その体調不良、もしかして「天気痛」…!? 多くの人が知らない“驚き”の原因

NHK
2022年3月5日 午前11:30 公開

「天気が崩れると頭が痛くなる…」多くの方は経験があるのではないでしょうか。天気の影響で、頭痛や肩こり、けん怠感など体に不調が起きる「天気痛」に悩まされている人は多く、自覚していない“隠れ天気痛”の人を含めると、日本では1000万人以上いると推定されています。

しかし、天気痛のメカニズムは長年、謎に包まれていました。どんな気象条件で天気痛が起きるのか、体がどのようにして天気の変化を感じているのか、全く分かっていなかったのです。そんな中、ある日本人研究者が15年をかけて、ついにその原因の一端を明らかにしました。

決め手になったのは、医師と気象予報士がタッグを組んで行った、膨大な気象データと患者たちの症状の分析です。メカニズムが見えてきたことで天気痛に悩まされてきた患者の暮らしに劇的な変化をもたらしています。さらに、そこからは私たち人間の体が、驚くほど敏感に天気の変化を感じ取っていることが見えてきたのです。

春先は、天気痛にとって注意が必要な季節。天気痛の正体と対処法を知ることで、原因不明だった体調不良の悩みが少しは軽減されるかもしれません。

驚くほど多い!「天気痛」の悩み

日本で初めての専門外来「天気痛・気象病外来」がある愛知医科大学病院には一日、30人ほどの患者が全国から訪れます。この外来を立ち上げたのは、“天気痛ドクター”とも呼ばれる愛知医科大学客員教授の佐藤純さんです。もともと内科医として痛みに悩まされる患者に向き合うなか、「雨の日に症状が出やすい」と訴える患者さんの声をきっかけに、そのメカニズム解明に乗り出しました。

佐藤さんが研究を始めたのは15年前。当時、天気痛は病気として扱われておらず、「気のせい」とまで言われていたといいます。

「天気痛のことを他の医師に話すと、『そんなものあるわけない』『おかしい』と言われるのがほとんどで、何かあると思っても対処法がないので患者さんが放置されている状況でした」(佐藤さん)

しかし、天気痛を持っている人は予想以上に多いことが最近の調査で分かってきました。全国1万6000人を対象に行われたアンケートで、男性の47%、女性の78%が「天気痛を持っている」もしくは「持っている気がする」と答えました。天気痛持ちのおよそ半数が頭痛を訴え、他にも肩こりや関節痛、腰痛、けん怠感など様々な症状も分かりました。(ロート製薬・ウェザーニューズ調べ)

しかも、その悩みは深刻です。佐藤さんを受診する患者は、「ひどいと一切布団から出てこられなくなる」「原因不明の体調不良で不安で学校にも行けなかった」と話します。

「天気」を感知する“体のセンサー”とは?

一体、痛みの原因はどこにあるのでしょうか。天気が崩れるのは、気圧が下がるときであることは周知の事実でした。佐藤さんは、体のどこかに「気圧の変化」を感じるセンサーがあり、それがきっかけとなって痛みを発症するのではないかと考えました。そして、そのセンサーは、「耳」にあるのではないかという仮説を立てます。

「飛行機に乗ると、気圧がずいぶん変わるので耳が少し変な感じになりますよね。それから考えても、耳は気圧の影響を受けやすい場所だと思ったのです」(佐藤さん)

耳の奥にある「内耳」は、音を聞く部分と平衡感覚を司る「前庭器官」に分かれています。前庭器官はとても柔らかくて中にはリンパ液が詰まっているため、気圧が変わるとこのリンパ液が揺れたりして変化を感知、「前庭神経」が興奮することで、その情報を脳に伝えていると考えたのです。

これを証明するために佐藤さんは、人間と内耳の構造や機能がほぼ同じであるマウスを減圧装置に入れて、気圧を下げる実験を行いました。もし、前庭神経が気圧の変化を感じて興奮していれば、脳内の「前庭神経核ニューロン」に神経が興奮すると出現する「c―Fos」(シーフォス)というたんぱく質が現れると考えたのです。

実験の結果、減圧装置に入れたマウスの脳には、見事にc-Fosが黒い点となって現れたのです。このことから佐藤さんは、気圧の変化が起こると、前庭神経がその情報をキャッチして興奮し、すぐそばの三叉神経を刺激することで、神経伝達物質を放出させると考えました。これに反応し、脳の血管が拡張することで、炎症物質が放出されて頭痛に繋がるというのです。

