去年の秋、沖縄の海が大量の軽石で埋め尽くされて、観光や漁業に大きなダメージを与えたことを覚えていますか?
大量の軽石をもたらしたのは、去年8月に起きた小笠原の海底火山「福徳岡ノ場」(ふくとくおかのば)の大噴火でした。日本国内で過去100年に起きた火山噴火の中で最大規模となる噴火で、噴煙の高さは16kmにも達しました。これほどの大噴火がどのようにして起きたのか、研究者たちはその解明に挑み続けています。
噴火後初となる調査航海が今年4月に行われ、噴火のメカニズムを探るのに重要なマグマを知る手がかりになりうるサンプルの入手に成功しました。一方、漂着した軽石の分析からは爆発的な噴火の原因が見えてきました。調査によって明らかになりつつある海底火山「福徳岡ノ場」の大規模噴火の全貌に迫りました。
大噴火を起こした海底火山「福徳岡ノ場」
海底火山「福徳岡ノ場」は、東京から南へ1300kmの小笠原の海にあります。この周辺は、太平洋プレートが沈み込む場所にあたるため火山活動が活発で、西之島をはじめいくつもの火山が連なっています。しかし、福徳岡ノ場は近くの有人島である父島や母島からも300kmほど離れている絶海にあるため、これまで噴火の過程が詳細に観測されたことはなく、謎に包まれていました。
ところが、今回の噴火については、偶然にも、一部始終が観測できました。西之島の火山活動をモニタリングするための観測装置が、噴火の衝撃で空気が振動する現象、「空振」を捉えていたのです。解析の結果、噴火は3日間に渡って、繰り返し活発な爆発が続いていたことが分かりました。
人知れず噴火することが多い海底火山で、今回のように噴火の過程が観測で詳細に捉えられたことは世界でもあまり例がありません。観測と実際の噴出物を比較しながら噴火の詳細に迫ることができる、研究者たちにとって貴重な機会なのです。
独占密着!噴火後初の調査航海
巨大噴火発生のメカニズムを説き明かそうと、今年4月、研究船が鹿児島を出港しました。研究チームを率いる国立科学博物館、地学研究部 研究主幹の谷健一郎さんはこう期待します。
「福徳岡ノ場の噴火は衛星や航空機で噴火の過程が捉えられた世界でもごくまれな海底火山噴火なので、その観測データと海底の実際の噴出物を対比するというのは、ものすごく色んな情報を得られると思います」(谷さん)
調査の主力装置は「Kグラブ」というもので、底の部分に開閉式の爪がついていて海底のサンプルを地層ごと持ち帰ることができます。この装置を水深約500mの海底に下ろして、堆積している火山噴出物をそのまま採集しようという計画です。
鹿児島を出港した船は3日かけ、福徳岡ノ場に向かいます。当初5日間を予定していた調査でしたが、台風の影響でわずか半日となるという予想外の事態となりました。小笠原の住民が撮影した映像や衛星画像などから噴煙柱の直径はあまり大きくなく、噴煙は西側へ伸びたことが確認されており、ほとんどの噴出物は火口西側へと降り積もったよ考えられていました。そこで、調査は火口付近の西側にある8地点に絞って行われることになったのです。
Kグラブをゆっくりと海底へ下ろしていきます。船上から海底へ到着したことは確認することができますが、本当に噴出物を採集できたのかは引き上げてみるまで分かりません。
果たして取れているのか・・・
甲板で待つ研究者たちが不安そうに見つめるなか、Kグラブは船上へと戻ってきました。ふたを開けてみると、中には大量の噴出物が。無事、海底の噴出物のサンプルの初採集に成功しました。
採集されたサンプルを見てみると、粒の大きさなどが異なる様々な層があるのが確認できました。それぞれの層は噴火の様々なタイミングを反映していると考えられ、これからひとつずつ観測データと対比していく予定です。
