スパコン「富岳」実現のカギとその強みを松岡聡さんに聞く【博士の20年】

NHK
2023年3月24日 午後10:26 公開

この20年、宇宙や気象、災害などさまざまな分野で、膨大なデータを使った壮大なスケールの研究プロジェクトが世界中でさかんに行われ、科学は目覚ましい進歩を遂げています。それを支え、ITそして科学全体の進展を左右するといっても過言でもないのが「スーパーコンピューター」、通称“スパコン”です。

現在稼働中の日本のスパコン「富岳」は、圧倒的な計算スピードで膨大なデータの処理を可能とするだけでなく、研究者のみならず誰でもアクセスして利用できる“開かれた”画期的なスパコンとして、現在、世界中で活用されています。そんな富岳を手がけたのが、理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡(まつおか・さとし)さんです。

「日本が今後のITの方向性を決めていけるところを目指したい」と語る松岡さんに、日本のスパコンがこの20年で世界に誇る「富岳」に至るまでの開発秘話、そして、現在開発中の“次世代スパコン”によって実現される未来のサイエンスの世界とは一体何なのか、伺いました。

「ものすごく巨大化」してきたスパコンの20年

―スーパーコンピューター研究にとってこの20年はどのような年でしたか?

この20年間でスーパーコンピューターは、システムをものすごく大きくすることができました。それはハードウエアの面だけではなくてソフトウエアだとかアルゴリズムだとか、ありとあらゆる面において巨大化した時代だと思います。

20世紀末ぐらいのスパコンというのはまだあまり大きくありませんでしたが、21世紀になって、大きく性能が進歩しました。2003年頃というのはちょうどそれが始まった頃ですが、1個1個のCPU(※1)が速くなっただけでなく、ものすごい数のCPUを同時に使えるようになっていったんです。

※1)CPU…Central Processing Unitの略で、「中央処理装置」や「中央演算処理装置」とも呼ばれる処理装置。コンピューターの演算処理で中心的な役割を果たす。

―どのようにして、CPUを同時に使えるようになりましたか?

実は90年代の終わりぐらいまでは、CPUを複数つないで同時に使うことは、あまり現実的ではないだろうと考えられていました。というのも、10個とか100個のCPUをつなぐのはうまくいきますが、何万とか何十万とか、それこそ何百万なんて絶対できないですし、そもそも作れないんです。作ったら電力的に破綻するし、面積も食って破綻するし、10倍システムが大きかったら10倍故障するわけですよね。

誰もができないと思っていたことを克服してスパコンの未来を切り開く

―どのようにその問題を克服したんですか?

僕も当初、「並列処理」は実現できないと思っていましたし、自分で試算してみてもできなかったんです。この「できない」というのは、原理的にできないわけじゃないけど難しい、技術的に難しすぎるということですね。この技術的に難しすぎるというのは本質的に不可能なのか、あるいは、その技術でも何かアイデアがあればなんとかなるものなのか、いろんな難しさがあるわけですよね。

ところが、この並列処理の難しさというのは、飛び道具的なアイデアだとか、新しい考え方を導入したり、いろいろ工夫すれば克服できるというものが実は多かったんです。そこで私たちは、それぞれの課題一つ一つの課題にチャレンジしていったんです。

まず、問題を洗い出して、それを研究して対処法を見つけて、見つけたものを次のマシンのプロトタイプに実現、検証します。そして、うまくいったら実際のマシンに適用して、克服できたかどうかというのを実際にユーザーと一緒に調べていきます。するとまた新しい問題が出てくるので、基礎研究と実際のマシンでのテストをすごい勢いで回していくんです。

その結果、この20年ほどで、当初は「できない」とみんな否定していた、スパコンのCPUの数を増やして、その性能をあげるということが、すごい勢いでできていったわけです。