一方、頭痛以外の肩こりやけん怠感、腰痛といった症状はどのように引き起こされるのでしょうか。実はこれらの原因もすべて内耳にあると考えられています。内耳の前庭神経は平衡感覚に関わる「回転刺激」にも反応するので、気圧の変化を感知して興奮すると、脳がその信号を受け取り「回っている」と認識してしまいます。

しかし、目からは、「回っていない」という情報が来ます。この情報の混乱で緊張した心身が交感神経を興奮させ、全身の血管が収縮して、血流が悪化します。結果、全身のさまざまな場所に痛みが出たり、けん怠感、めまい、肩こりなどが起きたりするのではないかというのです。

内耳が敏感な人ほど天気痛になりやすく、乗り物酔いをしやすい、高所で耳が痛くなったり違和感が出たりする、耳抜きが下手であるといった人は、内耳が敏感で気圧の影響を受けやすい場合が多いので注意が必要です。

天気痛を軽減するには

天気痛の症状改善のために佐藤さんがまず勧めるのは、自律神経を整えることです。

「自律神経が整っていると天気から受ける影響は小さくなります。一般的に言われているように、朝きちんと起きて朝ご飯をしっかり食べるとか、お風呂にきちんと入って温まるとか、早く寝るのが大事です」(佐藤さん)

それでも症状がひどい場合、佐藤さんは、めまいを止める薬を処方。内耳の働きを弱める効果があり、頭痛を訴える患者さんも、頭痛薬なしで痛みが治まるといいます。

メカニズムが見えてきたことで患者さんの天気痛の苦しみも軽減していると感じています。

「患者さんにお話を聞くと、原因がわからず6箇所も病院を回ったり、『怠け者だ』と言われたりしてつらい思いをしたという患者さんもいます。『あなたは天気痛ですよ』って伝えると、もうそれだけで安心したという方がほとんどです」(佐藤さん)

異色のタッグで「天気痛」の“真犯人”が見えてきた!

愛知医科大学客員教授の佐藤純さんが明らかにした天気痛を引き起こす体のメカニズム。しかし実は、天気痛がどんな気象条件で起きるのかは分かっていませんでした。

佐藤さんも当初は、低気圧が近づく時の“大きな気圧の変化”が原因だと考えていましたが、「雨の前、晴れていても体調不良になる」「天候が崩れる前からつらく、不安で外出できない」といった、気圧が大きく変化する前から調子が崩れるという患者が後を絶ちません。

佐藤さんは、気圧が大きく変わる前に、体が何らかの前兆を感じ取っているのではないかと考え、患者が体調を崩すときの気圧を確認しますが、容易ではありませんでした。

「小さい頃から気象は大好きな分野だったので、自分で天気図を書いたりしていましたが、専門家ではないですし、データの蓄積もなく限界を感じていました」(佐藤さん)

そこで、気象の専門家に協力を仰ぐものの、この研究に興味を示してくれる人はなかなか見つかりませんでした。それでも諦めずにいると、耳を傾けてくれたのが大手気象情報会社で天気の予報や研究を行っていた森田清輝さんでした。実は、森田さんも、同じような疑問を持っていたのです。

「ちょうどスマートフォンに気圧計が載りはじめた時期で、いろいろなものを測っていました。すると、天気が晴れていても、小さな気圧の変動が起きていることがありました。それと、周囲の人の体調が崩れるというのが一致することが何回かありました。原因がわからずモヤモヤ感がありました」(森田さん)

そこで、医師と気象予報士という異色の二人がタッグを組んで、原因を探ることになったのです。まず行ったのは、天気痛を持っている人のべ16万人へのアンケート調査です。

例えば、2018年9月30日に日本列島を直撃した台風24号について、どのタイミングで体調が崩れるのか調べました。すると、最接近の2日前、台風がまだ本州からだいぶ離れている時に、すでに32%もの人が体調を崩していたのです。このときの天気の様子を調べると、本州には雲はほとんどかかっておらず、気圧の大きな変化もありませんでした。

天気痛の“真犯人”は「気圧の微細な変化!?」

天気痛の本当の原因を突き止めるため、森田さんは台風接近時の気象データを徹底解析しました。すると気圧変化の中に隠されていた“あるもの”を発見します。気圧のグラフを拡大してみると、台風が直撃する前の2日間は小さな変動が続き、波形がギザギザになっていることが分かったのです。変動幅は0.5ヘクトパスカル(hPa)程度、「微気圧変動」と呼ばれる気圧の微細な変化が起きていました。

