哺乳類なら知っておきたい! 「おっぱい」の“秘密”

NHK
2022年3月17日 午後3:00 公開

地球上におよそ6000種いるとされる哺乳類。そのすべてに共通するのが「哺乳」、つまりおっぱいを与えて子どもを育てるという生態です。

いま、研究者たちは謎に包まれていたこの神秘の液体に大注目。それぞれの種の生息環境や子育てスタイルに応じておっぱいが最適な成分に進化してきたこと、特に私たち人間のおっぱいには、未熟な赤ちゃんを病気から守る巧妙な仕組みが備わっていることなど、驚きの事実を次々と解き明かしています。

さらに、おっぱいは、哺乳類が地球上のあらゆる場所に進出することを許し、大繁栄を遂げる原動力のひとつだったことも突き止めています。

おっぱいは“オーダーメード”の飲み物

北海道・帯広畜産大学の浦島匡(うらしま・ただす)教授は、30年以上にわたっておっぱいの成分を分析する研究者です。ウシを皮切りに、これまで世界中の50種を超える哺乳類のおっぱいを集めて分析してきました。

おっぱいは、母親の血液に含まれる栄養分と水分が乳房にある乳腺に取り込まれてつくられる液体です。どの種の哺乳類のおっぱいにも共通して、水分、糖、タンパク質、脂質が含まれています。しかし、それぞれの成分の割合は種によって驚くほど違うことが分かってきました。

例えば、カナダなど寒い地域の海に暮らすタテゴトアザラシは、クリームのようにドロドロとしたおっぱいを出します。このおっぱいの成分を分析すると、水分はわずか3割で栄養分が7割を占めることが分かります。ウシのおっぱい(牛乳)の場合、9割が水分であることを考えると、驚くほどの濃さです。しかも、タテゴトアザラシのおっぱいの栄養分のなかで、8割近くを占めているのは脂質です。

浦島さんは、タテゴトアザラシの特徴的なおっぱいの理由は生息環境にあると考えています。海に浮かぶ氷の上で生まれるタテゴトアザラシの赤ちゃんにとって、寒い環境で体温を一定に保ちその後の水中生活に耐えるには、分厚い皮下脂肪が必要です。

加えて、タテゴトアザラシの授乳期間はわずか2週間しかありません。急速に皮下脂肪を蓄えるためにも、脂っこいおっぱいが必要なのです。誕生時10キロほどの赤ちゃんは1日2キロのハイペースで成長し、2週間で40キロにもなります。

一方、アフリカの草原に暮らすキリンの場合、赤ちゃんにとって、おっぱいは水分補給源にもなります。そのため水分が多く含まれており、栄養分はタテゴトアザラシの約9分の1しかありません。キリンの授乳期間は約300日もあり、それほど急激に体を大きくする必要がないため、薄くても十分なのです。

それでは、私たち人間のおっぱいは、どんな特徴を持つのでしょうか? 

成分をウシと比べると、水分と栄養分の割合はほぼ同じですが、ウシに比べて糖が多く、栄養分の約60%を占めています。哺乳類の中でも体重に対する脳の割合がとりわけ大きなヒトは、赤ちゃんの時期に特に著しく脳が発達します。脳はエネルギーとして大量の糖を消費するため、おっぱいに糖が多く含まれると考えられます。

生息環境や子育ての方法によって大きく異なるおっぱいは、まさに“オーダーメード”の飲み物といえるのです。

成長に合わせて成分も変化!

赤ちゃんの成長段階に応じて、おっぱいの成分が変わる種もいます。キリンもその一例です。出産後1か月半ほど経つと、元々薄かったおっぱいがさらに薄くなり、向こうが透けて見えるほどサラサラに変化します。

「キリンの子どもは生後1か月半くらいたつと木の葉を食べ始め、そこからも栄養を摂取するようになるために薄くなると考えられます」(浦島さん)

ヒトのおっぱいもまた、時期によって成分が変化します。出産後10日後から30日後ごろにかけて糖が増加し、出産直後の1.2倍ほどの濃さになります。一方、タンパク質は100日後までかけて大きく減少し、出産直後の6割ほどに減ります。

「体を作るにはタンパク質が、脳を発達させるには糖が必要です。お母さんの遺伝情報(ゲノム)に刻み込まれたメカニズムによって変わっていくと考えています」(浦島さん)

赤ちゃんに最適な栄養分を与えてくれるおっぱい。実はある意外なものが起源かもしれないというという説が浮かび上がってきました。

おっぱいの元は「汗」!?

赤ちゃんに最適な栄養分を与えてくれるおっぱい。実はある意外なものから生まれた可能性があることが分かってきました。そのヒントをくれるのは、卵を産む原始的な哺乳類のハリモグラです。

ハリモグラもおっぱいで子どもを育てますが、おっぱいは乳首ではなく、母親の皮膚からじわじわと染み出します。初期の哺乳類も、同じようにしておっぱいを与えていたと考えられています。

さらにハリモグラは、皮膚からでる「汗」のような体液で卵を濡らすことが知られています。この体液は殺菌作用を持つため、卵を病原体から守るのに役立つと考えられます。

「この体液こそがおっぱいの起源だ」と考えているのがスミソニアン環境研究所のオラブ・オフテダル博士です。

オフテダルさんが、ハリモグラのおっぱいを詳しく分析したところ、おっぱいの生成に欠かせないタンパク質「αラクトアルブミン」が、「リゾチーム」と呼ばれる、体液に含まれ、殺菌作用を持つタンパク質と、うり二つの構造をしていることが明らかになったというのです。

「太古のある時、遺伝子に突然変異が起きて、殺菌物質であるリゾチームを含んだ汗のような体液が変化し、αラクトアルブミンを含む栄養豊富なおっぱいができたと考えています」(オフテダルさん)

「病気を防ぐ機能に栄養を与える機能が加わり、おっぱいになった」――これが、オフテダルさんの考えるおっぱい誕生のシナリオです。

おっぱいのおかげで「移動」が可能に!?

