キーウ・エクスプレスの秋 ワルシャワ東駅 乗客たちの物語

NHK
2023年11月17日 午後6:04 公開

こちら、ポーランドの首都、ワルシャワの駅です。入ってきたのは、寝台急行「キーウ・エクスプレス」。

ワルシャワと、ウクライナの首都キーウを結ぶ鉄道で、ロシアによる軍事侵攻以降、ウクライナの人々にとって国の内外を行き来する貴重な移動手段になっています。

前回私たちがこの列車を取材したのは、ことし6月。夏休みに入り、つかの間の旅行に出かける人や離れて暮らす家族と再会した人などの喜ぶ姿が印象的でした。
 

■6月の記事はこちら

それから5か月。ウクライナとロシアは激しい消耗戦を続けていて、侵攻は長期化する見通しです。

再びめぐってきた厳しい冬を前に、ウクライナの人たちはどのような思いでこの列車に乗っているのでしょうか。

(「国際報道2023」で11月15日に放送した内容です)


到着ホーム 厳しい冬を前に移動する人々

10月中旬のワルシャワ。キーウからの列車が到着しました。

「めいが恋しくてキーウから訪ねて来ました」

この日の気温は8度。ホームには、家族や友人を迎えに来た人たちの姿が絶えませんでした。
 

侵攻開始以来、1年8か月ぶりに再会できたという家族がいました。

「(侵攻が)すぐ終わり、息子家族が帰ってくると願っていたんですが」

キーウ近郊の町に住み、侵攻直後はロシア軍の部隊から身を隠して暮らしたというこの女性。緊迫化するパレスチナ情勢のニュースを見て、当時の恐怖を思い起こしたといいます。

「ガザでの状況はまるで、ブチャの虐殺を見ているようです。恐ろしい。同じことが繰り返されています」  

出迎える人もなく、赤ん坊を連れて、ひとり、到着した女性がいました。

「生後9か月の娘です。(夫は)残念ながら(戦争で)亡くなりました。子どもが女の子であることさえ知らずに」

娘と、ウクライナの両親の元に身を寄せていましたが、冬を前に、ポーランドに逃れたといいます。

去年の冬、ウクライナでは、ロシア軍による電力インフラへの攻撃で停電や暖房の供給停止など厳しい生活を強いられました。

「もうすぐ冬がやってきます。(ウクライナが)停電になることは確実です。冬はここにいます。その後どうするかはまだ決めていません。早く口シア軍がわたしたちの国から去ってほしいです」


長期化への覚悟 それぞれの“暮らし”の確立

戦況について乗客たちに尋ねると、口々に、戦闘が長期化することへの覚悟を語りました。

「この戦争はまだ続くでしょう。(イスラエル・パレスチナ情勢の)影響でアメリカからの支援が打ち切られなければいいのですが」

「結果を急いではいません。すべて兵士の命と引き換えなので、今のペースで構いません」  

長期化を見据え、ウクライナを離れて、暮らしを立て直す人々の姿も見えてきました。キーウに帰省するところだというこちらの姉妺。侵攻前は2人とも、ウクライナでフランス語の教師をしていました。いま、妺は中東のドバイに渡り、新たに客室乗務員の職を得たといいます。

「航空関係の仕事に就いたのは初めてです。この仕事を通じて世界中を旅して成長することができる。いいチャンスです」  

再会を喜び合っていた2人の女性。ともにキーウのIT業界で働いていた親友同士だといいます。

しかしべロニカさんは、半年前、ワルシャワに生活の拠点を移しました。

「戦争が始まってから1年、あちら(キーウ)に住んでいました。戦争は長くなると思うので、ここで生活の基盤をつくりたいです」

一方、マリアさんはキーウに残ることを選択しました。

「キーウは私の家。だから残ります」

2人は今も、こうして行き来することで、友情を温めています。


離ればなれの家族 関係維持の苦悩も

毎月のようにキーウとの間を往復しているという人もいました。オルガ・クリエスマンさんです。

「月に1度、キーウに戻っています。夫がいますから」

娘とともにワルシャワで避難生活を送りながら、月の半分ほどは夫のいるキーウに行くのだといいます。

なぜそうした生活をするようになったのか、ワルシャワの自宅を訪ねました。

オルガさんの次女・マリアさんが、「国外に出て人生を立て直したい」と打ち明けたのは、去年12月。大規模な停電が続き、強い不安やストレスを強いられる中でのことだったといいます。

「『友人たちはみな避難しているので自分も避難させてほしい』と言われました。彼女はまだ未成年なので、彼女を助けなければいけません。家族でそう決めました」

20年以上、ともに過ごしてきた夫は兵役年齢のため、今もキーウに残っています。

オルガさんは当初、ポーランドで生活の基盤を作りながら、キーウには、月に数日程度戻っていました。しかし次第に、夫との関係に不安を感じるようになったといいます。

危険と隣り合わせの生活を送る夫に、どんなことばをかけていいのか分からなくなり、何でも話し合えていた夫婦の関係が、ぎこちないものになってしまったというのです。

「まるで違う人生が始まったようです。夫に電話で何かを相談したくても攻撃を受けている人にそんなことできません」

娘のマリアさんも複雑な思いを抱いていました。

「(母は)私と父の間で引き裂かれています。そのため私は母に罪悪感を感じます」

その後、キーウに滞在する期間を毎月2週間程度に増やしたというオルガさん。この列車に乗ることで、夫との関係を取り戻したいと考えています。

「夫婦が危機的な状況にあることはわかっています。どうにかしようと思っています。このままでは他人になってしまうでしょう」

この日もオルガさんは夫に会いにキーウに向かいます。
 

長引く軍事侵攻の中で、暮らしを守ろうと必死にもがくウクライナの人々。その苦しい日々を列車が支えています。


【取材後記】

6月からこの列車の取材を始め、今回で2回目の放送となりましたが、駅という何気ない日常の風景の中に、戦渦のウクライナの人々が抱える事情の多様さを改めて感じました。また、侵攻の長期化とともに乗客たちが置かれている状況だけではなく、内面的な変化も起きていたことが印象的でした。ウクライナを離れる決断をした人たちは、家族や知人と離ればなれの生活をみずから望んだわけではなく、侵攻が長引く中で、なんとかその関係を維持しようと努力し、もがき続けています。その日々を支えるこの列車を、これからも取材していきたいと思います。

(政経・国際番組部ディレクター 馬渕茉衣/現地取材 金子潤郎)
 

(この動画は11分16秒あります)