微気圧変動を地図に落とし込んだもので解析すると、本州からおよそ3000kmも離れたフィリピン沖で発生した超大型の台風で生じた小さな気圧の変動が、2日間にも渡って“さざなみ”のように日本に押し寄せていることが分かりました。台風が接近したときの気圧変動である約50hPaと比べるとごくわずかな変動ですが、佐藤さんもこれが天気痛の“真犯人”だと確信したといいます。

「気圧の変化の幅は小さくても、それが頻回に繰り返され、しかも速いスピードで変化することで内耳の前庭器官が刺激され続けます。天気痛につながる非常に重要な変化だと考えられます」(佐藤さん)

しかし、まさかこのノイズのような微細な変動が天気痛の原因になっていたとは解析前には誰も想像していませんでした。

「気象関係者は天気を知るために大きな気圧変化を見ているから、小さな気圧変化は“ゴミみたいなもの”と言われました。『こんなゴミみたいなものに興味があるんですか?』と。でも、『ゴミ箱から拾ってみます』と膨大なデータを解析してもらいました。多くの患者さんが体調を崩すのが微気圧変動のタイミングと一致したときは『やった!』という感じでした」(佐藤さん)

もう1つの原因は、気圧の周期変動「大気潮汐」

天気痛が微気圧変動によって引き起こされることを突き止めた佐藤さんでしたが、それだけでは説明がつかない天気痛患者の声が届きます。

「決まった時間に度々頭痛がします。一体なぜでしょうか?」

天気痛がなぜ“決まった時間”に起きるのか。周期的な気圧の変化が隠されているのではないかと考えた佐藤さんは、気象の専門家チームに相談しました。そこで浮かび上がったのが、「大気潮汐」という現象です。大気潮汐は太陽で暖められた大気が膨張して気圧が下がるなどして起きる周期的な気圧の変動で、12時間周期で決まった時間に約1~2hPa程度の変動幅のアップダウンを繰り返す気圧の波として観測されます。

しかし、いつも起きている環境の周期的な変化に、人間の体はうまく対応するようにできているはずと考える佐藤さんは、この周期的な変化の「リズムが狂うとき」が怪しいのではないかと考えました。

そこで、詳しく大気潮汐を分析したところ、通常の変動幅と大きくズレが発生するときがあることを発見。それは1日の気温差が大きいときで、ズレは最大2hPaから4hPaほど。佐藤さんが患者の体調のデータと照合すると、不調のタイミングと一致していたのです。

「内耳は非常に敏感な器官なので、いつものリズム変化からズレを感じ取って、反応しているのだろうと考えます。大気潮汐のズレはわずかですが、体に大きな影響を与えていると思います」(佐藤さん)

天気痛とうまく付き合うためには?

完治が難しい天気痛ですが、日常生活の中でうまく付き合っていけば、症状を大幅に軽減できるといいます。佐藤さんのオススメは「天気痛日記」といって、痛みの出現や消失のタイミングと天気を一緒に記すことです。

「漠然と痛いということではなく、天気痛日記を付けることで自分の痛みがどういうタイミングで出るか、消えるかが分かるだけで心理的な不安が減り、痛みが軽減されたという患者さんもいらっしゃいます。また、調子が悪くなるタイミングが分かると予定を調整したりもできますし、明日には天気痛が収まると分かると見通しが立てられます」(佐藤さん)

特に台風の季節や低気圧が発達しやすい春先は、天気痛が起きやすい季節です。佐藤さんは、日頃から規則正しい生活を心がけて自律神経を整えることが、気圧の影響を受けにくくすることにつながると教えてくれました。

そして、こうした地道な研究による「天気痛」の解明で、わたしたち人間は思っていた以上に、精巧な体の仕組みを持ち、自然と密接に関わって生きていることが分かりました。

「地球上で私たちが生活してきた中で、天気、つまり温度や湿度、気圧というものに対して、うまく適応しながら生きてきました。そのために大事な器官として内耳がありました。日常生活では気圧を意識することはありませんが、我々が考えている以上に、天気の影響を受けているんだということを改めて考えていかなければならないのだと思います」(佐藤さん)

天気痛は痛みを加える厄介者でもありますが、一方で、自然の微妙な変化をいち早く教えてくれるサインでもあります。天候に関わらず、いろいろなことが便利にできる現代ですが、天気痛のない人はある人の痛みへ少しご配慮いただき、天気痛がある人もない人も、たまに立ち止まって、気圧や自分の体の感覚を振り返ってみるのもいいかもしれません。