この20年の地震学を振り返るとき、あの日の「巨大地震」は忘れてはならない出来事です。
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、「マグニチュード9」という“想定の30倍”という規模の巨大地震が甚大な被害を引き起こしたものでした。地震学の常識が根底から覆される中、地震学者たちは巨大地震発生のメカニズムの解明に迫るとともに、減災のための研究を推し進め、地震学を急速に発展させました。
震災直後、当番組に「先入観を捨てて『何も分からないんだ』という謙虚な気持ちで研究を続けていく」と語った東京大学地震研究所教授の古村孝志さんは、膨大な観測データとスーパーコンピューターによる高速計算、そして従来地震の揺れの予測では活用されてこなかった機械学習も取り入れ、「地震や津波の正確で迅速な予測」のための新しい手法や、それに基づいた地震防災の研究を進めています。
いまだ人類が成し遂げていない「被害が出る前の迅速な予測」を目指す古村さんに、命を守るための最新の地震学と、私たちにできる防災のあり方について、お話を伺いました。
「地震予測の限界」を思い知らされた大震災
―地震学の20年間を振り返って、どんなことが変わったのでしょうか?
「地震の予測」に対する考え方が変わってきたと思います。1995年の「阪神・淡路大震災」の地震の解析を、スーパーコンピューターでできるようになったのが、今から20年ほど前です。地下構造をモデル化してコンピューター内で地震を再現することで、過去の地震の揺れを説明できるようになり、シミュレーションによって揺れの予測ができる時代が来たと思いました。
2007年には「緊急地震速報」の運用が始まり、あらかじめ災害に対する備えをしたり、建物の耐震構造を見直したり、「防災」という意識が高まり始めた時代でもありました。防災対策が進み、地震の揺れも事前に予測できるようになり、もう阪神・淡路大震災のような痛ましい経験はしないだろうと思っていた矢先、2011年の東日本大震災が起こりました。
地震と津波による甚大な被害を目の当たりにして、「もう大丈夫だと思うのは思い込みであり、過信だ」と思い知らされました。
今までは、「どんな地震が起きたらどんな津波が起こるか」、というのをあらかじめ計算しておくことが地震学の基本でした。けれども、そもそも想定していないものは予測できるわけがないんです。東日本大震災の地震を通して、「人間が考えられることには限界があって、常に『想定外』を前提にしなければならない」と感じました。
ではどうするか? 「起こる前」に予測するのではなく、「起こった直後から少し先の未来」を予測すればいいのではないかと考えました。まずは地震が起きたらすぐに、現在広がっていく揺れ、あるいは伝わっていく津波を観測で捉え、解析します。そしてその現実のデータを元に「少し先の未来」、つまり「数十秒後の揺れの状態、津波が来るまでの時間と規模など」を、できる限り早く正確に予測をすることが必要だと考えるようになったのです。
正確な“未来予測”を支える「海底観測網」と「スパコン」
―“近い未来の予測”は実現しつつあるのですか?
これまでは高速で予測計算のできる計算機がなく、十分なデータを得るための観測網も不十分だったため、実現できていませんでした。ところが、東日本大震災の翌年、スーパーコンピューター「京」の運用が開始され、計算速度が劇的に向上しました。
これを用いて、地震の揺れだけではなく、津波を同時に計算できるシステムを作りました。津波は、地震によって海底で大きな地殻変動が起こり、海水が持ち上げられることで発生するので、地震と津波は切り離せない現象です。特に、東日本大震災のような海溝型の巨大地震の際には、地震も津波も同時に計算できる手法が必要だと考えたのです。
一方で、観測データを十分に集めることも大変重要です。津波対策としては、北海道から房総沖にかけて、地震計と水圧計が一体となった観測装置を海底ケーブルで接続し、24時間データを取得する「S-net」という観測網を防災科学技術研究所が運用しています。全部で150か所、全長は5500kmになります。
実は、東日本大震災の時にも、釜石沖に津波計が置いてありました。宮城県沖地震が約40年に1回繰り返し起きているので、東北大学と地震研究所で観測していたんです。実際、東日本大震災の時に、沖合で5mの海水の盛り上がりが捉らえられ、このデータは、気象庁と地震研究所にすぐに送られました。
「日本の太平洋側」は観測網がカバー
しかし、これほどの規模の津波は初めての経験で、気象庁は大慌てで津波警報の高さを第一報の2倍の宮城県10m以上、岩手県・福島県6mに引き上げたのですが、結局間に合わなかったんです。その反省と後悔から、震災直後に海底の観測網の設置を開始し、より多くのデータを観測し、いかせるようにしています。西日本にも「DONET」と呼ばれる別の観測網が整備され、さらに高知県沖~日向灘にかけて整備が進む「N-net」の完成で、日本の太平洋側はほぼ網羅されている状態になりました。
一方、陸上には地震計の設置された観測点が多数整備されています。阪神・淡路大震災の後、リアルタイムでの観測の必要性が認知され、観測網が整備されたからです。それまでは大学や気象庁、国の研究所などが独自に観測していたものを、相互にデータを交換することで一元化し、共同利用する仕組みができたのは、阪神・淡路大震災の反省からです。
これらの観測データによって、地震発生直後からスパコンで揺れの伝わり方や津波の高さなどを予測していきます。同時に、実際の観測データと予測結果を照らし合わせ、予測を修正していきます。この現実と予測をなじませていく作業を「同化」と言いますが、ある程度同化が進んだら、一気に高速計算することで、揺れや津波が来る前に正確な予測を出すことができるんですね。このような研究開発が、今ようやく実用化しつつあるところです。
新たに分かった脅威、「長周期地震動」
―この20年で古村さんはどんな研究を?
