「生命がいると想定」火星サンプルリターンの検討メンバーが語る火星探査の舞台裏

NHK
2023年5月12日 午後3:11 公開

月から小惑星、そして火星へ。地球外から試料を持ち帰る「サンプルリターン」は次なる
ステージへ突入しています。火星は、「生命の存在」「太陽系の歴史」「水の起源」など、時を超えて人類が追い求めてきた謎をいよいよ解き明かすのではないかと期待されていますが、2021 年 2 月に火星に着陸したアメリカ NASA の探査車「パーシビアランス」は、サンプルリターンに向けた試料の採取を着々と進めています。

どのサンプルを優先して火星から持ち帰るのかを検討するチームのメンバーに選ばれたのは、JAXA 宇宙科学研究所教授の臼井寛裕さんです。検討チームでは毎週のように議論が行われ、火星に生命がいる可能性を想定したサンプル受け入れ準備が急ピッチで進められています。

「火星では今でもしぶとく生命が存在していて、サンプルと一緒に持って帰ってくる可能性は非常に大きい」と話す臼井さんに、火星探査の知られざる舞台裏を語り尽くしていただきました。

火星サンプルリターンで生命の可能性が分かる!?

―火星探査の現在地は?

火星を調べる科学は、望遠鏡で見ることから始まり、電磁波でリモートセンシング観測ができる時代、そして現地で分析したデータを地球と比べて解釈できる時代になりました。次の時代はやっぱりサンプルリターン、実際に試料を手に入れることです。サンプルリターンはすでに小惑星で実現しましたが、火星でもサンプルリターンにバトンタッチしていく時代が始まっています。

さらに、火星は科学的な関心だけでなく有人探査の面でも興味が向けられているので、「海があったの?」だけじゃなく、「今使える水がどこにあるの?」など、人が火星を利用することまで視野に入るようになっています。

小惑星からサンプルリターンをした日本の「はやぶさ」、「はやぶさ2」はすごいミッションでしたが、火星探査は科学としても、産業界などのコミュニティに与えるインパクトもケタ違いの大きさです。そういう意味で、サンプルリターンのノウハウを武器に、火星の探査に進んでいける、いい位置にいると思っています。  

  ―火星探査というと最大の関心は生命の有無ですが、火星からどんなサンプルを持ち帰ろうとしているのか? 

われわれ人間も地球の環境がちょっと変わっただけで生きていけなくなりますが、火星にいるかもしれない生命も同じように環境と関係しています。どんな大気があるのか、温度、水は酸性かアルカリ性か、塩分はどうか。火山活動はあるか。

それを教えてくれるのが、「堆積岩」です。大気と水に反応した土砂は、積み重なって記録媒体のようになります。それがかつて存在した火星の湖の底で、長い期間をかけて積み重なって堆積岩になるんです。それをサンプルとして手に入れることができれば、その一枚一枚の層からその時代の大気とか水の環境を復元することができます。

さらにサンプルの多様性も大事だと考えています。面白いからといって堆積岩だけ持ち帰る
のではなく、例えるなら一番バッターから九番バッターまでそろえる感じです。「火山岩」も持ち帰りたいし、堆積岩であれば、その中のいくつかは「炭酸塩」という面白い鉱物が入っているものを持ち帰りたいです。それから、九番バッターみたいな存在で、「カラの容器」というのがあります。ほかのサンプルの基準となる試料で、立派なレギュラー選手です。  

生命がいることを想定した“過剰”な準備が必要・・・!

―地球にサンプルが届くのは 2030 年代。サンプル分析チームはどんな議論を? 

持ち帰る火星サンプルの検討チームに選ばれた 15~16 人のメンバーはほぼ毎週オンラインで話していますし、数か月から 1 年に 1 回くらいは対面で会います。それ以外にもサブチームがたくさんあって、毎週議題があって宿題がでて、次週にそれに答えて、という形で進めています。

議論の内容は、サンプルを持ち帰る装置をどう作るか、どういう施設でどう分析するか、いろんな国に配ったほうがいいのかなど多岐にわたります。中でも一番気にしているのは、火星に生き物がいたときに、未知の生き物やウイルスなんかを、地球にまき散らさないためにどうするかについてです。

一方で、われわれがいかにサンプルを汚染しないかも大事です。完全に滅菌してしまうと科
学的価値を損なってしまいます。それらを全部成り立たせようとすると、ロボットが作業することになり、何兆円というとんでもない予算が必要になり時間もかかります。さまざまな条件をすりあわせてどう作るかが今ホットなテーマです。  

―いろいろな分野の専門家が必要になるのか?

