ。 そこで僕と同じで暇そうにしているおばあちゃんも連れていくことにしたがおばあちゃんは「私はね~腰が痛いからね~。」と言い出した。僕は強制的に散歩に行くるように言ったが、おばあちゃんはもう70歳なのである。もうちょっと優しくしてあげればよかったのかな~と思っている。 話は戻るが、外に出た「マロン散歩組」はわき道を出て車の通りをまっすぐに進んだ。おばあちゃんはさっきの発言と全然違って軽やかな足取りで歩いている。 そこで、500mほど歩いたところでベンチがあったので、少し休憩をしようとした。大体片道1㎞ぐらいで全部を合わせるとかなり長い距離なのだがおばあちゃんもマロンも軽やかな足取りで歩いていくため、寝起きの僕が少し遅れてしまう。 そこから大体1㎞と300m行った所で僕らは小さな小道に入った。少し歩いていると後ろからきた50代くらいの男がまるで逃げるかのように走り去っていった。手にはとても高級な皮のバッグを持っている。 僕はただ急いでいるだけかと思ったが、その瞬間マロンが鳴き始めた。 そしてそれと同時に、後ろから来た女の人が「泥棒よ!!」と叫んだ。 おばあちゃんとマロンは女の人が叫んだ瞬間、猛烈な勢いで走り始めた。とても70歳と体長20㎝の子犬のスピードとは思えない速さだ。 さすがにマロンは、200m走ったところでばてたが、おばあちゃんはまだ追跡をしているようだ。 300mほど走ったところで泥棒は、おばあちゃんに捕まえられていた。 それに、がっちりとドラゴンスリーパーを首に決められていた。さすがのこれには泥棒もタジタジだ。 皆さんも想像してほしい。 300mも自分よりも速い人が追いかけてきて、それで最後にはドラゴンスリーパーを首に決められるところを…………………。 相手が自分よりも若かったりしたらわかるが、70歳のおばあちゃんだ。 恐怖しかない。 そのあと泥棒は無事つかまり、そのあとも散歩は続行したが無事「マロン散歩組」はマロンの散歩を終了した。 そのあと一日が終わったんだけど、寝室に入ってからも散歩のときのことを考えていた。 お母さんたちに伝えたら、とてもびっくりしていたけど、強盗のことなのかおばあちゃんのことなのかわからない。 なんであんなに足が速かったのかというと、たぶんジョギングだろう。おばあちゃんは2日に1回うちの周りを6時から7時くらいにジョギングするんだ。 でも、おばあちゃんはジョギングするときに「えっほえっほ」って大きな声を出すからうるさいったらありゃしない。 それにうちは、夏は夜暑いから網戸にしているんだよ。 僕の部屋に行った後、ちゃんと今日のことも記録したよ。 ようやく寝ようと思ったら、おばあちゃんのコーヒー挽きの音楽が流れてきた。全く、夜中にコーヒー飲んだらカフェインで寝れなくなるのに。それにコーヒー挽きの音楽は結構激しい曲だから、子守歌なのかわからないよ。 第3章「マイケルと遊園地に行ったこと」 前に話したっきり登場していなかったけど、マイケルは最初におばあちゃんの友達になったっていうか仲良くなった人だ。 マイケルは木でお皿や箸を作っている人なんだ。年齢は35歳。ここに移住してきたのは24歳の時らしい。マイケルもおばあちゃんのことが気に入っているみたいだ。 よくおばあちゃんはマイケルの家に行ってお箸やお皿を作って僕たちに自慢をしてくる。 そんなマイケルと今回は遊園地に行くことになった。もちろんおばあちゃんも一緒だ。おばあちゃんは遊園地みたいな、人が多く集まるところは絶対に行かない。多分マイケルがいるから行くのだろう。お母さんやお父さん、レックとだったら絶対に行かないし、僕と一緒だとしてもかなりのことがない限り行かないだろう。 あくまで僕は付添人なのだ。王様の執事、ハンバーガーのポテトみたいな感じだ。 ということで僕たちは今、遊園地に向かう電車に向かっている。マイケルは静かに本を読んでいるがおばあちゃんは眠りこけている。 「なんだ、全然リラックスしているではないか!」と言いたくなるのだが、本人にいうと怒られるのでやめておいた。 そこからバスに乗って降りるまではうまくいったのだが、遊園地まで向かう途中が危うかった。ぼくは地図を手に取って歩き出そうとしたのだが手にした瞬間「ヤバい!」と思った。 なぜかというとおばあちゃんはとても道に迷うからである。 1回だけおばあちゃんと2人でデパートに行ったのだが、その帰りにバスの停留所が見つからず、数時間そこら辺をさまよった記憶がある。そして結局、車でお父さんが助けに来たのだ。 それ以来おばあちゃんと僕は全く信用されていないのだ。 しかし、今回はマイケルがいたので大丈夫だった。 無事に遊園地についたとたんにおばあちゃんは、騒ぎ始めた。なぜか今日は客が全然いないのである。それに理由はもう一つある。実は、おばあちゃんは遊園地に来るのが初めてなのだ。 人混みの場所と思っていたところが、楽しそうな場所とは夢にも思わなかっただろう。 早速おばあちゃんが乗ろうとしたのは「コーヒーカップ」だ。とても有名である。でも、皆さんだったらジェットコースターとかに乗るだろう。 じゃあなぜおばあちゃんがコーヒーカップを選んだのか、理由は一つだ。 静かだからである。これがジェットコースターだと動きだすと乗ってる人たちが大きな声で叫び始めるだろう。 これがコーヒーカップだと、回りはするが流石に叫びはしないだろう。それにカップは一組で1カップだからほかの人と関わらず楽しめるのだろう。 いくら人が少なくても、おばあちゃんは用心深いのである。 ということでコーヒーカップに僕たちは乗った。しかしコーヒーカップは2人乗りだったため僕は1人でのることになった。 今頃おばあちゃんとマイケルの2人は「ラブラブ」みたいなそんな感じになっているのかもしれないが、僕はただただ酔っただけである。 そのあとおばあちゃんは、観覧車に乗ることに決めた。これもコーヒーカップと同じく静かに楽しめる乗り物である。 僕は乗るか迷ったが、さすがに一人で乗るのは寂しすぎるのでおばあちゃんたちが下りてくるまで待っていることにした。 その間にぼくは、お母さんからもらった1500円で近くにあったアイスクリーム屋さんでソフトクリームを買った。そのソフトクリームの値段が300円と意外に高かった。 僕はケチケチなので、「高いな~。」と心の中では思いつつも「うまうま」と言いながら食べていたのだ。それもベンチで、周りに人がいない中。 非常に虚しい。今頃楽しんでいるおばあちゃんたちとは、天地の差だ。 食べ終わってもまだおばあちゃんたちはおりてきそうになかったのでジェットコースターに乗ることにした。 それに乗りながら「うひゃ~~」とか「おひゅ~~~~~」とかわからない奇声を発しながらほぼ誰もいない遊園地の中一人で楽しんでいたのである。 僕は次に、ほかのアトラクションに乗ることにした。少し歩いてみると変な扉があったので入ってみた。 すると中には、機材などがあった。内心では戻った方がいいのかと思ったのだが、中が気になってしまい奥に進んだ。 すると、奥からピエロの服装の人と悪魔の服装をした人が出てきた。さすがにびっくりしたが僕に近づくとマスクを外して怒ってきた。どうやらここは控室だったらしく僕は、コーヒーカップのせいかジェットコースターのせいかわからないが、看板がよく見えていなかったんだろう。 しかし、事情を話すと許してくれて、おまけにピエロのマスクもプレゼントしてくれた。 おばあちゃんたちが待っているかもしれないので急いだ。しかし、僕の予想に反してまだ2人は夢の世界にいた。 僕は二人が近くに来た時そろそろ降りてくるように言ったが大きな声で言ったので人が少ないとはいえかなり恥ずかしかった。 そのあと無事に家に帰ったんだけど、今回は僕はずっと1人だったから次はマイケルと2人で行きたいな~と思っているけどおばあちゃんに気づかれてしまうだろう。 それに今回、遊園地に行ったことで二人はもっと仲良くなったに違いない。まあ、マイケルと行くのもいいけど次はお母さんとかお父さんと行くのもいいかな~~と思っている。 今日のこともちゃんと記録しておこう。想い出を忘れないようにね。 第4章「家族みんなで自転車に乗って 旅行に行ったこと」 前に遊園地に行った時も同じだったけど、最近ぼくは家族と外出していない。だから今日と明日は自転車で家族みんなで海に行って1日泊まってかえってくるらしい。 ということで今、家族みんなで自転車をレンタルしている。レックも行くのだが、行ってもたぶんろくなことがないのでお母さんを説得しようとしたがレックはまだ小学二年生で一人でおいていくのは危ないということでレックも行くことになった。 なぜ僕がレックと行きたくないかというと、レックと家族旅行に行ったときは1回もろくなことがなかったからだ。 みんなで船に乗ったときはレックが船から海にダイブしようとして船を下りなくちゃいけなくなったり、電車に乗っていた時も飛んできた蝶を追いかけて危うく落ちそうになったりと、ろくでもないことばっかりなのである。 自転車を借りるのはお父さん以外の僕たちだけなので、お父さんはとても自慢をしている。 僕は、マウンテンバイクを貸してもらいお母さんとおばあちゃんはママチャリでレックはよく小学生が乗っている派手な自転車を借りたのである。 そしてようやく僕たちは自転車の旅へと出発したのである。都会の通りから1㎞ほど走るとサイクリングロードと呼ばれる自電車専用の道に入った。 サイクリングロードは自転車専用の道なので、かなりスピードを出して走っても大丈夫なのである。しかし、僕の家族にはレックがいるためあまりスピードを出して走れないのである。これはかなり悔しいがまあ、我慢しなければなるまい。 休憩をはさみながら、ようやくスタートから10㎞地点に到達した。スタートが午前6時だったのだが、今はもう午前9時になっているためみんなで「スターバックス」に行くことにした。各自コーヒーやオレンジジュースなどを飲み、また走るのを再開した。 5㎞ほど行くとそこからは、森の中を走るコースになっていた。行ってみるととてもきれいで虫や動物がたくさんいて時々リスの姿も見えた。ほかにも、川や滝、大きな崖などがあってきれいだった。 しかし僕たちはそこで油断してはいけなかった。草の陰から出てきた1匹の蝶にレックが気を取られそこから一人迷子になってしまい、約1時間家族みんなでレックを探す羽目になった。 レックを見つけた後、森の中のコースを抜けたのだが、その頃はもうお昼の時間になっていて、お昼ご飯を決めなければならなかった。 しかし、その所でもお昼ご飯のメニューの意見が真っ二つに分かれた。 僕と父さんは「ハンバーガー派」でお母さんとレックは「フライドチキン派」だ。お母さんは何が食べたいとかそういうことじゃなくて、ただレックの味方をしているだけである。 しかし、父さんがお母さんを論破してお昼ご飯はハンバーガーに決まった。 お昼ご飯を終えまた出発しようとしたが、みんな疲れていたので近くにあった動物園に行くことになった。 その動物園は、檻がついた車に乗って動物にすごく近い距離で餌をあげられるというものだ。 最初聞いた時はそんなに楽しみにはしていなかったが、やってみると、とても楽しくてレックよりも僕の方が喜んでいたぐらいだ。 みんな、体も心もリフレッシュしたところで、自転車の旅はリスタートした。 そのまま10㎞ほど走ると、今日泊まるホテルに到着した。 そこのホテルは、とてもきれいでとても豪華だった。それにホテルで出てきた夕食がとても美味しくてこんな美味しい料理を食べたことがないぐらいだった。 みんなも僕と同じ気持ちだったみたいで、みんな満足して部屋に向かって、お風呂に入ることになった。 順番でお風呂に入っていくんだけど、このお風呂がまた凄くて、最初にいった時はお風呂の底に穴が均等に空いていて、「なんだろう?」と見てみたらレックがそこにあったボタンを押してしまった。 しかし、そのおかげでお風呂の穴のなぞが分かったあの穴は空気を出すんだ! 試しに、水を入れてボタンを押してみると……「ブクブク」 ってなった!! この時ばかりはレックを褒めた。 しかし、それだけじゃなかった。お母さんがある洗剤を持ってきた。その裏には、「この洗剤を風呂に入れ、ボタンを押すと泡風呂になります」と書いてあった!その洗剤をお風呂に入れて、ボタンを押すと…ほんとだ!泡風呂になった! そのことを知ってから僕は1時間ほど、泡風呂に入っていた為、のぼせてしまった。 しかし、まだ終わってはいなかった。僕がお風呂から上がったときお母さんとお父さんは買い物をしに行っていたため、僕とレックの2人きりだった。 上がった直後にベットの近くでなにか「ピロピロ」という声がするのだ。恐る恐る近づいてみるとそれはレックが電話をしている音だった。それもロビーにだ。 レックは何をやっていたのかというと、ロビーに自分の食べたい料理を注文して、自分の部屋に持ってきてもらうとしてたんだ。 僕は今すぐやめさせたが、時すでに遅し。なんと何万円という額を支払わねばならなかったのだ。 レックは学校で漢字も全然読めなくて、発表するのも苦手なのに、なんでこういう時にだけそういう力を発揮するのかがよくわからない。 しかし、今もあの時もうちょい早くお風呂から上がって、レックに頼んでおけばよかったな~~と心の中では思っているのである。 次の日の朝、僕たちは朝食を食べようと下に向かった。 しかし、朝食を食べるところにつくまではよかったのだが、ついたとたん待ってましたとレックがわめきだした。 どうやら朝食がソーセージだったのだが、急に魚肉ソーセージが食べたいらしい。 皆さんも考えてみてほしい。例えばハンバーグ屋さんに行ったときに息子がハンバーグを頼んだのだが、急にチーズハンバーグが食べたいと言い出したのと同じだ。 さすがにこれには、父さんもぶちぎれた。お母さんもまたレックを守ろうとするのか見ていたが、さすがに今回は無視していた。 しかし、父さんもあそこまで怒らなくてもよかったかもしれない。なぜなら、父さんが怒ったためレックがもっと泣いてしまったのだ。 それに、とてもうるさかったため店の人に起こられてしまったのだ。 その結果うちの家族は、近くにあったコンビニで魚肉ソーセージを食べる羽目になってしまった。 朝っぱらから気まずい空気になってしまったため、お母さんが水族館に行こう、と言い出した。 確かに、レックは水族館とか海の動物とかが大好きだ。水族館に行けばこの気まずい空気を解消できるかもしれない。 早速僕たちは、自転車で水族館に向かった。 思っていたより水族館は近くて30分ほどで到着した。 券を買って、中に入るととてもきれいでよくテレビで見る水中トンネルまであって、昨日の動物園に引けを取らない感じだった。 そのあと僕たちは、水族館を満喫し、さっきのことなど忘れて楽しんでいた。 水族館から出てきた後も、その幸せな空気はその後も続いて家に帰るまで特に何事もなく帰ってきた。 帰ってきたときにはみんな朝あった出来事を忘れて、覚えているのはぼくだけのようだ。 家の玄関を開けると待っていたかのようにマロンが飛びついてきた。 家に入るともう5時だったのでみんな休むことにした。 今思うと、あまり外に行かず家の中にいるのも案外、いいかもしれない。 特にレックが騒ぐこともないし、何か大きなトラブルも怒らないからだ。 でも、久々の家族旅行はとても楽しかったので、また行かないかと企んでいるのである。 【おばあちゃんの愉快な大冒険】 この大冒険の名前が「おばあちゃんの愉快な大冒険」っていう題名だけど、もしかしたら違うかもしれない。この物語は、ちょっぴり不思議でちょっぴり怖くてちょっぴり愉快な大冒険だ。 (1)「冒険の始まり」 今、思えばあの時から始まったのかもしれない… あの日おばあちゃんはとても大喜びだった。なぜなら、友人のマイケルと久しぶりに遊園地に行くからだ。 しかし、今日は行くのをやめておいたほうがいいと思った。まあ、特に理由はないが本能っていうかそういうのがおしえてくれるのだ。みんなはとうとう僕の頭がおかしくなってきたんじゃないかと不思議に思っているだろう。 確かにおかしいとは自分でも思っているが、勘がささやいているのである。 おばあちゃんにこのことをゆうと、おばあちゃんは全く僕の話を聞かず、一人で行ってしまった。さすがに、おばあちゃんとマイケルだけでは少し危ないと思ったので愛犬のマロンを連れて、僕もついていくことにした。 おばあちゃんは何か楽しいことがあるとすぐ一人で行ってしまうため、非常に危ない。そうなって危ないことになった時がいくつもあるがその中の1つをご紹介しよう。 ①エスカレーター事件 この事件は一番しょうもない事件のため手短に説明する。 その日おばあちゃんは僕と一緒にデパートに行っていた。何やらとてもきれいな服が売っているらしい。 おばあちゃんはその服をすぐさま手に取ると、ダッシュで下の階に走って行った。おばあちゃんはエスカレーターに乗ろうとしたが、勢い余って逆の方向のエスカレーターに乗ってしまい、靴が引っ掛かって後頭部を「ガン!!」とぶつけたのである。 幸い血は出ておらず、たんこぶができただけであった。しかし、この騒動に救急車やら警察やら集まってとても騒がしくなってしまったのだ。 このようにおばあちゃんがはしゃぐとろくなことがないため、僕とマロンがついていくことにした。 おばあちゃんたちに追いつくと、おばあちゃんはとても嫌な顔をしたが、「まあいいか」的な感じであしらわれてしまった。 まあ、そんなことはどうでもいいのである。僕は今日、何事もなく暮らせればいいのだ。 遊園地にはマイケルがいたため、迷わずたどり着くことができた。 しかし、到着した遊園地がとても変だったのである。おかしいなと思った点は1、お客がいない2、従業員がいない、ということである。 1はまあ、あり得るが、2はどう見てもおかしい。 皆さんもわかると思うが従業員がいないとお金も払えないし、ご飯も食べられないし、第一アトラクションが動かないではないか。 行くはずだった遊園地ではないのだろうか。いや、マイケルがいるからそんなことはないはずだ。 だとしたらもうつぶれてしまったのか… 僕たちは一応遊園地をすべて調べてみたが、ひとっこひとりいなかった。 おばあちゃんはもうすでにテンションが下がっていたが、気を取り直して、「気分だけでも味わうためにジェットコースターに乗ろう」と言い出した。 そうしてジェットコースターに乗ろうとした瞬間、「ガタ、ガタ」と音を出して動き出した。僕たちは急いでシートベルトをして待っていた。しかし、途中のピエロの顔のトンネルに入った時にみんな意識を失ってしまった…。 (2)「謎の遊園地での冒険」 目が覚めたとき、僕は長い時間寝ていたみたいだった。まだここがどこなのかわからない。みんなはそろっていたけれど、みんなも僕と同じでここがどこなのかわかっていないみたいだった。 周りを見てみたけれどさっきと違ってお客もたくさんいたし従業員もいた。 でもひとつおかしかったのは定員が全員ピエロの仮面をかぶっていてその仮面が僕たちが気を失った時のトンネルのピエロの顔と同じだったことだ。 まあ、ほかは特に奇妙なところはなかったので気にしないことにした。 ピエロの話によるとここの遊園地は昔、つぶれそうになっていてその時に助けてくれた人がいてその人がかぶっていた仮面がピエロの仮面だったらしい。 それに今日はサービスで1日泊まることができるらしい。ちょっとおかしいと思ったが、みんなが賛成していたので僕も行くことにした。 部屋に向かうと隣にも泊っている人がいて、またこの遊園地のことを教えてくれた。 その住人は2人いて高校2年生2人組で1人はとてもお調子者で名前は健太、もう1人はとても静かで名前はしょうたというらしい。ふたりとも日本からアメリカにやってきたみたいだ。 話によるとここは幻覚の世界で脱出しないとつかまって洗脳されてしまうらしい。 しかし、脱出しようとすると警備が厳重なためつかまってしまうのだそうだ。 この2人も脱出しようとしたが失敗してしまったらしい。 最初はみんな信じなかったけど、嘘ではないみたいなのでとりあえず気を配ることにした。 僕たちのとまる部屋は意外ときれいで、清潔だった。ベットや冷蔵庫もあったし、何とテレビまであった。 しかし、健太は気をつけろと言ってきかない。そのままずっと快適に夜まで過ごせたんだけど、健太が言っていたことが本当ならば、今日の夜か、明日に誰かがつかまえにくるのだろうか。 そう思うと夜も眠れなかった。それに妙な音がずっとなっているので、ピエロが来たのかとついつい思ってしまう。 健太の言っていたことは本当なのだろうか。 家族みんなも僕と同じ気持ちみたいだった。 ………………………………………………………… 昨日はピエロたちに襲われはしなかったけど、もしかしたら今日は来るかもしれない。 朝起きると健太がやってきて今日ここから脱獄しようといい始めた。僕は何を言っているんだと反論した。なぜならもし、ただ悪気のない定員だったらもしかしたら警察に捕まってしまうかもしれないのだ。 しかし、おばあちゃんは健太の意見に賛成だった。なぜならピエロのことが本当だったら、全員つかまってしまうじゃないかという理由だった。 確かにおばあちゃんの意見も言えてる。そういうことで僕も健太の意見に乗ることにした。 周りを見てみるとピエロたちは集まっていないみたいで、僕たちは見つからないように走った。 しかし、途中で見つかってしまい僕とマロンがつかまってしまった。つかまったのは、鉄格子の牢屋でとても逃げられるような牢屋じゃなかった。 しばらくすると見張りにきていたピエロはおばあちゃんと健太としょうたを捕まえる前に行ってしまった。 しかし、そこにまるで待っていたかのようにおばあちゃんたちが現れ、ぼくとマロンを助け出してくれた。 出口に向かうとそこには出入り口につながっているエレベーターがあった。しかし、そのエレベーターは3人乗りなのだ。 そこで健太が言った「3人乗りだと、1人が乗れないね~。じゃあ君たち二人は乗らないでよ~。それに邪魔だから落ちて!!」そう言って僕とおばあちゃんをエレベーターに突き落とそうとした。 健太は、裏切者だったのだ。健太は自分だけ助かるために、計画をたくさん練っていたのだろう。 しかし、後ろからしょうたが健太の手をつかんで動きを止めた。そして逆に健太をエレベーターに落としてしまった。健太は死んでしまったんだろうか。いや、上から見下ろすと健太が小走りで逃げていく様子が見えたから多分1人で脱出をするのだろうか。こんなに厳重な遊園地からほんとに1人で脱獄できるのだろうか。 ようやくエレベーターに乗り込むと、僕たちは下へと向かった。下につくと、入り口では今か今かとピエロたちが待ち伏せをしており、とても逃げられそうになかった。 ギリギリのところでしょうたが裏口を見つけ、脱出したのだがピエロたちに悟られてしまい、囲まれてしまった。 僕らは、ピエロたちから逃げるためにジェットコースターに乗ることにした。ここの遊園地のジェットコースターはスタートとゴールが違う場所なので逃げることができるのである。 ぼくらは早く乗り込み、スタートボタンを押した。道を走って追いかけてくるピエロもいるが、ジェットコースターのスピードにはついてこれないようだ。 ほかにも後ろからジェットコースターに乗って追いかけてくるピエロもいたが発車するのが遅かったため僕たちには追いつけはしなかった。 (3)「冒険の終わりとその結末」 何とかピエロたちを振り切った僕たちだったが、まだ油断はできなかった。なぜならこの遊園地の中にはたくさんの防犯カメラがついているその映像を見て僕たちを逃がすまいと、しぶとく追ってくるはずだ。 昨日、健太が言っていたのだがここの異世界から元の世界に戻るには、さっき乗ったのとは別のジェットコースターに乗ってまたピエロの顔のトンネルに入るとこの世界から脱出できるらしい。 まずはそのピエロの顔のジェットコースターを見つけないといけないのである。近くに地図があったので見てみたが、そのジェットコースターまではかなり遠いことが分かった。 それにピエロたちもそろそろ追ってくるはずだ。急がないといけないのである。 ……………………………………………………………… ようやく、ジェットコースターに到着したが、予想通り100体ほどのピエロがジェットコースターの周りをパトロールしているのである。僕は正面突破は不可能と考えて、作戦を考えた。 まず、マロンがピエロたちの気を引くために前に出て、そこにピエロたちが1か所に集まるのを利用して、僕とおばあちゃんはピエロたちの後ろからジェットコースターに向かうのだ。 しかし、この作戦には2つ弱点があって、1つめはあまりピエロたちがあまりマロンに集まらなかった時である。言っちゃうとピエロたちから見るとただの犬なのである。そんなに注目するものでもないといえる。 もう1つはマロンが気を引いた後である。もしかしたらつかまってしまうかもしれない。 そして作戦は始まった。まず、マロンが気を引くのだが意外と、ピエロたちが集まってきてジェットコースターの周りの警備が手薄になった。 そして僕たちは、ピエロの裏から回り込みジェットコースターに向かおうとした。その時におばあちゃんがマロンがおいてかれているのに気づいて、マロンの方向にダッシュしていった。 おばあちゃんのスピードにピエロたちはついてこれず、みんな乗り込んでからジェットコースターは出発した。途中でジェットコースターに、しがみついてくるピエロもいたが、猛烈なスピードに引きはがされ、ジェットコースターから落ちてしまった。 そしてまた、僕たちは最初のようにピエロの顔のトンネルが現れその顔に飲み込まれていったのだった…… 気が付くと僕たちは、最初にいた遊園地にいた。 周りを見てみると、さっきの遊園地とはまるで違って、お客も従業員もいなかったけどそれが今はとても安心した。 近くには僕たちを探しているマイケルがいた。マイケルに会いに行くとマイケルはとても驚いていたが、今までのことは言わないことにした。 マイケルが早速、この遊園地のことを調べたというので教えてくれた。 この遊園地は、昔とても有名な遊園地だったけれどある事故があってその頃いた従業員とお客さんがみんな、その事故で死んでしまったらしい。 そんなことがあったんで、お客が来なくてつぶれてしまったらしい。 全く、気の毒な遊園地だ。あのピエロたちも理由なく襲ってきたんじゃなかったんだ……。 しょうたも相槌をうちながら話を聞いていたが、さすがにこのことは知らなかったらしい。 ここでしょうたとはお別れだ。一緒にピエロの遊園地を脱出してきた仲間だ。別れるのは寂しいが、多分しょうたのお父さんとお母さんも心配しているだろう。 しょうたと別れると、僕たちは帰ろうとしたが早速、おばあちゃんが文句を言い始めた。僕がついてきたからこんなことになるんだとか言い始めた。 そんなこと言われても困る。第一、僕がいなかったらピエロの遊園地から脱出できなかったではないか……………… エピローグ ピエロの遊園地から脱出した後、おばあちゃんはなぜかわからないけどよく家に遊びに来るようになった。 前は、うちになんて絶対に遊びに来なかったのに。どうしたんだろう。 それに、家族だけじゃなく、町にも出かけているみたいだ。全く信じられないよ! しかも、昨日はいっぱいともだちを連れてきて家に遊びに来た。なんで急にこんなことを始めたのか、検討もつかないよ。 まあ、おばあちゃんの人見知りも解消されたみたい。 今日もまた、おばあちゃんが遊びにくるみたい。 「ピンポン、ピンポン」あ!おばあちゃんが帰ってきた。 「ただいま」 『おわり』