そんな調査の最中、研究者からひときわ大きな歓声が上がった瞬間がありました。ガラスのような光沢があり、キラキラと輝く「黒曜石」という火山噴出物が見つかったのです。こんなにきれいな黒曜石は、海底火山からほとんど見つかっていないといいます。
「黒曜石はもともとのマグマの情報を保持していることが多いので、マグマの成因や噴火の過程がすごく分かりやすい非常に貴重なサンプルです」(谷さん)
黒曜石の中には、深いところで冷やされることで、ガス成分などが抜けることなくできるタイプのものがあります。こうした黒曜石は噴火前のマグマの温度や圧力、ガス成分などの情報を保持しているいわば“マグマの化石"ともいうべき貴重なサンプルです。噴火前のマグマだまりで何が起きていたのかが調べられると期待されています。
サンプルの分析は始まったばかりで研究の成果が得られるのはこれからですが、「海底火山」を研究する楽しさについて、谷さんはこう語ります。
「僕たち地球科学の研究者って、分かんないものが多いほどやっぱり興奮するんですよね。そういう意味でいうと、海底火山っていうのはどこにあるのかすら分かっていないものも多いので、興奮の度合いが桁違いですね」(谷さん)
軽石から大噴火のメカニズムが見えてきた!
福徳岡ノ場の大噴火により、大量の軽石が沖縄などに流れ着きました。この軽石の詳細分析から、なぜこれほどの大噴火が起きたのか、そのメカニズムの一端が明らかになろうとしています。
去年10月、軽石の漂着が始まってからいち早く分析を始めた海洋研究開発機構(JAMSTEC)の吉田健太さんは、“黒っぽい軽石”に注目しました。流れ着いた軽石のほとんどは白っぽい灰色ですが、なかには黒い部分が混ざっているものがいくつか見られたのです。
吉田さんはこの様子から当初、この色の違いが「マグマ混合」の証拠ではないかと考えました。マグマ混合とは、マグマだまりに別のマグマが混ざり合う現象のことで、これがきっかけで爆発的な噴火を引き起こすというのが、火山学の「定説」でした。
2つの色の違いはその証拠だと考えた吉田さんは、それぞれの成分を調べましたが、白っぽい部分と黒い部分で成分にほとんど違いがなかったのです。つまり、大規模なマグマ混合は起きていなかったことが分かったのです。
では、いったい何が原因で大噴火が起きたのか。吉田さんが分子同士の結びつきを調べる装置(ラマン分光分析)を使い、徹底的に分析したところ、黒いほうにだけ含まれている特徴的な物質が浮かび上がってきました。
その物質とは「磁鉄鉱」という鉄と酸素からなる鉱物。この鉱物がナノサイズの結晶 「ナノライト」となって黒い部分に散らばっていたのです。
「ナノライトがあると、マグマの粘性が上がると言われています。つまり、サラサラのマグマがよりネバネバのマグマになって、噴火する時に爆発的な噴火を起こすようになる」(吉田さん)
この結果から、吉田さんは以下のような新たな大噴火のシナリオを考えました。
火山の地下にはマグマだまりがありますが、それよりさらに深いところから別のマグマが上昇してきます。この上昇してきたマグマから熱やガス、水が加えられることで、マグマだまりのマグマにナノサイズの結晶が作られます。すると、マグマの粘り気が強くなってより大きなエネルギーが蓄えられるようになり、限界を超えたところで一気に大噴火を起こす。
マグマ混合以外の大規模噴火の引き金が明らかになってきているのです。
こうした現象は、今まで見逃されていただけで実は他の火山でも似たようなことが起きていた可能性もあるのではないかと吉田さんは考えています。
「条件がそろってナノサイズの粒子がマグマの中にいっぱいできてしまうと、化学組成的には本来サラサラであっていいようなマグマがドロドロになって、爆発的な噴火をするという可能性はある。火山の個性とは何なのかというのをもっといろいろな視点で見ていかなきゃいけないのかなと思っています」(吉田さん)
軽石被害を防げ!漂流予測シミュレーション
