私たちのお母さん!?村山斉さんが挑む暗黒物質「ダークマター」探し【博士の20年】

NHK
2023年3月6日 午前8:00 公開

この宇宙を形づくっているものの中では、“目に見える”物質は全体の5%にすぎないということをご存じでしょうか。宇宙の物質の大部分は正体不明の物質「ダークマター(暗黒物質)」が占めていると考えないと、宇宙での私たちの存在の説明がつかないことが分かってきたのです。

「質量は持つ」けれど「観測できない」という物質、ということです。それは仮説上の物質で「ダークマター」と名付けられ、いまだに実在が確かめられていません。そこで今、世界中の科学者がこの謎の物質を捉えようと理論や実験を総動員して研究しています。中でも、天文学・物理学・数学といった異分野の専門家たちがこのダークマターに迫ろうとする世界トップレベルの研究所が「カブリ数物連携宇宙機構」です。

その初代機構長を務めた理論物理学者の村山斉さんは、ダークマターが実験で捉えられる可能性が見えてきて、今、研究はかつてないほど“面白い時期”を迎えていると言います。「私たちの“生みのお母さん”である『ダークマター』に会いたい」と語る村山さんに、ダークマター研究の20年、そして今後の展望について伺いました。

ダークマターはたった20年前に存在が判明した

――そもそも、ダークマターとはどんなものか、教えてください。

ダークマターは、「暗黒物質」とも呼ばれるもので、素粒子という小さな「粒(つぶ)」みたいな物質、またそれが少し集まったものだと考えています。1930年代に、はるか遠くの銀河団を観測した天文学者がいて、その銀河が「激しいスピードでビュンビュン動いている」ということを発見しました。

その銀河が特異に見えたのは、「激しいスピードで動いている」にもかかわらず、そのまま飛び出していってバラバラになってしまわないことでした。そこでその天文学者は、「何か重力を持つ物質がないと、こんなに速く動いている銀河同士をつなぎ留めておくことはできないはず。こんなに速く動いているということは見えない『ダークマター』があるのではないか」と考えたのです。

ところが、当時は単に望遠鏡では見えない星や、ガスの塊があるからではないかというのが常識でした。20年ほど前になってようやく、今まで全く知られていない新しい物質だということが判明したのです。

――20年前に何があったのですか?

20年前にビッグバンの名残(残照)を直接観測するための人工衛星WMAP(※1)が上がって、解像度の高い、宇宙誕生初期の写真が撮れるようになりました。その写真には情報がたくさん詰まっていて、宇宙全体の物質のうち「ダークマター」が8割を占めているという、この宇宙の詳細が明らかになったのです。

そこで初めて、ダークマターと普通の物質は明らかに違うものだということがはっきりしてきました。それまでは、ブラックホールやニュートリノなど、すでに知られているものがダークマターの正体ではないかと考えられていたので、本当に衝撃を受けました。

※1 ビッグバンを直接観測する人工衛星…2001年にNASA(米航空宇宙局)が打ち上げた「Wilkinson Microwave Anisotropy Probe(通称WMAP)」と呼ばれる宇宙探査機。ビッグバンの名残である「マイクロ波宇宙背景放射」を精密に観測するために打ち上げられた。

――ダークマターの存在がはっきりわかったのは、ビッグバンの観測からなんですね?

はい。宇宙が始まって138億年と言われていますから、138億光年の向こうを頑張って観測すると、「あっ、ビッグバンだ」というふうに今でも見えるはずなんです。「あっちを向いてもビッグバンが見える」し、「こっちを向いてもビッグバンが見える」。そういう状況ですね。ですが、ビッグバンの写真を見るとほとんどのっぺらぼうで、温度の違いは10万分の1しかありません。

ダークマターが存在しない宇宙を考えたとすると、そんなのっぺらぼうみたいな状態だったら、今あるような銀河の塊はできないので、どうしてなのかという問題があったんです。宇宙に星や銀河、私たちが生まれたことは、ダークマターという未知の物質がないと説明がつかなくなったんです。

ダークマターを探すのは、“私たちのお母さん”だから・・・!