きみに贈る「だいすき」 染谷 葵(中学1年)
きみはとても不器用で。なにをやっても失敗して、その時は注意ですむけれどまた同じ失敗をしてその時はがっつり怒られて。けどそうやってたっぷりの濃い愛を注いでもらってるきみが、少し、いや、とてもうらやましいんだ。 きみはゲームが大好きで暇なときにはゲームをしているそんな弟だ。自分から「勉強をする」といった日の次の日はだいたい雷雨が島を襲う。そんなきみの目が最近おかしい気がする。パチパチパチパチ 目を開いたり閉じたりしていた。だから母がきみを眼科に連れて行った。結果はドライアイ。きみはそこまで驚いていなかった。けど母はこの状況をどうにかしようと作戦を立てた。きみがゲームをすることを禁止したのだ。名付けて「NOゲームデー」だ。この名前は私が私の心の中で勝手につけた名前だ。なかなかいいかも、と自画自賛した。 けれどこの「NOゲームデー」を行うのは土、日、曜日の2日間だけ。土曜日は母がいるけれど、日曜日は母がいない。だから私ときみだけで過ごすということだ。明日はすごい1日になるぞ、と夜に来た雷と大雨が教えてくれた。 土曜日は私の予想通りの1日になった。 「ゲーム!ゲーム!ゲーム!ゲーム!なんでゲームしちゃダメなの!?」 と、きみはカンシャクを起こす。暴言を吐き、ものにあたり、人にもあたった。きみが泣いても母はゲームを渡さなかった。「暇だから」という理由で始めた勉強もノートを開いた瞬間にやめた。「外に出て遊んできなさい!!」と母にしかられたきみは仕方なく散歩へ出かけた。行先はきっと 「ロウソク灯」家の前にある花ノ小道を通り、その少し先にある藍を流したような深い青の湖にそって道を行くと、灯台が見える。きみの住むこの小さな島は、藍を流したような湖の愛称、「藍湖」と、先のとがっているロウソクのような灯台「ロウソク灯」の愛称をとって「藍のロウソク島」と、呼ばれている。ロウソク灯の中には入ることができる。そこから見る景色は絶景だ。運の良い日はピンクの雲に青い空、限りなく広がる透き通った海が見える。夕日が見える日もあれば、うろこ雲が見える日もある。今日はどんな空だろうか。家から見える雲は灰色だ。ロウソク灯からもそう見えるだろうか。とても心地よく、落ち着くはずだ。どんなそらでも。きみも今頃はそんな気持ちだろう。 しばらくして、きみが帰ってきた。どことなく不満げだったが、やっぱり落ち着いていた気がする。 今日は雷も雨も来なかった。 日曜日の朝、きみはとてもすっきりとした顔で起きてきた。運動をした後にシャワーを浴びて服も着替えて「疲れたー」というときの顔だ。 土曜日とは全然違う。「ゲームしたい」とだだをこねることはあっても意外とすぐにおさまる。 自分で「まあ、いいや、やっぱり」と言い解決するのだ。きみには悪いけど、「信じられないよ、私」 とつぶやいてしまった。きみは気づいていないようだ。安心した。 「昼ご飯作る。」 ときみが言った。きみが料理をしたのはたぶん調理実習と母の手伝いくらいのはずだ。きみはまず冷蔵庫の中を見た。 「えっと、あるのが…にんじん、玉ねぎ、キャベツ、ベーコン、豚肉、卵、玉ねぎ」 私はくすっと笑って言った。 「玉ねぎってさっき言ってたよ。」 「あれ??そうだったっけ??」 会話をした。話をした。目を見た。きみがいっていたことを聞いていた。 「普通のこと。」と、普通の人は言うだろう。けど、そのフツウってなに??私にはわからない。だからどうしても、頭の中ではカタカナのフツウになってしまう。 「チャーハン作る。」 きみはチャーハンが大好きだ。「好きな食べ物は?」と聞かれると「お母さんが作るチャーハン!」と答えるくらいだ。だからきみは母がチャーハンを作っていると必ずその様子を見る。多分きみはチャーハンを作れるだろう。 きみは手を洗い始めた。これでもか、というぐらい。そしてお米をとぎはじめた。結構つぶがこぼれてしまっていた。きみは一生懸命だ。きみの一生懸命なすがた、久しぶりに見た。ゲームをしているときの一生懸命は偽物だったのか、というぐらい。きみは炊飯器のスイッチを押した。水の量があっていますように…と強く願った。きみは具を切り始めた。まずはにんじん。サイコロ切り。少し大きい気がした。けど、無傷だからいいんだ。と私は自分に言い聞かせた。次に玉ねぎ。みじん切り。目に涙を浮かべながら切っていた。 「お母さんはこんな思いをしながらチャーハンを作ってくれているのか」 ときみはつぶやいた。優しいなと素直に思った。「そういうやさしさ、きみにしかない宝物だね」といつかは言ってあげたいな、とも思った。最後はベーコン。具がこれしかないのは少し寂しい気がする。と思っていた矢先、きみが 「エビがない」 と言った。 「買ってくる」 とも。商店街の魚屋さんに行けば買える。きみは500円玉をポケットの中にしっかり入れた。そしてもう一度確認した。変なところで心配性が出るな、と思った。普段は携帯でさえわすれるのに。 きみは自転車で商店街へ向かった。花ノ小道から少しすると坂がありその坂のアップダウンが激しいから、自転車を使って商店街へ向かったのだろう。きみは魚屋さんについた。店番は天音ちゃんだ。天音すごいかわいい、いや、美しいきれいな、名前だと思う。美しい名前の天音ちゃんは、お店に行くとすごくやさしく対応してくれる。そして誰も知らないような豆知識のようなことを教えてくれる。きみは天音ちゃんに話しかける。 「こんにちは。エビ、買いに来ました」 「エビ、分かった。何に使うんですか??」 「チャーハン。今作ってるんだ」 「すごいじゃないですか!今チャーハンにぴったりのエビ、持ってきます。」 天音ちゃんがエビを持って来てくれた。10匹くらい。きれいな紅色。3センチくらいのしっぽつき。きみのその不器用さでエビを傷つけずにしっぽをとれるだろうか。 「ちょっと待っててください」 天音ちゃんが言う。少し低い声が君の体すみずみまで届く。5分くらいたってから天音ちゃんが店の奥から出てきた。エビのしっぽがなかった。天音ちゃんがとってくれたことを理解したきみは「ありがとう」と何度も言った。天音ちゃんがエビを渡したとき、誰も知らないようなことを教えてくれた。 「電車に乗るときだいたいの人は右足からのるんですよ。昨日気づいたんですけどね。不思議ですよね。計算して乗っているわけではないのに」 きみは家に着いた。 フライパンに油をしいた。お米はたけていた。きっと具を切るのに30分ぐらいかかっていたからだろう。しっかりたけたお米をフライパンに入れて炒める。そこに卵を入れて混ぜる。ずいぶん重そうだ。できる限り力を込めて混ぜている。そこににんじん、玉ねぎ、ベーコン、天音ちゃん特製エビ、を加えてまたいためる。いい感じ。いいにおいもする。最後の盛り付けも成功。 「いただきます」 きみと声が重なる。黙食、だ。 「おいしい?」 きみが恐る恐る聞く。そういえば、私の顔、無表情だったかもしれない。 「おいしいよ」 少しだけにこっとした。きみもにこっとした。 きみは1時間くらい昼寝をした。もうそろそろ起こさないと、と、思っていた時インターホンが鳴った。 「おーい ゲームしようよぉ」 きみの友達が言った。きみが寝返りを打った。急がないと。あわてて答えた。 「えーと、えーと、今いないのでまた今度来てくれませんか??」 「今度っていつ?」 手強い。 「わかりません」 やばい、怖い声になってしまった。きみがまた寝返りを打つ。 「ふーん」 「ふーん」だけで返すなら、そんなこと気にする必要なかった。 「じゃあ」 といってその場を去ってしまった。私はいらだった。かたぬきの最後の一辺をかたぬくときに割れてしまった感じ。それが終わったのを見計らったかのようにきみが起きた。ムックと起き上がった。きみは冷えた麦茶を飲んだ。 ちょうどそこに母が帰ってきた。 「ただいま」 母が言うと、間髪を入れずに 「おかえり」 と私ときみが言う。 「ゲームやらなかった?」 母が聞く。きみは自信満々に答える 「うん!!!!!! それと昼ごはんにチャーハン作ったんだよ!」 「えっ!? そうなの?おいしくできた?」 「まあまあ、ね」 私が答えた。本当は「めっちゃおいしかった」と言いたかった。 「じゃあ」 なんか嫌な予感がする。 「ゲームやっていいよ」 えっ!?噓でしょ。私は混乱しながらも言った。 「がんばってゲームしなかったんだからダメだよ。せっかくだから、もしゲームしたらここまでやってきたこと、全部水の泡になっちゃう」 「分かった分かった」 母が苦笑する。でもきみの目線が痛い。 「ただいまー」 父の声だ。母が状況を説明する。 「よし、じゃあみんなでロウソク灯に行くか。きっと星がいっぱい見えるぞ。さっき雨が降ったからな。」 「よっしょあ」 きみが言う 「いいね」 といったのは母 「うん、」 といったのが私。すごく救われたのに「うん、」しか言えない自分に少しあきれる。花ノ小道を歩きながら危なかったな、と改めて感じた。あと5分、いや、1秒父が帰ってくるのが遅かったら、きみはゲームをしてしまっていたかもしれない。そう思うと、感動するというか、わくわくするというか、私はわたあめのようだな、と思った。甘い味だけどいろんな甘い味がする。感動したけどいろんな感動が混ざってる。藍湖まで来た。特に光っている星が藍湖にのっかっている。とてもきれいだ。そんな藍湖に沿って進みロウソク灯に着いた。ロウソク灯からの眺めは美しかった。ひたすら星、星、星、星、この「日」と「生」という感じが組み合わされて「星」という漢字にした昔の人の気持ちが分かった気がした。宇宙船から見たかのようなその光景はまぶしかった。太陽のほうがずっとずっとまぶしいはずなのに見ていると目を細めてしまう。 家に帰った。きみが一番風呂に入ることになった。お風呂からあがったきみは、やり切った顔をしていた。 きみの中に新しいものが増えた気がする。いや、絶対に増えた。 きみの寝る支度ができたようだ。きみは言う。 「おやすみなさい」 おおきくおおきく「しんこきゅう」をする。今までで1番やわらかい「しんこきゅう」そしてその「しんこきゅう」にもっとやわらかい「おと」をのせて、もっともっとやわらかい「こえ」にして、「だいすき」をたっくさんたっくさん込めて、今までで1番やわらかい「ことば」をきみに贈った。 「おやすみなさい」 -おわり-
雨の日の不思議なバーで 長谷川 翔(中学2年)
私はいつものようにバイトの終礼を終えた。今日は金曜日。パラパラとした雨が降っていた。もちろん面倒な先輩からの飲みへの誘いもあったが、それとなく断りいつもとは反対の電車に乗った。これは先週土曜日、急にバーに行ってみたくなり、調べたところいい感じのところを見つけ言ってみようと思ったのだ。少し緊張しているが、インターネット上でソフトドリンクのほうが頼まれていることで有名な店なのでお酒が苦手でも行けるだろうと思って選んだ。自分の家の最寄り駅よりは大きい町だったが、携帯のマップに従って歩くと五分もせずに閑静な住宅街の中のバーにたどり着いた。どうやら家を一部使っているようで、住宅街の中にあるので一目でこの建物だと分かった。 入ると、バーのマスターとしては若めの、メガネをかけたマスターが微笑んできた。 内装はカフェに近く、実際昼はカフェとしてやっているらしい。 私は、なかにあったピアノに一番近い席を無意識に選んでいた。 いい天気 店に、すこししゃれた折りたたみ傘を持った客が現れた。 その男は少しオーバーに見えるくらいに悲しげな表情をしていた。不思議に思っているとマスターがスポーツドリンクと栄養ドリンクを混ぜたものを差し出しながら声をかけた。 「今日は雨なのにすごくしょげてますね。何があったんですか。」 私は『雨なのに』の所に違和感を覚えた。そこで私は聞いてみることにした。 「雨がお好きなんですか。」 すると男はこう言った。 「実は私は傘が好きで、雨の日は駅前でいろいろな人の傘を見て回るのが趣味なんです。」 それを聞いて納得すると共に、より謎が深まった。 それに応えるようにマスターはこう問い掛けた。 「今日も行ってきたんですか。」 すると男は溜め息をついてから話し出した。 「今日のゆうべ、会社の窓を見ながら仕事をしていたら雨が降って来まして。いい小雨だし駅前でゆっくりしようと思っていたんです。したら帰りが遅くなって人通りが減ってしまってできなかったんです。」 すると間髪入れずにマスターが言った。 「なぜ遅くなったんですか。」 すると男はより暗い顔でこう話した。 「実はうちの部長が気分屋で、とても機嫌がわるくて、私の部下がすこしミスをしただけで怒ってしまったんです。」 私は気になって勝手に口が動いた。 「自分のミスじゃないならなぜ遅れたんですか。」 すると今度は不満を爆発してこう話した。 「その部下が部長に可愛がられてる人で、部下を差し置いて怒られたんです。」 その時11時を知らせるテレビの音がした。それを聞いた男は帰ろうとした。そのとき励ますように天気予報のアナウンサーはこう告げた。 「明日は全国的に天気雨になるでしょう。」 私はほほえみながらこう言った。 「明日はいい天気みたいですよ。」 思い出 疲れた顔をした女が入ってきた。席に着いてすぐにマスターに天気予報を聞いた。 私が彼女に明日の天気予報を伝えると、ひどく落ち込み、マスターに牛乳で割ったカルピスを頼んだ。 なかなか彼女が話し出さないので私は話しかけてみることにした。 「何かご予定があったんですか。」 すると彼女は話し始めた。 「明日、思い出がある橋の取り壊しの日なんです。」 するとスマートフォン片手にネットのページを見せながらこう言った。 「雨天決行みたいですよ。」 すると彼女は残念そうにこう話した。 「危険なつり橋なので雨の日は渡れないんです。」 私は必死に励まそうとこういった。 「式典はあるみたいですよ。見ることはできそうでよかったですね。」 すると彼女はため息交じりにこう話した。 「実は一度も渡ったことがないんです。いつか渡ってみたかったんですがね。」 私は一度も渡ったことがないのに思い出なんて変だなと思った。 マスターが思い出したかのように彼女に問いかけた。 「そういえばどんな思い出なんですか。」 すると彼女は悔しそうに話し出した。 「実はいい思い出ではなくて…学生時代、好きだった人につり橋で告白しようとしたけど怖くて渡れなかったんです。つり橋効果を狙ってたんでしょうね。そのあと遠くから告白したけど相手にされなくて。今でもたまにチャレンジしてるんですけど一回も渡れてなくて。」 店内に一時の沈黙が流れた。 マスターが、おかわりを渡しながらこう言った。 「あなたにとっては悪い思い出かもしれませんけど相手にとっては一生の思い出かもしれませんよ。」 すると彼女は今までそんな素振りなかったのに予定ができたといって出てしまった。 時計は12時を回っていた。 雰囲気 お客さんがいなくなり、店内は私とマスターだけになった。 周りを見渡しながら飲み物を飲んでいると、マスターが一度もシェイカーを振っていないことに気が付いた。 しかも明らかにシェイカーより使っているストローをお客さんがくるたびに奥から出して使っているのに一番使う位置に置いてあるのだ。私は、どうしても気になって初めてマスターと会話した。 「シェイカーそんなに真ん中に置いてあるのに全然使わないんですね。」 するとマスターはほほえみながらこう言った。 「実は裏メニューで、昼のカフェの奴を出してるんです。」 そう聞いて、より気になってこう聞いた。 「昼使うならなんでわざわざしまってるんですか。」 マスターは笑いながらこう話した。 「バーの雰囲気がでるからですかね。」 それなら昼がカフェなのは不思議だと思い聞いてみた。 「このお店を始めたきっかけは何ですか。」 するとマスターは話し出した。 「このカフェ自体は、親から受け継いだ建物で、最初はカフェだけだったんです。ただ人の話を聞くのが好きだった私は、もっと話をできるような店にしようと夜はバーにしたんです。話しやすい雰囲気が大事なのでお酒じゃなくてもいいんです。」 それを聞いて、私は今までの変な出来事に納得するとともに、また来たくなった。気づくと、時間は12時半になっていた。 私は終電を思い出し、お勘定をして足早に出て行った。 家に帰るため、電車に乗った。 家に帰ると、明日カフェに行くため、早めに寝ることにした。 おやすみなさい。 -おわり-
いつか、気球に乗って。 小林 杏樹(中学3年)
6時間目、国語。 時計の針は何度見ても15分、ノートには青鉛筆でくくられた「今日の課題」しか書いてない。 そもそも登場人物の気持ちなんてわかるはずないし、興味もないし。 先生の低くて抑揚のない声が、私を眠りへと誘い込む。 「あーあ、はやく帰りにならないかな〜」なんて気の抜けたあくびをして、ボーっと窓の外を眺めた。 緑に囲まれたグラウンド、準備体操の声。忙しそうな赤とんぼ。すべり台で遊ぶ男の子と、それを見守る母親。 窓の中の景色が一枚の絵みたいで、しばらく見入ってしまった。 「あ!あれって…」 男の子がシャボン玉を吹きはじめた。 懐かしい…小さいころ、よくアヤちゃんと一緒にああやって遊んでたっけ。 男の子の身長を軽々超えたまんまるなそれは、ふわりと舞って、はじけてく。 「自由でいいなぁ…」完全に外の世界に入り込んでいた私は、授業中だったことを思い出し、肩を落とした。 最近ずっと、ソワソワして落ち着かない。 理由はきっと… となりの席を見る。 ―アヤちゃん。大丈夫かな。― 真剣な顔つきで先生の話を聞くアヤちゃん。 「はぁ…」 頬杖をつき、吐いたため息で視界が霞んでいった。 「…でね、シャボン玉飛ばしてる子がいたの!懐かしくない?」 「え〜、私も見たかったな!懐かしいね、シャボン玉。」 帰り道、アヤちゃんは笑いながら話す。目も、口も笑っている。 でも私には分かる。分かってしまう。きっと、すごく無理をして笑っていること。 クラスで一番大切な友達の笑顔の裏側を、クラスで私だけが知っている。 「シャボン玉の中から見える景色って、どんな感じなんだろうね!」 アヤちゃんは少し考えた後、「あっ」と目をそらした。 時々アヤちゃんは何かに強く反応することがある。その「何か」が、分かりそうで分からない。 「うん…」 「どうしたの?大丈夫?体調悪いの?」 ここぞとばかりに出てくる言葉は、結局自分が焦っているだけだ。 「ううん、違うの。何年か前、お母さんと気球に乗ったんだ。そのときに見た景色と似てるのかもな…って思ってただけ。」 それだけ言って、うつむいてしまった。 こんなとき、すごく悩む。楽しそうだと笑うべきか、もっと深くまで話を聞いて寄り添うべきか。アヤちゃんがどんな言葉を求めているのか。私の言葉で傷つけてしまわないか。慎重に、慎重に言葉を選ぶ。 「ははっ、どうなんだろうね!でもシャボン玉っていろんな色に見えるから、虹色になっちゃうのかも!」 触れてもいいこと、ダメなこと。なんとなく分かるようで、曖昧で、難しい。 「虹色の景色か〜!ちょっと試してみたいかも!」 肩の力が抜ける。よかった。これで何事もなく一日が終わりそうだ。 「でも、これってなんか…」 心は晴れないまま、青空を見つめた。 ★ 私には、お母さんがいない。4ヶ月前、それはあまりにも突然のことだった。 「シャボン玉の中から見える景色って、どんな感じなんだろうね!」 クルミちゃんの言葉で思い出した。 数年前の夏休み、家族で台湾に行く予定があった。 中でもランタンフェスティバルはとても楽しみにしていた。ランタンを飛ばすことには「願いを叶える」という意味があり、夜空の中をいくつもの明かりが浮かんでいる写真はとても幻想的だった。 もう準備は万端で、ツアーの行程までバッチリ頭に入っている。 そんなとき、私は体調不良で寝込んでしまった。 楽しみにしていた5日間がうそみたいに崩れていく。 風邪は2日で収まり、だるさも無くなってくると今度は旅行への想いが押し寄せてきた。 そんな私を見かねたお母さんが、あるチラシを持ってきてくれたのだ。 ―熱気球体験!この広咲町の美しい自然を一望してみませんか?― あのとき、気球に乗って見えた町の景色は本当にきれいだった。 坂が多く山に囲まれているこの町から、海が見えた。開放感に満ちていて、目に映る夏の雲はずっと近くて遠かった。 人気のおばあちゃんの居る駄菓子屋さんも、レンガでつくったひみつ基地も、それに自分の家も思っていたよりちっぽけなものだった。 たしか一番高くまで昇ったところで、お母さんが言った。 「気球って、ランタンよりも大きいじゃない? だからもっといっぱい願いごとが叶うってことよ!きっと。」 「あ…」 久しぶりに思い出したお母さんの笑い方、声、仕草。慌てて閉じ込める。 まだ、だめ。まだ泣いちゃダメ。 だけど、涙の溜まった部屋の、一度開きかけた扉を閉めるのはやっぱり難しい。ぐっとこらえた顔は、きっと、くしゃくしゃになっている。 ―もしあのとき私が風邪をひかなかったら、お母さんはもっと、楽しかったのかな― 記憶の中の私たちは笑っている。 「気球に願いごとって、そんなわけないだろ〜」お父さんの声。 「ママ、そんなわけないじゃん」弾んでいる私の声。 楽しい思い出だったはずだ。でもなぜか。心がキュッと締め付けられる。なんで、なんでこんなに幸せそうで、楽しそうで、なんで… 「……したの?大丈夫?体調悪いの?」 クルミちゃんの声で、秋風のにおいに引き戻された。 鍵を開け、電気をつける。この時間は誰もいないから、いつもうるさいこの家を独り占めだ。帰ったらすぐゲームをしようと思ってたけど、なんだかそんな気分ではない。アヤちゃんの表情が、言葉が、頭から離れない。 ふと、ダイニングテーブルの上にあった回覧板を手に取り、なんとなくページをめくってみると、ある見出しが目についた。 ―広咲町気球大会! この町の大空に、色とりどりの気球が飛び立ちます!― ハッと目を見開いた。 ★ リビングの静寂が響く。もうこの時期はセミの声がいつの間にか聞こえなくなっていて、夜も深くなる。 お父さんは最近、遅くまで仕事をしていて昨日帰ってきたのは日付が変わったあとだった。 この時間、私はひとり。 お母さんのいない夕飯には前より慣れてきた気がする。それでも、電子レンジで加熱したグラタンは熱々でつめたかった。 冷蔵庫の音、たまに通る車の音、となりの部屋の子供の声。 にぎやかな場所に居れば気がつかない音がある。 だからこそ、怖い。私だけがこの音を聞いてるようでたまらなく怖くて、やっぱりちょっと、寂しい。 音にも、この重苦しい空気にも押し潰されそうになりながら、私は星の散りばめられた窓ガラスに触れた。分厚く、夜の静けさをまとうガラスに映り込む部屋。 まるで自分の家じゃないみたいにひっそりとしていた。 …眠れない。ドアの向こうでワイワイ騒いでいる弟たちと、それを叱るお母さんたちのせいか。 あの日、アヤちゃんのお母さんが亡くなった日からアヤちゃんは変わった。無理して笑ってるように見えるし、辛いはずなのに弱音一つさえ吐かない。 「もっと話してほしい」と思う。 でも、どうやって聞けばいいのか分からない。この繰り返し。 だから気球の話をしてくれた時、本当はちょっと嬉しかった。前よりもアヤちゃんに近づけた気がした。 あのときの「何か」。 もしかしたらそれは、思い出かもしれない。 お母さんとの大切な思い出だ。きっとまた、気球に乗ってこの町を眺めたいはず。 偶然見つけたあのチラシ。実際に乗ることはできなくても、見るだけでも変わることがあるかもしれない。 ほんの少しでも、アヤちゃんのためにできることがやっと見つかった。 ―昼休みに学校を抜け出して、サプライズとして一緒に気球を見る。― 前みたいな、あの笑顔でいて欲しいな。 「よし、がんばろう!」 何十回目かの寝返りを打って、ようやく目を閉じた。 昼休み。みんなが一斉に騒ぎ出す。 今日はアヤちゃんに、とっておきの計画を発表する。 「アヤちゃん!私天才かも!!」 「え、なになに、急にどうしたの」 「ふふ、実はね…」 よし。掴みはバッチリ。 「が、学校から脱走!?」 「そんなに大きな声で言っちゃだめだって…!」 「ごめんごめん、でもなんで?クルミちゃんがそういうこと言うの珍しいね」 うっ、早くも気づかれそうだ… 「楽しそうでしょ?」 「うん…でも…」 「昼休みの間だけ!20分だけだから!」 「そうだね…うん、やってみたい!!」 ちょっと強引だったかもしれないけど、一瞬だけでも楽しんでほしい。 騒がしい教室の窓際で、ふたりの少女の小さな冒険が始まった。 いよいよ、今日。 さすがのアヤちゃんも授業中はずっとソワソワしていて、目が合う度にこっそり笑いあった。先生だって知らない、私たちだけのひみつの計画。そしてとっておきは、アヤちゃんへのサプライズ…!! 給食の時間、緊張してあまり食べ物が喉に通らない。それはアヤちゃんも同じだったようで、いちごジャムの塗ってある食パンを無理やり口に押し込んだ。 2分、1分、あと30秒…鼓動が速くなっていく。 チャイムが鳴った。 