“ひと粒の石”から太陽系、そして、私たち生命の起源に迫る
2020年末、小惑星探査機「はやぶさ2」が52億キロの旅の末、“サンプルリターン”に成功したのは記憶に新しいですが、その持ち帰った小惑星“リュウグウの石”に注目が集まっています。46億年前の太陽系、そして、私たち生命の起源の謎に迫るこのサンプルは、石の物質の分析や元素といった化学分析など6つのアプローチで、国内外から総勢300人以上もの研究者によって初期分析が行われました。すると、謎を解くカギとなる「水」や「有機物」にまつわる驚くべき分析結果が次々と明らかになってきたのです。
今回の分析の統括をするのが宇宙化学者の橘省吾さん(東京大学 教授)です。「たったひと粒の石から、時空間を行き来して、何十億年前のことや何十億キロ先にあるものを妄想したりして、地球や太陽系の営みが透けて見えてくるのが面白い」と語る橘さん。現在の研究に至るまでの子ども時代と、はやぶさ2によるサンプル回収の知られざる舞台裏を伺いました。
―太陽系に興味をもったきっかけは?
両親が宇宙に興味があったわけでは全くなく、いわゆる普通の家庭で育ちました。僕が小学校に入った頃、NASAの惑星探査機「ボイジャー」が撮影した惑星の画像を見ました。木星や土星などの惑星が実に色とりどりでとても印象的で、ずっとその様子が頭に残っていました。
僕はグループの戦隊ものが大好きな子どもでしたが、ある時、それぞれ色が違う惑星に似ているなと思ったんです。それで惑星の絵を色鉛筆で描いてみたら、赤とか青とかカラフルで楽しかったというのが強烈な印象で、以来、漠然と惑星って面白いなと思うようになりました。
中学2年生の時には、理科の宇宙の授業の時、勝手に惑星についてのリポートを書いて先生に提出したのを覚えています。家にあった百科事典を開いて、各惑星について一生懸命書いてまとめました。マニアではなかったですが、いつも頭のどこかに惑星があって、“なんとなく好き”でしたね。
今でも僕は惑星マニアではありません。でも、研究においては意外に“普通に”興味を持っているのがいい気がします。
―大学進学の際は、理論物理学と惑星科学と迷って、後者に進まれたそうですね。
高校3年生の冬休みに、NHKの教育テレビで佐藤文隆さんという宇宙論の先生の講座シリーズを見たり、当時はやっていた『ホーキング、宇宙を語る』という本も読んだりして、「宇宙論」は面白いなと思いました。一方で、物理学よりもやはり惑星そのものの研究をしたいと思い、その道に進学しました。僕は石や惑星とかって言ってますけど、一番知りたいのはその向こう側に透けて見える太陽系全体なんです。
学生時代の研究の手法は、分析というよりも実験でした。隕石(いんせき)や地球外物質として存在するものを再現したり、宇宙で起きた化学反応を実験したりすることです。「はやぶさ2」が持ち帰った“リュウグウの石”にも含まれていましたが、硫化鉄の分解実験は学生時代から取り組んでいて、とても面白かったです。
―どんな学生時代でしたか?
大学院に進学しましたが、修士過程以降はとても必死でした。というのも学部での卒論が終わった後に、先生から、「お前将来どうするんだ。博士に行かないか?人生1回しかないんだから跳ぼうよ」って言われたんです。思わず「跳びます」って言っちゃったんですよ。
今は博士課程を修了した方が一般企業に就職するキャリアパスが増えていますが、当時は、博士号を取るとそのままアカデミックの世界に残るしか選択肢がなかったのと、それを目指したいというのもありました。研究で一生やっていくなら、それ相応の努力をしないとダメだと思って、ガツガツしてました。
先輩たちには負けないと思ったり、後輩たちには指導もしながら、吸収できるものは吸収しようとしたりしていました。いつか先生をギャフンと言わせたいとか、周囲からとんがってたよねって言われたこともあります。とても大変でしたが、とても楽しかったです。
ー2009年から参加された「はやぶさ2」のプロジェクトでは、何を探るために参加した?
