“博士が子どもだったころ”Vol.3 “宇宙誕生”に迫る「市川温子博士」

NHK
2022年6月24日 午後0:08 公開

宇宙が誕生したときに生まれる「物質」は、理論上、「反物質」と衝突してすべて消えてしまうはずですが、物質でできた私たちは今、こうして存在しています。

“宇宙はどのようにして誕生したのか?”

この究極の謎に迫っているのが、物理学者の市川温子博士(東北大学大学院理学研究科教授)です。茨城にある世界トップクラスの加速器で素粒子ニュートリノを人工的に作り出し、300km離れた岐阜の「スーパーカミオカンデ」で観測するという「T2K実験」。市川さんはそのプロジェクトのリーダーとして500人以上もの研究者を牽引し、世界から注目を集めています。いつもワクワクするという研究への好奇心は子ども時代にどう育まれたのでしょうか。市川さんにお話を伺いました。

―どんな子ども時代を過ごしていたのでしょうか?

兄と姉がいるのですが、いつも兄と鉄砲やミニカー、プラモデルといった男の子の遊びばかりをしていましたね。父が営む工場に遊びに行くとよくおもちゃを手作りしてくれました。

本当はおもちゃ屋さんの鉄砲がほしかったのですが、父は買うより作る主義で、かまぼこの板とパイプで作ってくれたんですが、私は「こんなんじゃない、もっとかっこいいのがいい!」と言って、怒った覚えがあります。壊れたものを溶接して直したり、おもちゃの鉄砲を作ってくれたり、目の前でいろんなモノが作られていくという環境が自然にありましたが、そこでモノがどうやって動くといった仕組みを知るのが大好きだったんです。

―小学生の授業で印象に残っていることはありますか?

理科が大好きでした。一番感動したのは、小学校高学年のときで、水にただ塩を溶かすという実験です。塩を溶かすと重くなりますが、体積は増えないんです。要するに溶けるというのは分子と分子の隙間にひゅーっと入っていくことだと初めて知りました。「うわー!おもしろい!」と思ったんです。

―まさにニュートリノの小さい世界を連想させますね

普通に考えると不思議で終わってしまうんですが、その元を考えていくと、「なるほど!」と、小さな世界の仕組みを理解できるのが楽しかったんでしょうね。子どもの頃から今もずっとそうです。

―理科のほかに好きだった教科はありますか?

勉強はあまり得意な方ではなかったのですが、親から「勉強しなさい」と言われたこともなく、どちらかというと、女の子はそんなに勉強しなくていいというのがありましたね。しかし、算数のパズルだけはとても好きでした。小学校6年生のとき、先生がいろいろなパズルを持ってきてくれました。中でも難しいパズルを出題されるとすごく楽しく、ほかの人が解けないのを次の日まで考えて解いてみたりして、“難しい問題を解くのはものすごく楽しいんだ!”と気がつきました。パズルを通して自信をつけさせてくださった先生にはとても感謝しています。

―中学時代はどんな子どもでしたか?

学校では、どちらかというとダメないわゆる困った子なんじゃないですかね。宿題をしていて、なんでこうなるんだっけと理解できていないと先に進みたくないというか、進めないんですよ。とりあえずここは置いておいて、ぱぱっとやるべきことをやるというのがどうしてもできませんでした。あらゆる教科の宿題を出せず、未提出の人の名前は黒板に書かれるのですが、「市川」っていう名前があいうえお順で最初の方なので、いつも上段は私の名前で埋まっていました。今の仕事は、“納得して進みたい”という私の性格に非常に向いているんだと思います。

―高校時代には現在の研究のルーツともなる相対性理論や宇宙への興味が深まっていったそうですね

理科の中で物理、化学、生物がありましたが、物理が一番好きでした。科学は2つの方向性があって、ひとつは、仕組みをどこまでたどっていくか、もうひとつは、ある法則のもとで不思議な現象が現れるのを楽しんだり応用したりするというのがあります。私が好きだったのは前者の仕組みをたどっていく方で、物理学というがしっくりきたことがあり、相対性理論や宇宙に興味を持つようになりました。

―いよいよ物理学の道に飛び込んだ大学ではどんな学生生活でしたか?

