「今は、地球外生命発見の前夜―」。
そう話すのは、木星氷衛星探査機「JUICE」(JUpiter ICy moons Explorer)の日本の科学チームのリーダーを務める関根康人さん(東京工業大学・教授)です。
本日の2023年4月13日、南米仏領ギアナのギアナ宇宙センターから打ち上げ予定(※悪天候のため4月14日に延期)のJUICEが目指すのは、氷でできた木星の衛星です。こうした衛星は、地下に「海」を持つことから、太陽系の中で地球外生命が存在する可能性が最も高い場所と言われるようになっています。そこでJUICEは、木星の衛星を詳しく探査し、「生命の存在指標」を捉えようとしているのです。
「地球外生命は存在するのか」という人類にとって究極の謎に迫ろうと、未知の世界に踏み出す研究者たちの情熱、そして研究の最前線に迫ります。
92ある木星の衛星のうち「海が存在する3つの天体」
木星には、太陽系で最も多い92個の衛星がありますが、そのうち「エウロパ」「ガニメデ」「カリスト」という3つの衛星は、近年の観測から地下に海を持つのではないかと考えられています。
しかし、木星の衛星は、表面の平均温度がマイナス170℃という極寒の世界で、表面は一面、分厚い氷に覆われています。いったいなぜ、このような天体が海を持てるのでしょうか。
衛星に海を作ったのは「重力」⁉
実は、海をつくりだしているのは、木星が持つ強い重力です。衛星が木星の周りを公転するとき、その軌道はすこしゆがんだ楕円のかたちをしています。すると衛星は、木星との距離が近くなったり遠くなったりしますが、近くなるタイミングでは木星のもつ強い重力で衛星全体が少しひしゃげるように変形し、離れると元に戻ります。
このとき起こるのが「潮汐加熱」という現象です。例えばエウロパでは、変形がわずか3日半で繰り返し生じることで、天体の内部に大きな摩擦熱が発生します。この熱で、分厚い氷の一部が溶け、天体の内部に海ができると考えられているのです。
東京工業大学教授地球生命研究所所長の関根さんは、生命が存在するための重要な条件である「液体の水」を持つ木星の衛星は、地球外生命の可能性が期待できる天体だと話します。
「こうした海を地下に持つ天体を惑星科学者は『オーシャン・ワールド』と呼んでいて、国際的にも非常に注目を集めています。中でも、私は木星の衛星のエウロパが、太陽系の中では一番生命の存在する可能性が高いんじゃないかなと思っています」(関根さん)
謎に満ちた「地下の海」の世界
木星の衛星の氷の下には「地下の海」が存在することは分かってきたものの、海の詳細な情報はほとんど分かっていません。例えば、海がどのぐらいの大きさ、深さに存在するのか、いつその海が生まれたのか。あるいは、その海に溶けている物質、これが生命の生存にとって適したものなのか、そうでないのかについてはほとんど分かっていないのです。
そんな謎に満ちた地下の海の姿を解き明かし、そこに生命が誕生し育む環境があるのか探査しようというのが、「JUICE」(JUpiter ICy moons Explorer)です。
JUICEは、太陽から遠く離れた木星系で探査を行うため、大型バス2台分ほどという太陽系の探査史上最大の太陽光パネルが搭載されている「超巨大」な探査機です。
そこに積まれている機器はバラエティ豊かで、氷衛星の表面を見るカメラや、赤外線を見る分光器、磁場を観測する磁力計、化学組成を見る化学分析器など合計11個の観測機器が搭載されています。
「これだけのフルセットの探査機というのは非常に豪華です。JUICE(ジュース)なんですがラーメンに例えると、『ラーメンの全部載せ』みたいなものです。しかも、それぞれの機器が観測目標に対して、共同で探査、観測を行うので、足し算ではなくかけ算の効果が生まれると考えられます」(関根さん)
現在送ることのできる最新鋭のものが詰め込まれているJUICEですが、11個の観測機器のうち4つの機器の開発に日本チームが携わるなど、日本も重要な貢献をしてきました。
地下の状態をレーザーで探る「GALA(ガーラ)」
日本が開発に携わった機器の1つが、「GALA」(ガニメデレーザー高度計)と名付けられた観測機器です。その名の通り、木星最大の衛星である「ガニメデ」の表面の高度を「レーザー」を使って高精度で測定し、ガニメデの分厚い氷の下にある海の様子を探ろうとしています。
ガニメデは、中心部に金属の核と岩石のマントル、さらにその上に、上下を氷に挟まれた海が存在していると考えられています。これは、2000年に行われた探査で、磁場を観測した結果からの仮説ですが、本当に海があるのか、どれほどの大きさの海があるのかについては、全く分かっていません。
そこで、GALAは、今回全く新しい方法でガニメデの地下の様子を明らかにしようとしています。その方法とは、探査機からガニメデ表面にレーザーを発射し、その往復にかかった時間から表面までの距離を測定するというのものです。JUICEは、1年かけてガニメデを周回するため、繰り返し何度も測定することで、表面の地形を高精度で求めることができます。
日本での開発を率いた塩谷圭吾さん(JAXA宇宙科学研究所・准教授)は、表面の地形から衛星の地下の様子を突き止める方法をこう説明します。
「もしガニメデの中に広大な地下の海があると、潮汐力、つまり潮の満ち引きが発生します。その結果、ガニメデはわずかですがぶよぶよと変形することになります」(塩谷さん)
この「変形」こそが衛星の内部を推定する鍵です。というのも、地表の変形は衛星の内部構造を反映していると考えられるからです。
海が存在したらどれくらい衛星は「歪む」のか…?