アメリカ農務省の生物学者のダニエル・リメイ博士は、さまざまな哺乳類の遺伝子を調べ、「病気を防ぐ」という本来の機能が環境に合わせて多様に進化していることを発見しました。

「異なる環境に暮らす哺乳類は、それぞれ別の病原体と出会い、病気を防ぐ機能を発達させていったのです」(リメイさん)

そして、そこに新たに加わった「栄養を与える」という機能が、哺乳類の繁栄を後押ししたと考えています。

「卵を産む動物は、生まれてくる子どもが栄養にアクセスできる環境で産卵する必要がありますが、哺乳類の母親は栄養がない環境でも、おっぱいで子どもを育てられます。これまで他の動物がすんでいなかった場所にも大胆に移動できるようになり、地球全体で繁栄を遂げるようになったのです」(リメイさん)

未熟な赤ちゃんを守る! ヒトのおっぱいの真の実力

さまざまな哺乳類のおっぱいを分析してきた北海道・帯広畜産大学の浦島匡(うらしま・ただす)教授は、ヒトはおっぱいによって赤ちゃんを病気から守る機能を特に発達させてきた生き物だと考えています。

「二足歩行のヒトは、四足歩行の動物に比べて重力の影響を大きく受けるため、骨盤が小さくなりました。だから、未熟な状態で子どもを産むのです。小さく生まれる子どもを守る秘密が、おっぱいの中にあるわけです」(浦島さん)

実はヒトのおっぱいには、主な栄養素に加え、お母さんの体内で作られる抗体、酵素などの、さまざまな物質が微量に含まれています。こうした物質が赤ちゃんを病気から守り、大きく成長するのを助けていると考えられます。

さらに、おっぱいに含まれる「糖」にも、病気を防ぐ役割があることが分かってきています。「乳糖とミルクオリゴ糖という2種類の糖のうち、ミルクオリゴ糖の方に感染防御機能があると分かったのです。ミルクオリゴ糖はウイルスや細菌などの病原体にくっついて、病原体が細胞に侵入するのを防いでくれます」(浦島さん)

乳糖はおっぱいに含まれる糖の約8割を占め、エネルギー源として小腸で消化吸収されます。一方のミルクオリゴ糖は、乳糖に別の糖が結合した糖で、消化されずに大腸まで到達し、腸の中に多くいる病原体にくっついて体外に排出し、感染を防ぐ働きを発揮します。

ヒトのおっぱいに含まれるミルクオリゴ糖は、250種類もあり、浦島さんは、哺乳類の中でも特に多様化していると指摘します。

「ミルクオリゴ糖は、種類によって結合する病原体が異なります。多様化することによって、このウイルスにはこのミルクオリゴ糖、この細菌には別のミルクオリゴ糖、というようにして感染防御機能が高まるのです」(浦島さん)

さらに、ミルクオリゴ糖には、腸内細菌のビフィズス菌のエサになり、腸内環境を整える役割もあります。

「母乳を飲んでいる赤ちゃんは下痢になりにくいのですが、最近になって、ミルクオリゴ糖が関係していると分かってきました」(浦島さん)

粉ミルクを母乳に近づける

いま、粉ミルクに赤ちゃんを病気から守る機能を持たせることを目的に、ミルクオリゴ糖を人工的に作る技術開発が世界中で加速しています。その開発に世界で初めて成功したのは日本の企業です。

ミルクオリゴ糖は乳糖に別の糖が結合した複雑な化学構造をしているため、狙った場所に正確に糖同士を結合させることが難しく、開発は一筋縄ではいきませんでした。この企業は、微生物の働きを利用することで、そのハードルを突破しました。

ごく簡単に言うと「微生物にエサとして乳糖を与え、発酵させることでミルクオリゴ糖を作り出す」という方法です。この微生物は、自分自身の酵素を使って、乳糖に微生物自体がもっている別の糖をくっつけ、目的とするミルクオリゴ糖を作り出してくれるのです。

この企業では、すでに比較的単純な構造の3種類のミルクオリゴ糖を大量生産することに成功しています。研究員の田畑和彦さんは「近い将来、赤ちゃんに、より母乳に近い粉ミルクを飲んでもらえる世界が来ると想像しています」と話します。(※海外では、すでに販売されているものもあります)

実に巧妙な仕組みで赤ちゃんに栄養を与え、病気から守ってくれていた“神秘の液体”おっぱい。その謎を解き明かすことは、哺乳類繁栄の秘密に迫ることであり、粉ミルクをより母乳に近づける技術開発の扉を開くことにもつながっていたのです。