「はやぶさ2」のサンプルから謎の“黒い有機物”を発見!原点は“ご先祖探し”!?

NHK
2023年2月24日 午前7:00 公開

「私たちの地球はどのように生まれ、生命はどこから来たのか?」

小惑星探査機「はやぶさ2」はこの謎に迫るため、2020年に小惑星「リュウグウ」の“石”と“砂”を持ち帰りました。分析の結果、水と有機物が検出され、“地球生命の起源が宇宙にあるのではないか”という仮説を裏付けるものとして注目を集めています。

「固体有機物分析」チームのリーダーで、宇宙化学が専門の薮田ひかるさん(広島大学大学院先進理工系科学研究科教授)は、14年前の「はやぶさ2」の立案段階からプロジェクトに参加しています。今回、“地球上の生物には存在しない有機物”が多く含まれていたという分析結果を発表し、世界の研究者を驚かせています。

この未知の有機物は何なのか。さらに研究が進めば、地球生命の誕生・進化の過程を解き明かすことができるかもしれないと言います。常識にとらわれない仮説を打ち立て、「私たちはどこから来たのか」という究極の問いに迫り続ける薮田さんにお話を伺いました。

―どのような子ども時代でしたか?

「自分のご先祖さまは誰だろう」と空想するのが好きな子どもでした。ただ当時はサイエンスとは全く結びついていなくて、身近なおじいちゃん、おばあちゃんをたどっていく程度のものでした。生物がどのように進化してきたかも全く知識がなく、地球上に最初に出てきた人間はアダムとイブだと思っていたので、その前は何だったんだろうと考えて、“誰もいない静かな地球”を想像していました。

―「化学」が好きになったきっかけは?

中学校に入って、とても熱意のある化学の先生に出会ったのがきっかけです。自分も将来ああいう“大人の女性”になりたいという憧れが、私も化学を頑張ろうというモチベーションになりました。

その先生に勧められて夏休みに中高生向けの化学のイベントに参加し、身近な現象を化学で理解できるという体験を通じて自然と化学が好きになっていきました。自分もその先生のような化学の教師になりたいと思い、先生の出身校だった大学に進みました。

―今の専門分野を選ばれた経緯は?

大学4年生で配属される研究室を決めるきっかけとなったのが「宇宙化学」の講義でした。それまでは、宇宙は望遠鏡を使った観測で学ぶものだと思っていたのですが、分子のレベルで宇宙を研究すると、太陽系が誕生した約46億年前をたどることができ、生命の材料物質がどこから来たのかを探ることができると知りました。このことと、子供の頃に「ご先祖探し」が好きだったことが結びついているのかどうかわかりませんが、自分の起源をさかのぼる研究ができる宇宙化学研究室を選びました。

卒業研究では、隕石(いんせき)に含まれている有機化合物を研究したかったのですが、指導教員の先生に、「貴重な地球外物質を学部生が使うのはもったいないから、まず地球の岩石を使って練習しなさい」と言われました。そこで私の研究は、「数千年前の地球上の堆積岩に含まれている有機化合物を分析すること」になりました。具体的には、石油の成因を明らかにしたり、生物大量絶滅の時代における地球環境変動に伴う生物種の変動の記録を明らかにする「地球化学」の研究に取り組みました。

いざ地球化学の研究を始めるととても楽しく、結局、博士課程を修了するまで堆積岩中の有機化合物に関する研究を続けました。博士の学位を取得した後は、携わりたかった宇宙化学に徐々にシフトしていきましたが、地球化学の研究手法は宇宙の分野へ応用できるものだったので、学生時代の経験を生かして新しい分野に移ることができました。

―「はやぶさ2」に関わるようになった経緯は?

