自然番組を作って40年!いま改めて思う「生きるってどういうこと?」

NHK
2023年11月5日 午後7:58 公開

【ブログ担当スタッフから】

今回担当の松林明ディレクターは、自然番組を作って40年近い大ベテラン。その経験と交友関係が今回の番組を生むきっかけになったといいます。動物たちが集まる、まさに奇跡のような場所をいかにして撮影することができたのか、その秘話をご紹介します。そして、松林ディレクターからの熱いメッセージもぜひご覧ください!

◎発端は35年前

今から35年前の1988年、私はカナダ亜北極圏のある小さな町にいました。ホッキョクグマを撮影するためです。

私はそこで、一人の地元カメラマンと知り合いました。それが今回撮影を担当してくれたアラン(親友だからこう呼ばせてください)。彼はもともとカナダの公共放送のカメラマンだったのですが、ファースト・ネーションズ(かつて“カナダインディアン”と呼ばれていた先住民の人々の現在の呼称)の取材で北極圏を訪れました。

やがて彼は、一人の先住民の女性に恋をします。二人は結ばれ、アランは義理の父の下で伝統猟師の修行をしました。

その後、彼は現地に拠点を設け、先住民の暮らしや、大自然、生きものたちの営みを記録し始めます。私が出会ったのは、そんな矢先のことでした。

真冬の亜北極圏の夜は長く、毎晩のようにアランは私たちの宿舎を訪ねてくれ、私は炉端で語る彼の北国の珍しい話に、夜が更けるのも忘れて聞き入ったものです。

そんな話の中で、先住民の猟師がムースやトナカイなど大きな獲物がとれない時、そこに行けば必ず魚が捕れる場所があるというのです。そこは、どんなに気温が下がっても決して凍らない不思議な水辺。私は、その時はへーと思っただけで、ずっと忘れていました。

それから時がたち、2019年、アランと久しぶりに再会した折、「あの話、覚えているかい?」と言われ、最初は何のことか思い出せなかったのですが、話を聞くうち段々と不思議な水辺の話がよみがえってきました。彼の話では、最近彼の友人の研究者がその場所を調査したところ、周りにたくさんの生きものの足跡を発見したと言うのです。そして、その中には、オオカミのものも含まれていたと言います。冬場の魚に頼っているのは、人間だけではなさそうです。アランはぜひそれを映像に収めたいとのことで、一緒にやらないかと誘ってくれたのです。私は一も二もなく手を上げました。

ユーコン川の凍らない場所「ポリニヤ」

1988年 ホッキョクグマ

◎コロナ禍の中 不安の中リモート取材 ついにオオカミを捉えた

ところが、翌2020年、未曽有のコロナ禍が、全世界を襲います。NHKの海外ロケは、全て中止になりました。

しかし、それならばと考え出したのが、リモート取材です。撮影は現地にいるアランに任せ、私とのやり取りは全てEメールとオンライン会議で行うというものです。ドキュメンタリーの取材では、ディレクターとカメラマンの綿密なコミュニケーションが欠かせません。毎日撮影された映像を二人でチェックし、翌日の撮影プランを練る。常に変化する状況に対応しながら進めていきます。

しかし、ネット環境はもちろん、携帯電話も通じない極北の原野です。カメラマンが現場に入ってしまえば、私は撮った映像は見られず、相談することも指示を出すこともできません。そんな初めての経験に、大きな不安を抱えての船出でした。2020年秋から2022年春まで、足かけ3年にわたる取材期間にやり取りしたEメールの数は、往復で1000通を超しました。

当初、私が一番心配したのは、オオカミの鋭い嗅覚です。オオカミは2.4kmも離れた獲物の匂いを嗅ぎ分けるといいます。イヌはオオカミを家畜化したものですが、わずかな匂いから犯人を見つけ出す警察犬や空港の麻薬犬などの鋭い嗅覚は、オオカミから受け継いだもの。人間がブラインドテントやカムフラージュネットに隠れて待ち伏せしても、匂いまで消し去ることはできません。警戒心の強いオオカミにたちまち気付かれ、寄り付かないのではないかと危惧したのです。

結局、相談の結果、動くものを感知すると作動する無人の監視カメラをたくさん仕掛けることにしました。

ハクトウワシやカワウソなど、他の動物はすぐに映り始めましたが、オオカミはなかなか現れません。やはり、監視カメラに残るわずかな人間の匂いを警戒されたのかと敗北感が漂い始めたころ、ついにオオカミが映ったのです。