内部構造の違いによって地表がどの程度変化するのかは、これまでさまざまなシミュレーションによる研究が行われてきました。その結果、地下に海がなく全て固体だった場合は、地表の変化は数10cm程度であるのに対し、仮に地下に厚さ数100kmの海があった場合では、変化は数メートル、最大で7mにもなると考えられています。そこで、GALAが地表の変形を精度よく測定することができれば、その変形の大きさから内部構造を突き止められるというのです。
「GALAの測定精度は、条件の良いところで1mより良いというように設計してあります。ですので、もし海があって、数mの表面変形があると、それは検出できます」(塩谷さん)
実は、このGALAの測定精度は驚くべきものです。JUICEとガニメデ表面の距離は数100kmと、東京と大阪の間の距離ほどあるにも関わらず、その距離の変化を1mという精度で求められます。
これほどまでに高い精度があるからこそ、今まで謎に満ちていた地下の様子が明らかにできるかもしれないと期待されているのです。
エウロパの海底には「熱水噴出孔」があるのでは?
地下に広大な海が存在していたとしても、必ずしも生命が存在しているというわけではありません。生命が生まれるための大事な条件の1つが、炭素や窒素、いろいろなミネラルの成分など、生命にとって不可欠な物質が海のなかに溶け込んでいることです。
木星の衛星の海には、生命を誕生させ、育むための環境はあるのでしょうか。
関根さんは、海の環境を知るために実験による研究を行ってきました。実験で再現するのは、「エウロパ」の海です。関根さんが木星の衛星の中で、生命が存在する可能性が最も高いと考えているからです。実は、様々な観測から、エウロパの地下には海があり、その海底には「熱水噴出孔」もあるのではないかと考えられています。熱水噴出孔は、さまざまな化学成分が溶け込んだ熱水を噴き出すため、生命活動にとって有利な場所だとされています。
エウロパの深さ100kmの海を模して実験すると…
エウロパの海の特徴は「深さ」です。これまでの観測から推定される深さは100kmにもなります。これは、地球で最も深いマリアナ海溝の10倍です。
関根さんは特別な実験装置を使って、こうした環境でどんな化学反応が起こるのか再現しました。実験に使うのは、エウロパを模擬した「岩石」と「水」です。サンプルに、地球の海底のおよそ5倍、1300気圧の圧力をかけて深い海の再現。さらに、温度を300℃までかけて3ヵ月間、化学反応を進行させます。
加熱が終わったサンプルの化学成分を分析すると、大量の「水素」が見つかりました。関根さんは、この水素の存在が生命にとって大きな意味をもつと考えています。
「水素というのは、ある種の微生物にとっては非常に重要な食料になります。水素が生まれるということは、エウロパの海底において微生物が食べることのできる食料が常に生まれているということを示しています」(関根さん)
実際に海の組成をエウロパで観測する!
こうした環境は、実際に衛星の海にもあるのでしょうか。JUICEは、衛星の海の成分を調べるため、「SWI(サブミリ波分光計)」という装置を搭載しています。
エウロパは、地下の海から海水を噴き出していることが知られていて、SWIは噴出した海水や大気の成分を調べようとしています。分析で使われるのは、光と電波の性質をあわせもつ「サブミリ波」という電磁波です。このサブミリ波を観測することで、水や有機物の検出、その量を調べることができるといいます。
関根さんが特に検出を期待しているのが、「硫化水素」という物質です。硫化水素は卵が腐ったようなにおいが特徴の物質で、身近なところでは下水などに含まれています。
実は、硫化水素を生み出しているのが「硫酸還元菌」という細菌です。硫酸還元菌は、硫酸と水素からエネルギーを取り出して、硫化水素を吐き出します。関根さんはこの硫酸還元菌のような生命がエウロパにもいる可能性があると考えています。
「水素を食べ、硫酸で呼吸し硫化水素を出す生命」
「エウロパの表面には硫酸が存在していると考えられています。この硫酸が海の内部に運ばれて海底で化学反応した水素と出会った時、生命はその水素を食べ、硫酸を使って呼吸することができます。ですので、生命の存在指標としての『硫化水素』が存在しているのではないかと期待しています」(関根さん)
海の歴史に「ある意外なもの」から迫る!