制限時間は25分。行動開始だ。 「はやく掃除終わらせて、図書室行きたいね!」 「ね!」 計画通り。ただ、こんなにハイテンションで話すのは久しぶりで、階段1段降りるのも息が切れる。 アヤちゃんは踊り場でターンして、3段飛ばしでジャンプ!前の元気な感じに戻ってくれたような気がして、私も思いっきりジャンプした。 この爽快感。早帰りの日、友達と遊ぶ約束をしたときとおんなじワクワク感。どこか懐かしくて、新鮮な気分だった。 計画は、第2ステージへと進む。 今日は昇降口掃除の日。次々ポーズを決めながら落ち葉を掃いていくアヤちゃん。本当に楽しそうだ。手際よく進め、持ち場が終わったことを同じ班の子に伝えた。 現在時刻、確認。12時33分予定通り。目配せし合い、まずはベンチの裏に隠れる。事前調査済みで、ふたり分すっぽり隠れる絶好の場所だ。 先生、確認。よし、誰もいない。 公園ルート確認。この小学校のとなりにある「さくら公園」は学校を囲むように長く、大きな公園だ。今日は交差点から3つ目の、大きな木の前にあるベンチが目的地。 時刻は12時35分。出発! 走り出す。校門を出ただけなのに、いつも通っている道なのに、全然違う世界みたいだ。キラキラしていて、最高に緊張してワクワクする! 「ねえ、私たち、自由なんだよ!!」 アヤちゃんの声は裏返り、ワントーン高い。 「ね!ふたりだけだよ…!!」 今なら、どんな小さな小石にだって感動して感謝できる自信がある。 でもそんな満足感に浸る余裕はなく、急いで塀の裏に隠れる。 ここまでくれば、もう大丈夫。 ほっとして、よかったね と笑い合ったそのときだった。 「うん?どうしたんだ?」 低い声。サアッと血の気が引いていくのを感じた。先生だ。どうしよう、やばい、開始早々、ピンチ。思わず手を組んで、神さまお願い…!!と祈る。 「え、あのふたりが?」 心臓の鼓動だけが聞こえる空間で、頭が真っ白になりそうだった。 「ああ、そうか、ありがとう。」 どうやら、同じ班のしっかり者の女の子が私たちの持ち場が終わったことを伝えてくれたようだ。先生は校舎に入っていった。 「よかったぁ…終わったかと思った…」 ふたり同時に深い息を吐き出す。祈っていた手を見つめて、思わず吹き出してしまった。 非常事態が発生したものの、目的のベンチまで無事到着。 「今こんなバカなことしているのって世界中で私たちだけだって!」 アヤちゃんが興奮気味で話す。顔が火照っている。相当ドキドキしたんだろう。いつもと違う表情一つ一つが、私にとってはこの上なく嬉しい。 「たしかにね!やっぱりサイコーだわ!」 「ね!サイコー!!」 何を話すでもなく、ただ笑い合って時間が過ぎていった。今はそれが一番楽しいことだって、自信を持って言える。 「ねえ、そろそろ帰らないの?」 アヤちゃんが怪訝そうな顔をする。 時計を見ると、気球が飛ぶはずの45分。計画表では、この時間に公園を出ることになっていた。 「もうちょっとだけ、あとちょっと、待ってほしい!」 それから3分経ったのに、まだ来ない。 どうしたんだろう、でも3分くらいなら…そういうこともあるよね、きっと…。 「もう50分だし、さすがにマズくない?どうしたの?」 どうしよう…でもこのまま何も言わないのも良くないし…。 残念だけど、仕方ないかな。 「実はね、一緒に気球を見たかったの…!」 「え…?気球…?」 「うん、ほら、何日か前に気球の話をしてくれたでしょ?きっと大切な思い出なんだろうなって思ってたら、ちょうど気球コンテストのお知らせを見つけたの!だから、見せてあげたく…て…」 アヤちゃんの表情がみるみる崩れていく。 「どうした…の?」 「あのさ…。気球なんて、なんで、なんでそんなに首突っ込むの?やめてよ」 突然の大きな声に、空気が一瞬で凍りつく。 「…え?」 呆然とした。 「もう思い出したくないの!あんな記憶、捨てられるならとっくにそうしてる。これ以上、わたしを…追い詰めないで!!」 どういう、こと? 「クルミちゃんには分からないでしょ?毎日幸せで、にぎやかで、そんな生活で、分かるなんて、絶対に言わないで…!!」 すごい剣幕で、最後の方は嗚咽に混じってよく聞こえなかった。 ただ涙だけが頬を伝った。何が起こったの?なんでアヤちゃんは、私は泣いているの…? たった数秒の沈黙が、果てしなく思えた。 「あ…」 ―もう思い出したくないの― わたし、もしかして… 「アヤちゃんを、傷つけてしまった…?」 「ごめん、ほんとに…ごめんっ」 真っ赤な目と、なんとか絞り出したか細い声で立ち上がって、駆け出そうとするアヤちゃん。 「あ、まって…」 何もできず立ち尽くしていたら、聞こえていた足音が突然ピタリと止まった。 「…気球だ…」 澄み渡った秋の青空に舞い上がる、色とりどりの気球。それぞれの色が目に焼き付いて、にじんで混ざり合って、揺らいでしまう。だんだん高く、ゆっくり移動しはじめる。 「っ、待って、まってよ、行かないでよ、おかあさん…なんで、待って!!!」 アヤちゃんは走り出した。届くはずのない手を空に伸ばして、泣きながら叫ぶ。必死に、前へ前へ、ただ一点を、夢中で掴み取ろうとするように。 授業には、滑り込みセーフで間に合った。 先生にも気づかれずに計画は成功…。 いや、大失敗だった。 アヤちゃんを喜ばせるどころか、泣かせてしまった。 あぁ…後でちゃんと謝らないと、だよね。 でも、どうやって…なんて言えばいいの? 「いつでも困ったことがあったら言ってね」とか「きっといいことがあるよ」とか?いや、違う。全然違う。これじゃあ結局、前と同じことの繰り返しじゃん。 「あーあ。」 窓に目をやると、空は明るいのにどこから降ってきたのか、雨だ。 いくらため息をついても、霞がかったものは心の奥底から消えそうにない。 となりの席との距離が果てしなく思えた。 ★ クルミちゃんに、悪いことをしてしまった。 まさか自分があんなことを言うなんて、今でも信じられない。自分じゃないみたいだった。 でも、気球はきれいだったな…。 むかし乗ってたときは気が付かなかったけど、あんなに大きかったんだ。 バカみたい、ただの気球にあんなに必死になって「行かないで、お母さん!」なんて。 「あ、」 ——行かないで——か。 気球の上から見た景色が蘇り、胸に手を当ててみる。 あの日の思い出は、お母さんは、ちゃんといる。 お母さんが私に灯してくれたあかりは小さくなっても、消えちゃいそうでも、ちゃんとある。 私の中に。 きっと、焦らなくっても大丈夫なんだ。 それに気づかせてくれたのは、クルミちゃんだ。 何かが滲んで、泣きそうになる。けどさっきとは違う、もっとあったかくて心の中からこみあげてくるものだった。 そういえば、クルミちゃんはああ見えて気にし過ぎちゃうところがある。 昨日の夜も緊張であんまり眠れなかったんじゃないかな。 「ほんとに、困っちゃうな」自然と笑みがこぼれる。 パラパラ、雨の音がする。 しっとりした風は、泣きあとに触れるとひんやりとして心地が良かった。 日直の元気な号令でみんなが一斉に椅子を引き、ランドセルを背負う。 いつもならアヤちゃんと帰るけど…今日はちょっと、辞めておこうかな。話したくない気分だろうし。 廊下に出る。気づかないうちに、下を向いて歩いていた。 「クルミちゃん!!」 振り向くと、そこにはアヤちゃんが立っていた。懐かしいあの笑顔で。 「アヤちゃん…?」 「ちょっと行きたい場所があるの、一緒に帰ろう!」 行きたい場所?どうしたんだろう? 「うん!」 返事はしたものの、会話の内容が出てこない。気まずいな…無言で階段を降りる。 昇降口を出ると、もう雨は止んでいた。 「あのね、クルミちゃん。」 「うん…?」 ふと、アヤちゃんが立ち止まった。 「もう一回、あの公園に寄らない?」 雨上がり、土の匂いのするさくら公園。すべり台やブランコがある場所の、もっと先へ。 いつもは人が多いこの時間も、さっきの雨でみんな帰ったのだろう。誰もいなかった。 少し湿ったベンチに腰掛ける。 遠くに下校中の子どもたちの声が聞こえるだけで、水たまりに静けさが響いた。 しばらく黙り込んでいたアヤちゃんが口を開く。 「ごめん、クルミちゃん、本当にごめん…。」 水面に波紋が広がる。 5時のチャイムが鳴った。 顔を上げると大きな夕陽が、世界を包んでいた。 染まっていくキャンバスの背景をスーっと追い抜くカラスが、影になる。 どこか懐かしい夕方の匂いがする。 こんなに真っ赤な空、初めて見た。 「私、気球のことを思い出したとき、楽しそうで、幸せそうだなって。そう思って…」 ただ、アヤちゃんの横顔をじっと見つめた。 「どうしようもなくて、それで、あんなこと、言っちゃって」 声が、かすれている。うわずっている。 「おかあさんは、ずっと。」 にっこり笑うその目は、ずっと遠くを見つめている。 溜まった涙は、夕陽に照らされている。 「ここに、いるのにね。」 自分の胸を指すアヤちゃん。 時間が止まった。 言葉にできない言葉が、胸につっかえる。 「あっ…」 「どうしたの!?」 驚いた顔をしてハンカチを取り出してくれた。でもアヤちゃんだって、泣いてるじゃん。 よかった。アヤちゃんが笑ってくれて、ほんとうに。よかった。 散々泣いたあと、顔を見合わせて大声で笑いあった。 「私たち、なにしてるんだろう、ほんとに。」 「ね、ほんとにね、ふふっ」 言葉は交わさなくても、なんとなく同じ気持ちで、それが分かるからもっと笑えてしまう。 「ねえ、気球の思い出話、もっと聞きたいな!」 「…う~ん、それはひみつ!」 「ええ~!」 「あ、でもね、気球には’たくさんの願いごとが叶う’っていう意味があるんだって!」 気球に、願いごと?初めて聞いた。 「それって、どういうこと?」 アヤちゃんはふふっ、と満面の笑みでうなずいた。 「そうだ。ねえ、今のクルミちゃんだったら、なにをお願いする?」 私の願いごと?そんなの、決まってるじゃん。 「アヤちゃんと、もっと一緒に居られますように…!!」 ★ 本当は、少し迷った。 あのときの気球の思い出を話すべきか。 でも今はまだ、自分の中に留めておきたい。 きっとクルミちゃんなら、許してくれるだろう。 「そうだ。ねえ、今のクルミちゃんだったら、何をお願いする?」 時々、クルミちゃんの言葉に驚かされることがある。 あまり簡単に思ったことを口にするタイプではないのに、あまりにも素直で、こっちが照れくさくなってしまうような言葉を、それが当然だとでも言うように話してしまう。 きっと、自分では気づいてないんだろうけど。 「え、なに?!反応ないの?!」 「ふふっ、本当に」 大きく息を吸い込んだ。 「ありがとう。」 夕陽がランタンより、気球より、もっと大きなものに火を灯した。 私たちはこれから、どんな景色を見ていくんだろう。 今はこんなに大きい景色も、小さくなって見えなくなる日が来るかもしれない。 だけど、自分では気がつかなくても、私たちの夜をほんのり照らしてくれている灯りがある。 いつか今日の日を思い出して、「ただいま」を言う日が来るのだろうか。 そのいつかの日に、ふたりで「おかえり」を言い合おう。 -おわり-
LINEが遅い君へ 美土路 明(高校1年)
1.はじまり LINEの返信が遅い。 今日は久しぶりに外に出るというのに、待ち合わせ場所の『出会いの灯』には誰もいない。 夏だというのに蝉の鳴き声ひとつなく無駄に続く静寂が苛立ちを募らせる。 そんな静寂を引き剥がしたのは遅刻魔の一声だった。 「まった?」 確信犯である。 「分り切ったことを」そう僕は心の中で愚痴った。 しかし、マリーゴールドのように明るいこいつ(本書ではYと呼ぶことにしておこう)を見ると、今まで感じていた心の曇りすら晴れていくようで 「おっせ〜よ。7世紀半は待ったぞ。」 と、冗談まじりに僕は返した。 Yとは小学3年生から7年以上の仲で、当時は互いに周りと思想が合うことが少なかった。 今自分たちが目の前にしているゲームセンターの入り口前はそんな自分らが出会った場所でもある。 互いの小さな目と目がかち合った時、 「俺にはこいつしか居ない」 と、何か運命的なものをどこか感じていたあの時の自分が朧げに思い出される。 「さ、行こうか。」 声を掛けるとYはクシャっとした笑みを浮かべている。 本当にこいつは陽だまりみたいな奴だとつくづく思う。 そこからゲームセンターで遊んで、家に帰るまでの時間は早過ぎて軽い憤りを覚えたほどだ。 退屈で無駄だと感じる時間ほど終わりの時間までが途方もなく感じるのに対して、 なぜ楽しく充実した時間は激流のように過ぎ去ってしまうのだろう。 そんな意味もない思考を巡らしているとあの一年を思い出した。 2.コイツ 「どけよブクブク!お前の存在意義なんか一個も無ぇんだからよ!」 うるさかった教室が水を打ったように静まり返る。 「、、、、、、。」 返事は無い。 「おい、みんな見てみろ。コイツ人間じゃ無ぇから言葉分かんねぇんだってよ!」 静かだ。だがAの一言で全員”コイツ”に冷たい視線を注ぎながら、嘲笑を浮かべている。それは雨のようで静かに僕を傷つけた。 そう、何を隠そうこの色白でニキビが目立つ”コイツ”は僕だ。 僕は当時クラスでは不本意ながらいわゆるイジられ役としてキャラを確立していた。 気が弱く、見た目に特徴がある僕は受験のストレスをぶつけるのに最適だったのかもしれない。だからと言って、、、 「なんで俺なんだよ、、。」 やり場のない怒りが沸々と湧き上がっているが、それがどうしようもないというのは自分が一番理解っている。 いつもなら心地良い木漏れ日が今となっては鬱陶しくてしょうがない。 俺の味方なんているはずもない。そんな負のスパイラル思考に陥っている。 「おいお前なんかあった?どしたん?」 Yがしたり顔で話しかけてきた。 その顔に悪意はない。むしろ冗談を交えることでYなりに僕を元気付けようとしているというのは、自分が一番理解っている。だが、今の自分にはそれを冗談を交えて返せるほどの気力は残っていなかった。 「うっせぇな。お前は知ってんだろ。」 と、勝手に言葉が溢れた。その瞬間僕は 「なんてこと言ってんだ。こいつは裏表があるような奴ではないことぐらい知っているだろ。」 と、自分を攻めたが、言葉はすでに空気を伝いYに届いていた。 Yは一瞬顔を曇らせ、すぐにいつもの笑顔を取り繕い、 「ワリィ、ワリィ笑笑。じゃ、また後でな。」 と、貼り付けたような笑顔を浮かべて自分の席に戻っていった。 「カラかって来んなよ。」 何も気づいていない僕は、そうぼやいた。木漏れ日が鬱陶しい。 3.発端 話は、中学校最後の文化祭が終わった10月下旬。それは起こった。 文化祭が終わったことで各々受験を意識し始める時期だ。 そんな中僕はというと、別に勉強に火がつくわけでもなく、ただ漠然としていた。 小学生みたく男子同士で互いを冗談でいじりあったりして遊びほうけていると、 何を思いついたのか、胡桃色の髪をかきあげ、ニヤニヤしながらAが近づいてきた。しばらく言葉にするのを勿体ぶった後、徐に口を開いて僕の顔を指差しこう言った。 「こいつ、ニキビすげ〜わ。顔洗ったことあんのかぁ?」 周りの視線が僕の顔に集まる。一人が数瞬覗き込んだのち吹き出した。 水溜りに石を投げ込み波紋が広がるように、笑い声が連鎖していく。 僕は今にも昇華してしまいそうなほど赤面した。今までその事実にずっと気付いていなかった自分を恨んだ。 周りの反応が濁流のように脳を駆け巡っていたせいか、一切動じず、僕を見つめていたYの視線に気づかなかった。 そんななか野次馬の中の一人が声を上げた。 「確かにコイツ体型も顔もブクブクしてんな。これからブクブクって呼ぶわ笑笑」 それは、普段からAと連み、右腕的存在のBだった。 周りの僕を嘲る笑いが教室中にこだました。ゲリラ豪雨のようなこの騒音に僕は我を忘れて声を上げてしまった。 「人の見た目で笑ってそんなに楽しいかよ! A! お前なんか大嫌いだ! 二度と話しかけてくんな!」 一気に教室が静まり返った。その静寂によってやっと我にかえり、自分の置かれた状況を理解した。 A達は、あくまでいつものいじり合う流れでこの発言をしたということ。 そしてその笑いを妨げてしまった今、客観的に見て自分は余計で空気を読めていない存在であるということ。 しばらく気まずい空気が流れた後まず口を開いたのは、クラスの末っ子キャラ担当のEだった。 コケモモ色の唇をピクつかせながら僕の肩に手を回し、宥めるようにこう言った。 「おいおいC(僕のこと)ただの冗談だろ〜?マジになるなって〜笑笑」 頭ではわかってはいる。しかし、そこで切り替えられるほど今の僕の心に余裕はなかった。 Eの腕を強引に引き剥がし、 「うるせぇ!」 そう吐き捨てて、視線から逃げるように屋上階段へ走った。 「…逃げんのか?……ヤツめ……してやる…」 後ろからAの声が聞こえてきたが、聞こえないふりをしながら屋上に駆け上がった。 屋上に出ると雲ひとつ無い空が僕を迎えてくれた。 あんなに酷い事を言ったのに不思議と心はスッキリしていた。 長老(校舎前に立っている樹齢100年の杉。)の葉の隙間から入ってくる木漏れ日がとても気持ちよかった。 ただただ黄昏て昼休みを過ごしていった。そうボケェっとしていると定刻のチャイムがなった。 と同時に、天気雨が降り出した。何か嫌な予感がしたが、気のせいだと言い聞かせ教室に駆け戻った。 「……で、あるからしてここを因数分解したのちこの公式を……よって解は…」 授業が始まっても、さっきの一件が頭から離れず、授業内容の記憶はなかった。 授業が終わるとYが僕の机にやってきた。 「なあC、久しぶりに一緒に帰r…」 食い気味で僕は、 「今日は一人になりたい。」 そう断り、そそくさと帰路についた。 今日は散々だったな。なんで一人で帰ってるのだろう。せっかくYが誘ってくれたのに。 俯いてしたを見ると、水溜りに写る自分がなんか嫌なやつに見えた。 「明日の下校は俺から誘うかな〜。」 そんなことを考えつつ家に向かっていると、後ろから猛ダッシュで向かってくる足音が聞こえた。 どんどん音が近づいてくる。その音に気づいた僕が後ろを振り返ると、肩で息を切らしているBがそこに立っていた。 「なんだよ。朝はあんなこと言いやがって。」 朝の事で腹が立っていた僕は軽蔑するようにそういった。 息を整えたBが最初に口にしたのは意外な一言だった。 「怒ってるよな。わかってる俺が悪いごめん。」 そう真っ直ぐに謝られたせいで、僕は怒りの矛先を見失ってしまった。 とりあえず僕は首を縦に振った。 「俺ももう気にして無いから大丈夫だよ。」 というと、Bは安心した表情を浮かべて、 「なんかあったら相談しろよ?じゃ、また明日な。」 そう言って、走ってきた道を戻っていった。 道には季節外れの花蘇芳が咲いていた。 「なんだかんだBもいいヤツだな」 そう心の中で呟き、僕は家へ一歩踏み出した。 4.現実 「おはよう。」 教室の扉を開いて、そう呼びかけた。 いつも通りの1日を始められる。そう思っていたのに、、、、。 「、、、、。」 返事はなかった。僕が「なんで?」という顔でいると、 狡猾な笑みを浮かべてAが近寄ってきた。 「なんで?って思ったか?オマエ昨日のこと忘れちゃいねえよな?俺をまるで悪者扱いしやがって。」 Aはそう捲し立てる。 「でもこれでオマエも終わりだな。この教室にオマエの味方なんて居ねぇんだよ。地獄へようこそ笑笑。」 教室中から僕に冷たい視線が降り注ぐ。僕は完全に孤立した。 Aの言うとおり、そこから地獄は始まった。 授業が終わり、休み時間にトイレに行き帰ってくると自分の机には、 『死ね』 と一言ボールペンで書かれていた。周りを見渡すと、教室にいるみんなが冷笑を浮かべていた。 いや、ひとつ訂正がある。Yを除く全員だったが、どちらにせよ僕がどんな気持ちだったかは言うまでもない。 「はい、みんな席について〜。始めるよ〜……」 授業が始まったが筆箱がない。焦ってリュックの中をガサゴソしてみたがそこにあるはずも無かった。 「Aお前か!俺の筆箱隠したのは!」 授業終わり真っ先に僕はAを問い詰めた。だがAは取り合おうともせず、 「なんかブクブクが言ってるわ笑笑。人語じゃねぇからわかんねぇよ笑笑。」 と嫌味を言いながら、Bたちを連れて去っていった。 学校が終わると帰りのホームルームで先生から、 「2階の女子トイレにこんな筆箱が落ちていたらしいんですけど、心当たりある人〜。」 そう言った先生の手に握られている筆箱を見て僕は絶句した。 紛れもなくそれは僕の筆箱だった。 恥ずかしさと屈辱とで震えながら僕は挙手をし、先生のいる教卓へ歩いていった。 先生も状況を理解していたのか、筆箱を受け取る際に何か言うなどは無かった。 机に戻ろうとして振り返ると、クラス全員の顔が見えた。 まるで全員の視線がスナイパーを構えているようで、息苦しかった。 下校のチャイムがなると、僕は真っ先に教室を抜け出し、家に帰った。 最悪な1日。この時はまだそう思っていた。 そう、この一件は序章に過ぎなかったのだ。 そこからいわゆる”イジメ”は激しさを増していった。 筆箱やものが無くなっていくのは日常茶飯事。 ある日は、 『ドンッ』 鈍い音と、それに伴う痛みが背中に走った。 背中を押さえながら後ろを見るとAが拳を構えていた。 そして、じゃれあっている男子組に向かって、 「お〜い!みんなブクブク退治しようぜ!いちいち癇に障るしよ!」 と言いながら僕の腹部に拳を放った。 突き刺すように拳は鳩尾に入った。 「ヴッ」 意思とは関係なく声が出る。 膝から地面に崩れ落ちた。 悶えながら目線を上に向けると、Aは冷酷に僕を見下していた。 「オマエにはその床が似合ってるよ笑笑。人間じゃないもんなぁ?笑笑」 痛む腹部を押さえながら僕はゆっくりと立ち上がった。 「何だよ。なんか言えよ!」 そう僕の方をどついてきたが、言い返す気力もない。 「、、、、。」 無言で返す。 すれ違いざまに殺意を込めてAを睨み、教室に戻っていった。 5.LINE Y 《 無理してない? 》 いつになく、YからのLINEが来た。 安心感と一緒に何か胸の奥から込み上げてきて、山葵を食べた訳でもないのに鼻頭が熱くなった。 涙が溢れ出して、気づいたら画面がぼやけてしまっていた。 C 《 大丈夫 何とかなる、、、多分、、 》 折角のYからのLINEなのに僕はここでも強がってしまった。 でも、いつもと違い既読は速くつき、すぐに返信が届いた。 Y 《 多分って笑笑 》 こいつはこう言う時鋭いことを言ってくる。 しばし考えた後僕はまた送信ボタンを押した。 Y 《 それ無理してるやつが言う台詞ランキングNo.1だろ笑笑 》 C 《 本当に大丈夫だから心配すんなよ 》 C 《 俺もう寝るわ じゃあね 》 そうそっけない返事を僕は送ったが、僕は決してYの好意を無視した訳ではない。 むしろその逆だ。一番の親友であるYにこそ、僕が胸の内を明けることで気をかけたく無かったのだ。 それでもYはめげずに、 Y 《 おう 》 《 俺のことは信用してくれていいからな 》 《 じゃ また明日 》 僕を元気付けるメッセージを送ってくれた。 思わず気持ちの波が心のダムが決壊しかけたが、グッと堪えて一言だけ送り、 スマホを置いた。 C 《 おう 》 《 おやすみ 》 既読がつくのは、まだ早いままだ。 6.Bという存在 1月の朝。 相変わらず学校には僕にとっての地獄だった。 「Cってさ……だよね。…」 「確かに!」 「それな!……」 至る所から声がする。 脳はその声を無視するよう指示をするが、体が言うことを聞かない。 むしろ鮮明に聞こえて、脳に焼きついて離れない。 早足で廊下を駆け抜け、教室に向かった。 教室に入ると、Bが僕の机の上に座り僕を待ち構えていた。 「何だよB。そこ邪魔なんだけど。」 朝からテンションの低い僕はあしらった。 するとBは立ち上がってこう言ってきた。 「ちょっと屋上行こう。」 Bが何を考えているのかは僕はわからなかったが、 「取り敢えず付き合ってやるか。」 と思い、屋上に向かった。 屋上に出ると空は曇天で、どんよりとした空気が漂っていた。 「単刀直入にいうけどオマエ、Aにいじめられてるべ。」 Bはさらっと本題を切り出してきた。 僕は朝気持ちが弱いので、いつもだったら相手にしないBのこの問いかけに、返答をしてしまった。 「ああ。それで今最悪な日々を送っているよ。」 そのままの気持ちだった。 Bは同情するような顔を浮かべて、 「俺もそう思うよ。Aってやな奴だよなぁ。」 僕は少し驚いた。 BはいつもAと一緒に行動してるから、Bの口から直接こんなこと言うとは予想もしていなかったからだ。 「ああそうだよ。勝手に俺を目の敵にした上に、クラスまで巻き込みやがって。 そこまでして俺を潰したいのかよ。本当に最低な奴め‼︎」 気持ちを言葉にした瞬間、気持ちが全て溢れてしまった。 「辛いよな。」 僕の背中をさすりながらBはそう慰めてきた。 不思議と涙は流れなかったが、暖かくなれて少し落ち着いた。 しばらくすると、Bがいきなり立ち上がり、 「よしっ。俺からAに言ってくる。いじめを止めようって。」 驚いた。なんでBがそこまでして僕を助けようとするのかは分からなかった。 だが僕は別にそれを止める訳でもなく、 「好きにすれば?」 と、屋上階段に向かおうとしているBの背中にそういうとBは、 「おう!」 と一言告げて、屋上階段を駆け下っていった。 Bの宣言は嘘では無かった。 昨日の一件から、今までのことが嘘のように僕への攻撃が止んだ。 挨拶しても返事があるし、廊下も堂々と歩ける。物がなくなることも無くなった。 まるであのきっかけが起きた10月下旬のあの日の前にタイムスリップしてきたかのような気持ちだった。 Aも僕に絡むのはやめたし、最高の日々が送れる。そう感じていた。 だがどんな問題もそんな簡単には解決させてくれない。 急に雨が降り出した。 7.崩壊 崩壊。 その日は唐突にやってきた。 僕の制服は面接のためにクリーニングに出したばかりで、ブレザーはいつもより輝いて見えた。 入試が終わり、面接前日の学校での昼休み、”ソレ”は起こった。 『バコッ』 鈍い痛みが後頭部に走った。遅れて土の匂いが漂う。 振り向いて僕は唖然とした。 そこには、土が落ちて根っこが少し見えている観葉植物を片手に握りしめ、 気持ち悪いくらいの笑みを浮かべたBが立っていた。 「、、、っ何でお前が、、。」 