今、人類はこれまで見たことのない驚くほど高精細な天体画像を手にしています。それは「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」が撮影した画像の数々で、星雲の中に何千個もの若い星々が輝く画像や、銀河同士が衝突して新しい星々が誕生する様子など、どれも息をのむような美しさです。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、開発に25年もの歳月と1兆円を費やし、2021年12月に打ち上げられました。そして今年7月の初観測以来、天文学者たちを驚かす成果を上げています。
期待されるのが「遠方銀河」についての研究で、この短期間で「最遠方」の記録を更新する銀河の候補が次々と発見されています。さらに、この望遠鏡が挑むのが「地球外生命」の探索です。太陽系の外にある惑星「系外惑星」の大気を観測して、生命活動と関係があると考えられる成分を捉えようとしています。
「天文学に革命が起きた」と天文学者たちが口をそろえるだけでなく、「人類の“宇宙観”を変える」とまで言われるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のすごさに迫ります。
世界を魅了! ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が捉えた宇宙
今年の夏以降、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は私たちに見たことのない天体の画像の数々を届けてくれています。例えば、毒グモの糸が張られているように見える「タランチュラ星雲」の画像は、ガスに包まれた星雲の中心部に数千個もの若い星々を鮮明に捉えていて、ため息が出るほどの美しさです。
ジェイムズ・ウェッブの性能の高さを理解するには「ハッブル宇宙望遠鏡」と比較すると一目瞭然です。両方の望遠鏡で撮影された天体に「イータカリーナ星雲」がありますが、ハッブルが撮影した画像はガスやちりに包まれて全体がかすんでいる印象です。一方、ジェイムズ・ウェッブはちりなどに邪魔されずに天体を捉えられるために、誕生したばかりの無数の若い星が画像に収められています。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の性能はハッブルの数十倍以上と言われていますが、この違いを生み出しているのは「鏡の大きさ」です。ハッブルの鏡の直径が2.4mであるのに対しジェイムズ・ウェッブは6.5mで、面積にするとおよそ6倍です。鏡が大きければ、より多くの光を集めることができることに加え、よりシャープな像を捉えることができます。そのため、これほどの性能差が生まれるのです。
さらに、2つの望遠鏡には根本的に大きな違いがあります。それは観測する光の「波長」です。ハッブルは主に目に見える「可視光線」を捉えますが、ジェイムズ・ウェッブは「赤外線」を捉えます。実は、赤外線であれば、これまで観測できなかった“遠くの宇宙”や“生命活動の指標となる大気の成分”を観測できるのです(詳細は後述)。
「遠方銀河」の研究に革命が起きる!
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測が始まって以来、最も熱い競争が起きているのは「遠方銀河」の研究です。観測天文学の第一人者であり、遠方銀河の研究が専門の大内正己教授(国立天文台/東京大学)は、研究の盛り上がりをこう話します。
「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のデータが公開されてから10日くらいの間に世界で20本の論文が公開されました。通常、研究者は1つの論文を書くのに1年くらいかかりますが、世界中の研究者が情熱に突き動かされてどんどん研究を進めている状況です」(大内さん)
遠方の天体を見ることは、宇宙の“昔の姿”を知ることを意味します。例えば、地球から100億光年離れた場所から放たれた光は、地球に届くまで100億年かかります。つまり、地球で観測したのは100億年前の天体の姿です。宇宙が誕生したのは今から138億年前と考えられているため、できるだけ遠くの天体を見つけて、“誕生から間もない頃の宇宙”を見たいと天文学者たちは考えているのです。
「宇宙がビッグバンで138億年前に始まったと考えられていますが、その直後は水素やヘリウムで充満していて天体など1つもありませんでした。その中から、ガスが集まって恒星が出来て、銀河が出来て、そして人類のような生命が誕生した。私たちの“起源”がどこかというと、やはり最初に恒星が生まれたところになる。そこをやはり見てみたいと思っています」(大内さん)
実は、前述したように、こうした遠方の天体を探すためには“赤外線を捉える”ということが重要です。宇宙は誕生以来、膨張し続けていますが、遠い天体から放たれた光は、膨張によって波長が引き延ばされるという性質があります。特に、100億光年以上という長い距離では、「可視光線」だった光はより波長が長い「赤外線」へと変わってしまいます。だからこそ、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は遠方の天体を探す研究で大きな期待を集めているのです。
睡眠時間3時間で“最遠方銀河探し”!?
