「富士山噴火」で何が起きる…!? 最新調査でわかってきた富士山の「本当の姿」

NHK
2021年12月15日 午後0:28 公開

その美しさで多くの人を魅了する山、富士山。一方で、過去5600年間におよそ180回もの噴火を繰り返してきた、恐るべき火山でもあります。今年、富士山噴火のハザードマップが17年ぶりに改定され、溶岩流や火砕流など噴火の影響がより広がる可能性が示されました。

富士山は江戸時代の「宝永噴火」から300年あまり噴火していませんが、ハザードマップ検討委員会・委員長の藤井敏嗣さんはこう警鐘を鳴らします。

「必ず富士山は噴火しますから。いつかということは分からないけど、間違いなく噴火は起こります」

近年、過去の噴火を読み解く研究の進歩によって、活火山・富士山の姿が少しずつ見えてきました。正しく恐れて、備えるために-。富士山噴火研究の最前線に迫りました。

村を焼き、押しつぶした  江戸時代の大噴火

富士山の過去の噴火を知る手がかりは古文書や絵図などの史料に残されています。記録が存在する西暦800年ごろから現在までの1200年あまりの間に記録されている噴火の回数は10回。直近の江戸時代の「宝永噴火」(1707年)からは300年以上が経過しています。

今後の備えを考える上で専門家が注目しているのがこの宝永噴火です。富士山の噴火の中で最大規模であることに加え、多くの史料から噴火の推移や被害が分かっているためです。

宝永噴火を描いた絵図には、噴煙が山の中腹から立ち上る様子が残されています。実は、富士山は長らく山頂からの噴火は起こしていないのです。さらに、絵図に添えられた記述から、噴火は16日間に及んだことが分かっています。

2019年、富士山から東に10キロほどの静岡県小山町須走地区で、当時の噴火の激しさと規模の大きさを物語る発見がありました。地面を2メートル掘ったところから、黒く焼け焦げた「木の柱」が見つかったのです。噴火による高温の噴出物によって家屋が燃え、2メートルを超える大量の火山灰の下に埋まったものです。

地域に伝わる古文書には、村にあった家のうち37棟が焼失し、残る39棟もすべて火山灰の重みで倒壊したと記されていました。その証拠が初めて確認されたのです。

宝永噴火の噴出物の被害を受けたのは山麓の村だけではありませんでした。噴火したのは12月。強い偏西風の影響で火山灰は南関東一帯に降り注ぎました。100キロほど離れた江戸でも数センチの灰が積もったことが確認されています。火山灰によって農地は荒れ果て、収穫ができなくなりました。また当時は咳に悩まされる人が多くいたと記録が残っています。

専門家の現地調査で分かった「宝永噴火」の新事実

広範囲に噴出物の被害をもたらした宝永噴火。そのとき富士山で何が起きていたのかを明らかにするため、2016年からフィールド調査を行ってきたのが山梨県富士山科学研究所研究員の馬場章さんです。馬場さんは、研究の意義をこう語ります。

「噴出物から宝永噴火がなぜ起こったのか、どのように推移したのかを明らかにすることで、今後の防災や避難のあり方につなげていきたいと考えています」(馬場さん)

取材班は、この夏行われた馬場さんの調査に同行し、宝永噴火の火口である「宝永火口」を目指しました。

静岡県にある登山道のひとつ、富士宮ルートの五合目から登り始めると、次第に足元には小石のような大きさの噴出物が目に付くようになります。「スコリア」と呼ばれる黒っぽい色をした堆積物です。多孔質の火山噴出物で富士山では多く見られます。

そして、火口から800メートルほど離れた場所で、馬場さんが見つけたのが「火山弾」。噴火で飛び散ったマグマが冷えて固まったもので、このとき見つけたものはなんと直径60センチもありました。

「この火山弾の質量は推定で150キロから200キロぐらいあります。宝永噴火のときに火口から放出されて、弾道を描いてこの位置まで到達したと考えています」(馬場さん)

歩くこと30分、標高2380メートルまでやってくると、巨大な「宝永火口」が現れました。火口の直径はおよそ1キロ。そして、この火口のすぐ側に「宝永山」と呼ばれる山があります。実は、馬場さんはこの宝永山の成り立ちが、宝永噴火で起きた現象を明らかにする上でカギになると考えています。

当時の絵図にも宝永山が描かれ、「宝永山出来る」という記述が添えられていることから、宝永山は噴火の際に新たにできたと考えられています。

これまでの研究では、宝永山は噴火活動に伴う地下のマグマの突き上げ、つまり「隆起」によって形成されたと考えられてきました。その根拠となっていたのは、宝永山の山頂部分だけに確認できる赤茶けた地層です。この場所にしか見られない特異的な地層であることから、古い地層が露出していると考えられてきました。

