“博士が子供だった頃”Vol.10謎多き雲の解明に挑む!雲研究者 荒木健太郎博士

NHK
2022年11月25日 午後1:30 公開

誰しも空に浮かぶ「雲」を眺めたことがあるのではないでしょうか。秋を感じるうろこ雲(巻積雲)や山の頂上に浮かぶかさ雲など、雲は空を豊かに彩る一方で、豪雨や豪雪などによる気象災害の原因となることもあります。実は、こうした雲は水だけで出来ているのではなく、大気中に浮かぶ“ほこり”である「エアロゾル」という小さな粒子が不可欠です。

エアロゾルによる雲の形成や、気象災害をもたらす雲の仕組みを解明し、精度の高い予測に役立てようと研究しているのが、気象庁気象研究所の“雲研究者”荒木健太郎さんです。荒木さんは研究のかたわら日々の雲を写真で記録し、SNSで画像とともに、雲の魅力や注意するべき気象情報を発信し、フォロワーは32万人を超えています。「雲の声を聴き」「雲を愛する」という荒木さんに研究の原点をうかがいました。

―子どもの頃から雲が好きだった?

雲を好きになったのは実は最近で、子どもの頃は雲にあまり興味がなかったんです。もともと数学が好きで、高校時代は、“ごちゃっとしている数式”を展開してシンプルな答えを求められるところが面白かったんです。数学は、解き方がいろいろあっても答えは同じになるところが好きでした。

大学では、生活に関わる分野で数学を深く使った研究がしたくて、経済学部に入りました。理論を観測データで検証するような研究手法に興味があったのですが、当時の大学ではそのような研究室が見つかりませんでした。

そこで、同じ生活に関わる分野で、数学をがっつり使いながら観測データを存分にとることができる気象学を学ぶことにして、気象大学校に入学し直しました。

―経済学から気象学へ道を転向されて、どうでしたか?

気象大学校での勉強は、数学的にもとても面白かったです。大気現象の観測データから理論を作るのですが、その理論をより詳しく理解するために、室内の実験でそれぞれのプロセスなどを調べて数式化します。

こうしてできた理論で気象現象を数値シミュレーションしますが、さらにその結果をまた観測で検証するというように、研究自体が循環しているんです。観測とシミュレーションを循環させることで、現象を表す数式を高精度化しながら必要な観測データを増やしていき、より精度の高いシミュレーションができるようになる。そうして天気予報の精度を上げることができるんです。

―気象学では数学をどのように活用する?

気象学は流体力学と熱力学が基本にあるので、物理と数学なしには語れない学問です。気象大学校に在学していたときは、温帯低気圧の発達の理論研究をやっていて、ひたすら数式の展開をしていました。とてもシンプルな「方程式」を使って、そこに現実的な効果を入れて、ちゃんと低気圧が成長できるような答えが求められるかを調べます。

中学校で「運動方程式」というのを習うと思いますが、それは将来の状態を求めるための式で、その方程式を解くと、物がどういう速さで動くか、力がどうかかるか、何秒後にどこにいるかなどが分かります。「天気予報」でも、同じように「方程式」を解いて未来を計算します。そういう意味では、気象で使っている数学も、中学や高校で習うような数学が基礎になっています。

―気象大学校の卒業後にはどのような仕事を?

気象大学校卒業後は、新潟地方気象台と銚子地方気象台に合計4年間勤務しました。その現場では、予報業務のほか注意報や警報を作成して発表する仕事をしていました。

実際に、出した予報が外れることがあり、それがどうしてなのか調べていくなかで感じたのが、気象はとても複雑だということでした。大気の運動や、雲の物理や放射、乱流など、大気現象にはいろんな物理過程があります。そういう要因が複雑に絡み合って、互いが互いを変えていくんです。そこが気象の本質的な部分でもあると、身をもって感じました。

中でも特に理解が進んでいないのが「雲」であり、雲の実態解明をしないと、そもそも予測の精度が上がらないので、気象研究所に移って雨や雪などを降らせる雲のメカニズムの研究を始めました。これまでの予測では、気温・湿度・風などのデータを利用し、雲の発生を計算していましたが、雲の形成に欠かせない「エアロゾル」という物質の量をシミュレーションに組み込むことで、さらに予測を正確にできるのではないかと研究を進めています。

―“雲を人に例えた”ユニークな表現をされていますね?

きっかけは、8年前、雲のメカニズムに関する本を書いたときのことです。難しい雲の物理過程をそのまま説明しても、誰も共感しないじゃないですか。分かりやすく伝えるために、まず、雲の目線になって考えてみました。雲の写真を撮るようにもなり、これまでに撮影した写真は40万枚以上あります。こうしていくうちに、雲には人間っぽい部分が結構あるような気がして、雲が好きになってきたんです。科学的に間違いないようにしながら、雲を人に例えて説明するほうが伝わりやすいと思いました。

雲も人と同じで、うまく付き合うには距離感がとても大事です。災害をもたらす積乱雲は見た目が格好いいですが、近づいてくると天気が急変します。そこで、積乱雲に関係する雲を見ることで、天気の急変を察知できることがあります。

つまり、積乱雲は私たちに危険を呼びかけているのです。だから、そんな「雲の声」を聞き逃さないようにすれば、土砂降りの雷雨で困るということも格段に減るんです。上手く雲と付き合っていけば、雲がつくる美しい空にも出会いやすくなり、「雲を愛して」いけるようになると思います。

―尊敬する科学者はいますか?

気象大学校を卒業したあとに出会った私の師匠にあたる三重大学の立花義裕教授です。今は立花教授と一緒に、積乱雲がまとまることで大雨を降らせる「線状降水帯」について調べています。積乱雲の発生には水蒸気が重要と考えられていますが、高頻度な観測が少なく実態がよくわかっていません。地上マイクロ波放射計という測定器を使うと、1秒から数分間隔で大気中の水蒸気の量を観測できます。実用化にむけて研究中です。

立花教授は観測で船を使いますが、冬の日本海や梅雨期の東シナ海といった観測データが少ないところで、実際どうなっているのかも調べています。誰も今まで行ったことないような場所で、やったことのないような観測をして、それで新しい事を突き止めていく。今まで分からなかった事を明らかにするのが面白いですし、分からないこと自体を楽しみながら研究されているのが、とても参考になりますね。

―子どもたちへ伝えたいことは?

疑問に思うことがあったら、納得いくまで調べるといいです。いまは図書館ではなくても、スマホやタブレットなど自宅にあるもので情報を得ることができますよね。ただその情報が間違っている可能性もあります。例えば、雲の分野では、「地震雲」と呼ばれるような科学的根拠のないものとか。そういう情報を「誰かに言われたから」とうのみにせず、本当に信用できるものかどうか、きちんと納得できる答えを常に求めていくというスタンスで学んでほしいです。

学校の自由研究でも、興味を持ったことについて、まずは疑問を深めて、調べて、何が分からないのかを明らかにする。そこから仮説を立てて、それを検証するための実験や観察や、分析をする。プロの研究者と同じような手法で自由研究もできます。好きなことや興味のあることを、自分で調べてとことん突き詰めて、理解を深めていくのはとても楽しいですよ。