必死に声を絞り出したが言葉にならない。 Bは片手に殺意を纏ったまま、僕にジリジリと近づいてきた。 「何でか気になるか?簡単な話だよ。俺は最初からAの情報源として活動していたんだよ。 本気でオマエに気をかける訳ないだろぉ?テメェは本当におめでたい奴だな笑笑。」 言葉が出てこない。 すると最近静かにしていて存在も忘れていたAが口を開いた。 「こいつがオレに話を持ちかけてきた時はビックリしたぜ。 『C最近シカトばっかするようになって反応ないからつまんなくねぇか? 入試も近いし、一旦いじめるのやめて油断させてから、もう一度絶望する アイツの顔見てみようぜ笑笑。』って言ってきてよ。 いやぁ待った甲斐があったわ。オマエの絶望した顔が見たくてたまらなかった からよ笑笑。」 完全に騙されていた。悔しくて涙が止まらなかった。 「オイオイ泣くなよ”ブクブク”。気持ちワリィんだよ。土もかぶっていて余計汚ねぇわコイツ笑笑。」 Aは満面の笑みで僕を罵る。 「間違いねぇ。やっぱ人の絶望って最高だわ笑笑。」 Bは腹を抱えて笑った。 それと同時にあの地獄を思い出させる嘲笑がクラス中から湧き出した。 僕の心はいとも簡単に崩壊した。 8.殻 家族の食卓。 そこに僕の姿はない。 僕は自室に篭り、外界との関係を遮断した。 今が朝なのかはたまた夜なのかは分からない。 体を起こすと、 『ガンッ』 頭がズキズキ痛む。 その痛みが何処か過去の痛みと重なる。 忘れていたはずの記憶がグルグル頭を周り、吐き気が押し寄せる。 ベッドに倒れ込み、何日分もの涙と汗が染み込んで薄汚れた枕に頭を預けた。 僕は自分の殻に閉じこもった。 『ピコンッ』 スマホが鳴った。 YからのLINEだった。 開こうとしたが、頭の片隅にある思考がよぎる。 「Yって本当に信用していいのか?」 「裏切られてバカを見たのはおれ自身だろ?」 「結局人間なんて自分の事しか考えていないのさ。」 悪魔の囁きのような思考がひたひたと巡っていく。 僕は耳を塞いで布団に潜り込んだ。 耳を塞いだところで悪魔は脳にひたすら囁く。 「やめろ‼︎誰もおれに構うな‼︎」 誰に向かってと言う訳でもなく感情をかき消すように叫んだ。 その日は何も考えずに眠りに着こうともがいた。 しかし非情にも、眠りは逃げていくばかりだった。 9.解放 『ピコンッ』 午前8:00。 目脂が溜まって、むくみ切った目をこすりながらスマホの画面を覗き込んだ。 Yからの通知だった。 気づかないうちに5件以上溜まっていた。 軋む身体を無理やり起こして、通知を開いた。 Y 《 ごめん 》 《 お前が不登校になるまでことの重大さに気づけなかった 》 《 自分が悔しい 》 《 こんなことになってからで遅いかもしれないけど 》 《 本当にごめんね 》 『ごめん』 たった三文字。 しかし僕は画面の前で涙が止まらなかった。 僕はなんてバカなのだろう。 自分にはこんなに心配してくれる最高の親友がいたのに。 少しでもYを疑った自分が許せなかった。 完全に目が覚めた。 僕は返信を急いだ。 C 《 心配かけて本当にごめん 》 涙を拭いつつ、送信ボタンを押した。 1週間越しの返信だった。 しかし、Yの返信は速かった。 Y 《 笑笑 》 《 無理してないか? 》 1ヶ月前と同じ質問だ。 だが今の僕は、自分の気持ちに素直になれた。 C 《 今辛い 》 《 会って話したい Yに会いたい 》 すぐにYは家に来てくれた。 泣き腫らしてめちゃくちゃな顔で出迎えたが、Yは一切気にせず、 一緒に家で他愛も無い話をしながら時間を過ごした。 「またね〜。」 帰ろうとするYの背中に声をかけた。 「おう。卒業式来る約束忘れんなよ〜。」 Yが去っていく先に見える夕焼けは、 赤ワインを垂らしたようで、とても綺麗だった。 「おう。」 Yがいなくなった玄関先で、僕はそう呟いた。 10.そして 卒業式が終わると、 僕はLINEでYを遊びに誘った。 相変わらずLINEの返信は遅い。 待ち合わせ場所の『出会いの灯』には誰もいない。 夏だというのに蝉の鳴き声ひとつなく無駄に静寂が続く。 そんな中、あいつは悪びれた素振りも見せず、手を振ってくる。 その横には無邪気な笑みを浮かべているEもいた。 本当ならブチギレているところだ。 しかし、遅れてきたあいつに僕は言う。 「さあ、行こうか。」 -おわり-
ともだち 安富 孔亮(小学6年)
最後の日 浜田隼人 チリリリリリリリリリリリリリリリリリ・・・ 延々と鳴り響く目覚ましのベルの音。早く消したい。そう思いながら手探りで目覚まし時計を探す。目覚まし時計を見つけて止めた後に訪れたものは沈黙。ひたすらに照りつける太陽をカーテン越しに眺める。だんだん意識がはっきりして来た。そうだ‼︎今日は健介との最後の日だ。そう思い出す。急いで服を着る。特に理由があるわけではない。しかし、最後の日だ。できるだけ行動を早くしたいと自然に思った。いつものバットも用意する。外に出て素振りをするのだ。きっちり200回素振りをすれば、汗だくだ。すぐさま家の中に入って軽く汗を流す。出るとお母さんが起きて来たようだ。すぐさまお母さんに携帯を借りて浩太にLINEをする。「何時に集まる?」そう聞いた。すると、すぐ既読がついて「10時くらいに行こう。」と帰って来た。「りょ!★」というスタンプを送った。お母さんに携帯を返してご飯を作った。今日の朝食はコーンスープだ。食べ終わると9時50分だった。お母さんには健介との最後の日だから帰るのが遅くなる。そう伝えた。グローブとボールを持って公園に向かう。自転車で向かうと浩太はいた。しかし瑠衣はまだいなかった。いつもなら瑠衣はいないのが普通だが、今日は違う。事前に瑠衣と健介の最後の日はなんとか家を抜け出して公園に集まろうという話をしたのだ。仲がいいのに瑠衣が遊びに来れない訳は、彼が病気がちなことにある。そのため、彼のお母さんはつい過保護になり、外に遊びに行けないのだ。その後、浩太と話しながら10分ほど待っていると買い物バッグを持った瑠衣が落ち着き払って歩いてくる。二人でどうしたの?などと言いながら駆け寄る。聞くことによると、彼はお母さんにお使いの時だけ外に出させてもらえるようだ。なので、それに乗じて抜け出して来たようだ。僕たちは準備完了だ。あとは浩太が健介にLINEを送るだけだ。少し待つと走ってくる姿が見えた。健介のようだ。近づいてくるとやはり瑠衣を見て驚いた顔をしている。瑠衣が事情を説明すると、健介の顔に笑みが広がった。そしてみんなで大はしゃぎした。それからみんなでドロケイや野球をして遊んだ。その後、みんなでコンビニ弁当を食べて、それをお昼にした。瑠衣は初めて食べた味だそうだ。みんなで食べ終わった頃に瑠衣の携帯から着信音が聞こえた。携帯を見ると、彼のお母さんからのようだ。瑠衣は必死に 「今日は健介の最後の日なんだ。ママも知ってるでしょ!」などと言ってお母さんに弁明していた。僕たちは心配したが、彼はあっさり「大丈夫だよ。」と笑顔で返した。それから僕らはゲームセンターやバッティングセンター、ボーリング場などを巡って遊んだ。気が済むまで遊んだら、結局公園に戻った。そしてみんなで休んでいると、だんだん野球がしたくなって来た。みんなに提案すると、いいね〜と言ってくれた。僕はとても嬉しくて、いつもよりプレーの精度が高いように感じた。まだ少ししか野球をしていないように感じたが、健介のお母さんに連れられた健介の飼い犬が鳴いていた。もうお別れか・・・。そう思うと泣きそうになるが、三人で笑顔で見送ると話し合っていたので泣くのは我慢した。そしてみんなで駅に向かった。途中の商店街で、八百屋のおばちゃんに「珍しいね〜四人揃って」と言われた。そのまま商店街を通り過ぎて、ああ、ついに駅が見えた。健介は改札の前で立ち止まって僕たちにお別れの言葉を言った。そして最後にこう言った。 「今までありがとう。」 彼の本心全てを込めた言葉のように感じた。僕たちも 「今までありがとう。引越し先でも頑張れよ。」そう言った。そうすると、健介は改札を通った。ガタンゴトンガタンゴトン・・もう電車が来てしまった。健介が乗り込んだ場所は僕たちが見える席だった。健介が僕たちに手を振った。僕たちは全力で振り返した。彼にとって思い残しのない別れにしたい。そんな風に思いながら手を振り続けた。ピーーーーーー!車掌さんがふく笛の音が辺りに響き渡った。電車が遠ざかっていく。それでも僕たちは手を振り続けた。彼が乗る電車が少しも見えなくなるまで。 最後の日 浩太 ♪♩♬♫〜〜〜 アラームの音が聞こえる。床を転がり回って、携帯を手探りで探し、止める。今の時間は6時なのでまだ余裕がある。が、今日は健介との最後の日だから起きねば。そう思って一回目を覚ますための深呼吸をする。そして一度ゆっくり瞬きをすると、もう7時だ!「ヤバイヤバイ」そう言いながらリビングに出るとお母さんの「寝坊しちゃったね〜」という一言。うちのお母さんは早起きなのだ。「はい。」と答えた。少し気まずい気分だ。冷蔵庫の中からジュースを出して飲む。そしてキッチンに向かい、朝ごはんを作る。今日は友達から教えてもらったカルボナーラ風トーストを作った。そしてお母さんと二人でご飯を食べる。お父さんはいつも起きてくるのが遅いため、お父さんの分はラップをかけておいた。黙って食べていると、今日は健介との最後の日だということを思い出した。慌ててお母さんに今日はほぼ一日中健介を見送るから帰るの遅くなると思うと言った。そしてパジャマから服に着替えた。すると、隼人のお母さんからLINEがきた。 「何時に集まる?」この口調は、隼人の口調だ。多分、お母さんから携帯を借りてLINEを送ったのだろう。僕はすぐに「10時くらいに行こう。」と送った。そこまでは学校の宿題などをして10時までの時間を潰した。ひとしきり勉強が終わって、部屋の外に出ると、9時40分。余裕を持ちたいため、早めに出た。着いてから少しすると隼人が小走りでやって来た。「後は瑠衣だけだな。」そう隼人は言った。しかし待ってもなかなか瑠衣が来ない。少し心配になりながらも隼人と話していると、買い物バッグを持っている瑠衣が歩いて来た。僕はとても安堵した。瑠衣はおつかいのタイミングを利用して抜け出して来たようだ。僕は心の中で1万人分の拍手を送りたくなった。これで三人揃って準備完了。僕は健介に「要塞に来てくれ。」そうLINEした。「了解。」すぐに返ってきた。他の二人にもそのことを伝えた。少し待つと息を切らした健介がやってきた。彼は瑠衣を見て目を丸くしていた。瑠衣本人が事情を説明すると、健介は笑顔になった。そして、そこからはみんなでいろいろな遊びをして過ごした。ドロケイや、ブランコなどで遊ぶ時間が長かった。その後、近くのコンビニでご飯を買って食べた。何度も食べたことがある味だったが、みんなと一緒だと、最高級3つ星レストランよりも美味しかった。その後は瑠衣のリクエストで遊園地やゲームセンターに行った。いろいろな場所を巡りに巡ったが、結局公園に戻った。その後、隼人の提案で野球をした。僕はその提案を聞いた時、ほんとに野球が好きだなーと思った。みんなで野球をしている最中に、健介が一度携帯を見た。そろそろこの時間も終わりなのかもしれないと思った。しかし、だからこそ今に集中したいと思った。みんなで遊び続けていたら、犬の鳴き声がきこえた。見てみると健介の犬の雪人のようだ。もうお別れか・・そう思ったが、みんなで話し合ったようにみんなで笑顔で見送ると決めたのだ。最後まで笑顔でいたい。四人で商店街を通り抜けて駅へ向かう。駅の改札の前で四人でお別れの言葉を言い合った。 健介が「今までありがとう。」そう言った。この言葉は僕の心の中の奥深くまで染み込んでいった。そして健介は僕らに背を向けて改札を通り抜けた。その後、やってきた電車に健介が乗った。窓から健介が僕らに向けて手をふった。僕らも全力で手を振り返した。この時間はとても濃いものだと思った。そしていつしか電車は見えないほど遠くへ行っていた。健介が笑顔でここを離れられたらいいなと思った。 最後の日 瑠衣 ♫♪♩♬♫〜〜〜〜〜〜 眠りから覚めて最初に聞いた音は優美なオルゴールの音。この曲はベートーベンのエリーゼのためにだ。この曲は僕がとても気に入っている曲だ。このままいつも通りほぼほぼ家に篭りっきりの1日が始まりそうだが、今日はそうではない。なぜなら健介との最後の日だからだ。今日は10時ほどにみんなで健介と遊ぶのだ。リビングに出るとお母さんの高い声。おはよう。そう言ってテーブルに行くと、いつも通りの和食プレート。しかし、今日は絶対にママに負けずに篭りっきりの日ではなくする。朝ごはんを食べながら、今日の計画を頭の中で繰り返す。今日は、お母さんに言われたおつかいに行く。そのタイミングで公園に向かうのだ。このまま予定通りに進むように、いつも通りの行動をとる。食べ終わったら、食器をさげて、着替えをする。そして部屋に向かう。そしたらママの僕を呼ぶ声。「何?」と答えると、おつかい頼むわねと言われた。そして、家から抜け出す。そのまま早歩きで公園に向かう。公園に着くと、心配顔の浩太と、笑顔の隼人が待ち受けていた。彼らにどうやって抜け出したのかを説明すると、二人はとても喜んでいた。そして、浩太が健介にLINEをすると、後は待つだけ。少し待つと健介はすぐにきた。その後は、みんなでドロケイやブランコで遊んだ。初めて遊んだので、ドロケイではビリだったが、それでも楽しかった。その後はみんなでコンビニ弁当を食べた。僕は今までママの食べ物しか食べてこなかったので、とても面白い味だな、と思った。その時、ママからの電話があった。そのママの声は心の底から心配している声だった。しかし言い訳をしながらもなんとか乗り切った。その後、みんなでどこに行くかなどの話し合いになったため、みんなから聞いたことだけはあるゲームセンターなどを提案するとみんなも乗ってくれ、全員でゲームセンターなどで遊んだ。初めてにしては、意外にカーレースもののゲームが上手くできた。そのあと、いろいろな場所を回って遊んだ。人生で一番楽しいと言い切れるほどたのしかった。そのあとはみんなで公園にもどった。そうすると、みんなで野球をした。やり方は知っていたがなかなか上手くできなくて、苦戦した。気付いたら犬の声がした。もう帰る時間のようだ。僕はこんな幸せな時間が永遠に続けばいいのに、と思ったが、時間は限られている。もう駅に行かなくてはいけない。みんなで商店街を通り抜け、駅に向かった。そして、寂しくて仕方ない気持ちを抑えて、みんなで「今までありがとう。」そう言いあった。また、この言葉がそれぞれの心に響き渡ったということはわかった。そして健介が電車に乗り込んだ。途端にもうお別れかーという寂しさがより一層強くなった。健介が車内からこちらへ手を振った。僕たちは心を込めて手を振り返した。ひたすらに手を振り続けていた。そして電車が遠ざかっていく。この時間がとても濃く感じた。 最後の日 健介 朝起きた。今日がみんなとの最後の日だ。外からはセミの声が聞こえる。 日差しの眩しさに目を細める。寝ぼけ眼で周りを見渡す。僕の部屋には眠っている子犬の雪人しかいない。僕の部屋にはもう何もない。僕は今日、午後6時15分の電車でこの街を離れる。お母さんに置き手紙を残して静かに家を出た。iPhoneを見ると今の時間は午前7時30分。人は少ないが明るい時間帯だ。目に映る景色全てを脳に刻み込むように歩く。ああ、この店に初めておつかいに行ったな、などと思いを巡らせる。そんなふうに1時間くらい歩くと、お母さんからのLINEが来た。そろそろ帰って来てとのことだ。少しルートを変えて家に帰った。家に帰りご飯を食べた。そしてお母さんと街での思い出を話し合った。その後、自分の部屋に入ろうとすると、ポケットの中のiphoneが震えた。浩太からのLINEだ。 「要塞に来てくれ。」こう来ていた。要塞というのは浩太が公園を格好良く呼びたい時に使う呼び名だ。ちなみに他の友達は誰も使っていない。とにかくみんなと会いたかったのですぐに「了解」と返した。いつもだったら普通に行けるが、今日でこの街は最後なのだ。そのためお母さんには早口で「要塞」にいくことを伝えた。そして急いで公園へ向かった。「要塞」には走って5分ほどで着く。いつも休日は隼人と浩太、そして僕で遊んでいる。しかし今日は人影が三つあった。いつもお母さんに制限されて外で遊べない瑠衣がいたのだ。瑠衣がお母さんに外出を制限されている理由は、瑠衣が病気がちなためだ。なのでお母さんは瑠衣のことが大事なために外出を厳しく制限しているはずだが、なぜ今この公園にいるのだろうか。理由を聞くと、瑠衣は 「ママはいつも僕を遊びに行かせてくれないけど、おつかいには行かせてくれるんだ。だから、それに乗じて抜け出して来たのさ。」と、こともなげに説明した。僕たちの顔には満面の笑みが浮かんだ。それからは矢のように時間が過ぎた。 僕たちはドロケイやブランコで遊んだ。いつも遊んでいる時は楽しいが、瑠衣がいると3倍増しで楽しかった。気がついたらお昼すぎでみんなでコンビニ弁当を食べた。僕たちは瑠衣のことを心配したが、「今日は最後の日なんだ。何がなんでも最後まで見送る。」と言い張って、お母さんに事情を電話で必死に説明していた。僕は目頭が熱くなったが、我慢した。なぜならこの雰囲気を壊したくなかったからだ。その後、みんなで遊園地やゲームセンターなどをまわって遊んだ。そして結局公園に戻った。隼人の提案でみんなで野球をした。残りわずかと思うと思わず涙がこぼれそうになった。ポケットの中でiphoneが震えた。見てみるとお母さんからのLINEで 「そろそろ時間だけど、公園に荷物持って行こうか?」と来ていた。 お母さんが気を使ってくれていることを少し感じながらもすぐに「よろしく」と送った。コンマ1秒すら無駄にしたくなかった。 午後6時になった頃、子犬の鳴き声が聞こえた。振り向くと雪人を連れたお母さんがいた。もう公園を出たほうがいいようだ。これでもうお別れか・・・と思っていたが、三人は最後まで見送ると言ってくれた。皆で商店街を通り抜け、小さな駅に向かった。もう着いてしまった。そう思いながらも三人にできるだけ明るくお別れの言葉を言った。三人も笑顔で受け止めてくれたため、気持ちが楽だった。 「今までありがとう」 そう言い切った。三人も僕にお別れの言葉を言っていた。そして改札を通った。すると遠くからガタンゴトンという音が聞こえて来た。心残りはないと言ったら嘘になる。しかし、今までたくさんの思い出を作った。本当にありがとう。そう思い続けながら電車に乗った。車内からでも三人のことが見えた。手を振った。そしたら振り返してくれた。ひたすらに感謝の気持ちを込めて手を振り続けた。電車が動き始めた。ずっとずっと手を振り続けた。 電車をここまで速いと思ったことはない。しかし笑顔で別れることができてよかった。そう思った。 「行っちゃったな、健介。」 そう隼人は言った。浩太と瑠衣は無言で頷いた。 「でも、笑顔で健介を見送れたよな」と瑠衣が言った。 隼人の靴に涙が一粒落ちた。そして隼人は嗚咽を漏らした。次第にその嗚咽は大きくなり、気づけば三人で泣いていた。人通りが多い駅前で足音をも超える泣き声が響き渡った。そこに通りかかった高校生が彼らを見てこう呟いた。 「あの子たちの涙、何か想いがたくさん詰まっている気がする。」と。 それぞれ分かれて、自分の家に帰った。 そしてそれぞれ自分の家の玄関の前で 隼人はひたすらに泣きながら、 浩太は健介との思い出を思い出しながら、 瑠衣はお母さんに怒られるのを怖がりながら、 それぞれドアを開けてこう言った。 「ただいま。」 -おわり-
イサオの小さな大冒険 宮下 匠汰(高校2年)
1. のんびりした風が、静かに時間を運んでゆく。少し冷えた空に、乾ききった雲が二つ、行くあてもなく浮かばされている。もう12月に入り、かなり寒いはずだが、年末年始を待ちわびている街は、どことなく浮ついた温かい感じがする。 が、俺にとっては関係ない。むしろ俺は冬休みが来ると思うと少し憂鬱である。そういえば、今日の古典と地理の期末試験の結果も芳しくなかった気がする。 「暇だなあ」 隣で匠汰がつぶやく。 「そうだな」 「何かする?」 「やることなんてないだろ」 と、俺。のんびりしているのも悪くはない。こうして川沿いの土手に寝転がれるのも、受験前最後の娯楽の一つだ。来年はいよいよ高三である。 「何か面白い話ししてよ」 と、匠汰。 「そんなものはない」 「でも、暇じゃん」 「ユキチが来てないからじゃない?」 「あー、そうだね」 俺はふと、ちょっとした暇つぶしの方法を思いついた。 「なあ、お前、本当に暇なんだよな?」 俺は念を押すように聞いた。 「急に改まってどうしたんだ。そりゃあもう、暇だぞ。少なくとも3時間は暇だ」 「じゃあ、すごくつまらない話してもいい?」 「そんなにつまらないのか。どんな話なんだ」 「俺の昔話さ。タイトルは『イサオの小さな大冒険』」 「タイトル付きですか。これは期待できますねえ」 2. 俺が小学生の時の話なんだけど。五年生だったかな?冬になって、暫くして。季節的には11月くらいだと思うんだけど、まあそれはどうでもいいとして、で、当時俺はね、学校行くのがつまんなかったわけ。何って、友達は少ないし、授業は簡単だし、小学生でって笑っちゃうだろうけど、世の中のすべてを知り尽くした気になっててさ、もうほんとにつまんなかったの。周りの奴らの会話とかさ、すげー馬鹿みたいで、そいつらに合わせるのも馬鹿みたいだと思ってたから、だから友達は作ろうと思ってなかったし実際できなかったわけ。小学校の先生とかもさ、なんか俺らを見下して授業やってんだなーって感じがあって、その授業もさ、なんでこんなことが解らないの?っていうことをさ、質問する奴が居たりして。そのせいでさ、授業の進行がストップするじゃん。まあ別に俺は聞いてないから良いんだけど、でもそういうのを見たりするたびにイライラしてて。例えるなら保育園とか幼稚園とかに一人放り込まれた感じ。もう全部バカバカしくて。実際小学校のテストなんて、全部満点だったし。斜に構えるというか、まあそれもそれでクソガキだとは思うんだけど。でもそんな感じの子だったの。お前はどうだった?普通?あ、そう。 でさ、そんな態度だったのも理由があるっちゃあって、ちょっと前にね、前の学校にいた時に出来た、あ、俺その学校に転校してきたんだけど、まあ前の学校でさ、すんごく仲が良かった友達を亡くしてて。交通事故だった。なんか、その時に思ったわけ。虚無感、かな。ああ、こんな簡単に人って消えるんだな、って。幸か不幸か、引っ越しっていうか父親の転勤と、その事故と葬式がさ、ほぼ同時で。気づいたらこっちに来てたっていう感じだったの。だから気持ちの整理ができてなくて。悲しむ暇もなく、っていう感じ。 まあだからね、俺は11にしてこの世の理を悟って、図書室で隠居生活を送ってたの。休み時間は外で遊ぶっていうのが、小学生の鉄則だと思うんだけど、でも友達いないからさ。だから給食を爆速で食べて、まあそれも給食中に話す友達がいないだけなんだけど、食器も爆速で片付けて、爆速で図書室行って、5時間目が始まるギリギリに教室に戻ってきてたんだよね。周りからは変な転校生だと思われてたんじゃないかな。それで図書室で文学作品とかを読むわけ。芥川龍之介とかさ。俺は当時『羅生門』が好きでさ、人間も所詮は獣だ!って勝手に思ってたの。図書室もたまに騒がしいけど、基本ほぼ誰もいないから、そこが一番落ち着く場所だったなあ。 3. そんな生活を送っているうちに、新しい学校にも慣れてきた。俺はもうその頃は図書室のことはあらかた知り尽くしていた。本を読むときも、一番隅の方の人が来なさそうな場所を選んで座るようになった。窓から下に校庭が見える席だ。俺はその席が気に入っていた。 すぐにその席が定位置になった。同じ場所に座るようになると、日々の変化がわかるようになる。まるで、タイムラプスで撮影した映像で雲が動いてゆくのが分かるように。そして、俺は気づいた。同じ奴が、毎日、昼休みに同じ場所で本を読んでいることに。確かに市立の図書館なら、毎日来て同じ位置に座るおじいちゃんがいることもある。しかし、小学校の図書室では話が違う。自分を棚に上げるようだが、変な奴だと思った。 最初に気付いたのはそいつがいつも「居る」ということだけだった。視界にただ入っているだけ。どんな奴かは全く分からなかった。でも、そいつのことを知りたいとは思わなかったし、知らなくていいと思っていた。読書とは孤独だ。そこに他人は必要ない。 それから二週間くらい経っただろうか。 何故か俺は、数日の間あまり読書に集中できていなかった。たまに来る読書に集中できない時期が来たのかもしれないし、新しく読み始めた本がつまらなかったのかもしれない。 ある日のこと、目と肩の疲れを感じて、俺はふと顔を上げた。その時に、初めて俺は左斜め前の机で本を読んでいる、そいつを正視することになった。 思っていたより背が高かった。俺は当時もまあまあ背が高かった気がするが、俺より身長が高いのではないだろうか。少し長い髪が印象的だった。大きめのレンズの丸眼鏡をしていて、伸びた前髪を右手で上げながら、左手で本のページをめくっていたのを覚えている。そういえば、何を読んでいるんだろう。唐突にそんな疑問が頭に浮かんだ。俺は立ち上がり、そいつの席へ向かった。俺の口が言う。 「何読んでるの?」 そいつは黙って本の表紙を見せてくれた。『小僧の神様』と書いてある。知らない本だ。 「ちょっと借りても良い?」 そいつがうなずくのを見るのとほぼ同時くらいに、俺は本を手に取った。著者は「志賀直哉」というらしい。裏返すと、貸出用のバーコードがない。ということは図書室の本ではないのか。 「お前の本?」 ふたたびうなずくそいつ。 「悪かったな。」 俺は本を返した。『小僧の神様』か、覚えておこう。 気付いたらそいつは読書に戻っていた。うん、なるほど。俺も自分の席に戻ったが、どこまで読んでいたのかを忘れてしまった。栞が本の脇に放ってある。俺はアホみたいに、昼休み終了のチャイムが鳴るまで変な姿勢で本をパラパラめくっていた。 4. 次の日もそいつはそこの席で本を読んでいんた。俺はそいつが独特の空気を纏っていることに気付いた。俺の席はちょうど柱の陰になっていて日陰なのだが、そいつの席は日なただったからだろうか、何となく温かい空気を感じる。