”博士が子どもだったころVol.4”腸内細菌から動物のいのちに迫る 牛田一成博士

NHK
2022年6月24日 午後0:09 公開

私たちのおなかの中には1000種類、100兆個もの「腸内細菌」がいると言われています。腸内細菌には「おなかの調子を整える」というイメージがありますが、最新研究で「からだ」や「心」に大きな影響を与えていることがわかっています。野生動物の世界では、生死をも左右するほど“大切な存在”であることを教えてくれたのが、牛田一成博士(中部大学 教授)です。

「『腸内細菌』は私たちが生きていくのに必須のパートナーで、その集団は臓器のひとつと呼んでも間違いないです」

こう語る牛田さんは、野生生物のフンを採取するために、日本はもとよりアフリカのジャングルなど世界じゅうを駆け回る、人呼んで“うんちハンター”。牛田さんが迫るのは、野生動物が野生で生きていくためにはどのような腸内細菌が必要なのか。2014年からは、絶滅危惧種のニホンライチョウの「腸内細菌」を野生に近づけることで、絶滅の危機から救おうという壮大なプロジェクトにも取り組み、注目を浴びています。そんな牛田さんの原点に迫りました。

ーどのような子ども時代を過ごしたのでしょうか?

動物好きの母の影響もあり、魚や鳥、犬などいつも身近に動物がいる子ども時代を過ごしました。玄関脇の小さな池には、川で捕まえたどうじょうやフナ、カワムツがいて、中学生になると、熱帯魚なども増え、水槽が5つぐらいになっていました。

当時は今のような娯楽は少ない時代ですから、テレビでアメリカの「名犬ラッシー」といった賢い動物が登場して人々を救うドラマや、動物図鑑をよく見ていました。中でも特に犬は拾ってきた雑種を含めて3匹飼うほど大好きでした。

小学校低学年だった昭和30年代、六甲山の麓に住んでいたのですが、当時はあちこちに野犬がいる時代。うちの近所にも80頭くらいの野犬の群れがいたのですが、群れの中心にいたのはなぜか「コリー」だったのを鮮明に覚えています。雑種や日本犬ではなく、なかなか目にすることのできない高級な犬のコリーが群れを率いていたんです。このように誰も気にしないようなことに注意を向け、何でも「不思議がる」子どもでした。

ー子どもの頃はどんな本を読んでいましたか?

小学校4,5年生になると、「探検記」「冒険記」といった本を夢中で読みました。19世紀から20世紀にかけてのヨーロッパ地理学の主要なテーマは“ナイル川の源流探し”ですが、探検家リヴィングストン(※1)やスタンリー(※2)の探検記(「少年少女世界の大探検」「少年少女世界探検冒険全集」)はかなり熱心に読みました。探検家の「知らないものを見てみたい」という気持ちが常に描かれていて、未知の世界に引き寄せられていきました。

ある探検記の中にナイル川の源流を求めて、“白ナイル川”と“青ナイル川”(※3)の合流点が出てくる場面があるのですが、子どもの私にとって、まずこの名前が非常に不思議で、「なんで白いの?青いの?」と。こうして、いつか青ナイルと白ナイルの合流点に行ってみたいなという漠とした思いが芽生えたのを覚えています。

その後、研究者になってから2008年に家畜の研究プロジェクトで偶然、スーダンの首都ハルツームに行きましたが、そこはまさに白ナイル川と青ナイル川の合流点のある街。橋の上から川を眺めて、「40年以上前からずっと行きたいと思っていたな」と思い出し、とても感慨深いものがありました。振り返ると子どものころに読んだ本が、その後の自分に影響を与え続けていた気がします。

※1 デイヴィッド・リヴィングストン・・・イギリスの探検家(1813~1873年)。ヨーロッパ人で初めてアフリカ大陸を横断した。

※2 ヘンリー・モートン・スタンリー・・・イギリスの探検家(1841~1904年)。

※3 白ナイルと青ナイル・・・世界最長のナイル川の支川で、ケニア、ウガンダ、タンザニアに囲まれたヴィクトリア湖を中心とする高原地帯に水源とを持つ白ナイル川は、白っぽく濁り、エチオピアのタナ湖を水源とする青ナイル川は白ナイル川に比べて透明で青っぽく見えるのが名前の由来。

ー“読書”と“地理”好きの少年~青年時代で培われたものは何ですか?

