写真家 松本紀生さんが見たアラスカの“異変”

NHK
2024年2月8日 午後7:30 公開

アラスカの大地を移動する数万頭のカリブー 。動物たちがみせる一瞬の表情。そして、幻想的なオーロラ。

撮影したのは、写真家の松本紀生さんです。松本さんは30年にわたってアメリカ・アラスカ州に通い、現地の表情を撮影してきました。

野生のクマを至近距離で撮影したり、マイナス50度の氷河の上で撮影したりと、極限の環境で大自然を見つめてきました。

酒井:スタジオには、松本紀生さんにお越しいただいています。 動物たちの表情に、神秘的なオーロラなど、どれも息をのむような美しさでした。アラスカで写真を撮り始めて30年ということですが、どうやって撮影されているんですか?

松本紀生さん:はい。僕は年の半分ほどアラスカで過ごしています。その期間は、誰もいないところに行って、長期間一人でキャンプをしながら撮影をしています。年に夏と冬の2回行っていて、一回行くと3カ月ほど日本には帰ってきません。

酒井:そんな松本さんが、今回挑んだテーマが「アラスカの地球温暖化」なんですね。

松本さん:そうなんです。研究者たちによると、アラスカの近辺では地球上の他の地域と比べて、約3倍の速さで温暖化が進んでいると言われてるんですね。これは、アラスカのようなもともと寒い地域にとっては大変なことなんです。その現状を取材してきました。

(「国際報道2024」で1月16日に放送した内容です)
 

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【語り:松本紀生】

私が去年の夏訪れたのは、アラスカ第2の都市、フェアバンクス。

道路がゆがんでいるのが、おわかりになるでしょうか。地下にある「永久凍土」がとけたことで、道路が波打っているのです。

近くの森の中でも地盤が緩くなって、木々が倒れていました。

一方、温暖化が進んだことで、大規模な森林火災も発生しています。アラスカではおととし、東京都の約6倍の面積にあたる森林が火災で焼失したということです。

温暖化は、人々の暮らしにも影響を及ぼしています。アラスカ州の州都・ジュノーでは、洪水で川岸が浸食され、建物が崩れ落ちていました。

松本さん:この川でこんなことは初めてですか?

地域の住民:50年間で聞いたことがありません。信じられない光景でした。後ろの家が壊れていくのを見て、目を疑う思いでした。来年は起きないことを願うしかありません

中には移転を強いられる集落も出てきています。およそ200人の先住民が暮らす村、ニュートックです。

倒れかかった電柱。地面を歩くと、ぬかるみで足が沈み込んでしまいます。村では地中の永久凍土がとけたことで、地盤沈下が進んでいます。これまで家があった場所も、水に浸っていました。

「家の基礎部分が残っています。ここに4軒の家があったのです」

住民によると、かつてはここから1キロ以上先まで土地が広がっていたということです。

村を案内してくれたジョナさん。今は村に残っていますが、いずれは村を去らなければなりません。それでも笑顔をたやすことのない一家、わたしは思わず写真を撮りました。


これまで人々が守り伝えてきた文化も、失われつつあります。

先住民族の村、キバリナです。私が訪れたときは、家族総出で魚をさばいていました。

「身を骨から剥がすんだよ。そうそう」

こうして親から子へと生活の知恵や技術を受け継いでいるのです。

この村では、アザラシやオオカミなどの革を使って服や靴を作ってきましたが、温暖化によってそうした伝統も脅かされています。

この日、私は、アザラシ猟に同行させてもらいました。

分厚い氷が多いはずの海の上にはほとんど氷がありません。以前はもっと氷があって、アザラシもたくさんとれていたそうです。しかし、いまはアザラシを見つけることすら難しくなっています。

結局、この日は1頭もとれませんでした。アザラシがとれず、かつての暮らしを続けられなくなっています。

海岸沿いには防波堤が作られていますが、それでも波による浸食は止まらず、この村でも住民たちは移住を迫られています。


自然の恩恵に感謝しながら暮らしてきた人々。その彼らが真っ先に温暖化の影響を受ける現実がありました。

この村で生まれ育ち、文化を守ってきたジャネットさん。「2025年には水没すると予測されています。そのときには混乱が起こるでしょうし、すでに混乱は始まっています」と、行く末に強い不安を抱いています。

松本さん:日本の都市で暮らしているので、気候変動に責任があると感じています。日本や世界の人に伝えたいことはありますか?

