「まるで津波…」 梅雨の時期に知っておくべき“津波洪水”という新脅威

NHK
2022年6月6日 午前0:00 公開

梅雨時期の豪雨災害が毎年のように全国各地で発生しています。「令和2年7月豪雨」では、熊本県の球磨川流域で50名もの尊い命が奪われ、6000棟を超える家屋が被災しました。

堤防をはるかに超える濁流が川と集落を一体にして激しく流れ込み、多くの家屋を流失させたのです。被災者の多くがその破壊力は過去の洪水のものと別次元だと証言、「まるで津波のようだった」といいます。

NHKサイエンスZERO取材班は専門家とともに、こうした濁流を“津波洪水”と名付け、その脅威を徹底検証しました。これは決して一部の地域だけの話ではなく、平野や都市部など全国各地で起こりうること。新しくなったハザードマップの重要性も含め、今後、さらに進むと考えられる豪雨激甚化時代の新たなリスクと対策を考えます。

(令和2年7月豪雨)

“津波洪水”の破壊力:球磨川からの報告

「令和2年7月豪雨」では、被害の大きかった熊本県南部でこれまでの観測記録を更新する大雨が降りました。大雨の原因の1つが、次々と発生した積乱雲が帯をなして停滞する「線状降水帯」です。流域の広い範囲で大雨が続いたことで、球磨川で大規模な氾濫が発生したのです。川から大量の水が住宅地に流れ込みましたが、その強烈な水の流れはまるで“津波”のようだったといいます。

特に被害が大きかった地域の1つ、球磨村の渡地区・茶屋集落ではおよそ15棟の家屋が流されました。住民たちは「海の津波と同じで“川の津波”だった」「気付いたら水が来ていた」といいます。

増水が早く、家財を持ち出す時間もほとんどなかったという証言もあります。住民の1人が撮影した映像には、川の水が堤防を乗り越えた瞬間が捉えられていました。堤防が決壊していないにも関わらず、高さ4mの堤防を乗り越えた濁流があっという間に集落を飲み込んだのです。

河川工学の専門家で熊本大学特任教授の大本照憲さんが現地調査を行ったところ、この集落の洪水による浸水深は6mを超えていたことが分かりました。4mの堤防を2mも超える大量の水が集落に流れ込んでいたのです。

さらに、解析から集落を襲った濁流の流れの速さは少なく見積もって秒速3m、普段の川の倍の速さの激流が集落に流れ込んでいることも分かりました。大本さんは「単なる氾濫ではなくて、川と一体化した流れとなっていた可能性が高い」と指摘します。

(現地調査を行う大本照憲教授)

これまで国や自治体が想定していた洪水は、堤防が決壊するなどして水があふれ、徐々に水位が上昇するというものでした。そのため、流れによる被害は考えられていませんでした。

ところが、令和2年に起きた球磨川の洪水では、堤防をはるかに超える水の塊が津波のような速度で川と集落を一体化して流れたのです。大本さんは「ゆっくり水位が上がって浸水深が大きくなるのとは全く違う破壊現象だった」といいます。

流れが速く浸水深が大きな洪水がどれほど危険なのかは、木造家屋の倒壊リスクから知ることができます。

洪水によって木造家屋が倒壊するリスクは、水深と流速などから見積もられますが、流速が秒速3mの流れの場合では水深が2mを超えると倒壊可能性が高まります。一方で、水深6mでは、秒速1mほどの流れでも倒壊リスクが高まります。令和2年の豪雨でこの集落を襲った「水深6m、秒速3m」という濁流の破壊力のすさまじさが分かります。

津波研究の第一人者、東北大学教授の今村文彦さんもこのように指摘しています。

「普通の波は水面が上下する状況ですが、津波では水の塊がものすごいスピードで流れてきます。その点で、今回の洪水は津波と非常に類似していました」

さらに、今村さんは、水が大量の土砂を含んでいて密度が高く重い状態であることや漂流物を含んでいることも津波との共通点で、破壊力が増した原因だったと考えています。

NHKサイエンスZERO取材班は専門家と検討を重ねて、「水かさが堤防の高さを大きく上回り、川と周囲が一体化して激しく流れる規模の大きな洪水」を“津波洪水”と名付けて、その危険性を発信することにしました。

“津波洪水”の破壊力増大メカニズム

球磨川流域を襲った“津波洪水”は、あるメカニズムによって被害をさらに拡大させていたことが1年近くにおよぶ研究で明らかになってきました。

八代市坂本町で調査した熊本大学の大本さんは、川沿いにあった木造2階建ての大きな食堂が跡形もなく流されていたことに注目し、その破壊力の原因を探りました。手がかりとなったのが流された食堂から1kmほど上流にある川の「大きな急カーブ」です。

大本さんが現地で調べたところ、カーブの外側では洪水の痕跡が道路面から4.8mの高さに残されているのに対し、カーブ内側では1.4m。カーブの外側と内側の水位差はなんと3.4mもあったことが分かりました。