俺の勝手なイメージだが、俺は俺自身を歩くだけで空気が悲鳴を上げるような奴だと思っていて、だから、そいつの傍に行くのがためらわれた。しかし今日は、家に置いてきてしまったから、読む本もない。だったら別の、図書室の本を読もうと思って「文学コーナー」に向かったものの、面白そうな本は一冊もなかった。という訳で手持ち無沙汰な俺は、校庭をしばらく眺めたのち、結局そいつの席に向かうことにした。 そいつは昨日と同じ本を読んでいた。確か『小僧の神様』だ。 「あのさ、それって面白いの?」 顔を上げて、首を傾げるそいつ。全然関係ないけど、そいつは不思議な目をしていた。別に目の色が変、とかそういう訳じゃないけど、これも雰囲気の問題だろうか。 「え、いや、だから『小僧の神様』だよ」 そいつが読書に戻ろうとするのに気付いて、慌てて声をかける。 そいつは少し考えるような仕草をした後、やはり首を傾げた。分からない、ということだろうか。まあ確かに、すべての本を面白いとかつまらないとか、簡単なものさしでは測れない。俺は変に納得して、何となく嬉しくなった。 「図書室はよく来るの?」 という俺の質問に対して、そいつは初めて笑った。俺が顔を引きつらせていると、声が聞こえた。 「僕も毎日来るけど、岩崎くんだってそうでしょ」 ああ、そうか。しまった、馬鹿な質問だ。が、 「何で、俺の名前を知ってるの?」 「変な奴だなあ、同じクラスの転校生の名前は、知ってて当たり前だよ」 まさかこいつに「変な奴」と言われてしまうとは。だがこいつと初めて話せたので良しとしよう。どうしても喋らない奴だったわけじゃないのか。それにしても、久しぶりに家族以外の人と話した気がする。 「そういえば、図書室は好きなの?」 そいつは、目を伏せて首を少し動かしてから、こちらを見上げて、 「どうだろう。図書館では、騒げないからね。」 とよくわからないことを言って立ち上がった。 「じゃあ、僕は教室に戻るから。お先に」 俺は何か言おうとして、手を変なふうに動かした。遠ざかる背中を見て、やっぱり身長は高いんだな、と思った。俺はしばらくぼーっとしていたが、急にあいつが俺と同じクラスだと言っていたことを思い出して急いで教室に向かった。 * * * 5時間目が始まった。確かにあいつはいた。廊下から数えて、右から二番目の前から二番目の席に座っている。背が高いから目立つはずなのに、なぜ今まで気付かなかったのだろう。俺が窓の向こうばっかり見ているからだろうか。 国語の授業だ。俺は努めて適当にノートを取っていた。中庭に目をやれば、暗く光る土が俺を静かにを見つめ返す。窓の向こうの世界には、この教室にはない暖かさがある。誰一人居ない夜の校舎、その中庭で大の字に寝転がれば、どんなに楽しいだろうか。 教室の前で生徒が何やら喋って、先生がそれを黒板に書き留めていた。俺は再び黒板を転写する作業を開始した。突き刺す太陽が眩しい。ノートに書く文字は、影に邪魔されて見えにくい。教室の窓が左側にあるから、文字を書く左手が影を作るのだ。前の学校でもそうだった気がする。世界は俺以外を祝福しているのだろうか。 授業が終わった。俺は無意味に汚れたノートを眺めて、引き出しに放り込んで立ち上がった。すぐに座り直し、引き出しを探って、本がないことをまた思い出す。本がないと五分の休憩も暇だ。あいつは休み時間に何をしているのだろうか、と思って俺は再び立ち上がった。教室の前方であいつはじっと座っていた。本は読んでいない。だったらあいつに話しかけて時間を潰そう、と思ったが、すぐにやめた。転校してきてからクラスメイトと話したことなどなかったし、今のあいつと図書室のあいつはどこか違うような気がしたからだ。結局俺は何もできないまま6時間目を迎えることになった。 5. 放課後も図書室が空いていればいいのに、なぜかこの学校は休み時間しか空いていないので、俺は帰宅を余儀なくされていた。家に帰るのが嫌なわけじゃないが、授業が終わってすぐに帰宅するのは何か違う気がする。だが学校に残ってもやることがない。市立の図書館は土日に行くと決めているので、学校以外でも寄るところもない。そういえば、世の中には「学童」なるものが存在するらしい。楽しいのだろうか。 通学路ではめいめいが友達と楽しそうに話しながら歩いている。呆れるくらい眩しい笑顔の、低学年だろうか、二人の子供が俺の脇を走り抜けていった。あの中の一体誰が、今話している友達が明日にはいなくなってしまうだなんて考えているだろうか。俯きがちな体に昏い顔を貼り付けて、俺はひたすら前へと進む。同情して欲しいわけじゃないし、新しい友達が欲しいわけでもない。もう何もいらないから、これ以上何かを奪わないでほしかった。 * * * こっちに引っ越してきてから一回、裕人の墓が出来てすぐに、墓参りに行った時のことを思い出した。俺の家族と、裕人(ヒロト)のお父さんとお母さんと皆で行った時のこと。裕人のお母さんが「こんなに仲がいい友達が出来て、お墓にも来てくれて。きっと裕人も喜んでいると思います」って言って、俺の手を握って、泣きながら「ありがとう」を繰り返していた。つられて俺のお母さんも泣いて、お父さんは俺の肩に手を置いて黙っていた。何も感じられなかった。俺は自分が目の前の墓よりも、冷たくて無機質なんじゃないか、と思うほどに、自分の冷たい芯を感じていた。線香をあげた。俺は二言か三言話しかけた。墓はどうしても裕人じゃなかった。俺はたまらなく嫌になった。どうして裕人なんだ。皆が裕人がいないことに納得しているのが信じられなかった。 よく晴れた青空が足元に影を落としていた。影を見つめて頭を動かしても、涙は一滴も出なかった。皆が線香をあげ終わって、俺はしばらく墓を見つめていた。嫌な眩しさだった。裕人の笑顔を連れ去ってあの墓に閉じ込めたのだとしたら、どう計算しても割に合わない気がする。皆が墓を出て、車の前で俺を待っていてくれた。急に涙が出た。何の涙なのか、自分でも分からなかった。俺はガキなのだろうか。 * * * 何かがぶつかって俺は足を止めた。さっきの子供たちだった。子供たちは不思議そうに俺を見上げて、そのまままた走り去っていった。少し顔がほぐれた気がする。 しばらく歩いていると、目の前に先ほど見かけた後ろ姿があった。あいつだ。俺は足を早めた。 「やあ」 「おう」 別に驚かせるつもりも無かったのだが、先に声を掛けられる予定でも無かったので少し驚いた。しかし俺は平静を装って話しかけた。 「家はこっちの方なのか?」 あいつは少し顎を後ろにひいて、涼しい笑顔を浮かべた。 「そうだよ」 「そうか。」 無言の時間が続いた。俺は右を歩くあいつの横顔を見上げた。まっすぐに前を見つめる瞳がやはり不思議な光を放っていた。ふと目の奥に映る自分に気がついた。変な顔をしていた。俺は急に恥ずかしくなって目をそらした。 気付いたら周りには俺たち以外誰もいなくなっていた。この角を曲がってしばらくしたら俺の新しい家だ。そう思って声をかけようと思ったら、また先に言われた。 「僕の家、ここだから。じゃあね」 俺はすぐに返事を出来ずに、何か言葉を探していた。どうにも「じゃあね」という言葉は間違っている気がした。あいつはもう段差を登り切り、家のドアの前まで行って、鍵を開けようとしていた。俺は諦めて、じゃあね、と言いかけたのだが、その前に、あいつは急に振り返って、涼しげな笑顔と共に口を開いた。 「またね」 「またな」と、俺は今度こそ、すぐに返すことが出来た。つかえていた何かが落ちるような安心があった。俺は急いで自分の家へと走っていった。 6. 今日の4時間目は体育だ。最近の授業ではソフトボールを校庭でやっている。校庭はそんなに好きではない。中庭のような暖かさがないからだ。太陽と風が、砂のグラウンドを見下ろしている、砂漠みたいな場所だ。用がなければ、入りたくない。 攻撃が終わって、俺は守備をしていた。滅多にボールが飛んでくることはなく、それに、隅の方にいれば会話が要らないので、楽だった。ただボールが行き来するのを眺める。俺は眺めるだけだ。 ボールがヘラヘラと飛んでゆき、グローブに収まった。これでツーアウトだ。今日は風が弱く、ボールが飛びにくいようだ。1塁に走者がいるが、ホームに帰ることはないだろう。俺は手にグローブを引っ掛けたまま、背伸びをした。 「動かないで!」 急に斜め後ろから大きな声が聞こえて、驚いた俺はグローブを落としてしまった。構え直して声のしたほうを向くと、あいつがいた。背後から動くなと言われても、困る。俺は中途半端に首を動かした。 「動かないで。今、彼を捕まえようとしているんだ」 あいつはそう言いながら俺ににじり寄ろうとしていた。 「彼って、誰だよ」 「君の足元に、バッタがいるんだ」 左手の人差し指を伸ばして口元に寄せながら、さらににじり寄って来る。 「バッタ?」 俺は結局振り返ってしまった。それがいけなかった。 まずい、と思った時にはもう遅かった。 次の瞬間、あいつが転んで、巻き込まれるようにして俺も転んだ。 嫌な鈍い音が聞こえた。 * * * 昼休み、福沢——体育の時の騒動で苗字が判明した——はかなり遅れて図書室に来た。 「いやー、参った参った。まさかボールが飛んできていたとは。しかも、ちょうど僕たちがいた場所にね。君には申し訳ないことをしたね」 あの時、バッタを捕まえることに集中していた福沢は、飛んできていたボールに気付かず、足下に転がったボールで足を滑らせ転んだのだ。俺が振り返ったまさにその時に、ボールが飛んで来ていた。もし振り返っていなければ、避けられただろう。 「大人しく諦めればよかった。僕が怒られるのは構わないが、君に怪我をさせてしまったのは本当に申し訳ないよ。」 「いや、俺は別に…」 俺はかすり傷で済んだものの、福沢は膝を切って、あざもできていた。しかも、保健室に行く途中で先生に声をかけられて、「バッタを捕まえようとしていました」というのだから、当然怒られていた。 「バッタのことは、言わなくても良かったのに」 福沢は不思議そうに俺を見つめて、それから左手の手のひらを右拳で叩くあのジェスチャーをした。 「その手があったか。思いつかなかった。」 福沢は明るく笑った。そして、椅子から身を乗り出し、顔を近付けて秘密の話をするような体勢でこう言った。 「でも、4時間目の次は給食でしょ?それにさ、僕は怪我をしていた。だから、怒られる時間は短かったよ。終わり良ければすべて良し、ということにしよう」 教室に帰るとき、俺は忘れていた聞くべきことを思い出した。 「そういえば、バッタは好きなの?」 「いいや、そうでもないよ。でもさ、こんな時期にバッタがいるなんて不思議だと思ってね、捕まえてどんなバッタなのかだけでも調べようと思ったのさ」 福沢は、俺より高い目線で、軽やかに歩きながら言う。一人称は「僕」で、二人称は「君」。何か話すときの顔や手の動きも、不思議な感じだった。この前は俺のことを「岩崎くん」と苗字で呼んだ気がするが、今日は「君」なのか。 本当に変な奴だ。 7. 俺は助手席から窓の外の色が流れてゆくのを眺めていた。今日は日曜日だ。久しぶりにお父さんと二人でドライブをしている。 「最近は何読んでるんだ?」 お父さんはたまに、信号で止まっているときとか、話題を振ってくる。 「色々。日本文学とか、適当に」 「そうか。凄いな、俺がガキの頃は漫画しか読んでなかったよ」 お父さんはサイドミラーを見ながら呟くように言った。 「俺だって、難しいのは読んでないよ。なんかこの前さ、」 「ん?」 「あ、いや…何でもない」 車が止まった。今日の目的地は、ただのパーキングエリアのようだ。俺はどこかに行きたいわけじゃないので、こういう気軽なドライブは嫌いじゃなかった。 「飲み物買ってくるよ」 お父さんは素っ気なく言って車を出ていった。 俺は右の、まだ温かいであろう黒い座席を見つめる。一人になって、少しほっとしている自分に気付いたのだ。お父さんがいない空間に安心している自分に。 多分お父さんが嫌いなわけじゃない。お父さんの優しさに、俺は耐えられないのだろう。一緒に、特に二人でいる、今みたいなときにはよくわかるのだ。お父さんが俺を気遣っていることに、嫌でも気付いてしまう。 ため息を付いて、それから俺はシートを倒して、通行人の数を数えることにした。1人、2人、3人、4人… そう、例えば、お父さんは、決して友達の話題を出さない。 * * * 俺は後部座席に飛び乗って、奥へ詰めて座った。いつも言われてしまうから、今日は言われる前にシートベルトを締めて、それからリュックは右の脇に置くんだ。 すぐに裕人が左脇に座って、俺と同じようにする。リュックは左に置くけど。俺は待ちきれずにお父さんに発車を急かして、それでやっぱりいつも怒られるから、我慢して足をバタバタさせる。 「おい勲、だめだぞ車の中であばれちゃ」 結局怒られてしまった。でも今日は、すこし言われたくらいじゃ何とも思わない。だって脇には裕人がいるから。俺と裕人が一緒なら、最強だね。 「おい裕人、朝ごはん何食べたの?」 俺は暇つぶしにすんごくどうでもいい話題を振る。 「おれ?おれはね、まだ食べてない。だから今から食べるんだよ」 「えー、今から?何食べんの?」 「お母さんにおにぎり作ってもらった」 裕人は最高の笑顔で答えた。朝ごはん食べてないのに、元気だな。俺の相棒は今日も最高だぜ。 「いや、本当に今日は楽しかったねえ」 「何言ってんだ、遊ぶのはこれからだろ?」 「君こそ何を言ってるんだい?今から帰るんだろ?僕はもう遊び疲れたよ」 何かがおかしい。どういうことだ。俺は見てはいけないとわかっていながら、裕人が座っているはずの左隣を、見てしまった。 そこに座っていたのは、裕人ではなかった。 「裕人は、裕人はどこに行ったんだ」 「裕人くんはもう、いないんだよ。」 噓だ。違う、裕人は、裕人、裕人…! * * * 「起きたか」 いきなり体を起こすと、少し背骨が痛んだ。俺の体の上にはお父さんの上着がかけてあった。長い間寝ていたらしい。 「コーヒー飲むか?」 お父さんの手には、開いていない缶コーヒーが二つあった。多分お父さんの好きなアイスコーヒーだろう。もうぬるくなってしまっているのではないだろうか。 俺はうなずいて、缶を一つ手に取った。 「ちょっと散歩しないか?景色がきれいなところがあるんだ」 俺は今車にいては駄目だと思って、頷きながら逃げるように車から出た。少し冷たい缶コーヒーと、予想以上に寒い車外は、俺にまだ体温がある事を自覚させてくれた。 俺は父さんの後を、生まれたてのカモの雛のようについていった。どこまでいっても俺はガキだ。お父さんの背中が、とても大きく見えた。 「着いたぞ」 そこは少し高い、開けた場所だった。静かな山並みと、燃えるような夕日が、きれいな対照をなしていた。沈むことに抗うような、あるいは季節に抗うような、鮮烈な太陽に吸い込まれそうだった。 お父さんは黙って缶コーヒーのプルタブを起こしていた。俺もそうした。お父さんが缶を近づけてきたので、俺も缶を合わせた。 「眩しい」 お父さんが目を細めてそう言った。意外だ。お父さんは照らす方だと思っていたのに。俺の隣にいる人はいつだって俺を照らしていた。裕人も、福沢も、お父さんだってそうだ。俺はその明るさに甘えるばかりだった。それこそ、裕人なんて俺には眩しすぎたのかもしれない。本当に、今見ている太陽くらいの明るさだ。あんなに遠くても、俺を照らすような。 俺は帰りの車内で、思い切って福沢のことをお父さんに話してみた。パーキングエリアに着く前に、言い淀んだのを思い出したのだ。お父さんは黙って俺の話を聞いてくれた。 「気を遣わせちゃって、ごめんな」 と、聞き終わったお父さんに言われた。俺は口ごもった。それは俺のセリフだよ、とは言えなかったけど、「俺もごめん」って言った。そしたらお父さんは、 「何言ってんだ。お前は謝んなくていいんだよ」 と言いながら俺の髪の毛をくしゃくしゃにした。お父さんがどんな顔をしていたのかは見えなかったけれど、俺は少し泣いてしまった。 家に帰る前にコンビニに寄って、俺が好きなお菓子を買って二人で車の中で食べた。おいしかった。お父さんは笑っていた。確かにすぐとなりに、俺のお父さんはいた。 お父さんはなんとなく素っ気ないと思っていたけれど、距離を取ったのは、俺の方だったのかもしれない。 8. 季節が変わるのは早いもので、いつの間にやら上着がもう一枚必要になっていた。まるで止まっていた時間が急に動かしたかのような、そんな早さである。もう明日は、二学期の終業式だ。福沢と最初に出会ったときからも、かなりの時間がたった。バッタの事件を始めとして色々あったが、俺は福沢との距離感を何となく掴んでいた。 教室では、ところどころで、冬休み中に何をするかという話題で盛り上がっていた。それを聞いて、俺は冬休み、これといってやりたいことが無いことに気付いた。 その流れで去年の自分を振り返るのは、いたって自然だったと思う。 俺は鮮明に覚えている。去年の冬、何をしていたか。去年は、裕人一色だった。家族よりも裕人と一緒にいた。裕人と公園に行った。裕人と遊園地に行った。裕人の家に泊まった。裕人と初詣に行った。裕人を呼んで俺の家でゲームをした。俺の歴史は、裕人の歴史だったのだ。あの時までは。 人生で一番、裕人とたくさん遊んだ。裕人はその後、五年生から塾に行くと言っていたからだ。そのための勉強でこれからは忙しくなると言っていた。3月、終業式の後、俺は裕人の家の前まで着いていった。これからのことを話した。勉強が大変で、春休みは遊べないと言う裕人が、とても大人に見えた。俺は何となく悔しくて、春休みに行く予定の家族旅行の自慢をした。裕人に羨ましがって貰いたかった。裕人は笑って俺の話を聞いてくれた。裕人の家に着いてもまだ俺が話していて、それでも聞いてくれた。別れ際に俺はこう言った。 「疲れたら、俺の家来いよ。学校の宿題も手伝うし、またゲームやろうぜ」 「もちろんだぜ。学校の宿題もゲームも、俺の分も頑張ってくれよな。」 裕人は白い歯を見せて笑った。俺は負けじと、 「じゃあ勉強は俺の分も頑張れよ。」 と言って、お互いに頑張ることを約束したのだ。今考えれば訳のわからない約束だが、当時の俺は本気で、カッコいい男の約束をしたと思って、家に帰ってそれをお父さんとお母さんに自慢したことまで、覚えている。 終わりはあっけなかった。家族旅行の二日目の夜に、裕人のお母さんから俺のお母さんに電話がかかってきた。俺はパニックになったらしい。それからしばらくの間は、記憶が混濁している。その後のことを覚えていなくて幸せなのかは、今でもわからない。 「おーい?岩崎くん?」 俺の顔をのぞき込むようにかがんだ福沢が、声をかけていたのだと理解するのに、少し時間がかかった。 「あ…ごめん、えっと…?」 キョトンとした顔だった福沢が、いきなり笑うのだから、俺は何も言えず顔をひきつらせるしかなかった。 「君は本当に変なやつだと思ってさ、何を考えてるのか全くわからないよ。」 話が見えない。どういうことだろう。俺からしてみれば、変なのは福沢のほうなのだが。 「ああごめん、話がそれたね。ねえ、今日の昼休みは暇?」 「…まあ、暇、だけど」 「そうか。いや、本を読むのに忙しいかと思ってね。」 と、福沢。俺にとって読書はそこまで重要なものではない。いや、なかった、といったほうが正確だろうか。昔は、読書は暇つぶしの道具でしかなかった。今、昼休みになると図書室へ直行する俺は、果たして暇なのだろうか。 「もし暇だったら、昼休みにちょっと話をしたいんだ。」 どんな話だろうか。「話をしたい」と言われれば、誰だって気になるだろう。 「いいよ。」 俺は普通の声になるように心がけて、短く答えた。 * * * 俺は給食を食べながら、昼休みのことについて考えた。考えても意味のないことだし、あの福沢が何を言い出すかなんて、今の俺にはそもそもわからない気がする。それよりもっと重要なこと、つまり言うべきことがあることに、俺は気付いていた。 あまり俺は、自分から何かをしてこなかった。裕人に誘われて遊びに行ったし、お父さんに誘われてドライブに行った。だから自分から誘う、というのはあまり経験がなかったし、どうすれば良いのかもわからなかった。でも、今誘わなければ、もう冬休みに入ってしまう。誘うのは怖いけど、こんなことは考えたくないのだが、「誘えなくなってしまう」ことを考えれば、やはり今日、ちょうど話す機会があるのだから、今日やるしかないと思う。 俺は決心した。 冬休み、福沢を遊びに誘おう。 * * * ごちゃごちゃ考えていたら既に昼休みが始まっていた。福沢は教室にはいなかった。場所は特に言われていないから、図書室にいるのだろう。俺は足早に図書室に向かった。福沢はいつもの席にいた。でも、本を読んでいない。そして、 なぜか、隣の席には俺の知らない奴がいて、そいつと話していた。 どういうことだ。俺はこいつと話をするのか?福沢は変な奴だと思っていたが、さすがに理解が追いつかなかった。俺は複雑な心境で、恐る恐るといった感じで福沢に近づいた。 「おい、来たぞ」 と、俺は声をかけたはずだった。しかし、福沢は反応しなかった。 その瞬間―俺は気付いてしまった、自分の負の感情が爆発することに。 これは、怒り?悲しみ?妬み?―まとまらない嫌な何かが、まるで蛇のように俺の腹の底から這ってくるのを理解するのが、俺の理性の限界だった。 俺はふらふらとその場を離れた。気付いたときには俺は教室にいた。 9. 放課後、俺は呆然としながら学校を出た。ショックだった。俺に友達は必要ないんじゃないか、と思う。福沢にも友達がいて、あんなに楽しそうに話している。友達が死んだからって、すぐに新しい友達を作ろうとする―というのは、あまりにも虫のいい馬鹿げた話ではないか。そうだ、そんな事を考えていた俺に、天罰が下ったんだ。 「…くん、岩崎くん!」 もはや聞き覚えのある声が、右から聞こえてきた。 「福沢…」 「っ…岩崎くん、大丈夫?体調が良くないのか?」 分かる。分かってしまう。これが、純粋な心配のみから発せられる声なのだと。全く方向性は違うけれど、まるでお父さんのような優しさを感じた。 俺は心のどこかで福沢を悪役にしようとしていたのだと気付いた。もしかしたら、もう二度と福沢とは話すまいと思ったのかもしれない。なんてことを考えていたのだろう。俺は猛烈に恥ずかしくなった。 「あの…これから、暇かい?」 俺は顔をそらしながら、頷いた。 「そしたら、ちょっと寄り道をしよう。いいところがあるんだ」 * * * 着いたのは土手だった。人がポツポツといる。なんとなく、小学生が遊んでいるイメージが頭に浮かんだ。 「どう?いいところじゃない?」 「そうだね」 声がとりあえず出せることに、まず安堵する。 福沢は少し駆け足で斜面を降りて、俺を待つように途中で立ち止まって振り返った。俺はとぼとぼ歩いて、福沢の脇で止まった。 「ここで寝転がると、気持ちいいんだよ」 そう言うが早いか、ランドセルをおろし、福沢は一気に寝転がった。俺は慌ててランドセルをおろして、そして結局体育座りをして、手は後ろについて座った。 寝転がったまま、福沢が口を開いた。 「昼は、ごめん。君と話したかったんだけど、たまたま聡真くんが図書室に来てて、それで話し込んでしまったんだ。後で聡真くんが教えてくれたんだよ、君が来てたことを」 俺は今だから、間違いなく自分が悪いと言える。どうして優しい人は、悪くもないのに謝るのだろうか。俺はいっそう恥ずかしくなった。なんて俺は醜いんだ。 聡真くん、というのは、昼休みに話していた子の名前だろう。下の名前で呼ぶのか、と思いつつも、一応質問をしてみた。 「あの子とは、仲良いの?」 思ったより尖った声が出てしまって、俺は少し俯いた。 「ああ、聡真くんは、…僕の数少ない友達の一人なんだ。今はクラスは違うけれど、去年と一昨年は一緒だった。仲はいいと思う」 福沢は体を転がして、言葉を続けた。 「僕は一人で居ることが多くて、小学校に入っても、友達と言えるような子は、僕の周りには居なかった。昼休みは、いつも一人で本を読んでいたよ。ふふ、今もあまり変わらないね。ある日本を読んでいた時に、突然彼が声をかけてくれたんだ。読んでいる本の話で少し盛り上がって、それからは会うたびに好きな本やアニメの話をしてくれた。僕は主に聞き手だったけれど、たまに、彼が自分で書いた小説を持ってきてくれてね。僕はその小説が大好きなんだよ。驚くほど無邪気で真っ直ぐなんだ、あの小説は。そう、彼と同じようにね。今日は久しぶりに、彼が小説を持ってきてくれて、その話で盛り上がってしまったんだ」 そうだったのか。俺はますます申し訳なく思った。福沢を取られた、と思った俺を、福沢と、それから聡真…くんは、赦してくれるだろうか。 「ごめん、話しすぎたね。」 福沢は起き上がって、俺と同じように座った。 俺はなにか言わなきゃと思って、必死に言葉を組み立てようとした。だけど喉の奥でつっかえてしまう。恥ずかしいからか、気まずいからか。どんな理由にしても、まずは謝らなきゃいけない。 「ごめん。昼休みは、勝手に帰っちゃってさ。」 俺は前を見つめながら言った。福沢は驚いたみたいで、俺の顔を覗くように見た。 「いや、気付かなかった僕が悪いんだ。」 それから俺とは逆のほうを向いて、草をむしりながら言った。俺の恥ずかしさが伝染してしまったのかもしれない。 「いや、本当に俺が悪いんだ」 と俺は、逃げるように言った。 俺達はしばらく黙っていた。川できらきらと弾ける夕日の粒がきれいだった。 すこしして、福沢が俺の方に体を向けた。 「じゃあ、喧嘩したわけじゃないけど、仲直りしよう。」 俺は仲直りなんて、したことない気がする。どうしたらいいのかわからなかった。 福沢が右手を差し出してきた。 「こういうときは、握手するんだよね」 俺の頭に「仲直りの握手」という言葉が浮かんだ。握手は、押し付けられてやさられるイメージが合って、好きじゃなかったけれど、自発的にやるのは悪くない気がする。 おれは福沢のさほど大きくない手を、しっかりと握った。 それから俺達はいろんな話をした。俺は他の人に初めて、裕人のことを話した。福沢は、おれがぽつぽつと話すのを黙って聞いてくれた。福沢の悩みとかも聞いたし、もちろん俺の悩みも話した。すらすらと色々なことが口から出てきて、自分でも驚いた。福沢には、何でも話しやすいのかもしれない。福沢からお願いをされた。自分のことを「ユキチ」と呼んでほしいらしい。あだ名というやつだ。 「聡真くんがつけてくれたあだ名なんだ。最初は言い間違いだったんだけど、でもほら、福澤諭吉っているでしょ?それで僕が気に入ってて…」 と、福沢は言っていた。ユキチ、か。言いやすいし、悪くないあだ名だと思う。これが昼休みに言いたかったことらしい。俺は拍子抜けした。こんなの教室でも言えるじゃないかと思ったけど、でも確かに、これを人目のあるところで言うのは恥ずかしいのかもしれない。 あっという間に時間が過ぎた。面白い話とかをしていたわけではないけど、でも俺は楽になった気がするし、幸せと言ったら大げさかもしれないけど、そんな感じだった。気付いたら空が暗くなっていたので、俺達は帰ることにした。 帰り道は特に、何も話すことはなかったけど、俺は急に大人になった気がして、隣を歩く福沢…いや、ユキチと自分の身長をこっそりくらべてみた。比べるまでもなくユキチのほうが高かった。やっぱりユキチは大人なんだ、と思った。 最後の曲がり角が見えてきた。 ここを曲がって真っすぐ進んだら、ユキチの家だ。今日の挨拶は、「またね」かな、いや、「明日、終業式で」か、と考えて、俺は急に用意してきた言葉を思い出した。 「なあユキチ、冬休み、一緒にどこか遊びに行かないか?」 ユキチは笑顔で頷いて、元気よく親指を突き出した。 そう、俺の小さな冒険、いや小さな大冒険は、大成功だったのだ。だって、「終わり良ければすべて良し」だもんな。 * * * 「いや、本当に今日は楽しかったねえ」 電車で俺の隣りに座ったユキチは、満足そうに頷きながら言った。 「ほんとに楽しかったよな」 俺も頷きながら、笑っていった。 「ほんとに遊びすぎて、疲れちゃった。俺は眠いよ」 と、俺は冗談半分に言った。 「僕は起きてるから、寝ても大丈夫だよ」 ユキチは笑って、そう答えてくれた。 「ホントに?じゃあ、寝ちゃおうかな。」 と言って、体を座席のはじに預けてみると、予想以上にすぐに寝てしまいそうだ。 「ちょっと待って、マジで寝そうだ…」 と言った時の俺は既に寝かけていたみたいで、ユキチが俺の頭を撫でながら、 「おやすみ」 と言っていた気がする。 -おわり-
