アルツハイマー病は“脳血管障害”!? 認知症の原因・治療法 最新研究

NHK
2023年6月4日 午後5:00 公開

アルツハイマー病は脳神経の障害によって認知機能が低下する病気ですが、いま、アルツハイマー病を“脳血管障害”ととらえ、原因の究明や治療法の開発を行う研究が注目されています。最新の顕微鏡で、認知機能が低下した患者さんの脳を解析すると、血流の悪くなった「血管」が数多く見つかっています。さらに、アルツハイマー病の原因物質とされる「アミロイドβ」が脳血管に蓄積されていくこともわかってきました。アルツハイマー病と脳血管の驚くほど密接な関係に迫ります。

脳の重さは体全体のたった2%ほどながらも、血流量で見ると体全体の15%も流れ込んでいて、脳は“血管のかたまり”と言われるほど、血液を必要とする臓器です。

最新顕微鏡で捉えた!知られざる脳血管の姿

脳血管の知られざる姿を捉える研究が「新潟大学脳研究所」で行われています。新潟大学脳研究所では亡くなった患者さんの脳を組織診断のために病理解剖し、認知症をはじめとした脳の病気の原因を研究しています。下の写真が実際の人の脳の一部。1cmほどに切り出され、特殊な処置で透明にされたものです。これをある装置で見ると血管が見えてきます。

その装置とは、最新鋭の顕微鏡 “光シート顕微鏡”です。通常の蛍光顕微鏡は、光が1点から狭い範囲に当てられるため薄く切った標本しか撮影できず、脳の血管を平面でしか観察することができませんでした。そのため、サイズの大きい標本を撮影するためには標本を薄く連続した切片に切り分ける必要があり、膨大な手間と時間を要しました。しかし、光シート顕微鏡では光を薄く広げたシート状に照射することができるため、標本の平面像を直接撮影することができます。それを垂直方向に何枚も積み重ねることで脳血管を高速で立体的に観察することができるのです。

上の写真が光シート顕微鏡で撮影した脳血管。黄色に見えているのは全て血管です。わずか1cmほどの脳のかけらの中に縦横無尽に血管が張り巡らされていることが分かります。研究を主導している新潟大学脳研究所助教の齋藤理恵さんは初めてデータを見たときの印象をこう語ります。

「最初に見たときはまさに血管の森の中に入ったような感覚を抱きました。ここまで数多くの血管を1度に3Dで見ることが今までできなかったため、大変感動しました」(齋藤さん)

認知機能の低下と脳血管障害

一方、下の写真は認知機能が低下していた患者さんの脳血管です。黄色で示した動脈がブツブツと切れ、血管が脱落している部分が見られます。

こうした血管の脱落がアルツハイマー病につながる可能性があると齋藤さんは言います。

「血管が脱落すると、その部分から先の血流が悪くなり、その状態が続くと障害が及び認知症になるということがわかっています。アルツハイマー病やパーキンソン病でも、このような脳の微小血管の障害、変性がリスクファクターの一つになっていることがわかってきています」(齋藤さん)

また、三重大学の冨本秀和特定教授らの研究結果によると、アルツハイマー病の人の脳は正常な人に比べ毛細血管が細く短くなっており、脳から切り出した切片で比較すると毛細血管が約30%減少しているということも分かっています。

アルツハイマー病を30年以上研究している九段坂病院院長の山田正仁さんは、アルツハイマー病には脳血管障害が深く関係していると話します。

「脳は神経活動をするのに非常に豊富な酸素と栄養が必要です。それを運ぶのは脳の血管ですから、脳の血管が少なくなってくると神経細胞に酸素や栄養が行き届かなくなり、神経細胞がダメージを受けて最終的には死んでしまいます。そうすると認知機能の低下につながっていきます」(山田さん)

“アミロイドβ” が脳血管にダメージを与える

では、なぜアルツハイマー病で脳血管は無くなるのか。そのカギとなるのが “アミロイドβ” です。アミロイドβはアルツハイマー病の原因物質の一つとされるタンパク質で、脳内にたまると神経細胞の死滅を引き起こすと言われています。そのアミロイドβが脳血管にもたまっていることが明らかとなっています。

下の写真は、アルツハイマー病の人の脳血管を輪切りにした画像です。茶色で示したのがアミロイドβ。アルツハイマー病の人ではアミロイドβが血管の壁にたまっているのが分かります。これは“脳アミロイド血管症”と言われ、アルツハイマー病の人の9割近くで起きていることが分かっています。

こうした状態が続くと血管の壁がアミロイドβで満たされ、血管が詰まってしまうことがあると言われています。

なぜ血管の壁にアミロイドβがたまるのか。その理由について、アルツハイマー病の患者さんを診療しながら病気の原因を脳血管の視点から追っている国立循環器病研究センター神経内科部長の猪原匡史さんはこう語ります。

