“巨大地震”なぜ起きた? 地震学者たちが明かす「これまでに分かったこと」

NHK
2022年3月11日 午後6:00 公開

2011年3月11日、日本を襲ったマグニチュード9の巨大地震は、地震や防災の常識を根底から覆しました。

「先入観を捨てて、『何も分からないんだ』という謙虚な気持ちで研究を続けていく」

「人の命を救うためには、正確さをもう一段高めないといけない」

この巨大地震に向き合ってきた研究者たちの言葉です。

この10年あまり、地震学者たちは膨大なデータを徹底的に読み解き、“なぜ想定外の巨大地震が起きたのか”という問いに迫ってきました。さらに、“巨大津波からどう避難したらいいのか”という問いにも、分野の垣根を越えた新しい研究で挑んできました。

巨大地震にどう向き合い、どう備えればいいのか。研究者たちの闘いを通して、東日本大震災を見つめ、津波防災について考えます。

想定をはるかに上回った“巨大地震”

巨大地震の発生当時、東北と関東の沖合で発生する地震の想定震源域は7つの領域に分けられ、過去の地震データからそれぞれの領域は連動しないという前提で評価が行われていました。そのため宮城県沖で発生する地震の規模は、マグニチュード(M)8弱と想定されていました。

ところが、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震はM9、想定のおよそ30倍という観測史上最大規模の地震となりました。実は、想定震源域のうち6つもの領域が連動して動いていたのです。

地震波の“山”が示す広範囲でのプレートの動き

複数の領域が連動して動いた巨大地震の特徴は、地震波にも表れていました。宮城県で観測された地震波は、揺れがおよそ3分に及んでいることを記録していましたが、東京大学教授の井出哲さんは、地震波に表れた「山」に注目しました。

過去に起きたM7.4 の宮城県沖地震(1978年)の地震波では、1つの山の後は徐々に揺れは収まっていきました。ところが、2011年のM9の巨大地震では、地震波の山が2つあったのです。

井出さんが観測された地震波を集めてプレートの動きを計算で導き出すと、驚くべきことに宮城県沖で想定されていたM8程度の地震ではそれほど動かないだろうと考えられていた「日本海溝のすぐ近くのプレート境界」が大きく動いていたのです。

通常、地震が起きるのは、海底面から数十km以上の深い地点。しかし、日本海溝は、陸のプレートの下に海のプレートが沈み込む「浅い場所」です。こうしたプレート境界の浅い部分は、大きく動くことはなく、むしろクッションのようにエネルギーを吸収する、というのが地震学の常識でした。

「プレート境界の中でも一番浅い日本海溝のところは、通常は地震が起こっても持ちこたえて地震を小さくするのに働きますが、今回は持ちこたえている所が壊れることによって事態をさらに悪化させて巨大な地震を引き起こしたと考えられます」(井出さん)

井出さんは巨大地震発生時の地下の動きを以下のように考えています。

地震は、宮城県沖の深さ24kmで始まりました。これが地震波の1つ目の山として記録されますが、そのとき生じたプレートのずれは次々に伝わって、震源の東側にある日本海溝近くの浅い部分に到達します。すると、普段は大きく動かず、クッションとなるはずのこの場所が一気に動いてしまいます。それによって陸側の広い範囲が引っ張られることで、陸側の広い範囲に再び力が加わり、さらなる地震を起こしました。これが2つ目の山として記録されたのです。

地震直後、実際に海底の地形調査が行われ、確かにプレート境界の浅い部分が水平方向に50m動いていることが確認されました。

浅い部分を動かしたのは“粘土”

なぜクッションとなるべき浅い部分が大きく動いたのでしょか。巨大地震の翌年、地球深部探査船「ちきゅう」が、地震で大きく滑ったプレート境界の浅い部分にある地質サンプルを回収するために、日本海溝に向かいました。

海底下820mを掘り抜き、サンプルを引き上げると出てきたのは、粘り気のある“粘土物質”でした。

この物質が鍵を握っているのではないかと研究を続けてきたのが、大阪大学准教授の廣野哲朗さんです。

「ちきゅう」による調査で、地震発生当時、プレート境界の浅い部分は「摩擦熱」で800度以上に達していたと推定されることがわかっています。そこで、廣野さんはこの試料を加熱することで、地震時の摩擦熱が与えた影響を調べました。すると、驚きの事実が明らかになったのです。

実験の結果、試料の温度を上げていくと、試料に含まれる水分が抜け、重さが減ることが分かりました。注目すべきことに、加熱を続けると温度が400度を超えたあたりから試料の重さが急激に減ったのです。地震の摩擦で、800度に達した場合、重さのおよそ8%が粘土から抜け出し、水となることがわかりました。