まさに、コロナ対策でよく出てきたアメリカのCDC(疾病対策センター)からも専門家が来ています。「はやぶさ」や「はやぶさ2」は、生命が生存している可能性がとても低く、サンプルを汚染しない方だけ気をつければよかったのですが、火星サンプルは、地球での拡散の影響を考えなくてはいけません。どんなサンプル返ってくるかも分からないので、どうしても過剰になりがちです。

これはアポロの月面探査の時と似ていると思います。当時は扉ひとつとっても、ものすごい大きな金庫の中に閉じ込めていたりしました。どんなものが返ってくるかも、月がどんなものかも分からなかったから過剰になっていました。火星サンプルリターンは、今まさにそのフェーズです。

まるで駅伝!? サンプルリターンの“たすき”の重圧

―臼井さんは「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星のサンプル分析にも携わられてきまし た。サンプルリターンにはどんな苦労がありましたか? 

2020年でしたが、はやぶさ2が小惑星“リュウグウ”から持ち帰ったサンプルの分析を開始する最初に、サンプルが入ったカプセルのフタを開けた時が一番しびれました。ここで失敗すると、それ以降のミッションをダメにしてしまいインパクトが大きい。クリーンチャンバーの中で、ただ開けるだけの作業ですが、ネジ回しは、失敗して頭がつぶれたりするじゃないですか。だからフタを開けた瞬間、スタッフが全力でガッツポーズしていました。

サンプルリターンは、駅伝のようなものです。探査機を打ち上げて、いろんな観測をして、サンプルを取って、地球に返して、実験をしていきます。第 10 走者まである駅伝なら、分析を担当する我々は第 9、第 10 走者でなかなか順番がこないんですが、前の走者が成功すれば嬉しい一方でどんどんハードルは上がってしまいます。アンカーは、ゴールしなかったら、第 1 走者から第 9 走者までの苦労がゼロじゃないですか。何回もリハーサルして、準備の通りやればいいんですけど、とはいえ・・・という感じです。  

嬉しかったこともあります。先週、ヨーロッパの宇宙資源に関するワークショップで「小惑星に行ったらどういう資源が取れるか」という計算をしていました。そこで計算の元データになっていたのが「はやぶさ2」による小惑星「リュウグウ」のデータでした。NASAのサンプルデータがいずれ追加されるとは思いますが、この時点では世の中の基準はリュウグウだというのはちょっと誇らしく思いました。すでに応用の側に移行しているんだという流れを感じました。  

「家庭的な目線」と「町工場の技術」が最先端へ結びつく

―これまでに磨いてきたサンプルリターンのノウハウはどう生かされている?

NASAの「クリーンチャンバー」をみたとき、日本のものをかなり参考にしていると思いました。普通のクリーンチャンバーは四角くて、中を見るには、上の窓から見るか、横の窓から見るかです。でも JAXA が「リュウグウ」のサンプルのために作ったものは、窓が斜めになっていて、そこから手を入れられるようになっています。こうすると視野が広く、サンプルと手元の両方が見られるので、見えなくてものに当たって倒すようなくミスも圧倒的に減らせるんです。  

今年は NASA のサンプルリターンミッションで小惑星「オサイレス・レックス」のサンプルが帰ってくる予定で、われわれもサンプルをもらうことになっています。その「オサイレス・レックス」用の新しいチャンバーを今作ってるんですが、分析スタッフは女性が多いので、身長 160 センチぐらいの方がちゃんと操作できるように、家のキッチンを設計するような感じでやっています。家庭で料理するように分析の作業は毎日のことなので使い勝手が大事ですし、やっぱり腰痛になったりしますからね。

クリーンチャンバーを作るメーカーさんはいわゆる町工場なんですが、すごい技術を持っていて、とても臨機応変に対応してくださいます。JAXA にも、企業の専門の方が常駐している工作室がありますが、そこに設計図を持っていくと、すぐに作ってくれます。使ってみてダメだったらまた行ってと、そういう試行錯誤を結構やってここまで来ています。  

 単独から“つながり”あるミッションへ 火星探査の未来像

―臼井さんが描く火星探査の夢は?

夢で語っていいなら、やっぱり「生きたもの」を持って帰ってきたいですね。顕微鏡で見られれば十分ですが、死んでいたらかなりの情報が失われるので、ピチピチって動いて培養ができたらと思います。あくまでも夢ですが、あり得る現実的な話だと思っています。

それから、火星探査が単独のミッションではなくて、連続して行われることです。そのためには研究者が成果を出して、それが次のミッションの計画を生む。また研究者が生きていくためには公平に競争できる環境も不可欠です。この3つの要素は、それぞれが目的と手段とゴールとして関わりあっていますが、それがうまく循環するような環境を作りたいと思っています。火星は、そのチャンスをくれる天体かなと思っています。