「若い間はアミロイドβがつくられても排出されていて、脳にはたまらないのです。ただ、私たちがふだん、もの忘れ外来などで診ているアルツハイマー病の患者さんは、アミロイドβの排出がうまくいってないと言われています」(猪原さん)

通常、アミロイドβは健康な人でも毎日生み出されていて、多くは脳から排出されています。その通り道が“血管”。血管の内くうに入り、血液と共に流されるのに加え、「血管の壁」の中も通り、脳から排出されています。アルツハイマー病では、この「血管の壁」を通るアミロイドβの排出がうまくいかなくなると考えられています。

血管の壁をよく見ると「血管平滑筋」という筋肉の細胞があります。これらの細胞が収縮することで、アミロイドβは血管の壁を流れ、脳から外に出ると考えられています。

ところが、加齢や生活習慣病などによって血管が硬くなり血管平滑筋の働きが悪くなると、アミロイドβを排出する力が低下。アミロイドβが血管の壁にたまり始めます。すると、血管の壁が厚くなったり、壊れたりして血液が流れにくくなります。こうした要因などで毛細血管が無くなっていきアルツハイマー病が悪化するのではないかと考えられています。

「アルツハイマー病は血管病の要素が多かれ少なかれあって、その影響が大きい人がいるということを認識しながら、アルツハイマー病の病態の解明と治療法の開発を行わないといけないと思っています」(猪原さん)

アルツハイマー病 超音波治療の研究最前線

2022年11月に行われた「日本認知症学会学術集会」でアルツハイマー病に対し「超音波」を使う新たな治療法の研究が発表されました。治療法の開発者は、国際医療福祉大学大学院の下川宏明さん。下川さんは循環器内科医で、心臓病や血管病を治療する専門家です。

下川さんらが開発したのは「低出力パルス波超音波(LIPUS)」という特殊な弱い超音波を使う治療法です。これは元々、狭心症を治療するための研究で、心臓の細い血管の障害を修復することがねらいです。下川さんはこれをアルツハイマー病の治療にも応用できるのでないかと考え、研究を進めています。

「アルツハイマー病も動脈硬化も、ともに危険因子がほとんど同じです。ということで、私はアルツハイマー病も始まりは血管病ではないかという仮説からこの研究を始めました。超音波治療を行うと脳の血管障害が改善することが期待されます」(下川さん)

超音波治療では、アルツハイマー病の患者さんの脳に特殊な弱い超音波を当てて、脳血管の細胞を刺激します。すると血管を広げる作用のある「一酸化窒素・NO」などが出され、脳の細い血管の障害が修復されると下川さんは考えています。

血管の修復などによって、マウスの実験では認知機能に関係する脳内のアミロイドβの量が減ったことも確認されました。

大規模な治験が期待される超音波治療

それまでの研究結果を踏まえ、2019年、少数の早期アルツハイマー病の患者さんで超音波治療の有効性や安全性を確かめる探索的治験が行われました。超音波治療が行われるグループと機械を装着するものの超音波治療が行われないグループ(プラセボ)に無作為に分けて比較する試験で、22人が参加しました。患者さんは定期的に脳に超音波を当てる治療を、3か月おきに6クール、合計で約1年半、行いました。

その結果、超音波治療を行ったグループはプラセボに比べ、認知機能の悪化が抑えられる傾向が示されました。また、この研究で使われているLIPUSは体への侵襲性が少なく副作用も報告されませんでした。ただし、治験の参加人数が少なく統計的な有意差は出ていないため、今後、被験者や治験を行う施設の数を大幅に増やした大規模な検証的治験で効果や安全性を証明することが期待されています。

この超音波治療の研究は現在、治験の第二段階(探索的治験)が終了したところで、2023年の夏ごろに被験者の数や施設数を増やした大規模な検証的治験が開始される予定です。

厚生労働省の「先駆的医療機器」第1号に指定

少人数の限られた結果であるものの、治験での効果の示唆や安全性などが評価され、2022年9月、超音波治療の機械は厚生労働省の「先駆的医療機器」第1号に指定されました。先駆的医療機器とは革新的な医療機器の開発を国が後押しするために2020年にできた国の制度です。指定されるには、①「治療法又は診断法の画期性」②「対象疾患の重篤性」③「対象疾患に係る極めて高い有効性または安全性」④「世界に先駆けて日本で早期開発及び承認申請する意思並びに体制」の4つの項目が厳しく審査されます。指定されると早期承認に向けた優先審査など国のバックアップを受けることができます。

「4つの要件を全てクリアして指定されたものに対しては大きな期待が寄せられます。今後の超音波治療の治験において有効性・安全性に関するデータがしっかり示されることが重要になってきます」(厚生労働省 医療機器審査管理課長 中山さん)