人工知能研究の第一人者・松尾豊さんが語る“第4次AIブーム”【博士の20年】

NHK
2023年3月13日 午後4:00 公開

「AIが“動き出した”20年だった」

そう語るのは、日本におけるAI研究の第一人者、東京大学大学院教授の松尾豊(まつお・ゆたか)さんです。今、対話型AI(人工知能)のChatGPTの登場が世界中に衝撃を与えています。「インターネットの発明よりも大きな変化が起きる」という松尾さんは、こうした新たなAIによって社会が激変する可能性を指摘します。

まさに「時代の転換点」を迎えているAI研究ですが、20年前は「タブー」とさえ言われていた研究分野だったと言います。この20年で何が起きたのか。そして、次なる20年とは。AI界における激動の20年と、未来の展望についてうかがいました。

「インターネットという発明を超えるインパクト」!? “第4次AIブーム”の幕開け

―人工知能(AI)の分野には今、大きな変化が起きていますが、どうご覧になっていますか?

この20年は「AIが動き出した20年」と言えるほどインパクトが大きかったですが、“これから”ですよね。これまでは社会的な変化という面では、顔認証ぐらいしか大きな変化はないんですよ。自動運転もまだ実用化されていないですし。だけど、これから「相当大きな変化」が起きると思いますね。インターネットができたときよりも大きな変化が来るというイメージを持っています。

それは、ChatGPT(※1)のような、Transformerを用いたAI技術が、いい線をいっているからです。GPT-3(※1)が出てきた2020年くらいの時点でも、「相当ヤバい」ということが分かっていましたが、ChatGPTが最終的にダメ押ししたというか。まだ完璧ではないんですけど、相当なところまで行きますね。ChatGPT登場によってAIが明らかに世の中を変えることが確定してしまったので、僕は今年から「第4次AIブーム」と言ってもいいと思っています。

※1 ChatGPT・・・去年11月に、アメリカでAI研究を行っている「OpenAI」が開発した、対話式AI。AIが様々な質問に回答してくれるほか、文章の作成や要約、プログラミングコードの生成など、従来のAIをはるかに超える能力を持ち話題を集めている。ChatGPTは、GPT-3と呼ばれる言語モデルをもとに開発され、Transformerと呼ばれる新しいAI技術が採用されている。

「今度は本当に仕事を奪われるかもしれない」

―ChatGPTなどの技術は、それほどすごいのですか? 人工知能の研究者として、こうした技術革新をどう捉えますか?

脳の処理をすごく的確にモデル化したものがTransformerで、それが今のChatGPTにもつながっています。いまでこそ、AIといえばエンジニアリング的な側面が重要になっていますけれども、昔から人工知能を研究していた人から見ると、「知能」という研究面においても非常に面白いです。

仮に、今の技術レベルで進化が止まるとしても、世の中を相当変えるというのが確定したみたいな感じです。しかもそこに、データや計算能力などを増やすとどんどん精度が上がる「ScalingLaw(データや計算能力などを増やすとどんどん精度が上がること)」があるので、もっと賢くなるのが保証されているというか。もう止まる要素はないというか。ChatGPTの登場以降、それが確定したこの数ヵ月だと思います。

―これからどんな風に世の中が変わると思いますか?

AIって過剰な期待をされやすいので、2015年くらいから「仕事を奪われるんじゃないか」と話題になりましたよね。AIが人間を滅ぼすとか色々言われましたが、僕は「いやいやそんなわけないですよ」と言ってきました。当時のディープラーニングの技術レベルからすると、そんなこと起こるわけがないという感じだったんです。

ただ、Transformerなどの新たな技術は、おそらく人々の想像を相当超えてきます。今までは、「AIに仕事を奪われる」という意見に対して、僕は「いやいや奪われないよ」という意見だったんですけど、もう最近の技術を見ていると、「いやいや今度は本当に奪われますよ」みたいな、そういう感じになってきましたね。今までと言っていることが逆なんですけど。

人工知能研究は「タブー」だった⁉

―AI研究において、この20年はどんな20年でしたか?

