火星から「地球外生命」を持ち帰る日は近い!?最新探査車が発見 !“謎の物質”とは

NHK
2023年5月14日 午後9:30 公開

 「夢は、ピチピチした生命体を持ち帰ること」

火星探査の第一人者、臼井寛裕教授(JAXA 宇宙科学研究所)は、そう話します。
今、火星では NASA の最新鋭の探査車「パーシビアランス」が、生命の痕跡を見つけようと活動中ですが、研究者たちを驚かせたのは、かつて湖があったとされる場所で見つかった紫色の「謎の物質」です。この物質が、地球上では生命と深く関係するものだったことから、火星にも生命が存在していたのではないかと期待が高まっているのです。

パーシビアランスは火星の調査をしながら、搭載されたドリルを使って地球に持ち帰るためのサンプル採取を行っています。臼井さんは、そのサンプル検討チームの一員として、世界の科学者と毎週のようにサンプルを持ち帰るための議論を重ねています。

宇宙のどこかに地球外生命は存在するのか。人類が長年追い求めてきたこの謎を解き明かそうと進められている火星探査の最前線に迫ります。  

火星は水の惑星だった!

宇宙旅行や移住先としても話題にのぼる火星。まずは簡単なおさらいから始めましょう。地球の隣にある惑星で、表面は酸化鉄を多く含む岩や鉄に覆われ、赤っぽいのが特徴です。直径は地球の半分ほど。主に二酸化炭素でできた大気はとても薄く、平均気温はマイナス50°Cを下回ります。

それでも火星には生命を育む条件がありました。およそ 35 億から 40 億年前には液体の水が海のように大量にあったことに加え、火星には生命の材料である有機物も存在し、火山があるため生命が生きていくエネルギーもあると考えられています。あとは決定的な証拠を見つけるだけ、つまり生命を手にする段階まできているのです。  

水だ! 川だ! あとは生命だ! NASA 探査車がミッション遂行中

大きな期待を背負って、NASA の最新探査車「パーシビアランス」は火星へ向かい、2021年2月、「ジェゼロクレーター」と呼ばれる場所に着陸を果たしました。

ジェゼロクレーターを目指したのは、かつてこの場所には水を豊富にたたえた湖があり、しかも流入していた川の跡が残っているためです。地球であればこうした場所に、土砂と一緒に生きものの死骸が積み重なり、化石が見つかります。これまでにパーシビアランスはジェゼロクレーターの中を 18km 以上移動しながら探査を続けてきました。

パーシビアランスが撮影した画像は鮮烈でした。地球と見間違えるような火星の姿。ねらい通り、水の作用で土砂が堆積し、岩として固まっているのが確かめられたのです。もし火星に生命がいるとしたら、この堆積岩のなかに生命の痕跡がある可能性が高く、いずれ地球に持ち帰って確かめることも期待できます。

生命の痕跡ではないか、と研究者が色めきたった画像もあります。写されていたのは、岩石の表面を覆っている紫色のナゾの物質です。パーシビアランスがレーザー照射し、組成分析をすると、ナゾの物質は「マンガン」を多く含んでいることが突き止められました。

マンガンは、地球でも砂漠の岩の表面にあることが知られています。アメリカ・ロスアラモス国立研究所で惑星科学を専門にしているニーナ・ランザさんが地球の岩石のマンガンを調べたところ、「シアノバクテリア」という原始的な生物によって作られていることが分かりました。

シアノバクテリアは 27 億年前には誕生していたと考えられ、砂漠から海まで幅広く存在しています。その中のある種類は、強い紫外線が降り注ぐ環境で、濃縮したマンガンを日傘のようにして紫外線から身を守っていると考えられています。

「地球の場合、マンガンは生命と直接関係があるので、とてもワクワクしています。私たちはまだ火星に生命の痕跡を発見したとは言えないのですが、とても興味深い手がかりです」(ランザさん)

火星の岩石で発見されたマンガンがシアノバクテリアのような生物によって作られたものなのかどうかはまだ分かりません。しかし、サンプルが持ち帰られたあかつきには、これが「地球外生命の初めての証拠」になるかもしれません。  

地球へ持ち帰る火星サンプル ただいま梱包中!

