ノーベル賞受賞者・天野浩さんが窒化ガリウムで挑む半導体革命【博士の20年】

NHK
2023年3月14日 午後1:00 公開

「窒化ガリウム」の結晶を、世界で初めて高品質な水準で作ることに成功し、2014年「青色LED」の研究でノーベル物理学賞を受賞した天野浩さん。省エネで環境にやさしい青色LEDは、世界を照らす新しい光として人類に多大な貢献をしました。

いま天野さんは、青色LEDの材料「窒化ガリウム」の可能性をさらに広げ、電気自動車や大容量無線通信技術への活用が期待される「次世代パワー半導体」の開発を進めています。その挑戦の根底にはいつも、「社会に役立つ研究をしたい」という強い思いがありました。自身の20年を振り返るとともに、「窒化ガリウム」が支える青色LEDや次世代パワー半導体開発の道すじと今後の可能性を伺いました。

ノーベル物理学賞受賞の「窒化ガリウム結晶」とは? 

―「窒化ガリウム」とはどんなものなのか教えてください。

窒素とガリウムの原子が規則正しく並んだ結晶が窒化ガリウムです。私がまだ学生だった当時は、窒化ガリウムのきれいな結晶を作ることはとても難しく、ほとんど研究が進んでいませんでしたが、われわれの研究できれいな結晶を安定して作ることができるようになりました。

窒素とガリウムの原子が規則正しく並んだ結晶が窒化ガリウムです。私がまだ学生だった当時は、窒化ガリウムのきれいな結晶を作ることはとても難しく、ほとんど研究が進んでいませんでしたが、われわれの研究できれいな結晶を安定して作ることができるようになりました。

ノーベル賞受賞は窒化ガリウムの「きれいな結晶」がきっかけになりました。結晶を作るときは、まず土台となる基盤の結晶を置いて、その上に必要な物質をふきかけて結晶の層を作っていきます。最初、土台となるサファイア基板の上に直接、窒化ガリウムの結晶を作ろうとしたのですが、そうするとザラザラとしたすりガラスのような「汚い結晶」になってしまいました。

きれいな結晶にならなかった理由は、基盤のサファイアとその上の窒化ガリウムの「原子の並び方の間隔が違う」ためでした。

よく凹凸がついていてるおもちゃのブロックで例えるのですが、ブロックの場合は凹凸の間隔が全部一緒ですよね。だからブロックがピッタリはまって、きれいに積み上がるわけです。

しかし原子の並び方というのは、ブロックの凹凸の間隔がちょっと違うイメージなんです。サファイアと窒化ガリウムは、凹凸の間隔がそもそも合わない。凸凹の間隔が広いブロックの上に、間隔の狭いブロックをのせようとしても、ピッタリ安定して積み上がらないのと同じように、きれいな結晶にならないということなんです。

この問題が解決できず、実験では実に1500回もの失敗が続きました。しかし、たまたま転機が訪れたのです。

突破口となった「低温バッファ層」

―どんなターニングポイントがあったのでしょうか?

ある日、使っていた実験装置が故障し、装置の中の温度が上がらなくなってしまいました。そこで、いつもとは違った実験をしてみることにしました。

どんな実験をしたかというと、土台のサファイア基板の上に、「低温バッファ層」と呼ばれる窒化アルミニウムの層を作ったんです。その上に、いつもと同じ窒化ガリウムの結晶を作ってみたところ、とてもきれいな面の結晶が出来上がりました。間に低温バッファ層を挟むと、なぜかきれいな結晶ができるというのが発見だったんですが、とても不思議でした。いまだにこの理由はじゅうぶんには解明されていないのです。

窒化ガリウムの結晶を安定してきれいに作ることができるようになったことが、青色LEDの実現させるための一つのブレイクスルーになったと思っています。窒化ガリウムの強みは、青く光るということで、皆様に生活の中でLEDとして使っていただけるようになりました。

もう1つの特徴は、シリコンに比べてすごく結合が強いということで、電流をたくさん流したり、あるいは高い電圧の電気信号を取り扱うことができます。その強みを生かして、「パワー半導体」などさまざまなデバイスへの応用が期待されているんです。

半導体素材として「シリコンを超える」窒化ガリウム

―窒化ガリウムの半導体としての素質は、どのようなものなのでしょうか?