桜の花びら 名雪 双葉(中学1年)
「おはようございます!!」 「おはよ〜。今日、部活あるっけ?」 「あるんですよ〜」 今日も、いつものように駅で待ち合わせをして、学校に向かった。でも、今日は1つだけいつもと違うところがある。それは、「新年」を迎えて初めての学校ということだ。 われは今井(いまい)美紀(みき)。みんなからは変だと言われるけど、昔から自分のことをそう呼んでいる。今年度から中学生になった。今年のクラスは当たりだった。なぜなら、親友の立花(たちばな)文乃(ふみの)、通しょう「文(ふみ)ちゃん」と同じだからだ。 学校について、いつものようにたいくつな1時間目開始のチャイムが鳴った。外を見てボーッとしていると鳥の声や川の水の流れる音が聞こえてきて、うとうと…。 「……井。今井!授業中だぞ」 「あっ。すみません」 「46ページの問題、答えてみろ」 「えっ。あー。うん?すみません。分からないです」 「だったらちゃんと話を聞いとけー」 「はい…」 学校での成績は、良くもなく悪くもなくの中間あたりだ。勉強をしようと決めても手が動いてスマホをさわってしまう。そうすると「終わり」って分かってはいても、なかなか直せないのが現状だ。 1〜4時間目の授業が終わって、お昼も終わりついに部活の時間がやってきた。われはいつも誰よりもはやくあの絵の具の臭いがただよう美術室に行っている。だから今日も、早歩きで向かったんだけど…。 そこにはもう、1人来ていた。背中から出る不思議なオーラだけで分かる。3年の榎本(えのもと)郁斗(いくと)先輩だ。郁斗先輩は何かの絵を描いていた。われはバレないようにおそるおそる絵をのぞきこんだ。するとそこには、学校の周りのゆたかな自然がキレイに描かれていた。 われは思わず 「キレイ……」 と口に出してしまった。われは動揺してとりあえず、美術室から出ようと判決をくだした。早歩きで出入り口に向かった。すると後ろから 「ねぇ」 と筆でつつかれた。われは一瞬で振り返り 「はい!」 と返事をした。 「俺の絵を見てキレイって言った?」 「えっあっはい」 「まじ!サンキュ。だったらさ、俺が絵を描く特訓してあげよーか?」 「え、あっでもなんか悪いし……」 「俺がやりたいの。だから、今日の部活の後ここ集合な。それで、2週間後の展覧会で金賞とらしてやる」 「……はい」 われは、郁斗先輩の圧に負け、「はい」という言葉を言ってしまった。もしこのことを文ちゃんが知ったら、どんな顔をするだろう。われは少しあせった。だって文ちゃんは入部した時、郁斗先輩に1目(ひとめ)ぼれをしていたから……。 部活中も絵を描くのになかなか集中できなかった。 「みきこー。大丈夫?元気?」 「あっうん。大丈夫。大丈夫。元気モリモリアンパンマンだよ」 ついに部活の終わりを告げるチャイムが鳴った。さっきは「はい」と言ったけど少しまよっている。このことで文ちゃんを傷つけたらと思うと……。でも、金賞もとりたい!われは決断した。 「文ちゃーん。今日は、塾があるから先に帰っといて」 「あっそうなんだ。じゃあ塾がんばって!バイバイ!」 嘘をついてしまった…。『文ちゃんごめん!』心の中で何度もあやまりながら、片付けをしていた。 そして、ついにその時間がやってきた。 「おっ今井!来てくれたんだな、よかった。じゃあ始めるか」 今日は何をするのだろうとドキドキ、ワクワクしている。 「じゃあ今日は、俺の似顔絵を描いてみろ!」 「え!いきなり。文ちゃんの似顔絵しか描いたことない…」 「いいからいいから。準備して!」 描き始めて30分くらいたった時、われは思った。先輩って思ったよりカッコイイんだなと…。でも集中!集中!と気合いを入れ直した。 ついに描き終わった。もうその時には外が真っ暗だった。 「先輩!どうですか?」 「おー。うまいんじゃん」 「ありがとうございます!」 あっというまに特訓が終わり、2人ともねむそうな顔で帰路についた。 特訓を2週間続け、ついに展覧会の日がやってきた。われは特訓の中で描いた、学校周りの自然の絵を出品した。 結果はどうであれ、いい経験をしたと思っていた。でも、見に行ってみると金色の紙が絵にはられていた。 「え!みきこーすごいよー!」 「文ちゃん!ありがとぉー!」 やった。これで郁斗先輩にお礼が言える。ってそういえば今日バレンタインだった。それでお礼伝えればいっか。 「ねぇ文ちゃん。今日バレンタインでしょ。だからさ郁斗先輩にチョコ渡しに行きなよ」 「うん!もちろんあげようと思ってるんだけど、みきこにもついてきてほしい!」 「あっまーいいけど」 「やったー!ありがとー」 われはついていくのに何もないのは何かわるいと思って、コンビニにチョコを買いに行き、文ちゃんと先輩の家に向かった。 ピンポーン。 『はーい』 「郁斗先輩いらっしゃいますか?」 『あーちょっとまってね』先輩の妹の利奈(りな)ちゃんの声だった。 かわいい子だな。先輩は玄関から顔だけダルそーに出した。その時、先輩と目が合った。すると先輩は満面の笑みになった。今のは何だ。自分で混乱しながらも、文ちゃんは、 「あのっ。郁斗先輩これ、受け取ってください!」 「ごめん。そういうの受け取れないから」 「そうですか…。分かりました」 文ちゃんの悲しそうな目から涙がこぼれそうだった。そんな時 「ねぇ、今井。お前はないのかよ」 「いちおありますけど…」 「じゃあもらうわ」 その瞬間、頭の中に「え?」という文字が大行列になった。 「だからさ。その文ちゃんって子、先に帰ってくんね」 「えっ……。なんでですか?」 「まぁ理由とかいいからさ、とりあえず帰って」 「…分かりました」 「文ちゃん!あとで追いかけるから」 それしかわれには言えなかった。 そして、文ちゃんが見えなくなると、 「玄関まで入って」 「え。分かりました」 そして玄関の中に入った。玄関だけでも広い家だと分かる。奥にはろう下がつづいていて、高そうな花びんに花もいけてある。われは玄関にこしかけた。少しの間、静寂につつまれた。 「あのさ…」 「…はい」 「俺は今井にだけチョコをもらいたいんだ」 「え?」 「だから、俺は今井のことが好きなんだよ」 「……」 われは何も答えられないまま、玄関をとび出した。近くにあった公園のベンチでいったん気持ちをおちつかせることにした。整理していくと、引っかかるところがいくつかあった。特訓をはじめるときも『俺がやりたいの』と言ってたし、さっきも、われと目が合って、笑顔になった。そんなとき、文ちゃんから着信が…。 「もしもし…文ちゃん?」 『いまどこー?私、駅前のカフェにいるんだけどー』 「あーっと、公園じゃあそっち行くわ」 『はーい!待ってまーす』 あのことを文ちゃんに話すべきか。でも話したら傷つけちゃう。この2つの言葉が頭の中をかけめぐっていた。 その次の日からの学校は気が重かった。でも、文ちゃんは通常運転だから、われも普通にしてた。そんなある日の部活後、われは色えんぴつを美術室にわすれたことに気付き、ひっそりとした、ろう下を静かに歩いていた。そして、 「失礼しまーす」 自分の声が、自分だけに聞こえる。そう思っていたら、 「どうぞー」 あの声が聞こえた。 「え…先…輩…」 「よっ!どうしたんだよ」 「あ、色えんぴつをとりに」 「そっか。はやく帰ったほうがいいよ。先生が来ちゃうから」 「先輩はいんですか?」 「俺は大丈夫だから、早くとって、帰りな」 「はい」 今日は、何事もなく帰らしてもらえる。でも、われは聞いといた方がいいと思い、 「先輩、この前のことなんですけど…」 「あ、あれね。あの返事は卒業式の日に聞かせて」 「分かりました…」 春が近づいてくる。それと同時に卒業式も近づいてくる。われは決断した。それは卒業式の1週間前の日のことだった。 「文ちゃん。話があるんだけど…」 「? なになにー」 「文ちゃんのこと傷つけちゃうと思って言わなかったんだけど」 「うん」 「われ郁斗先輩にあのバレンタインの日に告白された」 「え…。うそ…」 「ホントなの…。ごめん!言ったら文ちゃん傷つくと思って」 「そんなの傷つくに決まってるよ!!でも、、みきが言ってくれなかった方が傷ついた!!」 「文ちゃん…」 「もういい!!」 「まっ……」 文ちゃんは、住たく街に走って行ってしまった……。 その次の日の学校から、文ちゃんとはしゃべれずにいた。いつもなら、席が近くてよかったと思うのに、今はなんで近くなんだろうと思ってしまう。 文ちゃんとしゃべれなくなって3日目のことだった。6時間目は、国語でいちだんとたいくつだった。そんな時、 「となりの席の人と作者が伝えたいことは何かについて話し合えー」 『はーい』 文ちゃんと久しぶりに目が合った。 『あのさ』 「われから言わせて、文ちゃんがこの前は話してたこと正しいと思う。われがもっと早く話してたらよかった。ごめんなさい」 「ううん。私こそあんなに怒っちゃってごめん」 「これからもよろしくね!」 「うん」 文ちゃんと久しぶりに話したから、楽しくなって、授業中だということを忘れていく…。 「……!!。そこの2人。授業中だぞ」 『あっ。すみませーん』 目を合わせて笑った。そして、外の景色も笑っているように、ピンク色にそまってきた。 そして、その日の帰り道。文ちゃんと駅前のカフェによった。 「それで、卒業式の日に返事をしなきゃいけないと」 「はい…」 「で、みきこはどうしたいの?」 「われは、先輩のこと好きとかじゃないから…」 「なら決まりだ!一緒に卒業式の日、郁斗先輩のところに行こおー」 「えーーー!」 「えいえいおー!」 3月3日ついに卒業式の日 『やまなみはもえて〜はるかな空のはてまでも〜…』 体育館から合唱の声が聞こえてくる。1週間前は咲いていなかった桜も8分咲きぐらいになっている。 「みーきこー!」 「おー文ちゃん!桜キレイだね」 「ホントだ!かわいー。あっそういえば、あとどのぐらいで卒業式終わるの?」 「えーと、今10時10分だからあと10分ぐらいだね」 「おっけー」 卒業式が終わりたくさんの人が校舎から出てくる。その中に、郁斗先輩を発見。 「センパーイ」 「おー!久しぶり」 「ほら、みきこ!」 「あ、うん。あの、この前の返事をしたいんです」 「うん」 「われは郁斗先輩のこと好きとかじゃないので……ごめんなさい!でも、告白してくれたのはうれしかったです!」 「うん。はっきり言ってくれてありがと!じゃあこれでお別れだな…。部活も勉強もがんばれよ!」 『はい!』 「ありがとうございました」 「ありがとうございました!」 郁斗先輩とはお別れだけど、文ちゃんとはお別れじゃない。そう考えると、われはいい決断をしたのかもしれない。この1年色んな経験ができてサイコーだった。そして、これからもサイコーな人生にしよう!そう心に決めた。 郁斗先輩を追うように桜の花びらが飛んでいった。そして、だれもが家に帰ってこう言えるとサイコーの人生になると思った。 「ただいま!」 -おわり-
虫おばけ 根岸 利奈(中学3年)
とある夏の日、夢子はゲームをしていた。 ちょうどこれから新しいステージに入るところだった。 「廃校舎かぁ。お化けとかでてくるのかなぁ。」 新しいステージは廃校舎だそうで。夢子の中で廃校舎とは古くて人がいないというイメージが強く、そこからお化けが連想されたようだった。 そんなことを考えながら、夢子はコントローラーを使って『廃校舎』のステージに入る。 今日も夢子の新たな仮想の冒険が始まった。 画面には下駄箱が映っていてそこに画面の中の『夢子』は立っていた。 『夢子』は夢子の操作によって、てくてくと前に歩いていく。 「えっと、確かここから上に行けば二階に着いてアイテムが手に入るんだったよね。アイテムというよりこのステージでは塩か。調味料だね。うん、まあいいや。とりあえず進もう。」 画面の前で画面の中にある地図を見ながらそう自問自答を試みて、さらにその問いを流しているという意味不明な行動をしているうちに階段の前に着く。そこで一旦『夢子』を止めた。 「さてと、ここ上るか。何かありそうで嫌だなぁ。」 夢子はそう言いながら少し警戒心を露わにする。 でもそれと同時に、ゲームなのに何もなかったら逆に嫌だけど、とも思っていた。 そんなことを言って考えて、自分自身裏腹な思考と言動に若干戸惑いながらも、夢子はコントローラーを動かし続ける。すると、階段の途中の踊り場のところの壁に隠し扉があることに気が付いた。気が付かない人もいるだろうと感じる程分かりにくい扉だった。 「おっとぉ、これはなんだぁ。」 好奇心旺盛な夢子はそんな扉を見つけられて嬉しそうにしながら、向こう側について想像し始める。 「うーん、多分罠かマップに載ってないお助けアイテムなんだよなぁ。どっちだろう。」 夢子は今までの知識と経験を総動員して考えた。ゲームの特徴や廃校舎という設定、また、過去に自分がどんなことに引っかかったか。 それらを考慮したうえで、夢子のした決断は中を見てみる、というものだった。まあ、どこかのステージでガスマスクを手に入れていたため気体による襲撃の心配はなかった上に、扉はかなり目立たないため、取り出さない方がいい物がある可能性よりも必要なものが隠されている可能性の方が考えやすかったのである。その裏を突いてくる可能性も無きにしも非ずだけれど、そんなこと言っていたらどうしようもない、とそこは割り切った。それにそもそも気体による攻撃を防げるというだけでもありがたいことこの上ないわけで、もしこの隠し扉を開けることで不測の事態が起こったとしても今回は甘んじて受け止めようと穏やかな心持ちで挑んだ。 「えっとここをこうして…」 夢子はコントローラーを器用に使いこなしながら隠し扉を開け中身を確かめる。するとそこから出てきたのは皿に盛られた白い物質だった。 恐らく塩だろう。夢子は無条件にそう考え、喜んだ。 「開いといてよかったぁ。」 そう言いながらその白い物質を回収して、そのまま階段を昇り切る。 不測の事態が起こらなかったことに夢子は安堵感を覚えていた。 そうして二階に着いたとき、そこから見えてきたのは何の変哲もないただの教室とただの廊下だった。でも夏休みで学校に行っていないせいか、そのただの風景がひどく懐かしく感じた。たった数週間だけなのに不思議だった。 「一応見ておこうっと。」 ゲームのためだと言いながら、無自覚に学校を見たいと恋しいと思いながら、夢子は廊下や教室をよく見ることにした。そして、『夢子』はまず手始めにと、一番端の教室に入る。 するとその瞬間、ドアが閉まり『夢子』は閉じ込められていた。 「おお~、戦い来た~!」 間もなくして二匹の『おばけ』が画面に現れると、夢子は待ってました!と言わんばかりに喜びながらコントローラーを持ち直し、『夢子』は怖い・・・と言わんばかりに怯えながら塩を撒き始めた。 なんだかんだ言って初めは一番テンションが上がるのである。 だからこそ、本来なら無駄に思えるバトルも最初だけは楽しく感じるのであった。この時夢子はまだ、この戦いにおいて損得勘定なんて考えてもいなかったため、無駄だなんてゆめゆめ思っていなかったし、ミッションを見つけていないことに関しても全く気にしていなかった。 ちなみに余談だが、この時使った塩は最初にこのステージに入ったときに配られていたもので、おそらく『おばけ』を退治するのに使う武器のはずである。 『うわぁぁぁ』 『ぐはぁぁぁ』 夢子の塩の考察は当たり、『夢子』がしばらく塩を撒いていると『おばけ』たちはそれぞれうめき声をあげて消えていった。 戦いに勝利するとドアは開き、再び廊下に出られるようになる。 次に夢子はこの戦いにより塩が減ってしまったことで、今『おばけ』と遭遇したら完全に武器が無くなってしまうというかなり危ない事態になったため、より緊急性が増し、急速に補給地点に向かうことにした。正直もう寄り道をする余裕は存在しない。用心深い面を持つ夢子にとって、この事実はそれほどの危機だった。 また、この時、若干夢子の中に無駄足という概念が浮かび上がりつつあった。 「えっと、補給地点はこの二階のフロアのこことは反対側のところなのね。」 夢子は地図を見て補給地点の場所を確認する。そして、『夢子』が廊下を歩きだす。 廊下を歩いている途中、『夢子』は廊下に人がいることに気が付いた。 その子は小さく幼い男の子で何故かそこに立っている。 「何してるんだろう。もしかしたらお助けキャラかもしれないし話しかけてみようかな。」 そう思って夢子はボタンを押した。 『どうしたの?』 『夢子』はそう話しかける。 「実は屋上に落とし物をしちゃったことに気が付いたんだけど、『おばけ』が怖くて屋上に行けなくて・・・」 人間味が無いのに不安ということだけをひしひしとこちらに伝えてくる、この、なんとも苦手としか言いようがなく感じようのない不気味な声を聞きながら、若干怖いと怯えながらも、なるほど、と夢子は思った。 恐らく今回のミッションはこの男の子の代わりに屋上まで行って彼の忘れ物を届けることなのだろう、と気が付いた。 『いいよ。』 選択肢からそれを選ぶと案の定ミッション内容が表示され、ミッション発見に成功したことが分かった。良かったと思う反面、これがひっかけの会話とかでなくてよかったと安心もした。 夢子は過去に一度、敵に騙されて行動し、ミッションが発見できずゲームオーバーになったという経験を持っていたのだ。 さて、そのまま彼の横を通り過ぎて先へ行くと、二階のさっきとは反対側のところに着く。 そこの隅っこには棚があって、無事塩をゲットした。 「よし、じゃあこのままこっち側の階段使って上に昇っちゃおうかな。」 そう言って階段の踊り場に入ったとき再び『おばけ』が登場した。 『ここは通さない。』 そう言われながら何かを放たれ、『夢子』のライフが減少してしまう。 しかし反撃をと、隠し扉にあった塩を撒いたところ一瞬にして幽霊は消えていった。正直最初に配られた塩よりも効果は大きかった。 「おお、すごい。強力じゃん。」 夢子はそう言いながら、手に入れてよかったと思う。 しかし、実はこの強力さには裏があったなんてこのときはまだ知る由もなかった。 そのまま順調に『おばけ』を倒したり塩を手に入れたりしながら、ついに屋上までたどり着いた『夢子』は、無事忘れ物を回収し再び男の子のもとへ向かおうとする。 そして、そのためにさっき使った階段を下っていた。 三階から二階に向かおうとしたとき、ふと夢子は異変に気が付いた。 「なんで虫がいるんだろう。」 そう、何故かさっきまではいなかった虫が階段の床などにちらほら見えたのだ。 でも、『夢子』の行動に支障は無かったので、スルーしてそのまま途中の踊り場まで降りる。悲惨なのはその先だった。 なんと、ありとあらゆるところに虫が広がっていたのである。 試しに夢子は虫から受ける影響を知るために、『夢子』に階段を降りさせようとしてみた。 『キャアアアア』 すると、『夢子』の悲鳴の文字とともにコントローラーが振動し、画面をよく見てみると『夢子』の足の間に虫がいて驚いたことが原因だと判明する。 様々な足の本数、色、形。規則性がなく小さい、見るからに脆い生命は床を這いずり回っていた。そろりそろりという音が画面越しからも聞こえてくる気がする。今にでも何かが『夢子』に上りそうな気がする。 ふとその光景を想像してみて、考えてみて。『夢子』に感情移入してみて。夢子はぞっとした。 そんなことをする必要なんてないと分かっているのに、恐ろしいほどにリアルに想像してしまった自分が憎たらしい。 「ぎゃああああ」 夢子は想像がリアル過ぎたあまりに、思わず悲鳴を上げ、コントローラーを投げ落としてしまった。『夢子』と違い、自分の悲鳴が濁音で可愛くもなんともなく本当にただの悲鳴だったという事実は、地味に夢子の心をえぐりつつあった。 しかも、その短く感じるようで実際は意外と長い間こんな必要のない思考をしていたうちに、『おばけ』にバトルを仕掛けられていたらしい。夢子はそれに気が付かないままコントローラーすら投げ出してしまっていたために、何もできない『夢子』はかなり劣勢気味となっていて、結局その後あっさりとゲームオーバーになってしまった。 「え、マジで?うそでしょ。」 まさか『おばけ』ではなく、虫が原因でゲームオーバーになるなんて夢子は夢にも思っていなかったため、思いっきり素っ頓狂な声をあげてしまう。 でも、そんなことであきらめるほど根気がないわけではなかった。 むしろ、より闘争心に燃えていた。 夢子はもう一度同じように最初からゲームを始めるべく、再びコントローラーを使って『夢子』を下駄箱の前のスタート地点に連れていく。 まず、階段を昇り隠し扉からあの強力な物質を取り出して二階へ行くと、今度は損得勘定という考えが夢子の中に存在しているためか教室には入らなかった。そして、そのままさっきの男の子に話しかける。ミッション内容を発見した上でその後階段に行き、上に行く際にまた二階と三階の間でお化けに遭遇したため、最初に配られた塩を再び使用した。デザインから見るにさっき隠し扉の塩で倒した『おばけ』と同じである。 夢子は、さっきは足りたけれどその先で何があるか分からないからと、補給地点で塩を補充することにした。 『夢子』は三階に着くと踊り場を出る。するとそのすぐ前に図書室があった。 「図書室かぁ~。そういえば最近行ってないなぁ。」 そんなことを言いがら、もう一度マップを見て補給地点の場所を詳しく確認する。 すると、三階の補給地点は図書館の中だということが判明した。 「おお~、ラッキーじゃん。ついでに画面の中とはいえ図書室に入れるなんて。」 夢子は本を愛していた。そして、それと同時に図書室独特の雰囲気も同じように愛していた。だから、実際に本があるわけでも匂いがするわけでもない見た目だけの図書館だとしても、夢子にとってそこは幸せな場所だった。 『夢子』は図書室の前に立ちガラガラと音を立てながら中に入る。 『こんにちは。』 中には人がいて、そう話しかけてきた。 「誰だろう。もしかして敵?・・・なわけではないのか・・・?」 よくわからないけれど話してみるという行動の他に知る故は無いと思った夢子は、一旦思考を止めた。 『こんにちは。』 『夢子』はそう挨拶をした。 そして、『なにしているの』と聞いた。 『えーっと、私はここで本を読んでたよ。』 一見おとなしそうな感じで話し方もその通りだけれど、なんとなくフレンドリーな一面もありそうだと感じさせてくる不思議なキャラクターだった。 このキャラクターは一体何者なのだろうかと夢子は考えたが、分かっているのはミッションを伝えるためのキャラではないだろうということだけである。だから今のところ敵かお助けキャラだがどちらか判断をするのは難しかった。 夢子はこのキャラクターの正体を知るべく、新たな情報を得るべく、さらに会話を先へ先へと進める。 『ひとつお聞いてもらいたいことがあるんだけど話してもいいかな?』 どうでもいい会話もはさみつつ辛抱強く話を進めていると、ついに大事そうなところに至った。聞いてもらいたいことと言われて、夢子はまさか、と何かを察しかけたが今までの経験と現実のちょっとした、でも夢子にとっては壮大な絶望感を感じそうな予感を元にその考えを打ち消した。そうではありませんようにと願った。 『いいよ。』 でも、『夢子』はそう答えた。それはゲームの中でゲームを完璧にクリアしたいという夢子の意思の表れである。夢子の中でその思いは自分の経験を生かすことや壮大な絶望感よりもはるかに大きなものであった。だから、自分の思いを守りたいという思考こそするけれど、その思考がゲームを完璧にクリアしたいという意思を超えて行動に影響を与えることはできない。 『実はお願いがあって。』 お願い、と聞いて夢子は反応する。聞きたくない、という思考とは裏腹に心は好奇心でざわついている。完璧にクリアしてやるという志で燃えている。 「やっぱりそれって、」 夢子がそう呟いたとき、画面に隠しミッションを開放しました。という文章が現れた。 「はぁああ。そんなの聞いてないよ〜。」 