◎“神の鳥”の取材に挑む
アイヌの人々に「村の守り神」と呼ばれるシマフクロウ。かつて開発の影響で100羽にも満たない状況に追い込まれた絶滅危惧種で、50年にも及ぶ保護活動がその命をつなぎとめてきました。
2021年、わたしは環境省と専門家のもとへ取材のお願いに向かいました。そこで言われた言葉を今でも忘れられません。
「あなたはシマフクロウを絶滅させる気ですか?」厳しいお言葉を受けたのも無理はありません。当時わたしが持ち込んだ企画は「天然の巣で子育てするシマフクロウに密着!」というものでした。
現在繁殖しているシマフクロウの、実に8割ほどが人の用意した巣箱を利用して子育てをしています。わずかに残された本来の形での子育てを大々的に取り上げることは、「自分も撮影したい」という刺激になり、現場に人が押し寄せ、シマフクロウの子育てを妨害することに繋がりかねません。
わたしたちが取材をする目的は、生きものの魅力を伝えることに加えて、取材相手である生きもののためになる放送を目指しています。でも、これでは逆効果。
ではどうしたら良いのか?1年をかけて「シマフクロウのためになる番組」を目指し協議を重ね、取材が始まりました。
シマフクロウの保護とはなんたるか、身を持って知るため実際に現場でご指導をいただきました。世界最大級のフクロウが入る巨大巣箱を背負って森の奥へ運びます。人の子どもが入るほど大きな巣箱ですが、重さは10キロと意外に軽量。何度も改良を重ね、船に使われるFRP(強化プラスチック)を素材に使うことで、軽量化を実現したのです。しかしその巣箱をかけるときは、バランスの悪い巣箱を背負って、ときに急流を渡り、ときに垂直の斜面をよじのぼります。汗だくで作業を終えたあとに「昔の巣箱は重さが60キロもあった」と聞き、その苦労を想像して気が遠くなりました。
シマフクロウが絶滅をまぬがれ、少しずつ数を回復できているのは、人知れず多くの方々が重ねてきた苦労の結果なのです。
巣箱と筆者
巣箱を運ぶ筆者
◎“森の王者”はなぜ不器用?
シマフクロウは森の生態系の頂点に立つ鳥。生きた魚を暗闇で仕留める狩りは、人には到底マネできません。
数を減らした原因は、河川開発による魚の減少と、子育てに使う広葉樹の大木の減少です。
直径1m 樹齢数百年の大木にあいた洞が子育ての場所
巨木が減り、自分で巣をつくることもできないシマフクロウは、人がかける巣箱に頼らざるを得ません。さらに狩りを観察していると、結構失敗します。専門家からも「狩りは下手だよ」と言われてしまう始末。「なんて不器用な鳥なんだ」と感じますが、シマフクロウが暮らす海外の原生林では、北海道とは比べものにならないほど多くの魚が泳いでいると聞きます。魚の減った北海道では狩りの難易度があがってしまったのでしょうか。人による影響が、“森の王者”を不器用にみせ、それでも生きようともがく姿なのだと感じます。
番組では「シマフクロウは30年ほど生きる間、一生のほとんどを自分のなわばりから離れない」とお伝えしました。なわばりの自然を知り尽くすことで、いつ・どこで・どんな獲物が狙えるのかを熟知して生き抜く鳥なのです。
しかし、あまり快適ではない環境なら、新天地を求めて旅をしても良いように感じます。シマフクロウ研究者の竹中健さんに尋ねたところ、「シマフクロウは自分たちの仲間がもうほとんどいないとは知らずに暮らしているのだから、なわばりを離れ別のフクロウに奪われるリスクは避けたいのではないか」と答えてくださりました。なんだかとても切ないお話です。
もっと森が豊かで、川に魚があふれていたころ、シマフクロウの「なわばり作戦」は最高の戦略だったに違いありません。
夜の川で魚をしとめたシマフクロウ
◎シマフクロウの森に入りたくない3つの理由
シマフクロウを探して森に入ることは、絶対におすすめしません。と言いますのも、非常に多くの危険が潜んでいるからです。まず注意すべきはヒグマです。ヒグマは数が増えており、かつていなかった場所でも姿を現します。森の奥へ踏み入ろうと葉をかき分け歩けば、いつクマと遭遇してしまうか分からず、生きた心地がしません。
続いて恐ろしいのがマダニです。森から戻ってどれだけ念入りにチェックをしても、気づいたら体にくっついています。頭を皮膚に食い込ませ、血を吸ってパンパンに膨らんだマダニの姿が頭から離れません。わたしは、お尻をやられました。
さらに意外なやっかいものが「すけべむし」です。蚊のように人を刺し、刺された場所は熱を持ち強烈にかゆくなります。それも1か月近く症状が続くこともあるのだとか。
体長わずか1mmほどと小さな虫で、服のすき間に潜り込まれ、集団でボコボコに刺されます。糠(ぬか)粒のように小さいことから「ヌカカ(糠蚊)」と言い、網戸さえもくぐりぬけることから「スケベ虫」と呼ばれるのだとか。本当に恐ろしい存在です。
人にとっても、シマフクロウにとっても、いい事はひとつもありません。
◎シマフクロウは、ふつうの鳥なんです
生きものの決定的瞬間を撮影し、主人公が輝く瞬間をお届けしてきたダーウィンが来た!
シマフクロウの保護と研究を50年続ける山本純郎さんに、どんな映像を紹介すべきかお話しすると「ふつうの鳥なんだよ。特別すごいやつってわけじゃないんだ」と仰いました。
半世紀にわたってシマフクロウを見続けてこられたからこそのお言葉だと思う一方で、どうとらえていいものやら、最初は困ってしまいました。
ですが、最後のインタビューでその真意を教えてもらってふに落ちました。「これからシマフクロウはどうなって欲しいですか?」と質問した時のことです。「誰にとっても、ふつうの鳥になって欲しい」「ふつうというのは、魚釣りに来た人がシマフクロウの声を聞いたらそっと離れるとか、みんながシマフクロウのことを知って守ってやろうと思えることじゃないか」と語られていました。
シマフクロウを「幻の鳥」「神の鳥」と表現して参りましたが、いつの日か「ふつうの鳥」になれる未来が来ることを願ってやみません。
シマフクロウ研究50年 山本純郎さん
ディレクター:田中翔太
ダーウィンが来た!はNHKプラスで配信します。配信期限 8/27(日) 午後7:57 まで※別タブで開きます
ダーウィンが来た!釧路支部(非公式)の最新回「シマフクロウ」はいかがでしたか?
「釧路支部」もすっかりおなじみになったと信じたいのですが、「釧路支部って何?」という方は、お時間のある時に過去記事をぜひご覧ください。