地球上の超過酷な環境、いわゆる「極限環境」で生きる微生物が、相次いで発見されています。具体的には数百℃にもなる熱水が噴き出す深海の熱水噴出孔や極寒の南極の氷床下、さらに乾燥した砂漠など、普通の生物なら到底生きられないような環境ですが、中でも、世界を驚かせたのが「1億150万年前」の地層から見つかった、栄養がほとんどない環境で生きる微生物です。
こうした微生物たちは、一体どのようにして過酷な環境で生き抜いてきたのでしょうか。見えてきたのは、太古から繰り広げられてきた微生物たちのサバイバルレースと、そこで勝ち抜くための驚きの生存戦略でした。“限界突破”してきた微生物は、生命の進化の道筋を知る手がかりとなるだけでなく、私たちの生命の常識を大きく覆えそうとする存在です。「生命とは何か」という究極の問いに迫ります。
過酷な環境で生きる“1億歳”の微生物
世界中に大きな衝撃を与えた“1億年生きた微生物”。それを発見したのは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員の諸野祐樹さんです。2020年に論文を発表すると『マッドサイエンティストが1億年前の微生物をよみがえらせた』などと報じられました。
研究が始まったのは12年前。諸野さんたちは、日本から8000キロ離れた南太平洋の“ある海域”に、微生物を探す航海に出ました。その海域は、陸地から遠く離れ、周囲に南太平洋環流という海流が流れているために、陸地からの栄養が届きにくく、微生物のエサとなる有機物が極端に少ない極限環境にあります。
この海域の水深およそ5000mの海底を掘削し、恐竜がいた白亜紀の地層サンプルを採取しました。すると、大きさ1000分の1ミリほどの微生物がごく僅かながら確認されたのです。しかも、周囲の地層は、小さな粒子がぎちぎちに詰まっていて、微生物は移動することもなく確かに1億年以上そこにいたと考えられるのです。
「これってやっぱり生き物としてすごいことなんじゃないかって、ジワーっと感動がこみあげてきました」(諸野さん)
しかし、本当に生きているのか―。諸野さんはそれを確かめるために、発見した微生物にエサを与えて実際に食べるかどうか調べる実験を行いました。
エサとして与えたのは、自然界にほとんど存在しない「炭素13」という炭素の同位体を含むアミノ酸などです。アミノ酸を溶かした水を地層サンプルにポタポタ垂らしてみたところ、変化が現れました。
特殊な装置で解析したところ、エサの目印である炭素13が確かに微生物の体に取り込まれていることが確認されたのです。下の図は発見した微生物です。青色は炭素13の取り込み量が少なく、オレンジ色は多い状態を示しています。
しかも、微生物たちはエサを食べただけではありませんでした。エサを与えた後、微生物がどのくらい増殖したかを計測してみると、60日後にはなんとその数が1万倍にも増えていることが確認されたのです。
この結果を知ったときの驚きを諸野さんはこのように話します。
「最初は何か実験ミスをしたのではないかと思いました。本当に予想外の結果でした。そんな古い地層に生き物がいて、しかも、60日ぐらいで増えてくるわけがないと思っていたんです。エネルギーが足りなくて分裂もできないような環境に、生きたまま埋もれて存在している生き物って何なんだって。考え始めた時、答えが出なかったです」(諸野さん)
実は、微生物には「寿命」という概念はなく、分裂するまでの時間を「世代時間」と呼んで寿命のようなものとして扱っています。大腸菌の場合、分裂に適した環境下では世代時間は30分ほどです。栄養がほとんどない極限環境で見つかったこの微生物は、エネルギーが足りず分裂することができないものの、かろうじて自身の細胞を維持することができたために、1億年以上の世代時間を生き続けることができたというのです。
この微生物が生きていた環境の厳しさについて諸野さんはこう話します。
「微生物の細胞がバラバラにならないでそこに残っていることが奇跡的なぐらい栄養が少ないんです。微生物が人間の重さになったとして、1日に得られるご飯の量は『ご飯粒で30粒』くらいです」(諸野さん)
なぜそれほど栄養が少ない場所で微生物が生きられたのかはまだ明らかになっていませんが、諸野さんは、仮死状態や冬眠状態のように、消費するエネルギーの量を極端に減らすなど何らかのメカニズムが働いているのではないかと考えています。
微生物にとって極限環境は“普通”の環境!?