夢子はこのゲームにおいて隠しミッションがあることを全くをもって知らなかったため、思わずため息をつく。まさかの事態が発生したことで落胆を感じる一方で、実は心の底でひっそりと新たな知識を得た満足感とこのゲームに対して燃える闘争心も同時に味わっていた。 「ああ、私の今までの努力とは。」 夢子はゲームに関して完璧主義である。全てのステージを片っ端からクリアしていかないと気が済まないタイプだった。 そしてそんな夢子には完璧にクリアした、という自信と、完璧にクリアしたい、という一種のプライドのようなものが存在していた。 つまり、そんな夢子にとってこの隠しミッションの存在が現れたという事実は、まさに真実という名の爆弾が投下されたことと同義だった。きっと夢子は近々ネットサーフィンに没頭し、隠しミッションのあるステージを調べ尽くして隠しミッション探しとそのクリアに奮闘することになるだろう。けれど、今はとりあえずまた別の話としてそれは忘れておく。 さて、話を戻して。ちなみにこの『少女』のお願いとは『おばけ』調べである。実際には『おばけ』を捕獲してほしいとのことだった。そして、調べた情報は『少年』に渡せということらしい。 「『おばけ』って捕獲できるんだ。」 夢子は改めてこのゲームのタフさを思い知らされた気分になった。もっと、たくさん調べたいと知的欲求が増した。 その後屋上まで行くことはできたが、おばけの捕獲できないまま、さっさと忘れ物をとると再び階段に行く。 今度は若干の緊張感を伴っていた。『おばけ』を捕獲しなければ隠しミッションをクリアできない。そうしたら実質ゲームをクリアできても夢子はもう一度このステージをしなければいけなくなってしまう。 何とかして完璧にクリアしたい。そんな思いが夢子にプレッシャーを与えつつあった。 屋上は五階にあって、『夢子』にとってそこから四階までは何の問題はなく『おばけ』にそうぐうすることもなく通り過ぎた。この時の夢子と『夢子』の価値観は全くの別物である。正直、夢子にとっては『おばけ』に出てきてもらわないと隠しミッションを成功させることはできないので、普通に困っていた。 しかし、事態は悪化する一方だった。三階へ向かう途中で、またさっきの一回目と同じようなことが起こってしまったのだ。隠しミッションに気を取られて印象が薄くなっていたが、なんと次も帰り道の途中で虫が発生したのである。 もちろん『おばけ』もいて戦う機会は与えられたけれど、画面が虫をやけにリアルに表現していて戦うために画面を見ているとどうしてもそれとともに虫も見えてしまうため、虫が少し苦手な夢子にとっては画面越しでもその戦いが苦痛だった。 それでも、見えるだけだから風景の一部だ、と思うことで自分を誤魔化しながら、なんとか戦っていた。ちなみに『夢子』の方はメンタル的に気絶寸前のところで粘っていた。 しかし、その努力むなしく。次の瞬間、画面に向かって虫が飛んできて張り付き、しかもそれが某Gから始まる生物だったために再びコントローラーが地面に投げ出される羽目になった。 あとはお察しだろうか。 夢子はこのゲームはクリアさせる気がないのではないかとすら思った。 結局、二回目は隠しミッションに気を取られるは虫に出し抜かれるはで散々な結果に終わった。 さて、三回目。再び『夢子』は下駄箱を通って階段の前に立つ。 そして、夢子は先ほどの二回とは違い進む前に色々と考えた。二回失敗したことで判明した事実だが、このゲームは場所に関しての条件がプレイするごとに変わることはない。だから、『おばけ』の出てくる位置も『少年』や『少女』の出てくる位置も変わらないはずだ。 夢子は考えた。二回にわたって『夢子』の行動と夢子の思いを邪魔した虫の原因について、頭をひねる。そして、『夢子』はそれをひたすら待っていた。 「あ、もしかして。隠し扉の塩が原因?」 夢子は一つひらめいた。 そもそもあれは塩なのだろか、と夢子の中で疑問が生まれた。もしかしたら他の何かかもしれないという可能性を考えずに、先入観で先を進めていたという事実を自覚した。 手慣れた手つきで階段を昇り、先ほどと同じ要領でかくし扉から白い物質を取り出した。 そして、その仮説があっているかどうか確かめるべく、その白い物質を『なめる』という選択肢を選んだ。 なめた結果、『夢子』の反応は『甘い』というものだった。 そして、名前が謎の物質から砂糖に変わっていた。 「騙された、完全にやられた〜。」 夢子はため息をつく。やはり仮説は当たっていた。 もともとあの物質は塩ではなかったのである。しかもまさかの砂糖。 そりゃ、虫も湧くわけである。この時納得の裏でふと、違和感に襲われたように感じたが夢子はそこまで気に留めることもなく流した。 終わったことを後悔していても仕方がないので、気を取り直して『少年』のもとに向かう。 『どうしたの?』 「屋上に落とし物をしちゃったことに気が付いたんだけど・・・」 三回目のセリフ。夢子はもう覚えちゃったと思いながら聞き流す。 「行ってらっしゃい。」 『少年』の最後のこのセリフを聞くと「行ってきます」とつぶやきながら夢子は鬼のようなスピードでおばけ狩りをはじめた。 まずは一回目は二匹目、二回目のときは最初に倒した二階と三階の間の『おばけ』だ。 『夢子』は最初にもらっていた塩を撒いて難なく撃退する。 そして、三階に着くとまず塩を補給し、図書館に入って隠しミッションも開放する。 一度仕組みが分かってしまえば夢子は強かった。手際が良かった。 『ええいっ』 何度目か、『夢子』がそう言いながら塩を撒いたとき。『おばけ』が消え、気が付いたらすぐ前に屋上が見える。 ここで半分の通過点に到達したことになる。前回まではここであと少しだ、と前向きな気持ちだったが、この時夢子は喜びという感情をひとかけらも持ち合わせていなかった。 その理由は単純。おばけが捕獲できないのである。 普通の塩だとおばけは消滅してしまうがかといって塩を使わなければ捕獲する前にこちらが死んでしまう。 「どうすればいいんだろう。」 そう言ったとき、ふと夢子の中に塩じゃなかった砂糖と最後の『おばけ』の記憶が浮かんだ。そして、一つの可能性が現れる。 夢子の中にその思考が登場したことで夢子は居ても立っても居られなくなり、突然『夢子』は急ぎ足になって屋上に入った。男の子の落とし物を回収すると早々と回れ右をしようとする。 その時たまたま夢子は知らず知らずのうちに搔いていた手汗によりコントローラーを滑らせ、『夢子』は上を見てしまう。 そこにはただの空があった。 屋上は昼間で日が差し込んでいて、まさに真夏だった。 当たり前のことなのになぜか夢子は目を離せなかった。画面をじっと見つめ続けてしまう。 夢子が『夢子』を通じてみた視界はその世界が遠すぎず、でも近すぎず、たくさんの物が見えてたくさんの景色が見えて。まさにそれは当たり前の景色だった。 日常にもこんな景色ありふれているはずで、取り立てて美しいとか変わっているとかでもなく、とくにこれといった感想はない。普通にいつもだったら見過ごしていただろうし、それで何の後悔を感じることもない。 そもそも見過ごす以前に見ようとすらしなかったかもしれない。ではなぜ今このタイミングでこんなにもこの作られた景色を凝視しているのだろうか。夢子はそれがまったく分からなかったし分かったと思いたくもなかった。だから、これから自分の予測をもとにゲームに挑むという大きな機会を前に自分が少し緊張しているのではないかと適当に理由付けをして流した。 『夢子』が再び正面を向くと夢子はごくりと唾をのんでからついに階段を降り始める。 今回は前回と違って砂糖を撒いていないので、当然、二回に及んで『夢子』を倒した『おばけ』はいなかった。 しかし、このタイミングで『夢子』は四階に行き塩を補給した後、二階と三階の間の階段に持っている量の半分くらいの砂糖を撒く。そして、もう半分はビニール袋の中に入れて体制を整えて下の方でじっと待った。 しばらく階段を眺めていると次第に虫が湧いてくる。 正直苦痛はあるが今は我慢する他は無いと夢子は歯を食いしばる。 そして、次の瞬間。ついに『おばけ』はやってきた。 「やっぱり」 夢子は自分の読みが当たり嬉しそうに声を出す。この『おばけ』は砂糖に釣られてやってきたのだ。しかし、それと同時にさっき某Gという虫から受けたとてつもない不快感も思い出し、めぐり合う前に終わらせようとも思う。 『夢子』はまず、塩を撒いた。 すると、消えることはなかったが、かすかにこの『おばけ』は弱る。 『夢子』はその隙に砂糖を入れたビニール袋の口を開けると『おばけ』に近づいた。もともと体力を失うことで知能が低下していた『おばけ』は砂糖につられ本能的にそこに入ってしまう。 そんな罠に引っかかった哀れな『おばけ』を無事おびき寄せると、『夢子』は容赦なくビニール袋の口をきつく結んで捕獲した。 ここで少し説明をすると、『夢子』が最初の方で倒していた自然に湧き出てくる『おばけ』は塩と虫が欠点だった一方、砂糖は弱点ではなかったのだ。では、なぜ倒れたのかというと、砂糖には虫が寄ってくるため、その虫にやられていたのである。しかし、最後夢子の作戦によって『夢子』におびき寄せられた『おばけ』だけは特別で、塩を弱点とはするものの、消えてしまうことはなかった。だから、夢子は虫のせいだと思っていたがそんなアクシデントに見舞われていたことだけが原因ではなかったのである。 あれはもともと消すための『おばけ』ではなかった。そして、そこで初めて『少女』による隠しミッションが意味を成したわけである。 夢子はゲームの意図を知り、何だか感慨深い気持ちになりながら結末へと向かう。 『夢子』はついに『少年』のいる二階に着いた。 そして、近寄る。 「お帰りなさい。」 『少年』はそう言った。 「やっと終わった。」 夢子はそう言いながら画面から目を離し窓の外をぼうっと眺める。なぜか外はカサカサしていて色あせて見えた。 「ゲームのためにも虫に慣れてた方がいいし、ちょっと景色とか見てみたくなったからお散歩にでも行こうかな。」 ふと、そんなことを思いついて、言いながら夢子は立ち上がった。 そして伸びをする。 「お母さん、私ちょっと散歩してくるね。」 そう言うと夢子はその身一つで玄関に向かった。 「行ってきます。」 夢子がそう言ったとき、画面の中の『夢子』は「ただいま」と言っていた。 -おわり-
つながる 柳澤 未来(中学1年)
プロローグ 「優しい」という言葉が好き。 優しい人が増えれば平和だから、とかそんな誰もが思ってるような理由とはちがう。まあ、そりゃ、優しい人が多いにこしたことはないけど…。でも私には違う理由がある。 小学4年生。この時期は、それぞれの人格がだいぶ出来上がってくる。それと共に勉強や運動、様々なものに差が開き始める、と先生が言っていた。だからがんばれって。でも私のいる4年1組は素直に勉強や運動に励める理想のクラスじゃなかった。このクラスで一番頑張らなければいけないのは目立たないようにすること。そうじゃないと独りになる。いわゆるいじめ。 ガラガラ。 小さく響いた教室のドア。クラスの女子は一斉にドアを見る。もちろん私もランドセルに向けていた目をドアに移す。 「お、おはよう」 少し気まずそうな顔をして、本当に小さな声で挨拶をする。結衣ちゃん、いや山本さんだ。その声の後、沈黙が続く。みんなが少しずつ何事もなかったかのようにゆっくりと目をそらす。いつも通りの嫌な朝。憂鬱な学校。の、はずだった。のに、一つの声が日常を壊した。 「おはよう」 教室の端にいた1人が返事をした。みんなが驚いたような、戸惑った顔をして視線をむける。今度は一瞬だった。でも声の主を見るなりみんなが納得した、安堵の表情を浮かべる。唯一このクラスの暗黙の了解に逆らうことが許される、転校生。北島あかりちゃん。北島あかりちゃんは1週間前に転校してきたばかりだった。だからクラスのルールを知らなくても許される。でも、そろそろ… ガラガラッ。 さっきと同じドアとは思えない大きな音が響いた。 「おっはよう!」 それと同時にさっきの沈黙をいっきに壊す明るい声が響く。 「おはよう」 「おはよう!」 「おはよう」 クラスの女子全員がやまびこのように彼女にむかって返事をする。私も慌てて挨拶をする。 「おはよう、愛ちゃん」 そこで愛ちゃんは軽く結衣ちゃんをにらんで満足したように、机についてランドセルを降ろす。すると愛ちゃんが率いるクラスの中心にいるメンバーが集まる。私はそこのはじにいる。あんまり前に出すぎない場所をキープする。そこでようやく私の心が落ち着いた時、 「あのさ、なんで山本さんにだけ挨拶しなかったの?」 「北島さん!?」 思わず声がもれた。だって、1週間もこの様子を見てれば誰だって気づくはず。このグループのトップでありクラスのトップ、長谷川愛が山本結衣をいじめているということを。愛ちゃんもわかっていたのか 「見ればわかるでしょ。みんなでシカトしてんの。」 言い方がきつい。怒るとこの口調になる。それをみんな知っているからみんな、黙る。でもあかりちゃんは違った。 「その、それは、つまり…い、じめ?」 「っ…」 まさか、そんな直接言われるとは思ってなかったのか、珍しく驚いている。すごい!素直にそう思った。でもわがクラスのリーダーは驚いて終わりではなかった。 「だ、だから何?」 愛ちゃんは少し早口に、圧倒するように喋る。 「いやなんでかな?って思った、から。」 あかりちゃんは気まずそうにゆっくり喋る。 「それは、那菜がきっかけだから。那菜に聞いてよ。」 え、そんな。私は…。 「斉藤さんが…。」 あかりちゃんが意外そうに私を見る。びっくりして言葉がでない。あかりちゃんの目は少し悲しそうな目だった。そんな目と目が合いそうなその時。 キーンコーンカーンコーン チャイムが鳴った。見事に私を守ってくれたようなタイミング。私はほっとしつつも問題を先送りにしただけだと少し不安になる。先生が入って来て慌てて席に戻る。日直の挨拶も先生の話し声も全部が遠くにあるように感じた。ただひとつ、あかりちゃんのあの悲しい目が頭に張り付いてとれなかった。 朝、目覚まし時計の音とともに一日がスタートする。憂鬱な朝の前にまず、気持ちのいい早朝がある。今年から家族になった犬、つくねの散歩の時間。でも今日は気持ちのいい散歩にはならなそう。あのあと何か言われるかと思ったら,朝のことなんて何もなかったかのように普通に過ごすことができた。たまたま愛ちゃんと二人っきりになった時はヒヤッとしたけど何事もなく終わった。なんで急に私がきっかけなんて言ったのだろう。私は何かずれたことをしてしまったのかもしれない。それとも次の標的が私だといっているのかも。私の考えすぎだといいけど。私はよく考え過ぎと言われるからきっとそうだ。愛ちゃんは…なんて考えこんでたら 「ワン、ワンワン、ウーワン」 急につくねが吠え出して何事かと顔をあげたら…。 「あかり、いやえっと北島さん!」 「斉藤さん」 あかりちゃんも小さな犬を連れて驚いた表情をしていた。昨日の悲しい目じゃなかった。あかりちゃんと呼んでしまったこと以上にそのことにほっとする。 「あの今さ、あかりって言ってくれた?」 「うん。」 「なんでいつも北島さんって言うの?」 「それは、」 言うべき、なのかな。愛ちゃんに言われたからって言ったらまたあの悲しそうな目を向けられるんじゃないかな。でも、あかりちゃんには言いたくなった。なぜか、分からないけど。少し怖いし、心配だけど。あかりちゃんは待ってくれている。私が答えるのをじっとすごく優しい目をして。 「愛ちゃん…」 「ん?」 優しく首をかしげる。あかりちゃんはきっとすごく優しい。ちゃんと話すのがはじめてでもすぐわかる。そんな人に悲しい目をしてほしくない。させることが自分に罰をあたえているとさえ思ってしまう。 「愛ちゃんに同じグループの子だけを下の名前で呼ぼうって。」 あれ、それだけだっけ。言われた時はもっと怖かった。けど愛ちゃんの言った言葉を言い換えちゃえば全部それだけ、なのかもしれない。 「やっぱり~」 「え!わかってたの?」 「1週間も見てれば長谷川さん、愛ちゃんがこのクラスのリーダー的な立場なんだろうなってわかったよ。」 やっぱりわかってたんだ。 「山本結衣ちゃんをいじめてることも、分かってる。」 笑顔から少し申し訳ないような悲しいような顔になった。驚いた。まさかいきなりその話題をだされるとは…。昨日は話しかけられなかったから特に気にしてないと思ってた。 「斉藤さんがきっかけって本当?」 違う。私はただ見ているだけだ。クラスの流れから何一つ離れないように。 「ち、違うよ。私はただ」 「いじめを見てる、だけ?」 「…うん。それ、だけ。」 そしたらあかりちゃんはそっか、とつぶやいて何か困ったような昨日の目とは少し違う瞳を私の目に写した。 「誰か止めようとしたことある?」 「やりたくない人だっているけど止めようとしたらその人がきっといじめられちゃうよ。私もみんなに合わせてなんにもできてないけど。あ、あとこの事愛ちゃんに言わないでね。」 卑怯って分かってる。結衣ちゃんに申し訳ないとも思ってる。だけどやっぱり怖い。独りになるってことが。結衣ちゃんはどんな思いで独り机に座っているんだろう。そういえばなんで結衣ちゃんがいじめられてるんだっけ?その理由も今となっては分からない。 「言わないよ。私も転校生じゃなかったら何にも出来ないと思う。」 「うん。って、転校生じゃなかったらってどういうこと?」 するとあかりちゃんはあっと驚いて、えへへと少し笑った。 「那菜ちゃんが素直に話してくれたから言うけど、絶対言わないでね。」 「う、うん。」 「私はこの学校のイジメをなくす。」 きっぱりといいきった。目を見ればすぐにわかる。本気なんだ。 「それでいじめを終わらせる時には条件があるの。」 「じょうけん…。」 はじめてその言葉を聞いた時みたいにゆっくり繰り返した。 「全員が、」 その時、あかりちゃんのスマホがなった。 「ちょっとごめんね。もしもし」 その後いくつか会話をかわしてスマホを耳から離した。スマホ持ってるんだ。 「お母さんがもう帰ってこいって。じゃあ話の続きはまた明日この時間にしない?」 そういえば学校に行かないと。すっかり忘れてた。 「いいよ。」 「うん。じゃあ学校で~」 「ばいばい」 そこで別れた。今日はあんまりつくねと遊んでやれなかったな。視線をおろすと名残惜しそうにあかりちゃんの犬を見ていた。十分あかりちゃんの犬と遊べたようでちょっとうれしくなる。これからあかりちゃんと一緒に散歩してもいいかなとも思った。学校で、とは言ってたけど話は明日と言ってたからきっと話せないんだろうな。と思うと少し悲しい。仲良くなれると思ったけど。それよりも急がないと。時計を見ると家に帰る時間をとっくに過ぎて、太陽はかなり高い位置で私のことを見ていた。 学校につくと結衣ちゃんも愛ちゃんもきていた。あの沈黙に耐えなくて済んで少しほっとする。 「おはよう」 「那菜、おはよう。」 入ると気付いた数人に挨拶された。 「おはよう」 私が返事をしても愛ちゃんはおしゃべりに夢中でこっちを見向きもしなかった。 するとあかりちゃんも入ってきた。あかりちゃんも私も散歩が長引いたこともあって来るのが遅くなってしまった。 「おはよう」 おはよう。とあかりちゃんに返事をする前に愛ちゃんが先に声をだした。 「あれ今日は那菜遅かったね。なんかあったの?」 なんでこのタイミング?あかりちゃんが入ってきたタイミングに合わせた?そう思った瞬間にこわくなった。愛ちゃんの考えが全部わかっちゃったから。 「えっと、」 これであかりちゃんに返事をしないと無視をすることになる。そしたら他の人も挨拶をしない。愛ちゃんは私が無視をしたからはじまったってきっと、言う。私がきっかけでって。私が、きっかけ。そっか。前もそうだったのかな。結衣ちゃんを、一番初めに無視したのは、私、だったんだ。愛ちゃんはあってて間違ってたのは私だったんだ。じゃあ、あかりちゃんを一番初めに無視するのはだれ?震える唇を無理矢理動かす。 「い、犬の散歩が長引いちゃってさ」 「そうなんだ。何かあったんじゃないかなって心配してたんだよ。」 そして愛ちゃんは笑って、 「ね、みんな?そうだよね。」 誰にもすきをあたえなかった。あかりちゃんに体を向けていた人たちもぱっと愛ちゃんを見てうん、とかそうだねってうなずいてしまった。あかりちゃんは今どんな目をしてるんだろう。なぜかあかりちゃんの事を考える時、目ばかりを気にしてしまう。 「おはよう。」 あかりちゃんがもう一度言った。今答えられれば大丈夫。 「おは」 「ねえ那菜の犬ってつくねって名前だったよね?かわいいよね。」 そんなに甘くなかった。4年生は勉強や運動、様々なものに差が開き始める。先生の言葉をふと思い出す。愛ちゃんは差をつけた方だ。私はどっち?差をつける方?それとも 「そうなんだ!かわいいね」 この状況を理解した人たちが慌てて反応する。この人たちはどっち? 「…ありがとう。」 私は、差を、つけられた方だ。朝たまたまあって話しただけ。そんな最低な考えが頭をよぎってしまった。あかりちゃんは悲しい目をしてるんだろうな。チャイムが鳴った。今度は、守ってくれなかった。 早朝。あかりちゃんと約束をしていた事を思い出して少し気分が下がる。でも謝るチャンスだ、と気を取り直して勢い良くドアを開ける。あの時何にも出来なかったのにずるいよなと思った自分には気付かなかった、ことにしよう。 「おはよう」 「おはよう」 今日はちゃんと返せた。少しほっとしたけどそんなの当たり前か。明るくなったり暗くなったり自分がよく分からない。 「あのさ、昨日はごめんね。」 早速一番言いたかったことを言う。私ってずるいな。あかりちゃんは少し戸惑った様子だった。 「正直、驚いた。」 「ごめん。」 そりゃそうだよ。いじめの原因を作ったのは朝、笑顔で別れた私だったんだから。 「思ってたよりも早かったな。」 「え?」 想定外の言葉に私が驚く。 「早かったって何が…。」 するとあかりちゃんはいつもの優しい表情に戻って言った。 「今日の事は全然気にしなくていいよ。私も反対だったらそうしちゃってた、かもしれないし。」 そうしてた。つまり無視を、したってことだ。 直接は言わないところが優しさだと気づく。 「それと早いっていうのは、私いつかいじめられるんだろうなって分かってたんだ。」 「なんで」 思ってたことが素直に口に出た。だって愛ちゃんがあかりちゃんを嫌ってる素振りは全く見せなかった。 「転校した日に結衣ちゃんと話してて、そしたら愛ちゃんに言われたんだ。その人に、話しかけない方がいいよって。なんでって聞いたら察してよ、みたいなこと言われてさ。」 「そんな事があったんだ。」 全く知らなかった。でもそれではいじめる理由はないはず。 「そこまでなら良かったんだけど私、思わず言っちゃったんだ。ひどいって。それ以来一回も話しかけて来なくて。」 確かに、嫌ってる様子は見たことないけど話してる様子も見たことない。愛ちゃんは元々ああいうタイミングを狙ってたのかもしれない。 「いじめをなくすって言っておいてその次の日にいじめられてたらいじめをなくすなんて信じられないよね。でもちゃんと終わらせるから。」 「なんで」 転校してきたばかりのこのクラスをなんで救おうと思ったんだろう。助けたいとは思うけどそんな勇気が私にはない。 「何が?」 「なんで、自分がいじめられてまで来たばかりのこのクラスのいじめをなくそうと思えたの?それと昨日の話の続き教えてほしい。」 私がきっかけを作ったのに教えてほしいなんて図々しい。でもあかりちゃんなら、教えてくれるんじゃないかって勝手に期待してしまった。 「いいよ。むしろ聞いてほしかったぐらい。聞いてくれてありがとう。」 驚いて俯いていた顔が自然と前を見る。あかりちゃんは優しい笑顔を向けてくれていた。いちいちあかりちゃんに優しいをつける必要はないんじゃないかってくらいあかりちゃんは優しい。 「う、うん」 なんと答えていいか分からずとりあえず頷いた。 「いじめが終わった時は全員が納得して笑顔になって欲しい。」 「いじめが終わるんだったらみんなが自然と笑顔になるんじゃ…。」 「いじめてる人自身。」 「愛ちゃんってこと?」 あ、そうか。愛ちゃんはいじめが終わんない方がいい、のか。本当に、いじめがしたいのかな。 「きっといじめてる側にも何か理由があるはずだよ。」 「いじめる、理由。」 たしかに今思えば愛ちゃんは何でいじめをしてるんだろう。 「少し話が変わるんだけど、那菜ちゃん。いじめをなくそうとした理由は今度でいい?」 「いいよ。あかりちゃんが言える時で。後今那菜ちゃんって言ってくれた?」 名前で呼ばれると少し嬉しい。あかりちゃんもみんなもきっとそうだろうな。 「実はね私、結構転校が多いから、この学校では友達作んなくていいかなって思ってたんだ。」 「え、そんな」 「大丈夫。まだいつ転校するかなんて決まったわけじゃないから。それに私は転校慣れてるんだよね。」 あかりちゃんは笑ってそう答えた。寂しさに慣れるって事。そんなことが出来るあかりちゃんは、私よりもずっと…大人だ。 「それで友達を作んない予定だったんだけど那菜ちゃんには私の本音いっぱい聞いてもらったから。友達になってほしいなって思って。」 嬉しすぎる。友達っていいなって私は久しぶりに思った。ずれてはいけない友達じゃない私を私として認めてくれた友達。はじめての本当の友達。 「私もあかりちゃんと友達になりたい。それに私の本音もたくさん聞いてほしい。」 「ありがとう。」 私は友達って言葉の定義を間違えていたのかもしれない。 「そろそろ帰らないとね。」 「うん。」 やっぱり早朝は気持ちがいい。そしてあかりちゃんのかっこよさを噛みしめながら家へ戻った。 上履きが、ない。あかりちゃんの、上履きが。学校につくと現実に引き戻されるような感覚。本当に始まっちゃったんだ。分かっていても焦りと不安が体じゅうに広がる。でもなんで1足だけ。結衣ちゃんの下駄箱を見ると1足ない。二人の上履きを探そうと思った時ランドセルをポンとたたかれた。 「おはよう。那菜。」 「あ、おはよう友実ちゃん」 「どうしたの?なんかすごい焦ってる感じだったけど忘れ物でもした?」 「いや、その上履きが」 あ、だめだ。友実ちゃんには言ってはいけない。愛ちゃんといつも一緒にいていじめをやってる張本人。なんかごまかさないと。 「ああ。