「日本海溝の断層だとデータが示すように、摩擦発熱で加熱されるとともに、鉱物の中から水がどんどん出てきます。おそらく地震のときに、断層の中の鉱物自体から水がどんどんその場に供給されていって、巨大滑りに影響したのではないかと推測されます」(廣野さん)

巨大滑りのメカニズム「サーマル・プレシャライゼーション」

廣野さんの仮説によると、地震が起こったとき、プレート境界では摩擦熱が発生し、粘土質から水がしみ出します。水が熱によって膨張すると、プレート境界の浅い部分が浮き上がり、境界面の摩擦が急激に低下、非常に滑りやすくなります。これは「サーマル・プレシャライゼーション」という現象です。

廣野さんが数値シミュレーションを行ったところ、浅い部分に滑りが到達してすぐ、サーマル・プレシャライゼーションが起こり始め、15秒後にはすべりは50m以上になることが示されました。

「ひずみのエネルギーをためないはずのプレート境界の浅い部分でも、大きく滑ったというのが今回の東日本大震災の特徴の一つですが、地下深くから滑りが伝ぱしてきたときに“サーマル・プレシャライゼーション”が起きると、つられて非常に大きな滑りを起こしてしまうということが今回の研究で明らかになりました。非常に怖いメカニズムの一つだと思います」(廣野さん)

サーマル・プレシャライゼーションによって50mのすべりが発生すると、海底面が大きく変形するために巨大津波を引き起こす要因になると考えられています。廣野さんが南海トラフのサンプルを使って実験を行ったところ、そこでもサーマル・プレシャライゼーションが起きる可能性があると示されました。

津波発生時の避難 見えてきた課題とは?

東日本大震災の犠牲者は1万8千人以上にのぼり、そのほとんどは津波が原因です。 “津波が発生した際の安全な避難”についての研究も始まっています。

浮き彫りになった課題の1つが、避難時の渋滞です。東日本大震災では、車による渋滞のため、結果的に非常に避難が遅れたというケースも見られました。さらに人が多い都市部では、避難はどうあるべきなのでしょうか。

川崎市では、東京大学、東北大学、民間企業とともに、都市部での避難に何が必要かを探る研究が行われています。その核となるシミュレーションを行ったのが、東北大学在学中から津波避難について研究してきた富士通の研究員、牧野嶋文泰さんです。

牧野嶋さんが今取り組んでいるのが、川崎市沿岸部をモデルにした“都市部での避難”シミュレーションです。神奈川県が想定しているM8.5相当のある地震モデルでは、川崎市は最大3.5mの津波が到達すると想定されています。昼間の人口は、33万人にも及びます。

全員徒歩で最寄りの避難所まで移動すると仮定して、シミュレーションを行ったところ、地震発生から10分ほどで、避難する人で道が混雑し、うまく動けなくなります。こうした混雑は、市内のあちこちで起きることがわかりました。条件によっては1つの避難所に2万5千人が集中するなど、都市部での課題が見えてきたのです。

混雑解消のカギは“予測水域内”にいる人

津波からの避難の際に起きる混雑を解消するために、避難対象者に“ある条件”をつけて避難する人数を制限した場合はどうなるのか。さらなるシミュレーションが行われました。“ある条件”とは“予測浸水域内”にいる、およそ8万2千人だけが避難するシミュレーションです。すると、全員が避難した場合と比べて大幅に混雑が解消されることが分かりました。つまり、都市部でスムーズに避難するためには、“どこまで浸水するのか”という情報が重要になる可能性が見えてきたのです。

シミュレーションによって潜在的な課題が出てきた一方で、都市部は避難にとっての利点もある、と牧野嶋さんは語ります。

「都市部というのは人口密集等のリスクはある一方で、高い建物も多く存在していて、避難に有利な条件というのもありますので、そうした特徴をどう生かしたらいいのかというのを、今後検討していかなければいけないと思います」(牧野嶋さん)

精度が向上している津波浸水予測などの防災情報をどう活用するか。これからは情報の発信側と受信側とが一緒に考えて、様々なシナリオを想定していくことも求められます。

専門家だけでなく誰もが災害への想像力を

地震学の立場から東日本大震災に向き合い、都市の避難といったジャンルを越えた横断的な研究に参加している東京大学地震研究所教授の古村孝志さんは、これからの防災のあり方についてこう語ります。

「3.11の直後は、地震の研究でどこまで人の役に立つのかとかなり悩んだ時期もありますが、やはり研究を止めてはいけないんですね。災害はこれで終わりではない。防災は地震学だけでできるものではなく、建築土木、都市づくり、工学、心理学、経済など垣根を越えて総合力で研究していくことが大事だと思います。その先にまだまだ技術はあると信じています」(古村さん)

この11年で、研究者たちの災害に向き合う真摯な姿勢によって革新的に科学や技術が進歩しました。一人一人がこうした最新研究に耳を傾け、災害に対する想像力をふくらませることが、巨大地震への備えにつながるのかもしれません。