しかし馬場さんは、調査を重ねる中で「ある仮説」にたどり着きました。

「宝永山そのものが宝永噴火による噴出物によってできた。つまり、強い風の影響で東に傾いた噴煙柱から落下した火山れき、火山灰が堆積してできた、とするほうが合理的ではないかと考えています」(馬場さん)

一般的に火口付近にできる火山噴出物の堆積は「火砕丘」と呼ばれ、火口を中心とした同心円状に堆積します。一方、宝永山は火口の東側に位置する山です。馬場さんは、火山噴出物が冬の偏西風の影響を受けて、東側に厚く堆積したのではないかと考えたのです。

岩石に記録された宝永山誕生の謎を解くカギ

宝永山はどのようにできたのか。馬場さんは新たなアプローチでこの謎に挑むことにしました。その方法とは、宝永山を構成する岩石に残る「地磁気」の測定です。

「岩石は寡黙で何も主張していないように見えますが、この岩石の地磁気方位を測定することで、1707年に噴出したものかを推定できます」(馬場さん)

「地磁気」とは地球の磁場のことです。実は地磁気は時間とともに、方向や強さが絶えず変化しています。地表に噴出したマグマは冷え固まって岩石になるときに、その時の地磁気の方向を記録する性質があります。つまり岩石の地磁気を測定し、基準となる地磁気のデータベースと照らし合わせることで、その岩石の年代を推定することができるのです。

「地磁気方位の変化に、宝永山の山頂で採取した岩石のデータを照らし合わせると、1700年ごろの古地磁気方位と重なりました。ほかにも岩石の成分の特徴や地層の積み重なりなどを確認したところ、宝永山が隆起ではなく、噴出物が積み重なって現在の形に至っていると分かりました」(馬場さん)

定説を覆した! ドローンが捉えた宝永山の地層

宝永山は「隆起」ではなく、噴出物の「堆積」によってできた-。この新たな説を確かめるため、今回、取材班は特別な許可を得て、研究者と協力し上空から宝永山の撮影を試みました。

目指すのはこれまでほとんど人が立ち入ったことのない宝永山の東斜面です。高精細な4Kドローンで斜面を捉えた映像を見ると、赤茶けた地層が何層にも積み重なっていることが見てとれます。

これが何を意味するのか、富士山研究の第一人者である静岡大学の小山真人教授に分析を依頼しました。小山さんが着目したのは、山頂部分に突き出ていたあの赤茶けた地層が、山の東斜面まで伸びている点です。

「赤茶けた地層が(噴出物のスコリアでできた)黒い層と同様、右側(東側)に連続しています。ですから両者は同じように降り積もって、つまり同時にできあがったものだということがよく分かります」(小山さん)

映像からは確かに斜面の表面を覆う黒いスコリア層の下に赤茶けた地層のラインがまっすぐ伸びていることが確認できました。このことから宝永山山頂の赤茶けた地層は隆起したものではなく、火山噴出物が堆積したものだと考えられるのです。

「今までは古いものが飛び出ているので、隆起したものだろうと割と単純に考えてしまっていたのですが、ドローンを使って精密に画像を分析し、現場の崖で地層の重なり合いを実際に確認することによって、堆積してできた山だと分かったわけです。1960年代以来、隆起が通説となっていましたが、それを見直さなければいけなくなりました」(小山さん)

新発見! 想定を大きく上回る火砕流の痕跡

富士山の火山活動に伴う現象は宝永噴火のような爆発的噴火による噴出物だけではありません。過去には「溶岩流」や「火砕流」をはじめ、多様な現象が起きたことが確認されています。

過去の噴火の調査を続ける馬場さんは、火砕流についてこれまでの想定を覆す規模の痕跡を発見しました。火砕流とは、火山灰や大小の岩石が高温の火山ガスとともに、時速100キロほどのスピードで山の斜面を流れ下る現象です。

見つかった場所は山梨県富士吉田市内、自衛隊の演習場です。馬場さんを驚かせたのは、その規模。火砕流堆積物が最大15メートルもの高さで積もっていたのです。

さらに調査によって、この火砕流堆積物は幅700メートル、長さ3.6キロメートルにわたり広がっていることが確認されました。推定された堆積物の量は、東京ドーム10杯分にあたる1240万立方メートル。これまでの想定で最大とされていた量のおよそ5倍に及びます。