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による「遠方銀河探し」の競争が加熱する中、世界をリードしているのが東京大学宇宙線研究所の若き研究者、播金優一助教です。
播金さんは、今年4月に地上の望遠鏡などを使って、当時の「最遠方銀河」を発表したばかりです。「HD1」と名付けられた銀河は、地球から134.8億光年離れた場所に位置すると考えられ、これがジェイムズ・ウェッブの観測が始まる前に、観測されていた最も遠方の天体でした。
しかし、播金さんは、今年7月にジェイムズ・ウェッブから届いた初観測のデータに衝撃を受けたといいます。もしかしたら発表したばかりの「HD1」より遠方の天体を見つけられるかもしれないと考えたのです。そして、そこから寝る間を惜しんで、データと格闘が始まりました。
「最初の1週間は平均の睡眠時間が3時間くらいの生活を送りながらデータを見ました。天文学者としてやりたいことの1つでしたので、睡眠時間を削ってでも『昔の銀河を探したい』という欲求が勝ってしまいました」(播金さん)
播金さんたち天文学者は、いったいどのようにして遠方の銀河を探すのでしょうか。実は、ジェイムズ・ウェッブは0.6から28.5マイクロメートルの赤外線を含む光を複数のフィルターで捉え、波長ごとに画像を取得します。
そこで、播金さんは天体からの距離に応じて望遠鏡に届く光の波長が、より長くなることに注目しました。例えば、136億年前に発した光は、「2.8マイクロメートル」の赤外線の波長ではギリギリ捉えられますが、それより短い波長では捉えることができません。そこで、望遠鏡から送られてくるデータのうち、ギリギリ2.8マイクロメートルの波長で捉えることができた天体を調べ上げました。
播金さんが「ステファンの5つ子」という有名な銀河群を捉えた領域を対象に、コンピューターを使った画像解析でデータの絞り込みを行ったところ、およそ100個の「遠方銀河」の候補が見つかりました。しかし、その100個は全てが探し求めている遠方銀河というわけではないのだといいます。
「遠方銀河を機械で選びますが、『天体がある』と誤認識してしまう場合があります。最後は天文学者の熟練の目で判別していく必要があるのです」(播金さん)
なんと遠方の銀河探しは、天文学者が目視で一つずつ画像を確認して判断するのだそうです。望遠鏡からのデータは拡大するとモザイク状に見えますが、それが探している遠方銀河なのか、違うシグナルを間違えて銀河と判別したのかを見分けていきます。
例えば、誤認識の代表例が「宇宙線」の映り込みです。宇宙線の映り込みの場合は、四角く白いシグナルが中心にあるものの、その周りには何もシグナルがありません。こうした特徴を目で見て判断して、候補から除いていきます。
こうして慎重にデータを確認すること2週間、播金さんは最遠方の銀河の候補を発見しました。それは、白いシグナルが中心にあり、さらにその周りにもぼんやりとした光が広がっているように見えるものです。こうした特徴から、播金さんは本物の天体だと判別し、さまざまなデータから136億年前の銀河の候補と結論づけました。播金さん自身が地上の望遠鏡を使って見つけた「HD1」を1億年更新する現時点での“最遠方銀河”の候補です。
「私たちだけしか見つけていないということで本当にドキドキしました。どんどん昔の銀河を見つけて、いつかは宇宙で最初に生まれた“ファースト・スター”や“ファースト・ギャラクシー”を観測したいと思っています」(播金さん)
期待が高まる!「地球外生命」の探索
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のもう一つ大きな目的は「地球外生命」の探索です。ターゲットにするのは、太陽系の外にある「系外惑星」です。これまでの観測によって5,000個以上の系外惑星が見つかっており、その中には生命が存在する可能性があると考えられる惑星も含まれています。
もし系外惑星に生命がいたら、惑星の大気の成分にその兆候が現れるのではないかと考えられています。例えば、植物があって光合成をすればそれによって「酸素」が発生し、大気の中で「オゾン」が生成されます。また、樹木などから発生する「メタン」も重要な指標です。