「今ここで起きていること、私たちが直面していることを理解してほしいと思います。人々は(この課題に)気付くべきだと思います。私たちが引き起こしたわけではないのですから。大都市のように地球を汚しているわけではないのに影響は受けているのです」


栗原:その土地にしかない本当に大切なものが、今、危機に瀕しているということがよく伝わってきました。これまで自然をメーンに撮影してこられましたが、なぜ温暖化に焦点を当てて撮影をするようになったんですか?

松本さん:実はアラスカで温暖化が進んでいることは僕ももちろん知っていたんですね。ただ、僕も日本で暮らしてる間は都市で暮らしていて、車も運転するし、今日ここに来るためにも(愛媛県から)飛行機に乗ってきました。家電も使います。いわば温暖化に加担してる側の一人なんですよね。だから、自分にはそれを伝える資格がないと思っていたんです。

そんな僕が自分のことを棚に上げて、皆さんに問題提起などできないと思っていました。ただ、そんなことを言っていられないほどアラスカでは温暖化が進んでいて、このまま何もしなければ、本当に地球全体で大変なことになると、そう思ったのが温暖化を伝えることになった理由です。

酒井:今お話を伺って、私たち一人一人が責任を持たなければならない、そんな気持ちになりました。松本さん30年に渡ってアラスカで撮影を続けられてきて、どんな変化を感じましたか。

松本さん:最初にアラスカに渡った時には、温暖化の話を聞くことは実はありませんでした。

それが、だんだん温暖化の影響ばかりを目にするようになってきて、今自然の中に一歩足を踏み入れると、温暖化の影響を受けていないものはないぐらいなんですよね。なので、きちんと伝えていかないと大変なことになると。

例えば、僕はザトウクジラの写真をずっと撮ってきたんですけど、ある夏、それが全くいなくなってしまったこともあったんですね。アラスカの自然はこんなにも追い詰められていたのかと愕然とした記憶があります。

油井:VTRの最後のインタビュー、ジャネットさんの言葉が非常に印象に残ったんですが、現地の人々はどのような思いで暮らしているんでしょうか。

キバリナで暮らすある女性にインタビューした時のことですが、彼女は移住をしたくないと言いながら涙で声を詰まらせたんですね。その時、彼女にそんなつらい思いをさせていたのは紛れもなく目の前にいた僕かもしれないと思ったんです。本当に、現状を伝えていかないといけない。

これからも、僕はアラスカに行き続けて、温暖化の取材はしていきます。していかないといけないと思ってるんです。でも、その一方で、アラスカにはまだまだ豊かな自然が残っているんですよね。地球の宝物のような場所なんです。

そんな自然を伝えることで、地球に生きていくことの素晴らしさが、皆さんに伝わるといいなと思っています。

酒井:その宝物を、みんなで守っていきたいですね。写真家の松本紀生さんとお伝えしました。
 

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取材後記

私は7年前、初任地の松山局時代に初めて松本さんにお会いしました。

その頃は温暖化の話題が出ることはなく、壮大な自然の中での撮影やご自身の人生についての話を取材していましたが、3年ほど前から、今回の記事の内容のような温暖化にまつわる話が徐々に出てくるようになりました。

大自然に魅せられてアラスカに通うようになった松本さんは、本来であれば動物やオーロラの撮影に集中したいはずです。

それでも「見て見ぬふりをできないほど、深刻な温暖化の影響が加速度的に広がっていること」「地球上でもっとも温暖化の責任がない人に自分たちの行動の責任を負わせていること」を伝えなければという松本さんの気持ちに触れ、私は複雑な気持ちになりました。

今回、松本さんが現地を取材してこられた映像から感じたのは、「現実を直視しなければけない」ということ。

それが日本に住む私たちに、まず求められていることなのだろうと感じています。

政経・国際番組部 ディレクター 梅田慎一

2016年入局
松山局を経て「おはよう日本」、「首都圏情報 ネタドリ!」などを担当し、2023年から現所属