増水した川の流れが蛇行部にさしかかると、遠心力で水がカーブの外側に集まり、水位差が住宅の1階分ほどになっていたのです。そして、その持ち上げられた水は、坂を駆け下りるように加速されて食堂のある集落へ一気に流れ込んだ、と大本さんは考えています。

(流される前と後の食堂)

(川の急カーブで流れが加速した)

一方、川のカーブが連続する場所では、また別のメカニズムが働いていた可能性も見えてきました。前橋工科大学准教授の平川隆一さんは、河川シミュレーションによって集落を襲った流れの解明に挑んできました。

連続するカーブの内側に集落がある場合のシミュレーションを行ったところ、川が増水して堤防から水があふれ始めると、蛇行していた川の流れは最短距離を流れるようにまっすぐになり、速いスピードで集落に流れ込むことが確かめられたのです。

平川さんは、「今回のように水がショートカットして住宅街を流れていくような災害というのは、今後日本各地で起きる可能性があると思います」と警告します。

(蛇行する川での増水シミュレーション)

命守るには“安全な場所を知ること”が大事!

なぜこれほど大規模な洪水、“津波洪水”が起きたのか。その最大の原因は、一度の豪雨で降る雨の量の多さです。令和2年7月豪雨の24時間降水量を昭和40年に球磨川流域で起きた豪雨と比較してみました。

昭和40年の豪雨では降水量は最も多い場所で300mmほどであったのに対し、令和2年の豪雨では流域のほぼ全域で300mm以上、中には500mm以上という場所までありました。

治水の専門家で豪雨についても詳しい熊本県立大学特別教授の島谷幸宏さんは、気候変動の影響で海面水温が高くなっているため、蒸発する水蒸気量が多くなり、線状降水帯による雨量も多くなっていると指摘します。

(24時間降水量の比較)

こうした状況から、島谷さんは従来のハザードマップでは近年の豪雨に対応できなくなっているといいます。

「ハザードマップが対象にしていたのは100年に1度の大雨だったが、もう少し大きな規模の洪水が考えられるので、対象とする洪水を大きくしなければならない。さらに、水深だけが出ているが、流速も表現できるようなハザードマップへ転換する必要があります」

今大事なことは自分の住んでいる場所の危険度がどの程度あるのかを知ることによって、地域の中でより安全な場所を見つける作業だと島谷さんはいいます。

そうした対策のために使えるのが、1000年に1度の大雨が降った場合にどのくらいの深さの浸水が起きるのかを予測した「浸水想定区域図(想定最大規模)」です。これは国土交通省の河川事務所や都道府県がホームページなどで公表しているもので、従来のハザードマップと比べると、浸水予想範囲が拡大。場所によっては、ハザードマップで1~2mの浸水予測だったのに浸水想定区域図では、最大20mほど浸水する可能性があることが示されています。

「浸水想定区域図(想定最大規模)」を反映した全国のハザードマップは、NHKの防災HPからも見ることができます。

さらに、「家屋倒壊等氾濫想定区域(氾濫流)」という、深さだけでなく流速も考慮されたマップも作られています。これは1000年に1度の大雨による洪水で木造家屋が倒壊する可能性のあるエリアが示されています。

「家屋倒壊等氾濫想定区域(氾濫流)」も国土交通省の河川事務所のウェブサイトで閲覧することができます。島谷さんは、「この図を使って、鉄筋コンクリートなど家屋を丈夫にすることで防げるのか、どこに避難すればいいのかを考えて欲しい」といいます。

(家屋倒壊等氾濫想定区域〔氾濫流〕)

「豪雨激甚化時代」の新たな治水

「気候変動による豪雨激甚化時代を迎える中、これまでの堤防やダムなどの大型構造物で洪水から守っていくということが行き詰まってきた」と島谷さんは指摘します。

今まさに、治水に対する考え方の大きな転換期で、これまでの治水に加えて“流域治水”という考え方が重要だといいます。流域治水とは、流域全体で水をゆっくり流したり、水を貯留したりする治水のことです。

流域治水の中で、特に注目を集めているのが水田を活用する“田んぼダム”です。水田はもともと水をためる機能を持っているので、大雨のときには排水の量を減らし、ぎりぎりまで水をためることで周囲の浸水被害を食い止めようというのです。

さらに、農道をかさ上げすることで堤防のように活用しようというアイデアにも関心が高まっています。農道が堤防のように働いて水の流れが広がるのを食い止めることがシミュレーションでも確かめられ、農道のかさ上げが家屋の浸水を防ぐ方法として期待できることが分かりました。

島谷さんは、「今までみたいに何でもかんでも100%守るということではなく、リスクを分散しながらできるだけ生命と財産を守っていくという考え方が大事です。流域全体で被害を軽減していくための治水が必要だ」と訴えています。

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