実は、ハッブル宇宙望遠鏡でも惑星の大気の観測は行われてきましたが、可視光線の波長では、「水」は観測できても、生命活動の重要な指標とされる「オゾン」や「メタン」などの成分は捉えることができませんでした。それこそが赤外線を捉えるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡へ期待されることなのです。
ジェイムズ・ウェッブを使った系外惑星の大気の観測は世界中の研究者が参加して始まっています。大気観測チームを率いる一人でジョンズ・ホプキンス大学のケビン・スティーブンソン博士は、これまで地上の望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡を使った観測で系外惑星の研究を行ってきました。
「系外惑星は太陽系の惑星よりも多様性に富んでいますが、生命が存在するかどうかは分かりません。これこそが私たちの本当に答えたい大きな問いです。『生命は私たちだけなのか?』」(スティーブンソン博士)
恒星の周りを公転する惑星は観測が難しい天体ですが、大気の成分を観測する方法はあります。系外惑星が恒星の前を横切るときに、恒星から出た光は一部が惑星に遮られて明るさが少しだけ変化します。もし惑星に大気があれば、光が大気の部分を通過するときに、含まれる成分によって特定の波長だけが強く吸収されるという現象が起こります。そこで、惑星が横切るときに、それぞれの波長ごとに光がどれほど変化するかを分析すると、含まれた大気の成分を推定することができるのです。
スティーブンソン博士たちが、今年7月にジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡での観測のターゲットにしたのは、地球からおよそ700光年離れた「WASP-39b」という巨大ガス惑星です。木星の1.3倍の大きさで恒星のすぐ近くを4日で公転しているため、観測しやすいことから、ジェイムズ・ウェッブの性能を試すための観測対象として選ばれました。
観測後に送られてきたのは、光の波長ごとにどれほどの光が遮られたかというデータです。グラフから読み取れたのは、波長が4.3マイクロメートルのところで大きく光が遮られていたということでした。実は、その波長は二酸化炭素の分子の存在を示すものです。
「二酸化炭素は私たちが最初に調べる分子です。今後は、メタンやオゾンなどを調べる予定です。『地球外に生命があるのか』という問いに答えることは難しく、長い時間をかけて多くの観測をする必要がありますが、ジェイムズ・ウェッブがこの問いに対する最初の答えを与えてくれるでしょう」(スティーブンソン博士)
スティーブンソン博士たちが観測したいと考えているのは「トラピスト1」と名付けられた恒星の周りの惑星たちです。地球から40光年という比較的近い距離に位置し、地球型惑星が複数あるため、生命が存在する可能性があると期待されています。ジェイムズ・ウェッブが、これからの観測によってメタンやオゾンを検出すれば、人類にとっての大発見となることは間違いありません。
ジェイムズ・ウェッブは人類の“宇宙観”を変える!
観測天文学の第一人者の大内さんは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が人類の価値観を変えるような発見をすることに期待しています。
「1個の星の中に生命の痕跡が見つかれば、私たち人類の世界観、“宇宙観”を変えるような発見になるのではないかと思います。私たち地球の生命は、宇宙の中で孤独ではなかった、仲間がいるのだということが分かって、私たちの考えを変えることになるのではないかと思っています」(大内さん)
そして、ジェイムズ・ウェッブは人類の果てしない好奇心を刺激し続ける存在になると語ります。
「観測で何か新しいことが分かると、今度は“新しい謎”が出てきます。そういった新しい謎がどんなものだろうと本当に楽しみにしています。こういった状況になるのは、少なくともハッブル宇宙望遠鏡が出てきたとき以来、30年に1回ぐらいのすごい瞬間です。この時代に生きていて、知の最前線に立って宇宙のことを調べるという機会が与えられたことを本当に楽しいと思っています」(大内さん)
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測は始まったばかりです。これからどんな大発見をして人類の“宇宙観”を変えていくのか。この時代に生きる人類だけに与えられた壮大な“楽しみ”になるに違いありません。