それの事。今日からは北島さんのも隠すらしいよ。まあ二人の方が面白いけど、二人分隠すのめんどくさいよね。」 あははと笑ってそうだよねと言った。答えられない。さっきごまかそうと、自分を守ろうとした事が恥ずかしくなる。あかりちゃんの言葉を思い出す。理由がある、と言っていた。 「なんで」 「え?」 少し怖い。いや怖い。 「なんでめんどくさいのにやったの?」 本当に聞きたいことが怖くて言えない。独りが怖い。 「特に理由なんてないけど、愛がやろうって言ってたから。」 理由が、ない?いやある。友実ちゃんは愛ちゃんがやらなければきっとやるつもりはなかったんだ。 「っていうか何その言い方?なんか責めてるみたいな。もしかしてさっき二人の上履き探そうとしてたの?」 「ち、違うよ。その北島さんの上履き隠すって知らなかったからびっくりしただけ。」 「そっか。ならいいや。教室行こう。」 「うん。」 本当に私はずるい。それをより実感する。でも決めた。私もあかりちゃんみたいに。 「谷山さん」 「斉藤さんどうしたの?」 いじめをしている愛ちゃんとは違うグループの子。愛ちゃんがいつも見下している違うグループの子。もうそんなのどうでもいい。上履きを隠した数日後、私はようやくあることを決意して。行動に出た。 「あ、あのさ私に言われるのは嫌だと思うんだけど、その、谷山さん達はなんで北島さんと山本さんを無視してるの?」 「え?」 すると谷山さんは怒った顔で 「何、その質問。長谷川さんに聞けって言われたの?」 と言った。確かに愛ちゃんのスパイとしての質問でもおかしくない聞き方だった。 「違う。私が個人的に聞きたかっただけ。愛ちゃんには絶対に言わない。」 「山本さんをいじめてる人をそんなすぐに信じられないよ。」 それから一息ついて 「ごめんね。」 と言った。 ショックだった。周りから見ると私は山本さん、結衣ちゃんをいじめてる人になるんだ。 でも違う。 周りから見れば確かにそうかも知れないけど私は、違う。結衣ちゃんをいじめてない。そこで気付いた。私はいじめてる側の人間なんだって。毎朝、いや毎日無視をしていた。そして自分が苦しくならないようにずっと避けていた。間違いなく私から。自分の意志で。そう分かった時、谷山さんの背中をただただ見ていることしかできなくなっていた。 早朝いつも通り、あかりちゃんと挨拶を交わす。最近は好きなテレビの話とか、音楽とか4年生らしい会話しかしていなかった。そこで切り出す、この間の話を。 「あかりちゃん。この間、聞いてみたんだ。愛ちゃんとよく一緒にいる友実ちゃんに」 「何を?」 「理由だよ。いじめる理由。」 「え」 「ごめんね勝手に。でもわかったよ。愛ちゃんがいじめなければいじめないって言ってた。他の人にも聞こうとはしたけど出来なかった。」 「ありがとう。聞いてくれて。でもそれで那菜ちゃんがいじめられるような事になるんだったらやめて欲しい。迷惑はかけたくないよ。」 そんなことない絶対にない。むしろ私はずるいんだ。正直に言おうか少しためらってしまった。でもあかりちゃんと友達になった時に言った言葉を思い出す。私の本音も聞いてほしい。だからちゃんと言おう。 「そんなことないよ。正直に言うとその後、私ごまかしたんだ。自分がいじめにあわないように。卑怯、だよね。ずるい、よね。」 あかりちゃんは驚いた顔をして言った。 「絶対にずるくない。誰かを助けようとしている人がずるいはずないよ。」 まさかそんな風に受け止めてくれるとは思わなかった。嬉しい。自分の今までしてきた行動は卑怯でもずるいでもないプラスの言葉になるなんて。あかりちゃんの言葉は私の心に深くささったような気がした。誰の言葉よりも力強く、私を救ってくれた。 「ありがとう。」 自分の本音に本音を重ねる。この間から決意したこと。 「私も全員が笑顔のいじめのないクラスをつくる!」 それを言えた時、私のなかの何かが変われたような、気がした。 あかりちゃんは今までで一番優しい笑顔で、頑張ろうと言った。あかりちゃんみたいな、優しい笑顔を浮かべられる人になるという本音は、まだ胸に、しまっておくことにした。 私の、いじめ終わらせる宣言をしてから二日、あかりちゃんと、どういじめを終わらせるかについて話し合った。それに、無理やり終わらせるわけにはいかない。みんなを笑顔にするために。ちっちゃい頃はみんな素直に笑っていられるのに、なんで大きくなると笑顔が減るんだろう。ちょっと悲しいな。なんてあかりちゃんに言ったら成長してるってことだよ。って笑って答えた。どんなことにも良い事と悪い事があるんだなって難しいことを考えてしまった。 結局私達は、やっぱり理由が大事という結論にいたった。でもさすがに愛ちゃんに聞くことは出来ない。だから、誰もいない時に結衣ちゃんに話しかけてみようということになった。何かいじめられたきっかけを話してくれるかも知れない。 「お願い!ちょっと話したいことがあるから来てくれない?」 夏休み直前。ぎりぎりのところで結衣ちゃんしかいないタイミングを見つけることが出来た。そう今日は夏休み前、最後の登校日。そして今はその帰り道。本当にぎりぎりだった。 「話したい、こと?ここじゃダメなの?」 「別にここでもいいけど今日は荷物多いし、公園のベンチとかの方がいいかなって思って。」 今度はあかりちゃんが言った。そして結衣ちゃんは二人に疑うような目を向けて、それから交互に見た。その眼差しをしっかり受け止める。逃げたら負けだ。そう思うと、普段は逃げてしまう目を動かさずにいられた。すると結衣ちゃんが口を開いたので、少しほっとする。 「家、すぐそこだから荷物おいて戻ってくるね。だからちょっとだけ待っててくれない?」 「うん。分かった。」 「ありがとう。」 すると結衣ちゃんは歩き始めた。ありがとう、と言った時の表情がもの凄く安心したような顔をしていた。それを思い出して早くいじめを終わらせないと、と少し焦った。 しばらくして、結衣ちゃんが戻ってくると早速本題に入った。 「単刀直入に聞くね。いつから愛ちゃん達にいじめられるようになったの?」 なぜか最近知ったばかりの言葉を使った。 「え、話したい事ってそういう事?」 結衣ちゃんの顔がいっきに曇る。 「私たちはいじめを終わらせたい。そのためにいじめの理由をしらなきゃいけない。」 愛ちゃんに言われて来たと言われる前に先手を打った。 「なんで?」 私があかりちゃんに言われた時と全く同じ反応で少し顔がほころぶ。あかりちゃんに目配せすると、いいよと言うように笑った。そして私は短く息を吸ってあの時と同じことを。 「全員を笑顔にするため。」 今までで一番堂々と言えた気がする。 「笑顔にするなんて綺麗ごとだと思うかもしれないけど、クラスのためにもゆぃ山本さんのためにも、もちろん私のためにもやりたい。だから信じて欲しい。」 本気で言えた。途中、結衣ちゃんって言いかけちゃったけど、本気で言った。 「分かった。言うよ。そこまで本気なのに言わない訳にはいかないね。」 と言って笑った。あかりちゃんを見るとやったねって言うようにウインクして笑ってくれた。本気が伝わるってここまで気持ちの良い事なんだ。少し感動してしまった。 「じゃあ改めて聞くね。いつから無視とかされたの?」 あかりちゃんが聞いた。あかりちゃんって本当に頼りになるなと改めて思う。いじめって直接言うより無視とかの方がよかったかも。 「無視され始めたのは今年の4年生のはじめの方かな。長谷川さんとは3年生の時も同じクラスで、その時に喧嘩しちゃったんだよね。」 「「喧嘩?」」 思わず声がもれた。あかりちゃんも思わず声がもれたと言った感じで驚いている。だって愛ちゃんと喧嘩出来るって相当凄い。でも確かに今日の結衣ちゃんはいつもよりしっかり喋ってる気がする。それに笑顔が多い。今思うといじめの話を普通に出来るって相当凄い事なんじゃ…。本来は愛ちゃんみたいに明るい子なのかもしれない。 「まあ本当にちっちゃい事だったんだけどね。それでその時にお互いの悪口ばっか言い合うようになって、愛ちゃんの方が気が強いし、友達もみんな愛ちゃんの方に行っちゃって…。謝ろうとした時にはこんな状態に…。」 呼び方が長谷川さんから愛ちゃんに変わった。それにあかりちゃんも気づいて、 「長谷川さんとは元々仲よかったの?」 と聞いた。 「うん。凄い仲良しってわけではないけど、友達、だったよ。」 結衣ちゃんの友達という言葉に影がさしているような何とも言えない違和感を覚えた。 「いじめられてる理由、一応分かったね。」 結衣ちゃんと別れた後、あかりちゃんにむかって呟いた。分かったとしても難しい。喧嘩からいじめになったって事は恨みを晴らそうとして一度できてしまった流れ。それがどんどん大きくなって止める事ができなくなってしまった。そしてあかりちゃんまでその流れに飲み込まれてしまった。って感じかな。あかりちゃんを見ると、笑顔でこっちを見て言った。 「あかりちゃん?なんで笑ってる、の?」 「かっこよかったよ~」 「え!?」 「本気の言葉が伝わると嬉しいでしょ!」 あ、あれの事か。確かにあの時は嬉しかった。けど、いじめの方は…。 「だめだよ。良い事があったんだからまずは、そっちを喜ぼうよ。」 「でも…」 「その喜びを味わってほしいから、那菜ちゃんに言ってもらったんだよ。」 「え、そうなの?」 あかりちゃんはにこっと笑ってうん、と大きく頷いた。 「自分が本気で言う言葉って、言うのが怖いけどその分、伝わった時嬉しいよね。」 「確かに!」 そうして私たちはセミの合唱を聞きながら夏休み前の学校生活に幕をおろした。 夏休みは特に何も進まなかった。あかりちゃんとは何度か散歩で会ったけど、いじめの話はしなかった。だから2学期進めていかなければならない。でもやっぱりあの教室にいかなければいけないのは気が重い。 下駄箱は前と同じように靴がない。教室は完全に結衣ちゃんだけでなくあかりちゃんもはぶかれていた。教室で、私は何にも出来ない。その事を思い出して悲しくなる。 早朝。 「昨日、大丈夫だった?」 「教室に独りってすごい居心地悪いんだよね。結衣ちゃんとちょっとだけ話せるからいいけど。」 「ごめん。何にもできなくて。」 「大丈夫。二人でやっていこう。」 笑顔で言った。あかりちゃんの言葉は私の心に優しく広がる。 「結衣ちゃんに終わらせるって言ったから、何か行動に移さないとね。」 うん、と答えつつも何をすればいいのか分からない。喧嘩からはじまったいじめってどうやって止めればいいんだろう。そもそも愛ちゃんは喧嘩がきっかけとはいえ、ずっとそれをひきずってる訳でもなさそうだし…。あかりちゃんも何か考えてはいるものの作戦があるわけではなさそうだった。そうして今朝はお互い考えがなく終わってしまった。そしてそんな日が何日も続いてしまった。 今日は久しぶりに雨が降った。それでも散歩には行く。学校にも、行く。学校に行くと考えるだけでため息がでる。ついてからも、教室に入る時も思わずため息がでる。結衣ちゃんのあいさつ、いつも通りの沈黙、それから…いや、それで終わった。愛ちゃんの元気な挨拶が飛んでこなかった。教室中に沈黙が続く。それから一人が愛ちゃんは?とつぶやく。それから少しずつ騒がしさが戻った。でもみんなが発するのはなぜか愛ちゃんの事ではなかった。 先生が入ってきてみんないつもより、早く席につく。みんないつも以上に先生に注目する。先生はそんな事に構わず口を開く。 「長谷川は、今日休みだそうだ。熱があったらしいからみんな気をつけろよ~」 そういわれた後のクラスの異変にすぐにきづいた。みんな顔には出さないようにしてるけどちょっと安心した顔をしていた。始めは驚いてた私も自分もそのうちの一人ということに気づいてしまった。それも私の驚きをより倍増させた。あかりちゃんは、と思って窓のある方向に首を向ける。あかりちゃんは私が顔を向けた事に気づいて、笑顔をつくった。でもその笑顔がいつもと何か違う気がした。 その日は驚くことばかりだった。雨でみんなの気分は暗くなるはずなのに教室の雰囲気はいつもより明るい、気のぬけた感じだった。相変わらず、結衣ちゃんは無視されてたけど、物を隠されたりとかはされなかった。あかりちゃんも違うグループの子と少しだけ話していた。なんとなくほっとするけど、これじゃだめだと思い直す。全員じゃないと。それにいじめが終わったわけじゃない。あかりちゃんだって、と思って見ると何か真剣に考えこんでいた。その顔にまた何か、違和感を覚えた。いじめの事で何か考えているのかな、そう思ってあまり深く考えなかった。そのタイミングで大きな雷がなった時、もっと深く考えていれば良かったと後悔することになる。 昨日の雨が噓だったかのように今日はよく晴れていた。今日の散歩であかりちゃんには会えなかった。元々、会ったら一緒に散歩するって感じだからそんな毎日、会えるわけではないけど会える日数が減っているきがして少し心配になる。 ガラガラ 結衣ちゃんが入ってきて「おはよう」と言う。今日も耐える、必要はなかった。 「「おはよう」」 何人かが返事をした。クラスじゅうに衝撃が走る。え、と信じられない思いで声の主を探す。友実ちゃん、達だ。 「おはよう」 私達以上に結衣ちゃんがびっくりして返事に返事を重ねてしまっていた。その時また、ガラガラと大きな音が教室に響きわたる。 「おはよう!この間休んじゃってごめんね。」 そう言って愛ちゃんが入ってきた。誰も答えなかった。正確には友実ちゃん達が答えなくて誰も答えられなくなった。そういうこと、か。愛ちゃんを独りにする言い訳がやっと昨日見つけた、のかな。それとも昨日、急に決めたってこともあり得る。 「あれ?みんな?」 愛ちゃんが慌てて笑った。 「友実?なんで答えないの?それになんでその二人に話しかけてるわけ?」 友実ちゃん達があかりちゃんと結衣ちゃんと話しているのをさえぎる。周りの人たちはただ事の成り行きを見守るしかなかった。 「昨日、長谷川さんが休んだ時、クラスの雰囲気がいつもより明るくなったんだよね。」 長谷川さんって言った。その理由を想像するだけでぞっとした。愛ちゃんはショックで固まっている。その続きを、言わせてはいけない。絶対に。止めたいのに怖くて動けない。この後どうなってしまうのか簡単に想像できてしまった。 「なのになんで」 やめて。心でそう思った所でなんにも意味はなかった。友実ちゃんの口は動き続ける。 「今日は学校」 そこで、止まった。友実ちゃんを見ると私とは反対の方向をみて、体も止まっていた。 「何?」 「やめよう。」 あかりちゃんだ。友実ちゃんの肩に手を置いて、友実ちゃんをしっかり見ていた。 「え?北島さんは昨日まで愛に、愛のせいでひとりぼっちになってたんだよ?それで可哀想だからこうしてあげてるのに。」 言ってることが無茶苦茶になっている。 「だったらやらなくていい。やめようよ、いじめ自体を。」 「北島さんのためにやってあげてるのに。」 キーンコーンカーンコーン チャイムがなった。このチャイムは、だれを、守ったんだろう。 結局あかりちゃんと愛ちゃんがいじめられている。こうも簡単にひっくりかえっちゃうんだ、いじめって。でも変わったのはいじめの中心にいる人の立場だけ。周りの人からみたら何も変わらない。私にとっても変わってない。いじめを止めるという目標は変わってない。あかりちゃんのすごさを改めて知った。失敗に終わったとしてもかっこよかった。でもあかりちゃんらしくない。咄嗟にでた行動だったのかもしれない。あせりがあるというか。それでもすごいって思ったから話したいのに、学校では話しかけられないし、散歩の時は会えない。それが、すごく悲しかった。まるであかりちゃんがすごく遠くに行ってしまったようで。 「あかりちゃん!」 あれから、一週間後の早朝、あかりちゃんの姿が目に入って慌てて声をかけた。 「那菜ちゃん。良かった、今日は話したくて探してたんだ。」 「私もあかりちゃんに言いたい事があったんだ。」 「私から話していい?」 もちろん、と答えて少し不安になった。理由は分からないけど、なんとなく、不安って思った。 「私、転校することになった。」 「え…?」 転校って、そんな。驚きとショックで声が出ない。 「でも転校するのは1週間後だから…。私もそれを先週くらい、愛ちゃんが学校を休んだ日にお母さんに教えられて…まあそれでちょっとだけあせっちゃったんだよね。」 「愛ちゃんが、休んだ、日?」 私がそこに注目するとは思ってなかったのか少し驚いた表情でうん、と答えた。でも聞かずにはいられなかった。だってあかりちゃんの真剣な顔と笑顔にあった違和感が鮮明に蘇ってきたから。あの時、もっと深く考えておけばこの何週間かを無駄にすることはなかったもしれないのに。あかりちゃんのおかげで少し自分に自信を持てたのに、急に自分が嫌になった。 「だからこの間一人で終わらせようと思って勝手に止めに入っちゃったんだ。ごめんね。後、那菜ちゃんに言おうか迷ってたんだ。」 「なんで?」 言いたいのはこんな事じゃないのに、なぜか勝手に口が動く。 「その、那菜ちゃん優しいから心配して、気を遣わせちゃいそうで…。」 私が、優しい?そんなわけない。優しいのは、本当に優しいのはあかりちゃんだ。私が驚いているとあかりちゃんはもう時間だね、と言って振り向こうとした。だめだ。驚いている場合じゃない。私は慌てて口を開く。 「かっこよかったよ。」 「え?」 「あかりちゃんが友実ちゃんを止めようとした時すっごい、かっこよかったよ。」 本気で言った。だから謝る必要なんてない、そう伝わって欲しかった。あかりちゃんは今度は私の方に振り向いて、いつもの優しい笑顔で 「ありがとう。」 と言った。ちょっと肌寒い風を感じて、もうそんな時期かと思った所に鳥のさえずりが聞こえた。やっぱり早朝は気持ちがいい。そう思ってあかりちゃんと別れた。 残り1週間。そう思ってからあっという間に時間が過ぎ去って残り3日となってしまった。愛ちゃんとあかりちゃんのいじめは続いている。何かするべきかと思ったけど、あかりちゃんは私がいなくなれば、ちょっとは落ち着くと思うから愛ちゃんには悪いけどこのまま1週間待った方がいいんじゃない?と言われてしまった。確かにその通りかもしれないけど、なにか違う。でもあかりちゃんは散歩の時間はあまりその話をしないのでどうすることもできずにいた。それにどうするつもりもなかった、はずなのに私は立って口を動かしていた。友実ちゃんの驚く表情が私の目の、中心にいた。私だって驚いている、でもしょうがなかった。まさに体が勝手に動いてしまったんだから。 朝。先生の隣にあかりちゃんがいた。きっと言うんだな、転校のこと。ほとんどの人がいじめられてる人がいなくなってほっとするかもしれない。ひどいなと思うけど立場がちがったら私も…なんて考えてしまった。その事に悲しくなった。 「えー北島が転校することになりました。残り3日悔いが残らないように仲良くすごしましょう。」 みんな何も反応がなかった。すると先生に北島もなにか一言と言われてあかりちゃんが話し始めた。 「短い間でしたがありがとうございました。」 そう言って朝の時間は終わった。そのまま終わると思ってた。しかし中休みになって先生がいなくなった時、友実ちゃんがわざとあかりちゃんに聞こえるような声で言った。 「ありがとうございましたってさあ、いじめてくれてって事だよね。」 すると友実ちゃんだけでなく他の子たちまで笑って言った。 「てことはさあ、残りの日も悔いの残らないようにいじめていかないとね。」 クラスでその子たちの笑い声が響く。 「そんな訳、ないじゃん!」 その一言でクラスが水を打ったように静かになった。え?今言ったのって…私?友実ちゃん達の驚いた表情が目に映る。那菜ちゃん?と一緒に話してた友達に言わるまで気付かなかった。みんなが驚いた顔をして私を見る。でもそれ以上に私が驚いた。そして、とにかく言葉をつづけた。 「いじめられて、ありがとうなんて思うはず、ないじゃん。」 さっきの大きい声が噓だったかのように小さな声になった。 「今の本気にしたの?冗談に決まってんじゃん」 笑ってる。するとあかりちゃんがこっちを見て首を横に振っているのが見えた。自分のせいで私に迷惑をかけたくないんだろうな。でも私はそれに力強く頷いた。 「冗談でもだめだよ。」 私が何か言おうと思った時に反対側から声が聞こえた。谷山さん?なんで。この間怒らせてしまったのに、なんで? 「谷山さんには関係ないでしょ?」 友実ちゃんの言葉にその時は思わず頷きそうになってしまった。でも谷山さんは構わず続けた。 「関係あるよ。前に斉藤さんが教えてくれた。」 私が?教えられたのは私のほうだ。私もいじめをしている一人だと教えてくれたのは谷山さんなのに。 「私、今までクラスのいじめを他人事だと思ってた。でもなんで無視するの?って聞かれて、私もいじめをしている一人なんだって気付いた。その時は怒っちゃったけど、その後気づいて、斉藤さんがなにかする時は協力しようって決めた。だから、私も、関係あるよ。」 「私も。…私も、そう思う。やめようよ、いじめ。」 結衣ちゃんまで。それには友実ちゃんも怒って 「元々いじめてたのは愛なのに、なんで私にいうわけ?」 と言った。 「愛ちゃんが、謝りに来てくれたんだ。私、結衣の気持ち全く考えてなかった自分がよければそれでいいって思ってた。結衣の気持ちになってわかったよいじめのつらさ。許してとは言わないけど本当にごめんねって。」 意外過ぎて、みんな愛ちゃんを見た。愛ちゃんは恥ずかしそうにちょっと怒ったように下をむいた。 「今はまだ許せないけど、つらいのはわかるし、谷山さんの言うように見ているのもいじめているのと同じだと思うから。」 さすがに友実ちゃん達も3人から言われるとは思ってなかったのかもういいよ、と言った。その時、戦いの決着はついたというようにチャイムが鳴った。そして、いじめは、終わった。 その後いじめは終わったものの教室が前以上に険悪な雰囲気になった。次の日からいじめをしてたグループと止めたグループの真っ二つに分かれてお互いに無視しあってた。でも誰かが独りになるよりはよっぽどいいかなと思った。散歩の時にあかりちゃんがすごい、すごいと繰り返していた。自分の意思というよりも体が勝手に動いた、という感じだったけど動いてよかったと思う。 そして3日目の学校が終わった。あかりちゃん達がこの町をでるのは明日のお昼頃らしい。だから後1回だけ散歩ができる。明日で最後。そう思うと今まで経験したことのない悲しさがあった。 気持ちのいい早朝。あかりちゃんと最後のおはようを交わす。お互いなんとも言えない思いで少し沈黙があった。するとあかりちゃんが 「もう那菜ちゃんは大丈夫だよ。」 と言った。訳が分からず首をかしげる。 「その、最初に話した時、なんか自信がなさそうな気がしたから…。」 見事に当てられていて、驚き何も言えないでいると違ったらごめんと慌てて付け足した。 「いや、見事に当てられてたから、びっくりしちゃって。でも私がちょっと自信もてるようになったのはあかりちゃんのおかげだよ。」 今日は思ってたことを全部素直に言おうと思う。後悔のないように。そう思っていったら今度はあかりちゃんが驚いている。 「私は何にも…。」 「私がこの間、友実ちゃんにそんなわけないって言えたのは、あかりちゃんがその前に止めようとしたからだよ。それに、一番初めに会った時にいじめを止めるって言ってくれたから私も頑張れたんだよ。あかりちゃんのかっこいい所と優しい所を見れたから」 ちょっとだけ声が震えてる。こんな事言ってると本当に最後なんだと実感してしまった。でもこれだけはしっかり言いたかった。一番言いたかった事、伝えたかった本気のこと、前には言えなかった本音。 「私も、あかりちゃんみたいに、人に優しく出来る優しい笑顔を浮かべられる人になりたいって思った。」 言えた。そう思って、ほっとした時に思わず涙がこぼれてしまいそうになった。すると、あかりちゃんが良かったといって、優しい笑顔のうえに一粒の涙をながした。それから、 「優しさはつながる。」 と言ってからすぐに言葉を続けた。 「前の学校に、すごく優しい子がいて、その子に、教えてもらったんだ。」 涙をできるだけこらえようとあかりちゃんはゆっくり喋った。 「その子も前、友達に教えてもらったらしくて、それで、人に優しくしてたんだ。それで、私も人に優しくして、それが伝わってほしいって思えるようになった。初めは優しさなんてわかんなかったけどその子がつないだ優しさを無駄にしないって思って、今、那菜ちゃんに。」 「伝わったよ。」 あかりちゃんの優しさがどこまでも深い理由が分かった。つないできたからだ。スタートなんてない優しさが人のかかわりと一緒に伝わってきた。あかりちゃんに行きつくまでのつないできた人たちの優しさがあかりちゃんの優しさに全部含まれている。次はきっと私の番だ。そうであってほしい。ゴールしてはいけない長い長い優しさを繋げるリレー。そのバトンをあかりちゃんが私に渡してくれたことがすごく嬉しかった。 「「ありがとう」」 重なった感謝の言葉。それから二人で笑いあって、最後のバイバイを言った。帰り道、思わず振り返るとあかりちゃんもこっちを見ていた。大きく手を振る。あかりちゃんがぼやけて見えた。それから向き直って、雲一つない青空に背伸びをする。流れた涙は太陽がまぶしかったからだ。 エピローグ 「優しさと勇気と強さがそろったらかなり凄いと思うよ。」 「ん?」 いきなり言われてびっくりする。 「那菜のことだよ。」 にっこにこの笑顔で言われて余計にびっくりする。 「中学入って2年間、一緒にいたけど那菜ってどっちも持ってると思うんだよね。」 「なんか照れるな。」 「この間、話してくれた小学校の話、間違ってると思う。」 「え?どこが?」 「優しさだけじゃなくて勇気も強さもつながれてるって思った。」 分かれる駅のホーム、ドアが開く。駅のベンチのペイントがはげていた。お母さんにただいまと言って話す子供の笑い声や学生のふざけあう声、鳥の羽ばたきさえも静かに響き渡って聞こえた。 「ばいばい」 「ばいばい」 慌てて手を振り返す。 ふと、あの時みたいに空を見上げた。 赤く光る太陽、青色に太陽を反射する海、緑色の風になびく葉、この三原色が綺麗に夕焼けを作っていた。 「つないだよ。優しさも、勇気も、強さも。」 私はひとりつぶやいた。空がきれいで涙をこぼしそうになった。 -おわり-