「まるで富士山」のようなスーパーコンピューター

―そんな20年の集大成とも言える、「富岳(※2)」はどのようなスーパーコンピューターか教えてください

「富岳」というのは「富士山」の別名ですが、「富岳」はまさに富士山のようなスーパーコンピューターです。富士山は日本一高い山であると同時に、非常に裾野が広い。富岳も同じように世界トップの性能を誇りながら、裾野を非常に広くすることを目指しました。

つまり、いろんな人たちに使われて多様なアプリケーションが動いて、それによって世の中の問題、幅広い問題を解決していく、そういうスーパーコンピューターです。

※2)富岳…2020年に稼働を開始した、2023年現在最新の国産スーパーコンピューター。「TOP500」など、スパコンの計算性能を競うランキングで4期連続4冠をとるなど、世界最高水準を記録している。

―従来のスーパーコンピューターと比較して、どんな違いがあるのですか?

富岳の中には約16万個のCPUのチップが組み込まれています。さらにこの1個1個のチップの中には、48個の1個1個の独立したCPUがあります。ということは、富岳全体では約800万個の独立したCPUが存在して、それらが非常に高速なネットワークでつながっています。これによって膨大な量の計算をこなすことができます。

いくつか尺度がありますが、絶対的な数字で「京(※3)」と計算速度を比較すると、大体40倍から100倍ぐらいの違いがあります。純粋なハードだけの規格だと40倍ぐらい。ただ、富岳はソフト上でアルゴリズムが工夫できるような機能がいっぱい入っているので、そういうのを使うと最大で100倍以上、富岳は計算速度が速くなっています。

※3)京…2011年に稼働を開始した国産スーパーコンピューター。2011年当時、計算速度を競うランキングで世界1位を記録した。2019年8月に運用を終了し、シャットダウンされた。

―計算性能が向上したことで、どのようなことができるようになりましたか?

例えば富岳では、コロナウイルスの治療薬となる物質の探索を行っていますが、もし京でそういう治療薬の探索を行った場合、探索のターゲットとなる1つのタンパク質に対する計算というのは、1年以上かかってしまいます。1年かけて治療薬ができたとしても、それは遅すぎて意味がありません。しかし、同じ計算を富岳で行うと、3日ぐらいですぐ終わるわけですね。つまり1年以上という時間を要する計算が、2、3日に短縮されるわけです。

さらに近年、線状降水帯(※4)の被害が問題となっていますが、線状降水帯がなぜ発生するのか、どうやって防ぐことができるのか、という研究にも富岳は使用されています。今後は富岳の持つ計算技術によって、線状降水帯の被害を予測するだけでなく、線状降水帯みたいな非常に突発的で予報の難しい気象現象の発生を予測し、警報を的確に出せるようになることが期待されています。

※4)線状降水帯…次々と発生する組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる強い降水をともなう雨域のこと。

速さだけではない!スパコン「富岳」のもう一つの強み

―富岳の強みはこれまでにない計算速度ということですか?

富岳の強みというのは、「計算速度」と「汎用性」の2つです。すごい速さとすごい汎用性を両立させてることがすごいんです。

僕は昔から、スパコンはただ速ければ良いとは思っておらず、しばしばスパコンの速度至上主義、一部のアプリケーションだけが速いというような速度至上主義とは闘ってきたわけです。もちろんものすごい速さのスパコンがあれば、デジタルツイン(※5)といわれるさまざまなシミュレーション、いろんな社会や科学の状況を再現することができるわけですよね。それはもう原子レベルから地震みたいな地球規模の現象、宇宙のこともシミュレーションできます。

しかし、それを作ることはすごく難しくて、1つの現象だけを追うだけでは精度の高い再現はできないんです。それには、複合的な現象を追究する必要があって、さまざまなソフトウエアやアプリケーションをスパコン上で動かせなといといけません。そういった汎用性の高さというのが、現在のサイエンスの分野ではものすごく重要視されていて、富岳ではそれが実現できているんです。

※5)デジタルツイン…現実の世界から収集した、人や場所、システムなど、さまざまなデータを、コンピューター上で再現するデジタル複製の技術のこと

―どのようにして、富岳の汎用性の高さを実現したんですか?

