「生物の毒」が“宝の山に変わる!?驚きの最新研究!~毒の起源から生物毒の活用まで

NHK
2022年8月8日 午後0:00 公開

毒ヘビ、毒グモ、サソリ、フグ。敵から身を守り、あるいは獲物を捕えて、自然界を生き抜くために「毒」を使う動物は、地球上に20万種以上存在しています。これらの生物毒がいま、人の暮らしをよりよくする可能性を秘めた「宝の山」として注目されているのをご存じでしょうか。

生物毒はたくさんの“毒素”が混ざり合ってできたもので、一つ一つの毒素はターゲットとなる分子にピンポイントで作用します。また、ある毒素の作用が、ある動物には効くのに、他の動物には効かないといように、ターゲットとなる動物の種ごとに作用が異なるという“特異性”を持っています。この特徴を利用して、毒素から副作用が少ない薬や、害虫だけを攻撃する農薬を開発しようという研究が世界各地で進行しているのです。

さらに毒の起源や進化を解明することで、生物進化の道のりが見えてくるといいます。35億年の生物進化が生み出した究極の物質・毒。その驚きのパワーと可能性を探る最前線に迫りました。

(ハブの毒液の採取/画像提供:九州大学・柴田弘紀准教授)

毒を持つ目的は“捕食”と“防御” 意外な使い方も!?

生物はどんな目的で毒を使うのでしょうか。専門家は大きく「捕食」と「防御」の2つの使い道があるといいます。

例えばサソリやハブ、ムカデなどが持つのは「捕食」のための毒。こうした動物は、牙や針など毒を注入するための器官をも持っているのが特徴です。獲物の神経や筋肉に作用する毒液を体内に入れることで、相手の動きを止めて捕らえます。

(サソリ)

一方で「防御」の例として代表的なのがカエルの毒です。毒液を体の表面に分泌することで天敵に不快な味や痛みなどを感じさせ、「これは食べられない」という事を伝えます。

(イチゴヤドクガエル)

変わった毒の使い方をするのが、オーストラリアに生息する原始的な哺乳類・カモノハシ。オスは後ろ足の一本の爪から毒を出すことができます。この毒は繁殖期にメスを巡るオス同士の争いで使うほか、防御にも用いると考えられています。

(カモノハシ)

進化の歴史で100回以上登場した有毒生物

進化の歴史の中で生き物たちはどのように毒を獲得し、今に至っているのでしょうか。その謎に挑んでいるのが、ロンドン自然史博物館の主任研究員、ロナルド・ジェンナー博士です。

(ロンドン自然史博物館 ロナルド・ジェンナー博士)

ジェンナーさんの研究グループは世界中の論文データを分析し、動物界の進化の過程で有毒生物が何回現れたのかを推定しました。

すると「毒を獲得する」という進化上のイベントは、動物界のさまざまなグループで別々のタイミングで100回以上起きていたことが明らかになったのです。毒を獲得した種がそこからさらに多様な種に分かれ、およそ20万種にまで数を増やしてきたと考えられるのです。

有毒生物の中にはムカデやゴカイなどまだ十分に研究されていない種も多くいるため、実際に有毒な種が現れた回数はこの推定値よりも多い可能性があります。ジェンナーさんは有毒生物全体に研究対象を広げ、毒の進化の全体像を明らかにしたいと考えています。

(有毒生物の進化の系統樹〈ロナルド・ジェンナー博士調べ〉)

さらにジェンナーさんは、進化の過程でこれほど多くの種が毒を獲得するに至った理由をこう分析しています。

「毒はとても有用であるため、多くの種が持つように進化したのです。例えば、クラゲは魚ほど速く泳げないのに、魚を捕食しています。それは相手をまひさせる強力な毒を持っていて、より強くて速い獲物を動けなくすることができるからなのです。つまり、毒という『化学兵器』を持つことで、進化の競争を物理的な場から化学的な場へと移したのです」(ジェンナーさん)

