「ノーベル賞」真鍋淑郎さんが大切にする、「本質」を見抜く“2つの言葉”

NHK
2021年12月17日 午前11:20 公開

今年のノーベル物理学賞は日本出身の真鍋淑郎さんらが受賞しました。真鍋さんは温暖化研究に欠かすことができない「気候シミュレーション」の礎を築いた功績を評価されての受賞でした。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2021年8月に発表した第6次報告書は、「人間の活動による影響が地球温暖化をもたらしたことは疑う余地がない」と初めて断定しましたが、この源流にあったのが真鍋さんの研究です。

実は、真鍋さんが初めて計算によって地球温暖化を示したのは50年以上も前のこと。「大気中の二酸化炭素濃度が2倍になると地球の平均気温は2.36℃上昇する」という研究結果を発表しましたが、この数値は最新の研究結果とも近い値です。

コンピューターの性能が今よりはるかに劣る時代に、真鍋さんはどのようにしてこの結果を導き出したのでしょうか。そして、真鍋さんを研究へと突き動かした原動力は何だったのか、ノーベル賞研究の神髄に迫ります。

「気候シミュレーション」は“地球まるごと実験”

真鍋さんのノーベル物理学賞の受賞理由は「地球の物理的な気候モデリング。変動性の定量化。温暖化の信頼に足る予測」です。聞きなれない言葉が並んでいますが、「気候モデリング」というのは、現代の気候研究には欠かせないものとなった「気候モデル」を用いた気候のシミュレーションのことです。

日本の温暖化研究の第一人者で、長年気候シミュレーションを行ってきた国立環境研究所の江守正多さんはこう説明します。

「実際の地球の中では、大気や海、陸、氷が物理法則に従って振る舞い、風が吹いたり、雨が降ったりしています。それらをコンピューターの中で計算するのが気候シミュレーションです。しかも、そこでは現実の地球ではできないような実験ができるというわけです」(江守さん)

気候に関わる現象を計算式としてコンピューターに組み込んで作り上げた仮想の地球では、海をなくしてみたり、二酸化炭素濃度を変えてみたりと、様々な実験をすることができます。真鍋さんの功績はこうした気候モデルの基礎を築くとともに、数値実験によって温暖化を示したことにあるといいます。

「国際社会が地球温暖化に向き合うことの源流に真鍋さんの気候モデルがあったと言えるんじゃないかと思います。人間活動の影響で実際に温暖化が起きているのかを調べるためには気候モデルを使いますし、もちろん将来の気温が何度上がるとか、どこで大雨が増えるとか、そういった予測にも気候モデルを使っています」(江守さん)

現在、こうした気候シミュレーションは、超高性能のコンピューターを使って計算が行われています。例えば、世界でもトップレベルの気候シミュレーションを行っている海洋研究開発機構(JAMSTEC)では、1秒間に2京(=20,000,000,000,000,000)回もの計算を行えるスーパーコンピューター「地球シミュレータ」を使っています。

ここで使われているモデルは、地球表面を150km程度のメッシュに分割。そして、大気を81層に、海を63層に分割して計算を行います。分割したそれぞれの箱の中で、気温や水温、風向きなど、気候に関わる要素を計算することで、地球全体の気候が再現されるのです。

気候シミュレーションはいわばコンピューター上に地球をまるごと再現して行う壮大な実験で、膨大な計算を必要とするものですが、コンピューターの黎明期に真鍋さんはどのようにして研究を行ったのでしょうか。

真鍋さんは“大胆な単純化”で気候に挑んだ

真鍋さんが気候の研究を始めたのは1950年代、日本は敗戦の名残が残る時代でした。天気予報ひとつとっても、各地の百葉箱や海上の定点観測船に気象台の職員が自ら赴き、データを収集しては電報などで送って天気図を作成していた時代です。当然性能の優れたコンピューターなどあるはずもなく、「気候モデル」という概念さえありませんでした。

真鍋さんにとって転機となったのは、東京大学で学んでいた学生時代に執筆した論文でした。アメリカや日本のデータを用いて、海が大気に与える影響を詳しく計算した野心的なもので、世界の気候研究をリードしていたアメリカ国立気象局の目にとまりました。実は、当時アメリカでは誕生したばかりのコンピューターを使って地球の気候を再現しようという壮大な計画が始まったところだったのです。真鍋さんは大学院の博士課程を終了後、すぐに海を渡り、コンピューターを使った研究を開始します。

当時のことを振り返って真鍋さんはこう語ります。

「私の上司は私のやりたいことを何でもさせてくれ、コンピューターに必要な費用はすべて出してくれました。だから、私は使いたいコンピューターをすべて手に入れ、自由に研究ができたのです」(真鍋さん)

とはいえ、部屋1つを埋め尽くすほどの巨大なコンピューターでもその性能は現代の関数電卓程度だったといいます。計算能力が制限されている中で、どのように複雑な地球の気候を計算したのでしょうか。