「貧栄養」以外にも地球のさまざまな極限環境で生きる微生物が近年、続々と発見されています。インド洋の熱水噴出孔で見つかった微生物は最大122℃という高温でも増殖できることが分かりました。
また、南アフリカの金鉱山の地下3200mで見つかった微生物は、pH12.5という漂白剤に相当する強アルカリ性の環境で増殖可能。一方、硫酸に相当するpH−0.06の強酸性の環境で増殖可能な微生物も発見されています。
さらに、放射線に強い微生物も存在します。世界各地の砂漠で見つかっている「デイノコッカス・ラディオデュランス」という放射性耐性細菌で、約70年前のアメリカで、放射線で殺菌したはずの牛肉の缶詰から発見されて注目されました。
最近の研究で、極限環境に生きる微生物はこれまで考えられていたよりもはるかに多く存在していることが分かってきました。例えば、海底下という極限環境に生きる微生物は、2.9×1029細胞(注釈:細胞数=個体数)も存在するとも言われていますが、これは地球全体の微生物の3分の1程度に相当すると考えられています。
「60年ほど前の常識では、海の底には数メートルくらいまでしか生き物がいなくて、そこから下は生きているものは何もいないと考えられていました。しかし、微生物がたくさんいるということが分かってきて、私たち生物学者からしても常識がひっくり返りました。人間が“生き物”として認識しているもの以外の生き方が新しく見つかってくる可能性があります。そうした発見から“生物とは何か?” “生きるということはどういうことか?”が分かってくると期待しています」(諸野さん)
サバイバルレースを勝ち抜け!微生物の生存戦略
微生物たちは、なぜわざわざ過酷な環境で生きているのでしょうか。諸野さんが分析した、高知の室戸岬沖で掘削された海底の地層サンプル「コア」から、微生物の巧みな生存戦略に迫る鍵が見つかりました。
海底下の地層は、一般的に深くなるほど高温になり、ある一定の温度を超えると普通の微生物は生きられない環境になります。ところが、諸野さんがコアのそれぞれの深さの場所にどれほどの量の微生物がいるのか調べてみると、奇妙な現象が見えてきました。
まず海底面に比較的近い深さ200m付近、30℃の温度と推定される地層には、微生物が、1立方センチメートルあたり細胞数1万個以上存在していました。より深く、温度が高くなるにしたがって微生物の数はいったん減少し、80℃くらいで細胞数は1立方センチメートルあたりわずか10個程度にまで減りました。ところが、さらに高温になると再び微生物が増加、120℃付近では1立方センチメートルあたり100個になったのです。
なぜ高温の環境で、突如として微生物の数が増えたのでしょうか。
諸野さんは、そのポイントは2つあると考えています。一つは、この環境にいた微生物は地層の化学分析などから海底の熱水噴出孔に生息する、超好熱性のものだと考えられていることです。もうひとつは、この微生物の「胞子」が、今回掘削されたコアでも確認されていること。そこから、以下のような仮説を導き出しました。
数千万年前、海底の熱水噴出孔にいた微生物は、周囲の環境が悪くなると自身の分身である「胞子」を海中に放出しました。胞子はやがて離れた場所の海底に到着しますが、そこにはエサの有機物を奪い合うライバルである他の微生物たちがいます。そこで、胞子はそのままひたすらじっと耐えるのです。
やがて長い年月をかけて微生物の上に堆積物が降り積もっていくと、毛布のように熱を逃がさなくなり、高温環境に。すると、熱に弱い他の微生物たちが死んでいきます。一方、胞子の状態で耐えていた超好熱性の微生物にとっては、高温の地層はむしろ快適な環境です。ライバルのいなくなった場所で胞子は発芽し、微生物はのびのびと活動を始めることができた、というシナリオです。
「自分の環境に適したところで生き残って、さらにその数を増やすっていう生き残りをかけたレースの結果がここに表れているということです。人類の歴史というのが、一瞬に思えるくらいのとても長い時間をかけてこういうことが起こっている」(諸野さん)
まさに太古から繰り広げられてきた微生物たちの“サバイバルレース”ですが、諸野さんは、レースにおける生き残り戦略は、みな違っていていいのではないかと言います。多様な戦略があったからこそ、超高温や強酸性、強アルカリ性などさまざまな極限環境で生きることができる多様な微生物の姿があるのかも知れません。
“初期生命”も過酷な環境で命をつないだ?
極限環境に生きる微生物を調べることで生命の起源や初期生命の解明につなげようと考えている研究者もいます。東京大学准教授の鈴木庸平さんは、生物の共通祖先に極めて近い存在と考えられている「DPANN(ディーパン)」と呼ばれる微生物を、驚くべき場所で発見しました。ディーパンというのは、その生態が謎に包まれていますが、初期生命の解明に期待がかかる微生物です。
これまで地球上の生物は、大きく3つに分類されてきました。大腸菌やピロリ菌などの「細菌」、極限環境に生きる微生物などが含まれる「古細菌」、そして私たち人間を含めた「真核生物」です。鈴木さんが発見したディーパンは、古細菌よりもさらに初期生命に近いと考えられています。
鈴木さんがディーパンを発見したのは、海底の熱水噴出孔だった場所の岩石です。熱水噴出孔は、熱水の中に硫化水素などの栄養分が豊富にあるのが一般的ですが、今回発見されたのは熱水活動が止まり、栄養分が極端に少ない場所でした。
さらに分析を進めると、このディーパンが生息している環境は想像以上に過酷なことが分かりました。岩石には黄銅鉱が含まれていて、そこから“猛毒”の銅が流れ出していたのです。普通の生物だったらすぐに死んでしまいますが、逆にこの銅を利用しているのではないか、と鈴木さんは考えました。なぜなら見つかった岩石の中には酸素が存在しないことから、銅イオンを使って呼吸をしながら、エネルギーを得ている可能性があると推測できるのです。
「われわれ人間は酸素で呼吸をして、たくさんの食べ物を食べて生きています。けれども、そんな生き物は生物界では本当にまれで、酸素がない中で、少ない栄養で生きている生き物がほとんどかも知れません。極限というのは、“人間から見た極限”で、実は“極限”じゃない可能性が高いのです」(鈴木さん)
そして今、微生物の“多様な生き方”を目の当たりにした研究者たちは、“生き物”に対する概念を大きく変え、地球外にも当たり前に生物がいる可能性を考え始めています。
「地球内部や地球外という環境で生き物が生きられないと考えることの方が間違っているかも知れない。地球で見つかった極限環境の微生物を見ると、以前は生き物なんて絶対存在し得ないと思われていた地球の外でも生きられるよね、と考えられてきていて、宇宙に生命が存在する可能性も以前より広がっていると思います」(諸野さん)
地球の超過酷な環境で生き延びてきた“1億歳の微生物”は、「生命とは何か」という究極の問いにヒントを与えてくれると同時に、私たちに“生きる”ことの意味を問いかけているのかもしれません。