――村山さんはなぜダークマターの正体を探し続けているんですか?

ダークマターっていうのは未知の物質なのでちょっと気持ち悪い感じがするかもしれませんが、実は“私たちのお母さん”なんです。簡単に例えると初期の宇宙では、大きな質量を持ったダークマターが少しずつ重力で引っ張り合いながら固まってきます。そしてダークマターの塊ができたところに、今度はその重力によって原子でできたガスを引きずり込んできます。さらに、そのガス同士が反応して、ぶつかって熱くなって光を出します。するとそれが冷えて固まり星ができ、銀河ができてきます。その中に私たちができてくるんです。

だから、ダークマターは本当に私たちの“生みのお母さん”なんです。「私たちはどこから来たんだろう?」それが知りたいです。それに、ダークマターからお母さんが生まれた当時の環境が見えてきます。私は、ダークマターが生まれた時期は、宇宙が始まってから100億分の1秒ぐらいのビッグバンの直後だと思っています。始まったばかりの宇宙の姿も見えてくるという意味で、ダークマターはすごく私たちにたくさんのことを教えてくれると思っています。一度ぜひ会ってみたいですね。

「見えない物質をどう追いかける」か?

――見えないダークマターをどうやって探すのでしょうか?

私の研究のスタイルは、探し方を考える前に、ダークマターは「どういう可能性がある物質なのか」についていろいろな仮説を立てることから始めます。その次に、どうやったら探せるのかを考えます。

例えば、今考えている仮説に「SIMP(※2)」というものがありますが、SIMPはこういう考え方だから多分物質にはこういう力が働くので、こうやったら捕まえられるだろうという提案をします。それを具体的にやってみるために、実験が専門の人と相談しながら、道具や装置、使う物質について詰めていきます。こうして実際に装置を作ってやってみようという段階になる。そして実験データをためて、検証していくことになります。

※2 SIMP…Strongly Interacting Massive Particleの略で、強い相互作用をする素粒子。村山さんたちの研究グループが2015年に提唱したダークマターの候補物質。

――実際に“ダークマターの候補”SIMPを探す計画はあるのでしょうか?

はい。つくば市の高エネルギー加速器研究機構にあるSuperKEKB(※3)という、全周3kmぐらいの大きさの、電子をぐるぐる回す加速器という装置があるんですが、この装置でSIMPが作れる可能性があるということが分かってきました。

この装置はもともと、ノーベル賞を受賞された小林先生、益川先生が作られた小林益川理論(※4)を超える理論を探したいという目的で作られた実験装置でしたが、それをうまく利用することでダークマターを探せる可能性もあるんです。全く新しい装置を作るのは時間もお金も人手も多くかかって大変なので、すでにある装置をうまく使う、そういうアイデアをたくさん考えるのも研究者の仕事のひとつです。

※3 SuperKEKB加速器…エネルギーの高い電子と陽電子を衝突させて、衝突後に生成される素粒子を測定する「Belle II(ベル・ツー)実験」に使う実験装置。現在の素粒子物理学の基盤である「標準理論」を超える結果が得られると期待されている。

※4 小林益川理論…当時京都大学に所属していた小林誠氏と益川敏英氏によって1973年に提唱された理論。宇宙の始まりであるビッグバンでは「物質」と「反物質」が同じ量だけ作られたと考えられているが、現在の宇宙には「物質」のほうがはるかに多く存在している。その理由は、クォークと呼ばれる素粒子が6つあれば説明できるというのが小林益川理論。当時はまだ3つしかクォークは見つかっておらず、6つのクォークを予言したこの理論は驚くべきものだった。その後、実験でこの理論が確かめられたことにより、小林、益川両氏には2008年にノーベル物理学賞が贈られた。

干し草の山から針一本をふるいにかけるソフトウエア

――SIMPを探す実験はいつから行うのでしょうか?