パーシビアランスは、搭載した最新鋭の機器を使って、その場で火星の岩石などの分析を行っていますが、ミッションはそれだけではありません。地球に持ち帰るためのサンプル採取も行っています。アームの先についているのはドリルで、火星の岩に穴をあけて試験管ほどの大きさの容器に密封していきます。容器は合計 43 本用意されていますが、すでに 19 本の採取に成功しています。  

火星サンプルを地球に持ち帰る「サンプルリターン」のミッションを陸上競技の駅伝に例えるなら、パーシビアランスは第一走者です。まずパーシビアランスはサンプルを採取して保管します。次に、近い将来に地球から回収カプセルを積んだロケットが火星へと送られます。そしてパーシビアランスに保管されているサンプルは回収カプセルへと移し替えられ、ロケットで火星を出発。火星上空の周回機がカプセルを回収して地球へと帰って行く、という流れです。  

生命の謎も解く!? 無限の可能性を秘めた火星サンプル

地球上では精鋭研究者が国際的なチームを結成して持ち帰るサンプルの検討を行い、さらにはサンプル受け入れ体制の検討を始めています。その一人に選ばれたJAXA 宇宙科学研究所の臼井寛裕教授は、生命の痕跡や生命そのものを持ち帰ることが現実的な段階にあると考えています。そのため、未知の生物やウイルスを地球にまき散らさないようにする対策について毎週議論を重ねているといいます。

「サンプルを持ち帰るにあたって地球を汚染しないようにする方法を考えています。見つかってからでは遅いので、生命が見つかるという前提で、かなり真剣に検討しています」(臼井さん)

さらに臼井さんは、生命そのものだけでなく、水や大気の状態など生命誕生の条件や生育環境を知る手がかりを得ることも重要だと考えています。 

実は、臼井さんはこれまでも“あるサンプル”を使って火星の水の歴史を明らかにしてきました。そのサンプルとは、火星からの「隕石(いんせき)」で、これまで 300 個以上がみつかっています。

臼井さんが注目したある隕石は、5億年前に火山が噴火してできた火山岩で、その後、地球にやってきたと考えられているものです。火山噴火は 5 億年前ですが、もともとのマグマは 45 億年前に火星が誕生した頃のまま、火星の内部に残されていたと考えられます。そのため、この隕石を調べると、45 億年前の火星の水について知ることができるのです。  

分析するのは、水を構成している水素の同位体比です。水素には、普通の水素と、2倍の重さをもつ同位体の重水素があります。現在の地球では、水素の 99%以上が普通の水素で、重水素は 0.02%だけです。

臼井さんたちは隕石の中の水素を分析して 45 億年前の火星の重水素の比率を導き出したところ、45 億年前の火星では、現在の地球とほぼ同じだったことが分かりました。しかし、火星では 41 億年前には重水素の比率が約 3 倍に増加、現在は 6 倍になっていることも明らかになりました。  

比率が変わったのは、火星の水が年月とともに宇宙空間へ飛んでいったためだと臼井さんは考えています。軽い水素でできた水が多く飛んでいき、重い重水素でできた水が残ったことで、現在の火星では、重水素の割合が高くなったと考えられるのです。

今から 45 億年前に豊富に存在していた火星の水は、41 億年前には表面の水が半分ほど失われ、さらにその後も失われ続けて液体の水が消えてしまったことがこうした研究から突き止められたのです。  

日本発ミッションも! 火星サンプルリターン計画「MMX」

火星の水の歴史をさらに解き明かすためのサンプルリターンは、日本も独自で進めています。JAXAの火星衛星探査計画「MMX」(Martian Moons eXploration)で、2024 年度に打ち上げ、火星の衛星「フォボス」に着陸してサンプルを採取し、2029 年度に地球へ戻ってくる予定です。

なぜ火星衛星であるフォボスのサンプルから火星本体の歴史が分かるのでしょうか。MMX の科学的検討会に参加する玄田英典さん(東京工業大学 地球生命研究所教授)は、火星に小天体が衝突したときに巻き上げられる砂粒に注目しています。

直径約 10kmの小天体が秒速 10kmで衝突した場合のシミュレーションを行うと、数万トンの火星の砂がフォボスに到達するという結果になりました。過去 5 億年分だと、なんと 100 万トンもの砂がフォボスに降り注いでいる計算になることが明らかになったのです。

MMX が採取するサンプル量は 10 グラム以上を想定しているため、火星由来の砂は100 粒ほど含まれると見積もられています。火星本体の 100 か所の砂粒を一気に集め、その歴史を調べあげることができる可能性があるのです。

「地球の 45 億年の歴史は、世界のいろんなところの石を調べて分かってきました。火星の場合、砂粒1個ずつなのでチャレンジングではありますが、分析技術はどんどん発展してきているので、少量でもいろんな分析ができます。火星 45 億年の歴史を、地球と同じくらいのレベルで解読するのが野望です」(玄田さん)

「火星の歴史」「水の起源」「生命の誕生や仕組み」。人類が追い続けてきた究極の謎が、今まさに火星やその衛星のサンプルリターンによって解き明かされようとしています。