いわゆる難しい大学に入学しましたが、苦手な科目がいっぱいあって、どちらかというと落ちこぼれていました。大学院では加速度のデータをとる難しさに涙したこともありましたが、体を使って“実験”することはとても楽しかったです。ひとつひとつの実験は何かを大きく解明できるというものではないですが、その中で装置が思う通りに動かないとか、思う通りのデータがとれないときこそが大切だと思います。そこに自然の法則で自分がうまく捉えきれていないものがあるんですよ。小さな小さな当たり前のことの積み重ねですが、それらをうまく解き明かして、直して、動かしていくこと自体がとても楽しくて、好きなんですね。

―T2K実験という一大プロジェクトのリーダーでいらっしゃいますが、子ども時代、周りの友達とはどんな関わりをしていましたか?

小中高校までは女の子の人数も多かったですが、おしゃれとかにあまり興味がなく、女子的なコミュニティに溶け込めず、居心地はあまりよくなかったですね。それが大学の物理学というと周りが男子ばっかりで理学部の300人中で女子は3人。とても居心地よかったです。今の職場もそうです。国内だとほんと女性研究者の数が少ないですが、海外では女性もたくさん活躍しています。研究者たちは、私のことを女性だからと特別な扱いはせずに、あんまりそこで性別というのを意識することはないですね。

―市川さんにとって「研究」とは?

研究は基本は“遊び”だと思っています。若いときは葛藤があり、直接人の役に立つことをやらなければならないという思いと、おもしろいからやるということと、どっちを選んだらいいんだろうととても悩んだ時期がありました。結局、「ああ!おもしろい!」と思うことの方に進んだわけですが、今から思うと、おもしろいことって、すごく人間らしいことだと思います。ただ効率だけを突き詰めていったらロボットみたいになってしまいますが、おもしろいことをやるというのは人間を豊かにしてくれるので、T2K実験もめちゃくちゃ無駄遣いをさせてもらっているわけではないと思えるようになってきました。中高生の人たちが進路で悩んだときには、もう少し広い心で、「おもしろいことは悪いことじゃない!」というふうに思ってほしいです。

―高校2年生になるご自身のお子さんと接するときに気にしていることはありますか?

小さい頃は科学の図鑑とか雑誌とかいっぱい身の回りに積んで、絶対理科好きになるというものを周りにいっぱい置いていて、彼女も喜んで見ていたはずなんですよ。けれど文系に進みました。思う通りにはいかないなあと。それでもまあいいんじゃないかと思っています。自分の中から出てきた子どもは、かつて存在しなかったのがそこに現れて、当然のように家にいて、だんだん大きくなって、全く自分とは違う人格になっていくというところがおもしろいなあと思って見てます。

―今、子どもたちに伝えたいことはありますか?

“悩むこと”を楽しんでほしいです。これから自分がどうなるか全然わからないわけですよね。この先、自分が何を見つけて、何をやっていくのかって、それが本当にすばらしい!若いって本当に羨ましいです。どんどん悩むことを楽しんでほしいです。

What's“博士が子どもだったころ”

10年から20年先の将来、人工知能(AI)やロボットによって、今ある職業のうち日本では約49%を代替することが可能と言われています。つまり、今の子どもたちが大人になるころには、現在ある仕事のうち半数近くは無くなっているかもしれない、とも言い換えられるでしょう。

「今の常識では通用しない時代が来るのだ」と感じつつも、「じゃあどうしたらいいのか」の問いには、簡単に答えがみつかりません。

「好きなことがある人は強い」

番組の取材を通して、世界トップクラスの科学者や技術者にお会いする機会が多い私たちは、日々そう感じています。そして、「博士たち」が子どもだったころ、どんなふうに日々を過ごしていたのか、周囲の家族や友人と、どんな関わり方をしていたのか、どんな個性を、どう伸ばしてきたのかということに、私たちはとても関心があります。

サイエンスZEROでは、『博士が子どもだったころ』と題して、魅力あふれる博士たちの原点をお伝えしていきます。