真鍋さんがまず行ったのは、“大胆な単純化”でした。地球全体の大気を、地表から上空まで続く一本の柱とみなす、つまり1次元で計算を行うことにしました。考慮するのも太陽と大気と地表による以下の4つの要素だけです。

・太陽から届くエネルギー ・地表から宇宙へ放射されるエネルギー(一部は大気を温める) ・地表と大気の間でやりとりされるエネルギー ・大気の対流

シミュレーションの正しさを検証するために、真鍋さんは、計算によって実際の高度と気温の関係を再現できるのかを試しました。観測で分かっていたのは、地表付近でおよそ15℃の気温が、高度10kmあたりまでは下がり続け、さらに高度が上がると逆に上昇するということでした。

真鍋さんは計算で見事にこの観測データをほぼ再現する結果を出しました。徹底的にシンプルにしたモデルでも、地球の気候をかなり正確に再現できるということが、世界で初めて示されたのです。1964年のことでした。

“好奇心”による計算で“温暖化”を予測…!?

最初のモデルを完成させた真鍋さんは、“演習問題”としてモデルの様々な数値をいじって気候に与える影響を調べることにしました。

真鍋さんが目を付けたのが、二酸化炭素濃度です。当時はまだ二酸化炭素濃度と気温上昇の関係は注目されていませんでした。真鍋さんの人柄についてよく知る同僚の研究者、アメリカ海洋大気局地球流体力学研究所のヴェンカタチャラム・ラムスワミー所長は真鍋さんの様子をこう語ります。

「彼はとても話し好きで、知りたがりで、いつも新しい疑問や課題を探していました。分野に分け隔てなく、様々な人と議論を交わすのが好きだったんです。当時、大気中の二酸化炭素の濃度の測定は始まったばかりでした。彼は科学的な好奇心から『もし二酸化炭素が増え続けたらどうなるのだろう』と考えて、実験を始めたのです」(ラムスワミーさん)

実は、真鍋さん自身もノーベル賞受賞の際のインタビューで、何度も「好奇心」という言葉を使い、「好奇心こそが私の研究活動すべての原動力」と言い切っています。

好奇心で始まった真鍋さんの“二酸化炭素の実験”でしたが、どんな計算をしたかというと、またもや大胆な条件を設定します。「二酸化炭素濃度を2倍に設定したら気温にどう影響するのか」をシミュレーションしたのです。その結果、「地表では気温が2.36℃上昇する」という結果がはじき出されました。これが、世界で最初に温暖化問題が具体的な形で示された瞬間でした。1967年のことです。

現在の最新の気候研究でもその予測値はおよそ3℃と、近い値を示しています。真鍋さんは50年以上も前から高い精度で地球温暖化を予測していたのです。

気候モデルの命は“シンプルさ&バランス”

コンピューターが非力な時代になぜ真鍋さんはこれほど高い精度で温暖化の影響を計算できたのでしょうか。江守さんはこのように説明してくれました。

「真鍋さんは本質を理解する物理的な洞察力が優れていたということではないかと思います。なにしろ計算機の能力は非常に限られていますので、単純な計算しかできません。そうすると、本質を見極めて計算するしかない。それが成功したんだと思います」(江守さん)

まさに、そのことを表す言葉を、真鍋さんは同僚へ贈ったしおりに残しています。

「シンプルさ&バランス」

単純化して本質を取り出し、かつバランスが取れている―。真鍋さんはその精神で気候モデルを進化させていきます。当初、高さ方向の「1次元」の計算だったモデルは「3次元」に。さらに、大気のみの計算をしていたところに「海」を入れることにしたのです。

実は、海は地球の気候を理解するうえで、非常に重要な要素です。海は熱しやすく冷めにくい性質があるため、赤道付近で温められた海水は高緯度地域へと熱を運び、気候に影響を与えているのです。真鍋さんが進化させた海を取り入れたモデルは「大気海洋結合モデル」と呼ばれ、現在の気候モデルでは、ほとんどに採用されています。

このように真鍋さんは、ひとつひとつの要素の「本質」を的確に見抜き、ブロックを積み上げるように着実に気候モデルを作り上げていきました。そして、現在、気候シミュレーションは地球温暖化の研究になくてはならないものになったのです。

日本の温暖化研究で中心的な役割を果たしてきた江守さんは、真鍋さんの功績をこう語ります。

「真鍋さんは、好奇心に基づいて研究をしていたら、その結果が人類の大きな課題を解決するカギになったという方です。始まりは好奇心だったわけですが、それによって作られた研究分野があって、そこに私も含めて世界中の多くの研究者がバトンを引き継いで研究を発展させていく。そしで今、温暖化についての正しい理解にたどりついているという感じがします」(江守さん)

地球温暖化に対する危機感が世界で共有されるようになった今、真鍋さんが切り拓いた気候モデル研究がノーベル賞を受賞した意味を一人一人が考え、温暖化対策に向かう原動力にしていくことが大切なのかもしれません。