みかん農家の担い手不足が全国的に課題となっている中、三重県南部の御浜町では「みかん農家になりたい」と移住を希望する人が増えていると言います。
しかし、その一方で町は“空き家がない”という新たな課題に直面。
「今動かなければいけない局面にいるという、危機感と隣り合わせ」
町の担当者がそう語る、みかんの産地存続をかけた取り組みを取材しました。
(津放送局 周防則志)
みかん農家希望者がやってくる町
6月、この春に名古屋市から御浜町に移住してきた西岡宏展さん・長閑さんを訪ねました。西岡さん夫婦は現役のみかん農家に弟子入りし、1年間の研修に当たっています。
この日、みかん畑で行っていたのは、余分な実を落とす「摘果」の作業。2人は笑顔で作業に当たっていて、毎日が充実している様子でした。
「最初は体がついていくかの不安や仕事を覚えられるのかといった心配がありました。でも今は慣れてきたので、すごく楽しくやっています」(西岡長閑さん)
「名古屋でサラリーマンをしていた時は、切れ目がなくずっと仕事をしていて終わりが見えないような感じでした。今は、毎日1つ決められた仕事をしっかりやって、また次の日には違う仕事をやっていくという働き方で、ストレスが少なく働けているかなと思います」(西岡宏展さん)
今、こうしたみかん農家を希望する研修生たちが、御浜町に続々と集まっています。
その入り口になっているのが、町が去年開設したホームページ。県外から移住してきた先輩みかん農家のインタビューのほか、みかん農家の生活がイメージしやすいよう、モデルケースとして1ヘクタールの農地で栽培した場合の収入を示した図なども掲載しています。
西岡さんたちも、このホームページをきっかけに御浜町への移住に興味を持ちました。そして、就農フェアや就農体験を通して、移住への意志を固めたといいます。
「農業についてまったく知見がなかったのですが、御浜町はそうした私たちのこともすごく考えてくれて受け入れてくれて。だからあまり心配せずに移住を決心できたと思います」(西岡宏展さん)
↑の秘密は研修生への徹底サポート
西岡さんたちのように県内外から移住する研修生は、例年2~3人でしたが、ことしは9人へと大幅に増えました。
研修生たちには、地元の農家や農業法人が1年間かけ、みかん栽培のノウハウや収益を上げるコツなどを伝授。さらに町では、月に1回以上「御浜町みかん講座」と題した講座を開くなど、継続した細かなサポートも行っています。
「義理人情とかないんです。おいしいものをたくさんとって、高く売る。これがすべてです」
この日も集まった研修生に講師が熱く語りかけます。町で長くみかん農家としてやっていくための土地の特性を踏まえたみかんの育て方など、この町で働いていくビジョンが見えるような指導がわかりやすいと好評です。
「わかりやすく説明してくれるのでありがたいです。みかんが今後どう育つのか楽しみになりました」
「こうして座学で学んだことを、現場で生かせるようにしていきたいです」
研修生たちもそう話します。
移住希望者増加で“空き家”がない?
就農希望者が増える一方で、町ではある課題に直面しています。
「今までにない反響をいただいているのですが、住まいの部分では正直ちょっと苦戦しているんです」(御浜町農林水産課 奥田恭大主幹)
みかん農家になる場合、みかんの選別作業のためのスペースや、軽トラックなどの機材を置く場所が必要になるため、一軒家に住むことが望ましいと言います。
そこで町では、就農者の負担を少しでも減らして参入しやすくしてもらおうと、空き家に住むことを勧めていますが、住める空き家が足りないのが課題となっています。
実際、就農を希望しているものの、適した家がすぐに見つからないケースも出てきています。
西岡さんたちも、住む家を確保するのに苦労しました。移住に向け家を探していた時、町の空き家バンクのリストには20軒以上の物件が登録されていましたが、みかん畑から離れているものも多く、条件に合う空き家はありませんでした。
町の担当者がつてをたどって、なんとか物件を見つけられましたが、探し始めてから4か月はかかってしまったといいます。
「見つかった時はほんとにほっとしましたし、逆にそれ以外の心配事がなかったものですから、決まったときはありがたかったです」(宏展さん)
空き家の掘り起こしへ町も本腰!
こうした中、町では空き家の「掘り起こし」に力を入れ始めています。
去年10月には、空き家バンクに登録すると5000円分の商品券がもらえる取り組みを開始。さらに、バンクへの登録を待つのではなく、調査員が町内をまわって空き家がどの程度あるのかを調べることも始めました。
取り組みを始めてからは徐々に問い合わせも増えてきているということで、今後も周知を進め、実際の登録につなげたいということです。
町では、みかんの産地としての御浜町を守っていくため、いつでも希望者が住める体制を整えていきたいとしています。
「“今動かなければいけない局面にいる”という、危機感と隣り合わせで動いています。希望しているけれど、住む場所がないから結局来られなかったというのは大変残念な話。移住であったり、新たに自営業を志したりというのは、ものすごく大きな決断をしていただいたと思うので、その思いに対して、産地としてもわれわれ行政としても、しっかり応えていきたい。いかないといけないと考えています」(奥田さん)