「はやぶさ初号機」と「2号機」の違いとして、初号機の主軸は“工学”で、2号機は“理学”と言われますが、2号機は理学の面を強化しようということで、たくさんの科学者が呼ばれました。僕はその中の1人です。
かつての地球は、今のように生命に適した環境ではありませんでした。ほとんどが石でできている地球に、どこからか「水」や生命の材料である「有機物」が運ばれてきたのではないかとも考えられています。
水や有機物がどこから来たのかは謎に満ちていますが、リュウグウのような天体が、地球に水や有機物を運んできた可能性はあります。プロジェクトに参加して、その材料というのは一体どういうもので、どこまで準備されていたのかを探りたいと考えています。
たとえば、おもちゃのブロックを組み立てる時を考えてみると、ピースが1個1個バラバラだったのか、それとも宇宙から来る段階である程度組み上げられて、これは便利だから使いましょうとなったのか、こうしたことは、はやぶさ2のような探査で、少し具体的に考える証拠が得られのではないかと考えました。
―なぜ「リュウグウ」だったのですか?
リュウグウは古い情報が残っているタイプの小惑星だったからです。温度が上がると、水は抜けてしまいます。例えば、お茶碗を作る時に粘土をこねて成形して、焼くと、水が抜けてカチカチになったりしますよね。温度が上がると物って変化して、昔の状態を忘れてしまうんですよね。
でも、リュウグウに含水鉱物や有機物が残っていれば、高温を経験していない可能性が高く、その石には古い情報、つまり太陽系の最初の頃の情報が残っているということになります。そこに迫りたいと思いました。
―46億年前、太陽系が誕生した頃の様子が分かるかもしれないということですね。
“リュウグウの石”から迫れることには、実は方向性としては二つあって、リュウグウから太陽系の最初にさかのぼる方向と、リュウグウから地球の海とか生命に向かっていく方向とがありえます。僕はどちらかというと、前者のさかのぼる方が好きなんです。
有機物を作っている炭素や水素、酸素、窒素は、宇宙の中でかなり多い元素です。中でも炭素というのは、さきほどお話したおもちゃのブロックでいうとても便利なパーツで、いろんなところにくっついて、いろんなパーツを作って分子という形になることができます。
その一つがアミノ酸ですが、こうした分子はアルマ望遠鏡(※1)でも観測ができるんです。つまり有機物というのは、生命の材料でありながら、分量や種類が豊富で、宇宙を調べるためにすごく便利なツールなんです。有機物をうまく使うと太陽系の最初にもさかのぼれるだろうと思っています。
※1「アルマ望遠鏡」…チリに建設された電波干渉計。2011年に観測開始し、日本を含む22の国と地域が協力して運用。たくさんの小さな望遠鏡を連動させて1つの巨大な望遠鏡として機能させる仕組みを使っている。人間の目には見えない電波を観測することができ、ガスやちりの分布や性質などを調べることができる。
―2009年からはやぶさ2のプロジェクトに参加されていますが、一番ワクワクしたのは?
カプセルが帰ってきてから、サンプラーの中に石が入っているのを確認する頃までが、一番ワクワクしましたね。はやぶさ2はたくさんの方に応援していただき非常に有難いのですが、わりと多くの人は帰ってきたところで終わっちゃってるんです。
みんな「西遊記」は好きですが、三蔵法師たちが旅の途中でいろんな妖怪と戦ったり、ドタバタしたりするのが好きで、本当の目的のお経にはあまり興味がないんです。はやぶさ2もそれに似ていて、探査機は好きだし、リュウグウに行ってたのも知られていましたが、持って帰ってきた石にはみんなそんなに興味はないんですよ。
僕らは石を持ち帰ってきて、分析することが目的だったので、いよいよ始まると思ったのがとてもワクワクするのと同時に、大きなプレッシャーにもなりましたね。いろいろなフェーズが終わるたびに、「始まった」という感触の方が常に強かったです。2022年5月に分析はいったん終わり、もうちょっと解放感があるのかなと思ったんですけど、これから出る論文もあって、まだ終わった感じがしないです。
―5.4gもの砂を採取してきた「サンプラー」も開発されたそうですね?