この20年ほどは「長周期地震動」の研究に力を入れてきました。地震で私たちが感じるガタガタという揺れは「小刻みな揺れ」ですが、大きな地震が起きると、ゆらゆらという「大きな揺れ」も同時に起こります。これは、揺れが一往復するのにかかる時間が長い、つまり、周期が長い揺れということで「長周期地震動」と呼ばれています。
震源から離れると普通の揺れは収まっていくのですが、長周期地震動は遠くまで伝わります。そして、超高層ビルや大型の石油備蓄タンクなど高い建物を大きく揺らすので、震源から遠くのものに被害がおよぶおそれがあるんです。長周期地震動は、人間はほとんど感じることがなく、木造家屋には影響しないので、以前はあまり認識されていませんでした。しかし2003年の十勝沖地震で、震源から遠く離れた苫小牧の石油タンクが長周期地震動の影響で火災を起こしたことで再認識されるようになりました。
長周期地震動を起こすような巨大地震は10年に1回くらいしか起きないので、忘れられがちなんです。ところが、今はタワーマンションが増えたので問題になってきていて、データ同化に基づく長周期地震動の未来予測に力を入れています。長周期地震動は遠くの地震によって起きるので、振動が伝わる前に観測データと同化させながら予測することが可能になっています。
地震の「予測」の常識を一変させる“機械学習”
―これからの地震学に求められることは?
なんといっても、データサイエンスの精度を上げていくことだと思います。機械式地震計で本格的な観測を始めたのは明治後期ごろですが、日本にはそこから今まで100年分以上のデータがデータベース化されています。それらをいかして研究を進めると同時に、高密度の観測・解析技術を考えていく必要があると思っています。
最近、データ活用の面で取り入れ始めたのは、「機械学習」を用いた予測です。多種多様な観測データを学習させて、ある地点で観測した揺れの強さや特徴を入力すると、別の地点での揺れが予測できるんです。
例えば、東日本大震災の前に東北で発生した60個の地震を学習させた上で、福島で観測した揺れを入力すると横浜の揺れが出力されるように作っておきます。その後に東日本大震災のときの揺れのデータを入力して、地震の揺れを予測させるとかなり正確な結果が得られたのです。
―従来の方法に比べて、早く正確に予測できるのですか?
あらかじめしっかり学習をさせておけば、瞬時に答えが出てきます。しかも、機械学習には複雑な地下構造などのデータは要らないんですね。問題に対する答えを覚えさせ、どのように解けばその答えにたどり着くかを学習させるだけなんです。
ただ、完全なブラックボックスでもあり、実は今まではあまりやりたくなかったんです。我々サイエンティスト、特に理学の研究者は、物事の原理を突き止めるのがサイエンスだという価値観なので、説明はつかないけれども答えだけが出るというのは、特に人の命が関わるような場面に対しては責任が持てず活用に少し抵抗があったんですよね。
けれども、データ解析能力に関しては機械学習の方が優れている点もあるので、今は両方取り入れています。もちろん機械学習も万能ではないので、目的に応じて適した方を活用するのがよいと思っています。
目指すのはあくまでも“未来予測”「被害が出る前に予測したい」
―研究における古村さんの夢はなんですか?
やはり未来予測です。データから今起きていることを察知して、揺れの大きさや想定される被害を先んじて予測する、そういう未来予測を実現するというのがずっと夢ですね。
1つの地震が起きると、揺れの原因や特徴を、知識と経験で半分くらいは説明できるのですが、残りの半分は新しく学ばなければなりません。繰り返しデータを解析することで知識は増えていきますが、地震は多様性が大きいので、もう十分わかったとはなかなか言えないんです。ですから、データのない昔のものは古文書や地質などからもアプローチをしますし、昔はなかったような埋立地や崖のそばの建物に対するデータ蓄積も新たにしなければならないと思っています。
さらに、地震は地球深部で発生しますが観測点は地表にしか置けないので、限界があるんです。こうした限界の中で、高速計算による同化予測や機械学習などを駆使して、できる限り精密で具体的な予測ができるようにしたいんです。
―予測能力の進歩と同時に、常に備えをすることも大切になってきますね。
その通りです。シミュレーションがあるから、あるいは地震の揺れが予測されているから、備えをしなくていいというわけでは決してありません。私も含めて、人は大体面倒だからとやりたくない仕事は先送りしたり、やらない理由をこじつけたりしてしまいますよね。けれども、もし机の下が荷物で埋まっていたら、緊急地震速報が鳴ってもすぐに身を守れないし、家具が固定されていなかったら倒れてきてしまいます。日頃のしっかりした備えとともに防災情報があってこそ、鬼に金棒になるんです。
――最後に、「サイエンスZERO」に期待されることを教えてください。
これから社会で活躍する若い世代に、夢を与える番組であってほしいなと期待しています。私の分野で言えば、地震や防災というとイメージが暗くなりがちなんですよね。でも実際は、最先端の観測・解析技術を駆使し、データを活用して「未来を予測する」という大変興味深い研究です。しかもそれは単なる知的好奇心を満足させるだけではなくて、人の役に立つものなんですね。サイエンスZEROは、最先端科学研究のわくわくするような楽しい面を伝える番組であってほしいですね。