年齢による偏見“エイジズム”とは? アメリカの専門家に聞く

NHK
2023年10月20日 午後8:50 公開

「エイジズム」という言葉、ご存じでしょうか。

日本ではなじみが薄い言葉ですが、年齢を理由に何かを決めつけることや、固定観念や偏見を持つこととされています。

年齢や世代に基づく偏見で、私たちは自分だけではなく、他人に対しても行動を制限していないか、それが生きづらい社会につながっているのではないかと、欧米を中心に今注目されているのです。

このエイジズムを乗り越えようと、活動を続けているのがアメリカの作家、アシュトン・アップルホワイトさん、71歳です。

この「エイジズム」と、私たちはどう向き合っていけばいいのか聞きました。

(取材:政経・国際番組部 ディレクター 丸岡 樹奈
 「国際報道2023」で9月19日に放送した内容に加筆しています)


エイジズムについての記事を多数執筆するなど発信を続けるアップルホワイトさん(71歳)。

世界各地でエイジズムの克服を訴え、そうした社会の実現を目指す国連のプロジェクトの、 50人のリーダーのひとりにも選ばれています。


「エイジズム」ってなに?

丸岡ディレクター:アップルホワイトさんが、「エイジズム」という言葉に初めて出会ったのはいつですか?

アップルホワイトさん:私が年を取ることについて考えるようになったきっかけは、鏡をのぞいたり周囲を見たりして、「これが年を取るということか」と思ったからでした。人は自分が年を取ることについて考えようとしませんが、その理由は、現実否定、年を取ることについて話したがらない文化、そして年を取ることを恥とする文化があるからだと思います。私も、年を取ることを恐れている自分に気が付きました。しかし、加齢について学べば学ぶほど、その恐れは小さくなりました。
 

日本ではまだあまり広がっていませんが、エイジズムとはどのような概念なのでしょうか?

アップルホワイトさん:エイジズムとは、1969年にアメリカ人のロバート・バトラー博士が作った言葉です。この頃は、アメリカで公民権運動が最高潮に達した時期で、主流派のフェミニズム(女性解放運動)の第2の波が始まった時期でもあります。

その考え方は、人種に基づく人種差別や性に基づく性差別と同じです。エイジズムは年齢に基づく差別や偏見ということです。

例えば私がこのインタビューで気に入らないことがあったとしましょう。気に入らない理由で「うまく行かないのはあなたが若いせいだ」とか「私があなたより年上だからうまくいかない」と言えば、それはエイジズムです。しかし、あなたの考え方や経験を理由に判断すれば、それはエイジズムではありません。
 

エイジズムを乗り越えることは、アンチエイジングとは違うということですね?

アップルホワイトさん:その通りです。実際、ある意味ではそれはプロエイジング(加齢支持)です。加齢とは生きること、生きることは年を取ることです。アンチエイジングと書いてある美容製品に手を伸ばす時は、そのことについて考えてみてください。

私は、加齢がニュートラルなものである世界になってほしいです。それは朝起きた時に1日分、年を取っているというだけです。それはすべての人間が経験していることです。
 

私は、人に年齢を聞くときに、少しためらってしまいます。これもエイジズムでしょうか?

アップルホワイトさん:もちろんそれは文化によります。自分の年齢を言いたがらない人は沢山います。 以前、カリフォルニアのビバリーヒルズでスピーチをしたことがありました。カリフォルニアでも有数の裕福な地区です。ハリウッドに隣接していて、そこでは外見が非常に重視されています。スピーチの打ち合わせの時、「質問する際、全員に年齢を言わせたらどうですか」と私が提案すると、「ここはビバリーヒルズですよ。そんなことをしたら建物の前に救急車を待機させなければいけなくなるでしょう。ショックでみんな倒れてしまいます」と言われました。

そういう状況では年齢を聞くことは適切ではありませんが、それは社会的制約によるものです。理想は、年齢の概念は中立であることです。年齢は個人のアイデンティティーの一部に過ぎません。右利きだとか、日本人であるとか、ベジタリアン料理が好きだ、といった類いのことに過ぎません。なので、堂々と年齢を聞けること、堂々と自分の年を言えるということが理想ですね。
 

「エイジズム」の視点からみる日本と世界のいま

日本では高齢化が進んでいます。このような日本で、エイジズムを乗り越えることはどのような意味を持つでしょうか?