5.4gというのは、月以外の天体から持って帰ってきたサンプル量としては現時点では世界一(取材した2023年3月当時)なんです。そもそもこのプロジェクトが正式に認められてから打ち上げまで3年しかなく、初号機は大変よくできていましたので、基本設計は変えずにいこうということになりました。
そこで僕らがやろうとしたことはサンプルの科学的価値を高めることです。普通、着地の時には弾を撃って表面の砂を巻き上げますが、初号機はトラブルがあって、弾を撃たなかったんです。今回は確実に撃つことを目指しました。あとは、あの手この手でサンプルを増やすような仕組みを考えたり、密封するいいやり方などを考えたりしました。初号機は2回しか降りられませんでしたが、2号機では3回着地して採取できるように準備しました。
―着陸が2回しかできなかったことが思わぬ発見をもたらした!?
結局、2号機は2回しか着地しなかったので残念でしたが、おかげで分かったこともあるんです。2号機には、採取した石を別々に格納できるように、元々3か所の部屋を作っていていました。1つ目と2つ目の部屋には石が入ってたんですが、3つ目の部屋にはほとんど入っていなかったんです。
実は構造上、どうしても小さな隙間ができてしまうので、採取した石が混ざることが怖かったんです。でも、3つ目の部屋に石がないということは、ほとんど混合されてないことを意味するので、1回目と2回目の着地のときの石をうまく分けて持って帰れたことが分かりました。これは3部屋目を用意して分かったことなんです。これも論文で書かせてもらいましたが、我々使えるものは何でも使います。「空だった」ということにも意味があったということなんですよ。
―次はどんな研究をしたい?
今はプロジェクトの統括の立場ですが、実験室に戻りたいですね。太陽系の最初のことを知りたいので、リュウグウでいろいろ見えたことを踏まえて太陽系を実験室で再現してみたいです。まずは“縮小したリュウグウを作る”というのをやってみたいです。
リュウグウの中に入ってる鉱物は結構面白い形をしているのですが、どういうふうに出来てるのか誰も知らないですよね。リュウグウ自体は何百万年かけて出来ているので、もちろんそれ自体を作るのは無理ですが、「実験室で1週間で再現したリュウグウから、100万年で出来るリュウグウを想像してみたい」と思って計画しています。
―“1週間で出来るリュウグウ”!?そのユニークな発想はどうやって生まれる?
僕は「妄想」という言葉が好きなんですけど、ああかも知れない、こうかもしれないっていうことを常に考え続けることが大事だと思います。今、思いのほか忙しくて、ゆっくり考える時間がないんですけど、ずっと意識はあって、アイデアを考えています。僕は基本、粘着質ですね。
石の採取や分析などキチキチやらなきゃいけない部分はありますが、その先は自由にしています。妄想した内容は大抵の場合ダメなんですが、それがむしろ重要で、じゃあその方向は違うなと絞り込まれてきます。こうしてある時、考えていたことが熟成されたり、別の違う話を聞いたときにつながったりしますね。
―学生たちに伝えていることは?
「何を明らかにしたら面白いんだろう」とか、「何を明らかにしたら世界が広がるんだろう」ということをまず見つけてくることがとても重要だと伝えています。これは今、学校教育の中ではなかなか出てこない部分ですし、いろいろな学生と話していて感じますが、学歴は関係ないと思います。
問題を早く解けないなら、先に始めて時間をかけて解けばいい。それよりも研究で一番大事なのは、「何を明らかにしたら面白いんだろう」とか、「何を明らかにしたら世界が広がるんだろう」と考えて、見つけてくることなんです。
もうひとつ重要なのが、どんな時でも「足場を固めること」です。何があっても自分のホームポジションはどこで、どこに立って世界を見てるかだけはちゃんと認識しておいた方がいいよと伝えています。
―子どもたちへのメッセージは?
勉強は研究のための基礎体力でもあるので、しっかり身につけないといけないですが、あまりひとつのことにこだわらず、いろんな経験をしておくのがいいのかなと思います。
特に、小学生の頃は、不思議だなと思ったことを大切にしておくといいのかなという気がしますね。もうちょっと学年が上がってくると、「分からない」ということに対する恐怖感のようなものが出てくることがありますが、僕らの世界では、分からないことほど楽しいことはないんですね。
分からない、不思議だなと思うのは、“人間の知能の境界線”にいるということなので、その「種」を自分の中に埋め込めると、いつか水があげられるような状態になって、そのうち芽が出てくるのではないかと思います。