博士研究員(ポスドク)としてアメリカのアリゾナ州立大学とカーネギー研究所(ワシントンDC)に4年間滞在しました。この期間を通して地球外有機物の研究に非常に深く取り組むことができたのです。NASAが彗星(すいせい)のちりをサンプルリターンする探査(「スターダスト計画」)に参加するチャンスも与えていただきました。帰国後は地球外有機物を研究できる若手研究者ということで、「はやぶさ2」の計画段階から関わることになりました。その10年後、探査機「はやぶさ2」が小惑星“リュウグウ”から戻ってくる頃、初期分析チームの中の「固体有機物分析チーム」のリーダーに選出していただきました。

―今回の成果の手応えはいかがですか?

リュウグウのサンプルを分析すると、現在の地球上の生物にはない有機物が多く検出されました。私たちはそれを「黒い有機物」と呼んでいて、地球の最初の生命を作るもとになったのではないかと私は考えています。

「生命の起源」についてはいろいろな仮説があります。従来は、誕生したばかりの地球に降ってきた小惑星の隕石や彗星に含まれるアミノ酸が、そのまま生命を作る材料になったという仮説が王道でした。たしかに、アミノ酸はリュウグウのサンプルにも含まれている重要な成分です。ただアミノ酸は非常に少ないのに対して、「黒い有機物」はリュウグウの主成分なので、「黒い有機物」の方が地球に炭素をたくさん供給しているということが、私の仮説の根拠の一つです。

―国内外の研究者をまとめるリーダーの立場は大変でしたか?

私の立場で可能なリーダーシップやマネジメントを心がけました。普段はお互いにライバル同士だった同じ分野の研究者たちが一緒に共同作業をする難しさがある上に、私はチームの中で最年長ではありませんでした。みなさんが不安に思わないように努めました。

定期的にオンラインでのチームミーティングを重ね、サンプル分析を行う1年以上前からリハーサルをじっくり続けたことで、チーム内の関係が温められたように感じています。みなさん非常に協力的で、精神的にも支えてもらいました。

リュウグウのサンプルが配布されてからは、かなりタイトなスケジュールでサンプル分析を続けたのですが、チームのみなさんがワクワクしながら楽しんでくれたこと、世界中の研究者みんなで力を合わせたことは、新しい科学的成果が得られたことと同じくらいにグッとくる出来事で、大変かけがえのない経験となりました。

―若い世代へのメッセージをお願いします。

「みなさんの夢はきっと叶います」これが私からのメッセージです。

自分の経験を振り返ると、20年前に指導教員から「小惑星でサンプルを取るために探査機が打ち上げられる計画がある」という話を聞いたとき、自分も将来は探査機で地球外物質を取りに行くプロジェクトに関われるといいな、という思いを漠然とですが抱いたことがあります。

それから20年後、私の実験室には小惑星リュウグウの微粒子がいました。

夢が叶うまでの間、遠回りと思えるような出来事がいろいろあるとは思いますが、続けていれば、やりたいと思っていることは叶う、とお伝えしたいです。

最近は、時代や社会的背景もあり、“楽しくワクワクすること”と“安定した生活”とを天秤にかけて、どちらかというと安定を優先する学生が増えているように感じます。本当はやりたいけれど自信がない、という学生がとても多い印象を受けます。

私も大学院生の頃、博士号を取得できるのか、取得してから仕事に就けるのかと不安だった時期はあったので、今の学生の気持ちもわかるのですが、経験を積まないことにはやはり自信を持つことはできません。なので怖がらずにどんな経験でもしてみようと。失敗しても失うものは何もなく自分の糧になることばかりだから自分を信じて継続していればきっとよいことがある、ということを伝えたいですね。

―これからの夢を教えてください。

海外を見渡すと、女性研究者がかなり宇宙科学や宇宙探査のリーダーになっていて、そういう人たちはとてもかっこいいんですよ。日本は、というと、「はやぶさ2」の成功は優れたリーダーが牽引したからというのはもちろんですが、今はまだどうしても男性ばかりというイメージがあります。もう少し、女性のリーダーが出てきて、バランスが取れていくようになったらいいなと思っています。

私としては、欧米のように女性研究者がリーダーシップを取るというのが憧れで、夢を語れば、「自分も」と思いますし、自分ではなくても日本がそういう宇宙探査コミュニティになることが夢です。