噴火のメカニズムを解明するため役立つ軽石ですが、今回の噴火では漂着した軽石が漁業や観光に大きな被害をもたらしました。TwitterなどのSNSでは、「予想を超えた量で船が出せない」「回収が追いつかない」など軽石の漂着や被害に戸惑う声が次々に投稿されていました。
相次ぐ被害報告を受け、軽石の動きを予測することで被害の軽減に役立てられないかと動き出したのが海流シミュレーションの専門家、海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員の美山透さんです。
美山さんは軽石がどのように流れていくか、海流を使って計算を行いました。福徳岡ノ場で発生した軽石が、「黒潮反流」という流れに乗って沖縄へと押し寄せる様子は再現できましたが、精度に課題があったといいます。精度を向上させるには実際の軽石の位置情報を組み込む必要がありました。
そこで美山さんが注目したのが、JAXAの気候変動観測衛星「しきさい」のデータでした。「しきさい」は、可視光や熱赤外など様々な波長を使い分け、海面温度や植物の量など地球環境の変化を捉えることが可能です。
「しきさい」が可視光で捉えた軽石の写真を見ると、軽石はうっすらとしか写っておらず、雲などとも区別をするのが難しいのが分かります。ところが、水に吸収されやすい1.6マイクロメートルの波長の「短波長赤外線」を選ぶと、海水面ではよく吸収され反射率が少ない一方で、軽石には吸収されず反射率が高いので、軽石をくっきり鮮明に浮かび上がらせることができたのです。
美山さんはこのデータを組み込むことで、今後同様の海底火山の噴火が起きたときに迅速に情報提供できるようにしたいと考えています。
「今回のシミュレーションで、ある程度できるということが分かったので、次回同じような噴火が起こった時に人工衛星で軽石の位置を特定してシミュレーションにつなげるということを始められると思います」(美山さん)
軽石に驚きの役割!生き物を運ぶ?
最後に、軽石にロマンを感じるような研究をご紹介しましょう。大規模な噴火で発生した軽石が海面を漂流するとき、軽石はまるで島のように塊で移動していきます。こうした現象は「軽石いかだ」と呼ばれていますが、意外な役割があったことが明らかになってきました。
軽石に付着している生物を研究しているオーストラリアのクイーンズランド工科大学教授スコット・ブライアンさんは、軽石には驚くほどさまざまな生物がくっついているといいます。
驚くべきはその量で、ブライアンさんが2006年に起きた海底火山噴火による軽石を調査したところ、オーストラリア沿岸にたどり着いた軽石はなんと8000億個に及ぶことが分かりました。そして、そこに付着していた生物の数はなんと100億個体にもなるというのです。
「岩に張り付いて暮らすフジツボやサンゴなどの幼生は、くっつく岩などがない外洋では死んでしまいます。そこにもし“軽石いかだ”があれば、時に何年にも及ぶ長い旅の末、新天地にたどり着くことができるのです」(ブライアンさん)
ほかの浮遊物とは桁違いの規模の軽石いかだは、たくさんの生物をまとめて遠くまで移動させることができ、それは美しいサンゴ礁の生物多様性を維持するためにも大きな役割を果たしているとブライアンさんは考えています。
「オーストラリアでは、ほぼ5年ごとに軽石いかだが発生し、そのたびに何兆個という軽石と何千億という生物がサンゴ礁へと運ばれてきます。それぞれの環境に足りなくなった生物を補充してくれるのです。いわば、海の生態系の維持に不可欠なビタミン剤のようなものだろうと考えています」
福徳岡ノ場の噴火によってできた軽石いかだも、今後海を漂いながら生物を運ぶ役割を果たすはずとブライアンさんは考えています。太古の時代から地球の営みとして噴火を繰り返してきた海底火山ですが、もしかすると地球の生態系にとっても欠かせない存在だったのかもしれません。