富岳プロジェクトでは、さまざまな新しい技術を使って新たにCPUを開発することに成功しました。このCPUこそ高い汎用性(はんようせい)を達成できた大きな要因です。特殊なものかというとそうではなくて、「ARM」(※6)と呼ばれる命令体系を採用して開発したことがカギなのですが、これは皆様がお持ちのスマートフォンとかタブレット、それと全く同じソフトウエアがそのまま動くというものです。

※6)ARM…1983年にイギリスの企業によって開発されたコンピュータアーキテクチャ。現在では、スマートフォンやタブレットなどに広く採用されている。

毎年夏に、「Supercomputing Contest」(※7)という大会が実施されています。これは予選を勝ち抜いてきた高校生たちが20チーム、富岳を使ってプログラミングを作成し、それを競う大会です。

高校生がどうやって練習するのかというと、自宅のパソコンから富岳にアクセスして練習しています。「大変ですか?」と高校生たちに聞くと、「いや、大変じゃないです」と言うんです。なぜ大変じゃないかというと、自宅のパソコンと環境が大して変わらないからなんですよ。家のパソコンしか使ったことない高校生がいきなり富岳を使えるわけです。富岳はそのくらい汎用化したスーパーコンピューターなんです。

※7)Supercomputing Contest…1995年より始まったプログラミングコンテスト。「夏の電脳甲子園」とも呼ばれている。

スパコンがサイエンスの世界を変える

―これから先、スーパーコンピューター研究を取り巻く環境、サイエンス研究を取り巻く環境はどう変化していくと思いますか?

今後のサイエンスの世界は、スパコンを使うことで大きく変化していくと思います。これまでのサイエンスは、研究をして、実験をして、論文を書いて、知識を集約していました。しかしそれでは、個別の研究室にノウハウがたまっていくだけで、外に知識が出ないということも多々あったんです。

しかしこれからは、スパコン上の、デジタルのプラットフォーム上にサイエンスの知識がどんどん集約していく時代です。その主役は、プログラムやアルゴリズム、理論などさまざまです。スパコン上のバーチャルの世界に知識を集約していくことで、インターネットの世界でプラットフォーマーがビジネスの中心を握るようになったことと同じように、知識を集約できた人達、分野、国が、サイエンスの中心を握る、世の中を制するようになると思っています。

「サイエンスに失敗はつきもの」次世代の研究者に伝えたいこと

―サイエンスを志す次の世代に向けて、松岡さんが伝えたいことはありますか?

1つアドバイスをするとしたら、そもそもサイエンスに失敗はつきものということですね。何かに行き詰まってしまったとき、みんなうまくいかなきゃいけないと思うから挫折するわけで、「大体うまくいかない」か、もしくは「すごく軌道修正しなきゃいけない」ことが多いからそれはしょうがないと諦める。「大体うまくいかない」っていうふうに思うことが大事だと思っています。

1個のことだけやっていないでいろんなことに挑戦する。そうすればどれかがうまくいく可能性があるし、今はうまくいっていなくても時期が来たらうまくいく事もあります。例えば、他の技術が追いついてきてうまくいくようになったとか、そういう話もよくあるわけですよね。だからそういうふうにいろんな技術に興味を持って勉強し、手持ちの札をいっぱい持っておいて、どれかがうまくいったらそれを追求すると。うまくいかなくても、あんまりくよくよしないというのがサイエンティストとしては重要な態度だと僕は思います。

―これから先、松岡さんの目指す目標を教えてください。

現在、2030年ぐらいを目標に、「富岳ネクスト」の実現に取り組んでいます。もし富岳ネクストがうまくいったとすると、それが次のコンピューティングをある意味定義することになると思うんですよね。

目指すところは、1台のマシンの成功というだけじゃなくて、「今後のITの方向性を日本が中心となって決めていくことができる」というところです。だから我々は非常に力を入れて富岳ネクストに取り組んでいます。そのためにも、「計算の、計算による、計算のための科学」は、今後ますます発展させていきます。どうぞご期待ください。