実験自体は、今ある装置でもできるはずですが、解析をするためのソフトウエアがまだできていないんです。どんなにいい装置があっても、膨大なデータの山から欲しいものを引き出すのがすごく大変です。

例えて言えば、「干草の山の中から針1本を引っ張り出す」ようなもの。干し草と針を分けるためには、干草は通り抜けるけど針は引っかかる、というふるいを作らないといけないんです。そのふるいに当たるものが、コンピューターのソフトウエアなんですが、これを作るのはそう簡単なことではありません。

SIMPの実験に使うソフトウエアもそろそろできるとは思いますが、その後、実験装置に組み込んでいくので、実験開始にはもう少し時間がかかると思っています。具体的には、実験観測データが出始めるのは、来年の終わりか再来年くらいになるかと思います。

――SIMP以外にもダークマターの候補となる物質はあるんですか?

10年くらい前まではWIMP(※5)という物質がダークマターの有力候補だったので、みんなそればかり一生懸命探していました。それが最近、ほかの候補も探してみようというアイデアがたくさん出てきたんです。実際に探してみたら、「あった!」ということになるかもしれないですから、今、本当に面白い時期になってきたと思っています。

日本ではSIMPのほかに、「アクシオン」という軽い粒子がダークマターの可能性があると考えて、重力波望遠鏡KAGRA(※6)を使って検出する研究も進めています。

※5 WIMP…Weakly Interacting Massive Particleと呼ばれるダークマターの有力候補物質。重力相互作用と弱い相互作用のみ働くものと考えられている。

※6 重力波望遠鏡KAGRA…岐阜県飛騨市神岡町にある重力波を検出するための望遠鏡。重力波の初検出は、アメリカのLIGOが2016年に初めて成功したが、そのLIGOとイタリアのVirgoとKAGRAの3つで国際重力波ネットワークをつくり、重力波がどの天体から来たのか、その源を探る研究が進んでいる。

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――見えないダークマターをどうやって探すのでしょうか?

科学者とは「永遠に分からないかもしれないけど、手を出したら分かるかもしれないからやってみた方が得じゃないか」と発想する人間

――いろいろ手を尽くした結果、ダークマターの正体がわからないということもあるのでしょうか?

理論的にはありえます。そうなると、とても悲しいですね。でも、科学者というのはなんとかして分かりたいと思って、あちこちに手を出す、そういう人たちなんです。もしかしたら永遠に分からないかもしれないと思っていても、手を出した瞬間に捕まえちゃう可能性もあるので、だったらやってみた方が得じゃないかと、そういう発想をするんです。そうやっていくうちに、科学が進歩していくのではないかとも思っています。

素粒子物理学が脚光を浴びた20年間

――この20年の科学の進歩はどう見ていますか?

素粒子や宇宙の研究にとってはものすごく華々しい20年間でした。重力波(※7)も見つかりましたし、ヒッグス粒子(※8)も見つかりました。それからニュートリノに重さがあるという研究(※9)や、宇宙の歴史をちゃんと理解したという理論にノーベル賞(※10)が出たのもこの20年間でした。それから銀河系の中心に太陽の400万倍もあるブラックホールも発見されました(※11)。本当に今、技術の進歩やコンピューターの進歩のおかげで科学がググって伸びているのを感じられて、この時代に生きていてよかったなと思います。

※7 重力波…アインシュタインが一般相対性理論で予言していた現象。2016年にアメリカのLIGOが初検出に成功。その功績により、レイナー・ワイス氏、バリー・バリッシュ氏、キップ・ソーン氏が2017年にノーベル物理学を受賞した。

※8 ヒッグス粒子…宇宙が誕生して間もないころに、他の素粒子に質量を与えたとされる粒子。1964年にイギリスの物理学者ピーター・ヒッグス氏が提唱した理論に登場。CERN(欧州合同原子核研究機関)で行われた実験によって2012年に実際に確認され、2013年にはピーター・ヒッグス氏とフランソワ・アングレール氏が「素粒子の質量の起源に関する機構の理論的発見」をしたことにより、ノーベル賞を受賞した。