毒を持つのはハイコスト&ハイリスク

有用な武器となるのに、なぜ全ての生き物が有毒生物に進化しなかったのでしょうか。ハブなど毒ヘビの研究者・九州大学の柴田弘紀准教授はその理由を次のように語ります。

(九州大学・柴田弘紀准教授)

「毒を持つとなると、それを維持しておかないといけません。例えばバイクのエンジンを常にかけたままにしておいて、いつでも飛び出せるようにしておくとエネルギーとコストがかかってしまいますよね」(柴田さん)

実際、有毒なヘビと無毒なヘビの体の大きさを比較すると、無毒なヘビの方が大きくなる傾向があります。

体重100kgを超えることもあるニシキヘビの仲間は、大きな体で獲物を絞め殺す戦略を取るため毒を持っていません。一方、有毒なヘビとして有名なハブの体重は1~2kgほどで、締め付ける力はほとんどありません。毒を持ったことで体を大きくすることにコストを割くことができなかったためだと考えられます。

フグ毒は「母の愛」!?

毒は自分で作って、それを維持するだけでも大変なエネルギーを使います。そのため、自分では毒を作らずに、外から毒を取り入れて、自分の毒として使う生き物もいます。

例えば日本人の食卓になじみの深いフグはテトロドトキシンという猛毒を持っていますが、体内で毒を作ることができず、オオツノヒラムシなどの有毒生物を食べることで有毒化しています。

フグの体内にあるタンパク質はテトロドトキシンとくっつきにくい特殊な形をしているため、毒を食べても、自身には毒の作用が現れにくいのです。

(画像提供:日本大学・糸井史朗教授)

そのフグ毒については、ある大きな謎がありました。フグの毒は防御のために使われると考えられてきましたが、毒の多くは内臓に蓄積されています。

なぜ外敵に対して効果を発揮しやすい体表面ではなく内臓に毒をためるのか、研究者の間でも理由は分かっていませんでした。

その謎を解明しようと研究に取り組んだのが日本大学の糸井史朗教授です。

糸井さんは年間を通してクサフグの毒の量を計測し、季節変化を追跡しました。するとメスでは産卵期直前の4月に体内の毒の量が急増。しかもその3分の2が卵巣に集まっていることが分かったのです。

そして、卵からかえったフグの赤ちゃんを特殊な方法で撮影したところ、体の表面にテトロドトキシンが分布する様子が確認できました。

(フグの稚魚のテトロドトキシンの分布/画像提供:日本大学・糸井史朗教授)

このことから、クサフグのメスは卵巣に毒をためることで卵や赤ちゃんに「毒のよろい」を着せていたことが明らかになりました。内臓に毒をためるのは自分ではなく子どものためだったのです。

「毒素のカクテル」 ハブ毒はどうやって生まれた?

生物毒についての研究が進むにつれて、毒は「毒素」と呼ばれるたんぱく質やペプチドが、まるでカクテルのように多数混じり合ってできている物質であることが明らかになってきました。

(ハブの毒液)

これら毒素の一つ一つはターゲットとなる分子が決まっており、ある毒素は血液凝固を促進させる一方で、別の毒素は血液凝固を阻害するなど作用も決まっています。

100種類以上の毒素が含まれるハブの毒の例で見てみましょう。

ハブにかまれると異なる作用を持つ毒素が一気に体内に流れ込みます。ブレーキとアクセルを両方踏んだような状態が起きてさまざまな組織が混乱。結果として神経のまひや筋肉のえ死などの症状が引き起こされるのです。

さまざまな毒素が混じり合っていることで威力を発揮する毒ですが、ではいったいなぜハブは100種類以上の多様な毒素を作れるようになったのでしょうか。

ゲノム解析技術を使って、その謎を解き明かそうという研究が始まっています。九州大の柴田准教授はゲノム解析技術によってハブの全ての遺伝子を解読することに成功しました。そこから、毒腺を作る遺伝子は、元は唾液腺を作る遺伝子だったことが判明したのです。