では、現在のエウロパにはどんな生命がいるのでしょうか。関根さんは「進化した生命」がいる可能性もあると考えています。
「太陽系の中で『生命の進化』ということを期待できる天体は、地球を除くとエウロパだけかもしれません。というのは、エウロパはおそらく今のような環境を長い間、維持しているんじゃないかと考えられていて、ひょっとしたら生命が進化して、単細胞から多細胞になって、さらに進化した生命がいてもいいんじゃないかと、楽観的に思ったりします」(関根さん)
しかし一方で、エウロパの海が今と同じような状態が続いたわけではない可能性もあります。そのため、生命を考える上で、海の環境がどんな変遷をたどってきたのか、それを明らかにすることが非常に重要です。
海の歴史を解き明かす手がかりになるのが、衛星に降り注ぐ「プラズマ」です。プラズマは、分子から電子が飛び出し、陽イオンと電子に分かれて激しく運動している状態のことです。木星には巨大オーロラが常に発生していることが知られていますが、木星とその周辺にはプラズマが常に降り注いでいるのです。
「宇宙風化」によって海の歴史を解き明かす
木村智樹准教授(東京理科大学)は、このプラズマを使って「海の歴史」を解き明かそうと考えています。
「プラズマは最大で光速の99.9%とかすごい速いスピードで宇宙空間を飛び交っています。それが表面に当たることによってエネルギーが衛星の表層に伝わります。それによって表層の変化が起きるのです」(木村さん)
こうしたプラズマによって生じる表層の変化は、「宇宙風化」と呼ばれています。プラズマにさらされた時間が長いほどこの宇宙風化が進むため、木村さんはこの宇宙風化の進み具合から過去に噴出した海水がいつ噴出したのか、さらにはその組成にも迫ろうとしているのです。
宇宙風化の原因となるプラズマが、どれくらい木星の衛星に降り注いでいるのかについてもこれまで分かっていませんでしたが、それを調べる装置「RPWI(電波・プラズマ波動観測器)」もJUICEに搭載されています。木村さんは、探査で得られたデータと実験室でプラズマ照射実験をして得られたデータを比較することで、衛星の海の変遷に迫ろうと考えています。
「衛星の表面でどのぐらい宇宙風化が進んでいるかはスペクトルで分かります。それと実験室で作ったサンプルのスペクトルを比較して、そこから間接的に海の年代や組成に迫りたいと思ってます」(木村さん)
世代を超えた人類の挑戦が幕を開ける
数多くの観測機器を使って木星の衛星に迫ろうというJUICEですが、木星系に到着するのは打ち上げから8年後、2031年の予定です。
「太陽系の探査はすごく時間のかかる、世代を超えた科学的な挑戦だと言えます。前の世代の人が打ち上げて、その結果が出るのは、次の世代かもしれません。番組を見ている高校生が大学院に行ったときに、JUICEの結果が来て、ひょっとしたら生命を発見できるかもしれないですね」(関根さん)
関根さんは、JUICEが「予想だにしない発見」をしてほしいと語ります。
「今立てている仮説の8割くらいは合っていて欲しいのですが、2割くらいは予想だにしない発見をしてもらいたいと。それが太陽系探査の醍醐味です」(関根さん)
今、こうした地球外の「海」は、非常に注目を集めています。JUICE以外にも、来年、NASAが「エウロパ・クリッパー」というエウロパに特化した探査機を打ち上げる予定です。さらに2030年代には、土星の衛星「タイタン」の大気の中を探査するドローンの「ドラゴンフライ」の打ち上げが予定されています。
「太陽系の中に生命がいれば、おそらくこの20年ぐらいの間で見つかるんじゃないかと思っています。生命の発見のための、今、本当に『夜明け前』、前夜と言ってもいい時代です」(関根さん)
私たちの「生命に対する認識」が大きく変わるという時代の転換点。それはもしかするとJUICEによってもたらされるのかもしれません。