「火砕流堆積物としては、現在確認できているなかで最大のものと推定しています。市街地から2~3キロメートルのところにまで火砕流が到達していることには驚いています」(馬場さん)

火砕流堆積物の中からは、噴火の時期を特定する手がかりとなる「炭化した木片」も見つかりました。かつて山麓に広がっていた植生が、400度近い高温の火砕流に巻き込まれたことで、炭になって残っていたものです。

炭化した木片に含まれる炭素の年代測定や岩石の地磁気の測定から、西暦600年代・飛鳥時代の火砕流堆積物であることも突き止められました。

噴火ハザードマップが17年ぶりに改定

近年得られた新しい科学的知見をもとに、2021年3月に「富士山噴火ハザードマップ」が17年ぶりに改定されました。

「火砕流」の最大規模は、馬場さんたちの研究を踏まえ240万立方メートルから1000万立方メートルに見直されました。さらに、シミュレーションに用いる地形データもより精緻になったことで、富士山の北東方向と南西方向では、より遠くまで到達すると推定されています。

「溶岩流」の到達範囲も見直されました。溶岩流は、火口から流れ出た非常に高温のマグマが地表をゆっくりと流れる現象です。改定によって新たに山梨・静岡・神奈川、3県の12の市と町が含まれ、これまでより広いエリアで溶岩流に警戒しなければならないことが示されました。

宝永噴火のような爆発的噴火による「降灰」については従来と変更はありませんでしたが、改めてその影響範囲の広さが示されました。山麓では50センチ以上、首都圏でも2センチ以上降り積もる可能性があると試算されています。

神奈川県温泉地学研究所の主任研究員、萬年一剛さんは富士山噴火で起こりうる降灰の影響についてこう説明します。

「厚さ2センチの降灰というと『たいしたことない』と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、結構大きな数字です。例えば、鹿児島の市街地では桜島の降灰を頻繁に受けていますが、1センチも降り積もるということはほとんどありません。1センチを超えたのは噴火活動が活発だった1985年の、それも1年間の量です。1回の噴火でセンチ単位の降灰が広範囲にもたらされることは、私たちが今まで経験してきたものとは全く違う災害だと考えた方がいいと思います」(萬年さん)

萬年さんは、ひとたび首都圏に火山灰が積もれば、大きな影響があるのは鉄道だと指摘します。

「鉄道はレールにいろいろな安全に関わる信号を流していますが、レールの上に火山灰が積もってしまうと、その信号が車輪をつたって流れなくなってしまいます。そのため、火山灰が少しでも積もったら運行ができなくなることが分かっています」(萬年さん)

さらに研究をすすめるなかで、最近特に注目しているのが水道への影響です。

「火山灰の中には、『フッ素』という物質が付いています。水道の水は浄水場で作られていますが、そこに火山灰が入ると、フッ素の濃度が飲用水の基準を超えてしまう可能性があります。もう一つ深刻な問題としては、大量の火山灰が川に流れてくる可能性がある点です。都市域の水道は川の水を使っているので、取水域で大量の土砂がたまってしまうと、取水ができなくなってしまう可能性があります」(萬年さん)

次なる噴火にどう備えるか

改定されたハザードマップを私たちはどう活用すればいいのでしょうか。過去の噴火を紐解く研究を行ってきた馬場さんはこのように話します。

「お住まいの場所によって富士山との距離感が違います。しかし、一度『自分事として』ハザードマップを見て欲しいです。ここに住んでいたら自分に何が、どう行動できるかを考えて、あらかじめ備えるということが重要です」(馬場さん)

富士山が次にいつ、どのような噴火を起こすかを予測することはできないという馬場さん。しかし、噴火活動の予兆を捉えることは可能だといいます。

「マグマが地下から上がってくると山体が膨らんだり、火山性の地震が起こったりするため、気象庁が富士山でも常時観測を行っています。ですので、マグマが上がってきたことに関するシグナルは、噴火の前に検知できるだろうと考えています」(馬場さん)

馬場さんは火山を研究する意義をこのように話します。

「研究は『バトン』のようなイメージを持っています。宝永噴火に直面した人たちが歴史史料という形で残してくれています。それは後世に対して、また同じ噴火が起きたらどうしたらいいかという投げかけをしてくれているわけです。

それから自然科学の研究者たちが知見を重ねて、ハザードマップが改定されました。まだ分かっていないことについてはこれからも調査研究して明らかにし、次世代にバトンをつなぐことが非常に重要だと思います」(馬場さん)

「過去の噴火に学び、未来に備える」。先人たちが残した絵図と科学的な知見から改定されたハザードマップは、私たちにそう語りかけているのです。