小学校4,5年生の時、白い下敷きにアフリカの国境や首都名の入った地図を描くほどアフリカの地理に没頭していました。この頃、将来は分野を問わず「博士になりたい」となんとなく考えていました。高校生になると社会と国語が得意で、特に国語は全国テストで一番になったりしていました。

国語の力というのは、現在の仕事にも大いに役立っています。特に論文を書くとき、測定可能なことや、データや結果だけで語ると、物足りないところがありますが、余白や行間という“ちょっと余計なところ”を組み込むことで、より豊かな世界を表現できると思っています。子どものときに育まれた「感じ取る力」「文章を書く力」は、今の自分を支えてくれていると思います。

ーある1冊の本との出会いが、理系の道への大転換を後押しした?

高校1年生までは、将来文学部で人文地理学を学びたいと思っていたのですが、ある日、動物好きの母が「ゴリラとピグミーの森」(※4)という本を持って帰ってきたのを偶然、目にしました。

それは、ナイル川の源流に近いところが舞台。見開きに森のアフリカ人の写真などがあり、それが子どものころに読んだスタンリーらの探検記の世界とつながり、大きな衝撃を受けたんです。そこで、科学的アプローチをする“探検家”のような仕事があるんだなと知りました。それでもう文学部と言ってる場合じゃないと理系に大転換したんです。大学では農学部に進学して、家畜の「栄養生理学」や「微生物学」を学びました。

後からわかりましたが、この「ゴリラとピグミーの森」を読んで、大学で生物学を志そうと決めた高校生は少なくないそうです。私も大学に進学して、これも偶然なんですがこの著者である伊谷先生の授業を受けることになった時には、深い感動に包まれました。私の人生は偶然に導かれたことが結構多いんです。

※4「ゴリラとピグミーの森」・・・霊長類学者 伊谷純一郎の著書。著者がアフリカ大陸でゴリラの棲む森で狩猟する民族と生活を共にしながら、ゴリラを追跡した貴重な記録。

ーこれから進路を決める高校生に向けてメッセージはありますか?

「自分の好きなものが何なのか」をはっきりと考えている人こそが一番強いと思います。

17世紀にレーウェンフック(※5)が高性能の顕微鏡を発明し、それまで見えなかったものが見えるようになりました。レーウェンフックはロンドン王立協会に、小さい生物を拡大した手書きの画像を複数回にわたり送って、科学界を沸かせました。

今では10年15年おきに新しい概念の分析機器が生まれて、新しいことがわかるというのは、画期的でとてもすばらしいことですが、一方で、デバイスだよりになると新しい“発見”“はなかなか生まれにくい面もあります。

でも、私が研究する生物学の世界では、実はデバイスに頼らなくても、驚きの新発見があると思っています。

たとえば、“昆虫“や”きのこ“の分野では、好きでのめり込んでいる人たちの博物学的でマニアックな視点や、驚異的な発見力にはとてもかなわないことがあるんです。高性能のデバイスを持っていないアマチュアの方でも、プロを凌駕することがよくあるので、若い高校生たちには、とことん好きなものを見つけてほしいです。

※5 アントニ・ファン・レーウェンフック・・・オランダの科学者(1632年~1723年)、微生物学の父と呼ばれる。

ー幼児、小学生の子どもたちへ伝えたいことはありますか?

今の教育環境は、残念ながら、科学的な研究に必要となる博物的な興味の持ち方や、自由な教育体系は許容されてないところがあります。学生も疑問はほとんどネット検索で答えを探します。しかし、その姿勢では自分の知りたいことにしか出会えません。つまり、自分のもっている概念を越える新しいことは出てこないんです。

まずは物事を“漠然と見て”、「なんでこうなってるんだ?」と不思議がる心が大事です。たとえば、「カタツムリのあの形なのはどうしてなのか?渦の向きはどうして同じものが多いのか?」といった問いの理由を考えることです。

常に正解が求められるようになる前、自由な発想で疑問が湧きやすい小さい子どものうちに、やはり“漠然と見る”、そして、自然に不思議に思うことを大切にしていただきたいです。