アップルホワイトさん:「高齢者が多い社会は良くない」という考え方がそもそも間違っています。高齢化社会とは、相談に乗ってくれる人や学ぶべき人が多く、知恵と経験が豊富にある人が多い社会のことです。

年とともにある程度肉体的に衰えることは避けられません。歩くのも遅くなりますし、走れなくなります。公正な社会はそういう状況に適合しなければなりません。しかし高齢化社会それ自体が問題であるという考えは極めて年齢差別的です。

なぜなら年を取ることそれ自体が問題ではないからです。人口の高齢化は誇るべき成果です。高齢化が教育、衛生、国民の健康などの分野で成功したことの表れだからです。

私たちは高齢化の両方の側面を見ることが必要です。健康で教育を受けた多くの大人がいることは、社会・経済的資本です。今は人類の歴史において過去に類例を見ないほどその資本を活用することが出来る時代です。高齢化に伴う問題とともに、そうしたプラスの要素の両方を見る必要があります。その両者を総合的に見ることが重要です。
 


先進国を中心に課題となっている、高齢化の問題。

アメリカでも現在80歳で、アメリカ史上最高齢であるバイデン大統領の年齢が、繰り返し議論になっています。

SNS上では、「あまりに年を取り過ぎている」などと、健康状態に触れず、高齢であることのみに焦点をあてた書き込みも。

アップルホワイトさんは、それを「年齢による差別」だと主張します。

アップルホワイトさん:私は、大統領選挙でエイジズムに関する議論がたくさん起きていることが嬉しいです。なぜなら、五年前なら人々はこれをエイジズムとして認識していなかったでしょうから。だからこれは、アメリカ社会がそれに気づき始めているという具体的な証拠です。その差別に気づいていなければ、偏見に挑戦することはできません。バイデン氏に関して最も年齢差別的なことを言っている人も、「私はこれがエイジズムであることを知っている」と言います。だから、これは1つの進歩なのです。

私たちは決して、大統領にふさわしくない理由として「同性愛者だから」「太っているから」「肌の色が濃すぎるから」とは言いません。「年を取りすぎているから」という理由も、同じく受け入れられません。問われるのは能力であるべきです。
 

日本では「敬老の日」と呼ばれる祝日があります。公共交通機関で高齢者を見かけた時に席を譲ろうとする文化もあります。これらも、もしかしたらエイジズムかもしれません。このような日本の文化についてどう思いますか?

アップルホワイトさん:私は、「地下鉄で席を譲る理由」が、「猫背の高齢者だから」となるのは嫌です。なぜなら、私たちは“席を必要としているかもしれない人”に席を譲るべきだからです。妊婦や、足を骨折した人、荷物を持っている人などです。

よく聞くのは、「誰かが席を譲ってくれようとしたことに本当に腹が立った」ということです。席を譲る行為は親切な行為です。しかし、それは相手がノーと言えるような方法ですべきです。「助けは必要ですか?」と聞き、相手が「ノー」と言えば、私たちはその答えを尊重します。

しかし、その助けの申し出の理由は、単純に年齢が理由ではなく「あなたが必要としている」と相手が思ったからであるべきです。元気な高齢者はたくさんいるし、病気だったり、子供を連れている若者もたくさんいるからです。助けが大歓迎される、他の座りたい理由がある若者もいるかもしれません。だから私たちは、相手の年齢に関係なく席を譲ることを申し出るべきです。

私はそれでも、誰かが席を譲ってくれれば嬉しいです。譲られた人々が気分を害した場合は、それは彼らが自分自身の偏見についてしっかり考えたことがないからです。彼らは自分が高齢者に見えることを認めたくないのです。私は71歳です。誰かに席を譲られたら、私は高齢者に見えているということです。それは事実の認識であり、侮辱ではありません。しかし多くの人々は侮辱されたと感じます。
 


「エイジズム」は“未来の自分への差別”

エイジズムを乗り越えるためにアップルホワイトさんが重視しているのは、 “若い世代への教育”です。

講演活動などを通じて、若い世代にも「偏見を乗り越えよう」と積極的に語りかけてきました。

アップルホワイトさん:生まれながらに偏見を持っている人はいません。人種や性別と同じように、年齢への考え方も、幼少期から作られていきます。人間は固定観念を持ってしまうのだと、早く自覚できるほどよいのです。

エイジズムを乗り越えた世界は、若者であることも高齢者であることも、何かをする際に障害にならないような世界でしょう。肌の色や性的指向がそうならないのと同じように、です。

【取材後記】

アップルホワイトさんのインタビューで印象に残っているものの一つが、「人は常に“エイジズム”を有している」「しかし、“エイジズム”を認識しなければ、乗り越えられない」という言葉です。

私自身も、「20代女性は、○○だ。」や「Z世代だから、△△だ。」など、“年齢”を枕詞にした固定観念に歯がゆさを感じたことがあります。“エイジズム”という言葉が少しでも広まることによって、「年齢を理由に自分や他人の可能性を制限することなく、その人が持つ個性により目を向けられる」そんな社会がひらけていくのではないかと可能性を感じています。

(政経・国際番組部 ディレクター 丸岡 樹奈) 
 

(この動画は6分3秒あります)