まさに「知能とは何か?コンピューターで実現するにはどうすればいいか」を議論してきたAIが、「ついに動き出した20年」だったと思います。

僕が博士課程を出たのが2002年なので、その1年後は産業技術総合研究所でAIの研究をしていました。当時の人工知能研究といえば、第2次AIブーム(※2)のあとだったので、「もう終わった技術」だよねっていうか、あまりみんな口にしない感じで変な空気感がありました。要するに、ブームのあとだったので、AIという言葉自体が、「タブー」みたいになっていたんです。

※2 第2次AIブーム・・・AI研究は過去3度のブームを巻き起こしてきた。1950年代~60年代の第1次AIブームでは、コンピューターによる「推論」や「探索」の研究が進み、特定の問題に対して、答えを出せるようになった。1980年代に起きた第2次AIブームは、膨大な専門知識をコンピューターに取り込む「エキスパートシステム」が注目されたが、知識を蓄積・管理することの大変さが明らかになってくると、再び冬の時代を迎えることとなった。

AI研究の黎明期とはどのようなものだったのか

―AIという言葉が「タブー」になっていた?

そうですね。この分野はいつもそうなんですけど、ブームになりすぎると過剰な期待をされすぎるんですよ。それで結局がっかりされるという。20年前は、まさにそういう時期でした。

なので期待感は全くなかったです。当時は、データを使うことが大事だよねというのが、一部の研究コミュニティで言われ始めたぐらいの感じですし。ソーシャルメディアもなかったですし、WEB研究なんかもばかにされていたくらいでしたからね。

―それでもAI研究を続けられようと思った理由はなぜですか?

純粋に面白いからです。知能とは何だろうって思うし、それをコンピューターで実現するというのは、どう考えても面白いので。研究コミュニティがうまくいっていないながら、うまくいっていないからこそ研究者が色々な議論を重ねていて、「知能とは何か」っていうすごく本質的な議論もできた時期でした。

そもそも、「人工知能」の定義ってないんです。というのも、「知能とは何か」って、たぶん生物学者に聞いても、進化学者に聞いても、お医者さんに聞いても、誰も答えられないんですよ。不思議ですよね。だから当時は、「いったい知能って何なんだろう?」とか「なぜ知能が今までのAI技術で実現できないんだろう?」とか、すごく考えて議論していました。

―「知能を作る」には、まず「知能とは何か」を考えることからですか?

そうです。ずっとその議論なんですけど、我々の知能っていうのが、驚くほどすごいんですよね。それをいかに観察してコンピューターのプログラムで書いても、全然かなわないんです。

「なんかいけそう」だってなったのも、ごくごく最近で、基本的にはもう絶望感というか。人間の知能がすごすぎて、コンピューターではほぼ何もできないよねって、20年前はそう感じていた時期ですよね。

革命をもたらした「ディープラーニング」

―そんな中、2010年頃を境に「第3次AIブーム」が始まったわけですが…特に印象に残っている出来事はありますか?

そうですね。やはり「ディープラーニング(※3)」の出現が本当に大きいですよね。あれがなければ、たぶんいまだに知能の実現は難しいって、同じ議論をしていたと思いますし。ディープラーニングの出現によって、ようやく人間の知能にたどりつけるかもしれないところまで、急激に進んできたと思います。

※3 ディープラーニング・・・人間の神経回路の仕組みを模したニューラルネットワークを多層に重ねることで、AI自らがデータの特徴表現を学習することができる、機械学習の手法の一つ。ディープラーニングの登場によって、「第3次AIブーム」が始まったとされる。

2012年にディープラーニングの躍進(※4)がありましたが、僕もすごいことが起こったという噂を聞いて、「ああそうか」って。「ついに来たか」と思いました。ニューラルネットワーク(※5)が絶対に来ると思っていたので、「そうなんだ」って思いました。