今世界で最も普及しているのはシリコン半導体です。シリコン半導体開発では、2018年頃から実用化されたEUV露光技術が大きなターニングポイントとなっています。「非常に細かいパターンで回路が描ける」という技術です。

しかし細かくしすぎると電子が勝手に動いてしまうような不具合が出てくるので、ゲート(電極の1つ)の長さは3ナノメートルくらいが限界だと言われています。あと数年したら、3ナノメートルぐらいのゲート長のトランジスター(半導体を使った部品の1つ)が出来て、それがもう限界に近いのではないかと言われてます。そうなると、後はもう二次元では限界がくるので、それをずっと上に積み重ねていく、三次元構造の「ロジック半導体」が今度は開発の中心になって来る。そこは日本も今非常に力を入れて頑張っているところです。

一方、窒化ガリウムの場合は、シリコンほど細かくしなくても、もともとの材質に強い性質があったり、さまざまな用途に使えるということが期待できます。

例えば先ほども申し上げましたが、シリコンに比べてとても結合が強く、電流をたくさん流したり、あるいは高い電圧の電気信号を扱うことができます。電圧で言うと、シリコンだと1000ボルトまでもたないものが、窒化ガリウムだと同じ厚さでも1万ボルトまで耐えられる。これは、これでシリコンと同じ構造の物を作れば、性能は10倍以上になるということなんです。

非常にシンプルにした例ですが、例えば、「100m走」で言うと、「シリコンが10秒かかるのが窒化ガリウムだと1秒で行けちゃう」というような、それぐらい優れたアスリートが窒化ガリウム、ということなんですね。

また熱の発生もおさえられる材料であるため、電力の損失が少なく、省エネになると期待されています。未来を変えるポテンシャルがある材料ですが、それを実現するためには、シリコンと同じぐらい品質の優れた結晶と、それから加工技術が必要で、ようやくその技術課題は解決し、社会実装するための準備にさしかかった段階です。

「激動の半導体競争」研究者として振り返るこの20年

ノーベル物理学賞を受賞した青色LEDの研究において「窒化ガリウム」がどんな役割を果たしたのか、その後の半導体の進化へとつながる経緯を伺いました。

さらに、自身の研究者人生のこの20年の変化や、苦難や大発見を前にした時の研究の心得、強い社会貢献への思いなどについて語ってもらいました。

―この20年は天野さんにとってどんな20年でしたか?

一番大きな変化は、2010年に名古屋大学に移り、研究テーマがガラリと変わったことですね。

その前の名城大学では、「窒化ガリウム」を材料に、青色LEDやレーザーなどのオプト(光学)デバイスを作ることを中心にやっていました。青色LEDはすでに、照明や信号機、スマートフォンやテレビの液晶のバックライトなどさまざまな用途で使われています。

名古屋大学に移ってからは、もっと社会貢献をしたいという思いが強くなり、パワーデバイス(パワー半導体)の研究に力を入れ始めました。どちらも材料は窒化ガリウムですが、パワー半導体に使うと電力損失を減らせたり、大容量の無線通信が可能になったりと、大きく社会を変える力になります。

LEDは、いったん結晶ができてしまえば、その後の加工プロセスはそんなに大変ではなく、比較的早く社会実装ができました。一方でパワー半導体の場合は、結晶を作った後にいろいろな加工プロセスがあり、その技術開発が大変です。ようやくその技術課題は解決し、社会実装する準備ができた段階です。多くの方に使ってもらうためには、大量生産の技術を確立する必要があります。その扉が開くか開かないかぐらいの所までようやく来たかなという感じです。

「パワー半導体ではさらなる社会貢献を」という思い

―ノーベル物理学賞の受賞後は、どんな変化があったのでしょうか? 天野さんの本に「『モンゴルの子供たちがLEDのお陰で夜もゲルの中で勉強できるようになった』という話を聞いてすごく嬉しかった」という一節がありました。

受賞してからは、より「社会への貢献」を強く意識するようになりました。受賞した後に、いろいろな国に呼んでいただいたんです。中東のオマーン、グアテマラ、チリ、モンゴルに行き、歓迎してもらいました。そこで、自分たちが作った技術が世界で活用されていることを実感しました。

窒化ガリウム使ったLEDは、少ないエネルギーでも明るく照らすことができます。それだけでなく、その技術を応用してバクテリアやウイルスを死滅させる水の浄化装置を作って世界の水不足を改善することも可能だと考えています。喜びの声を直接聞いたことで、自分たちの研究を、誰かの役に立てたいという気持ちがより強くなりました。