※9 ニュートリノ研究にノーベル賞…2015年のノーベル物理学賞が「ニュートリノ振動の発見により、ニュートリノに質量があることを示したこと」で梶田隆章氏とアーサー・マクドナルド氏に贈られた。

※10 宇宙の歴史を理解した理論にノーベル賞…2019年にノーベル賞を受賞したジェームズ・ピーブルズ氏は、宇宙の始まりである「ビッグバン」が起きた直後から現在までの宇宙の進化の様子を理論的に研究するうえで大きな貢献をしたことなどが評価された。

※11 銀河中心に太陽の400万倍のブラックホール発見…2022年、国立天文台など80機関が参加する国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション」が、天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールの撮影に初めて成功した。

子ども時代の興味と広い宇宙がつながった瞬間、研究にのめり込むことに

――村山さんが科学に興味を持ったのはいつでしょうか。

私たちはどこから来て、なぜ存在しているのだろうということを、たぶんみんな小さい頃に考えると思うんですよ。特に田舎に旅行に行って、夏の夜空をボーっと見て星がいっぱいあるのを見たとき、自分って何だろうなと思ったりすると思うんですよね。

そういうことを考えていると、自分たちの体を作っている原子は、実は星の爆発で散りばめられた塵(ちり)なんだ、自分は星から来たんだなということが分かるんですね。じゃあ星はどこからできたんだろうかと考えると、ダークマターがないと星ができないことを知り、じゃあダークマターはどうやって星を作ったのだろう、そうやってどんどんさかのぼっていくと、宇宙の始まりに行き着いちゃうんですよね。だから本当に最初は自分って何だろう。どこから来たんだろうなっていう素朴な疑問から始まったんだと思います。

――その疑問を持ち続けて、今があるんでしょうか。

高校時代は、中学時代にロックを聴くようになった影響でバンドをやったり、体を鍛えようとラグビー部に入ったりして、あまり勉強をしていませんでした。最初の模擬試験の成績は、物理の点数が40点でしたから、これではいけないと思って、高校3年になってから突貫工事で勉強をした感じです。

大学にはミクロな素粒子を勉強しようと思って入ったのですが、大学院が終わった頃に転機が来ました。小さい素粒子の世界と大きな宇宙が結びつく大発見があったんです。その発見をしたのは、アメリカのバークレーの同僚のジョージ・スムートさん(※12)たちで、はるか遠くの宇宙を見ることでビッグバン直後の小さかったときの宇宙が見えてきました。

大きいものと小さいものが結びついているということが、私の頭の中で初めてつながった瞬間でした。子どもの頃から漠然と思っていた疑問と、今までやってきた研究がひとつになり、「あっ、これは面白い!」とますます研究にのめり込んでいきました。

※12 ジョージ・スムート氏…カリフォルニア大学バークレー校物理学教授。1989年にNASA(米航空宇宙局)が打ち上げた人工衛星COBEによる観測で主導的な役割を果たし、ビッグバンの名残の熱のゆらぎである宇宙マイクロ波背景放射を初めて観測。その功績により、2006年にジョン・マザー氏とともにノーベル物理学賞を受賞。

大規模化する実験!人類の英知を結集してダークマター発見に挑む

――今後、この分野の研究はどのように進んでいくのでしょうか?

実験観測の技術とそれを解析するコンピューター、理論的な予言をするためのシミュレーションが、今、三つ巴でどんどん進歩していますから、やるべきことがはっきりして、あとはやるばかりになってきています。ただ、必要な実験装置の規模も大きくなってきているので1人ではできません。もしかしたら100人でもできないかもしれない。でも、世界中から研究者を集めて、1000人だったらできるかもしれない。そういうふうに、もっといい装置、いい観測、いい実験をしようという動きが大きくなってきているので、これからいろいろな進歩が出てくるのを期待しています。