それは「画像認識」のAIだったんですが、正直、僕は言語の方から来ると思っていたので、「画像だったのか」って思いましたね。当時にしてみれば、「人間はできるけど、コンピューターはなぜかできない」という代表例が、画像認識だったんですよね。ですが、それがもうガラっと変わってしまったという感じです。

※4 ディープラーニングの躍進・・・トロント大学のジェフリー・ヒントン博士らが中心となって開発したAIが、コンピューターによる画像認識の精度を競う国際コンテストで、従来の正解率をはるかに上回る正解率をたたき出し圧勝。ディープラーニングのすごさを世界中に知らしめた。

※5ニューラルネットワーク…人間の脳神経回路をまねすることで、コンピューターの学習を実現しようとする手法。

―ディープラーニングに近い考え方は昔からあったと思いますが、なぜそのタイミングで?

今までは精度が出なかったんですよね。それで研究としても困っていったのですが、2007年にヒントン先生の最初の報告が出て、2012年には精度が格段によくなって、2015年くらいからは世界中に広がって、みんながやり始めたという感じです。

日本にとっては「課題の20年」でもあった

日本は出遅れているという声もありますが、日本にとってはどんな20年でしたか?

20年前から、僕はどう考えてもコンピューターが大事だと思っていたんですよね。こんなにすごいものはないと思っていて、インターネットが出てきたときも、これが世の中を変えると思っていました。

ですが当時は、コンピューターが重要なんて、ほとんど誰も思っていなかったんですよ。だんだんコンピューターが大事、データが大事、AIが大事、というのが、あとからようやく分かるという20年でした。

だから、日本にイノベーションが起こらなかったのは、当然だと思います。もし20年前に戻って、コンピューターやAIが大事と、ちゃんとやっていれば、全然違っていたと思いますね。

―そんな中、松尾さんたちは新たなAI産業の創出を目指して、「DCON(※6)」を立ち上げられたと思います。これにはどんな意図があるのでしょう?

高専生とディープラーニングは相性がいいと思っていますが、高専生はビジネス面が弱いので、DCONという仕組みを作ったわけです。ただ、僕は日本がどうというより、AIが大事だと思うから大事だと思って研究してきたし、高専生も普通にすごいから、すごいと言ってるだけなんですよね。DCONというと、高専生を応援していると思われたり、ディープラーニングを広めたいっていう風に見られたりするんですけど、僕からすると、今まで通り大事なものを大事だと言っているだけなんです。

※6 DCON・・・松尾さんらが中心となって立ち上げた「DCON(全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト)」。高専生が、日頃培った「ものづくりの技術」と「ディープラーニング」を活用した技術を開発し、その技術をもとに考え出した事業が、「ビジネスとしてどれだけの価値があるか」を競うコンテスト。2020年から正式に始まり、今年で4回目を迎える。DCONをきっかけに起業した例もあり、AI産業の創出においても重要な役割を果たしている。

日本人は「変える練習」が必要?

―そうしたアクションが、AI界の次の20年につながるといいですね。

そうですね。そうなるといいと思います。ただ、そのためにも日本は「変える練習」をしないといけないと思います。

例えば、救急車で搬送されると、救急隊員の方が「受け入れてくれますか?」って病院に電話しますよね。要するに需要と供給をマッチングさせるものなので、アプリでもいいかもしれません。命に関わることで、もっと迅速に対応できるようになればいいと思います。

僕の研究室では、来たるべきAI社会にむけて「変える練習」っていうのをして、レベルアップしていこうと言っていますね。

―今後、それだけ大きな変化が起きそうということですね?

これからの20年は、すごく面白い、エキサイティングな20年になると思いますね。AIの分野は、相当大きな変化が起こると思いますよ。びっくりするぐらいの変化が起こると思います。