ノーベル賞を受賞したときにもう一つ感じたのは、LEDの研究においては、結晶を作ることや技術開発には携わった自信がありますが、その後の社会実装については、自分はあまり関われなかったなということ。信号機や照明のLEDを見るたび、半分は良かったなという気持ちと、もう半分は量産化していくための技術開発は「全然自分でできなかったかな」という気持ちになった覚えがあります。

今、同じ窒化ガリウムという材料を使って、シリコン半導体の10分の1の電力損失で動く「パワー半導体」を作る研究にシフトしていますが、「窒化ガリウムを使って社会の役に立ちたい」という思いがより強くなっています。LED開発の時にはあまり携われなかった大量生産する技術を確立にも取り組んでいますが、これがとても大変で苦労しています。

パワー半導体の場合、信頼性に対する要求がまたLEDよりも桁違いに高いんですよ。半導体の基板を生産する場合、欠陥の数で言うと100万分の1ぐらい欠陥を減らさないと、例えば電気自動車を走らせたりできないんです。いま、多くの先生方とともに、そういった技術の基礎を築こうとしているところです。

恩師から託されたバトン

―2020年には天野さんの師匠にあたる赤埼勇さん(1960年代から窒化ガリウムの研究/ノーベル物理学賞を共同受賞。正しい埼の字はたつさき)が亡くなられました。天野さんから見て、赤﨑さんはどんな方でしたか?

赤埼さんは、結晶が本当に好きなんですよね。ずっと結晶作りをやられていて、青色LEDの窒化ガリウムの開発では、最初分子線エピタキシー(MBE)法という、当時はそんなの絶対手出さないっていう方法に挑戦されたり、もうさまざまなチャレンジをされたんですね。「真理を追求する」ということを赤崎さんはずっと目指されていました。

また「とにかく成果を出して論文を書いて」ということではなく、「いかに世の中に役に立つ結晶を作るか」ということにこだわりを持っておられた。今はそのバトンを受け継いだっていう感じが強いですね。

研究室の学生さんたちにも、「その研究って実はすごく大切なんだよ。こんなに役に立つんだよ。だから未来のために、人のために頑張ろうね」といったメッセージを送っています。

―印象的な赤埼さんの言葉はありますか?

「研究で大切なのは装置ではなくて人だよ」とよくおっしゃっておられました。赤埼さんが名古屋大に来られた時、研究費が本当に少なかったんです。学生は部品を集めて、自分たちで実験装置を組み立てていました。他の研究室の装置が値段の高い部品を使ったすばらしい装置であると聞いても、「研究っていうのはお金じゃないんだ、人が大切なんだ」ということをおっしゃっていました。とにかく人を大事にされる先生でした。

―天野さんは、きれいな窒化ガリウムの結晶を作れるようになるまで、1500回もの失敗があったそうですが、今まさに研究に行き詰まっている学生がいたらどんなメッセージを送りますか?

行き詰まってるとしたら、取り組んでいることの価値をひょっとしたら見失ってしまっているのかもしれないですね。私の場合はドクターの3年間はストレスだらけでとても辛かったんです。当時は3本論文を書かないとドクターとして認めてもらえなくて、2本目まではなんとか書いてたんですけど・・・。なかなか論文が書けないので、周りの人たちが「古い技術でもいいから、それで実験して論文にして、ドクター取りなよ」っていうこと言ってくださったんですけど、全然モチベーション上がらないですよね。なんで他人がやったことをもう一回やらなきゃいけないんだっていうことで、ストレスは大きかったですね。

けれど、青色LED開発の突破口となったマグネシウムのドーピングのアイディアが生まれたら、「これをやったらもう世界で初めてになるんじゃないか」と思えて、ストレスがパーンと消えてしまって。ですので、行き詰まってる人は、ちょっと立ち止まって考えてみて、やってることの意義や価値を見つめ直してみると、大きな突破口につながるかもしれないと思います。

研究者として次世代に伝えたいメッセージとは

先日講演会で、高校生から「研究は大変じゃないですか」とか「やりたいことがあるんだけど何を基準に選べばよいですか」といった質問を受けて、「楽しかったらやってみたら」という回答をしました。一歩踏み出せない人は、「面白そうだったらやってみる」とか、「楽しいんだったら続けてみる」のがよいと思います。そこからどんなふうに発展するかって誰にも分からないし、ひょっとしたらそれが大きな研究とか発見につながるかもしれないですよね。