脊椎動物は進化の初期段階で偶然、遺伝子が4倍になるという出来事が起こったことが分かっています。このとき増えた遺伝子はいわば“あまりの遺伝子”。これを使うことで、もともと持っていた機能を保持したまま、新たな機能を獲得できるようなりました。

このときハブなど毒ヘビの仲間では唾液腺の遺伝子の一部が変化し、毒腺を作るようになりました。唾液に含まれる消化酵素などのたんぱく質やペプチドの構造の一部が変化し、毒素として働くようになったのです。

さらにその後、驚くべき変化が起こりました。毒腺を作る遺伝子だけが急速に増加。それに伴って毒素の数も増えていったのです。

ハブの獲物となる動物は進化の中でハブ毒に対する抵抗性を身につけていきますが、ハブ毒の毒素の増加はその数倍の速さで進行。常に新たな毒素を生み出すことで、毒が効果を発揮し続けることが可能になっていたのです。

「捕食のための毒は、しだいに相手がそれに対する抵抗性を持つようになると、毒の効果が減少し、獲物がとりにくくなります。ハブのようにほ乳類も鳥も両生類も食べるような生き物では、幅広い獲物に対応するように多様な毒素が進化したのではないかと考えています」(柴田さん)

医療に農業に!生かされる毒のパワー

いま生物毒を私たちの生活に役立てようという研究が世界各地で進んでいます。毒の構成成分である毒素が、特定のターゲットに決まった作用を引き起こすという特異性をうまく利用すれば、画期的な「薬」を作り出すことができるというのです。

フランス政府の研究機関で薬理学を研究する二コラ・ジル博士は、アフリカに生息する毒ヘビ・グリーンマンバの毒素から、多発性嚢胞腎(のうほうじん)という難病の治療薬を開発しようとしています。

(グリーンマンバ)

多発性嚢胞腎は腎臓に存在する受容体に、ホルモンの一種が結合することが引き金となって「嚢胞(のうほう)」と呼ばれる袋状の組織が腎臓の表面にでき、腎臓の機能を阻害してしまう遺伝性の病気です。

(多発性嚢胞腎を発症した人の腎臓/画像提供:東京女子医科大学腎臓内科)

ジルさんはグリーンマンバの毒素が腎臓の受容体に特異的に結合するという特徴を発見。毒素を投与することで毒素が受容体に結合し、ホルモンの結合を防ぐことができることを明らかにしました。

「毒素を投与したマウスでは、嚢胞の発生が30%減少することが実証されました。

腎機能も、毒素を投与したグループの方が良好でした。つまり、これらの結果は、グリーンマンバの毒素が嚢胞を少なくすることができると証明しているのです」(ジルさん)

現在、ジルさんはこれを人の医療に用いるための臨床実験を進めています。ヘビの毒から難病の特効薬ができる未来が見えてきたのです。

一方、毒素の作用がターゲットとなる動物の種ごとに異なるという特徴を生かした研究も進んでいます。

京都大学の宮下正弘准教授は、沖縄に生息するヤエヤマサソリの毒は、農業の分野で活用できる可能性を秘めているといいます。

(ヤエヤマサソリの毒の研究をする京都大学・宮下正弘准教授)

サソリの毒液の中には昆虫の筋肉や神経に作用する毒素が100種類から200種類含まれると考えられています。その中から益虫のハチには作用せずに農作物を食い荒らす害虫にだけ作用する毒素を取り出すことができれば、環境負荷の少ない農薬が開発できる可能性があるのです。

「生物が長い進化の過程で作ってきたものを我々が利用するというのは理にかなっている。

サソリの毒にはまだまだ宝の山が眠っていると考えています」(宮下さん)

自然界を生き抜くために生物たちが作り出す究極の物質・毒。生物毒の謎を解き明かす研究は進化の道のりや生存戦略に迫ることでもあり、その毒を「薬」として使う可能性の扉を開くことにもつながっているのです。