ところが、映像を見てすぐ、失望のどん底に突き落とされました。オオカミが一瞬映っただけで、カメラが止まってしまうのです。オオカミはほとんど夜間に現れます。すでに気温はマイナス30℃近くにまで下がっています。どうやら寒さのために、機械がうまく作動しないようなのです。多少気温が上がる昼間は、正常に作動していますから。

そんなわけで、しばらくは試行錯誤が続きます。アランがどんな対策を施したのか、詳しくは知りませんが、やがて解決がついたとの連絡。撮影が再開されました。その結果、ついにオオカミの魚捕りが、連日映し出されるようになったのです。それらの映像は、ぜひ番組でお確かめください。ただ、私はこれまでに何回かオオカミを撮影した経験がありますが、こんな至近距離で撮影された映像は見たことがありません。何しろ、カメラにオオカミの体が触れてしまいそうになる瞬間もあるのですから。

動くものを感知すると作動する無人の監視カメラ

レイクホワイトフィッシュを獲るオオカミ

◎“穴持たずのクマ”に見る命の闘い

そういうわけで、ようやく撮影が軌道に乗り始めたころ、今度はとんでもないものが映り始めました。

ヒグマです。ヒグマは当然冬眠に入っていなければならない時期。冬眠の機会を逸した、いわゆる“穴持たずのクマ”です。雪の中、食べ物を求めて徘徊する“穴持たずのクマ”の危険性は、吉村昭の小説「熊嵐」に余すところなく描かれています。ましてや、カナダのヒグマはグリズリーと呼ばれる亜種で、北海道のヒグマをはるかに上回る巨体の持ち主です。人間が襲われたら、ひとたまりもありません。現場に長くとどまることはもちろん、少し離れたところでキャンプすることも危険です。

アランたちは、住まいのある州都のホワイトホースから車とスノーモービルを使って何百kmもの道のりを通い、クマの現れる可能性の低い昼間の時間帯に、すばやく監視カメラの電池と記録媒体を交換し、離脱するということを1週間ごとに繰り返しました。もちろん現場での作業中は、ライフルを構えた見張りが、常に周囲を警戒します。

そうしたアランたちの努力のかいあって、世界で初めての、誰も見たことが無い厳寒期のクマの魚捕りの映像を得ることができました。この貴重な映像は、番組でじっくりご覧ください。

全身氷だらけになったクマが、身を切るような冷たい水の中で必死に魚を追う。この映像を最初に見たとき、私はしばらく涙が止まりませんでした。そして、生きるって、こういうことなんだなあと心に深く染み入ったのです。

私は40年近く、生きものの営みを映像によって追い続けてきましたが、最近そのことに自戒することがあります。

生きものたちが自然の中で繰り返している命の営みは、人間が近くにいてはなかなか見せてくれません。それを捉えるために、私たちは今回のような無人カメラや、姿を隠すブラインドテント、はるか遠方からでも映せる超望遠レンズなど、さまざまな機材・技術を駆使します。

でももし、これらの被写体が動物ではなく、人間だったらどうでしょう。盗撮というれっきとした犯罪ではないでしょうか。もの言わぬ動物たちには、抗議の手段が無いだけなのかもしれないのです。

それに対する私の答えは(自己弁護と言われるかもしれませんが)、こうして得た貴重な映像を、命の大切さを育む心の栄養にして欲しいということです。

全ての生きものは、他の命を犠牲にし、それを自らの栄養にするしか、生きていくことができません。我々が毎日食べる肉や魚、野菜や果物、どれにも皆、命がありました。もし食べられる側が自分の運命を知ったら、喜んで食べられる者はいないでしょう。だから、我々は食事の前に「いただきます」と言います。これは私の命のために、あなたの命をいただきますという感謝の気持ちです。

そして人間には、肉体だけでなく、心にも栄養が必要だと思うのです。その一番の栄養は、命の大切さを知ること。近年、震災やコロナ、そして戦争など、命の危機が我々の身近に迫っています。いまこそ、命の重さ、生きることの意味を誰もが考える必要があるのではないでしょうか。

氷まみれになって魚を追うクマの懸命に生きる姿から、生きるってどういうこと、と皆さんが考えてくださったら、こんなうれしいことはありません。いただきます!

氷まみれになりながら魚を探す穴持たずのクマ

ディレクター 松林明

ダーウィンが来た!はNHKプラスで配信します。配信期限 11/12(日) 午後7:57 まで※別タブで開きます