難民キャンプに“90万人”アジア人道危機・ロヒンギャ問題 日本にできることは

NHK
2023年2月14日 午後0:22 公開

ミャンマーのイスラム教徒の少数派、ロヒンギャの人たち。

隣国バングラデシュでの難民キャンプでの生活が長期化し、劣悪な生活から抜け出そうと命がけで海を渡ろうとする人が急増。その数は、去年(2022年)1年間で3500人以上と、前年に比べ5倍近く急増。死者・行方不明者も350人近くにのぼります。

ミャンマーで軍がクーデターを起こしてから2年。深刻化しているもうひとつの危機、「アジア最大の人道危機」とも言われた、ロヒンギャの最新情勢に迫ります。

(「キャッチ!世界のトップニュース」で2月13日に放送した内容です)
 


・ミャンマーで少数派のイスラム教徒 ロヒンギャ

高橋キャスター:人口の8割以上が仏教徒のミャンマーで暮らす、イスラム教徒少数派のロヒンギャの人たちは、ミャンマー政府から国籍を与えられず、長年、抑圧されてきました。

直近で問題が起きたのは、2017年。ロヒンギャの武装勢力が警察や軍の施設を相次いで襲撃したのに対し、ミャンマー軍が大規模な掃討作戦を実行。ロヒンギャの村を焼き払うなどしたため、70万人以上が隣国バングラデシュに逃れて難民キャンプでの生活を余儀なくされており、現在、90万人以上が難民キャンプに身を寄せています。
 

別府キャスター:長期化する劣悪な環境から抜け出そうと、命をかけてまで危険な海を渡るロヒンギャの人たちが急増しています。アメリカPBSではこのようにリポートしました。
  

木造の壊れかけた船で何週間も漂流し、インドネシア北部に辿り着いたロヒンギャ避難民の人たち。去年(2022年)11月以降、何百人も漂着し、その多くは治療が必要な状態でした。

19歳のファティマさんは1月、ここに流れ着きました。

「乗った船は5日後に壊れ始め、食べ物も水もなくなりました」

「空腹に耐えられず、浸水を恐れた人たちが海に飛び込みました」

「周囲に遺体が浮いていましたが、私たちは何もできませんでした」  

国を追われたロヒンギャの多くは、世界最貧国の1つのバングラデシュで苦しんでおり、一時的な避難場所として用意されたキャンプも人であふれています。

23歳のムハンマドさんは、故郷に戻ることを望んでいますが、何が待ち受けているか、恐怖を感じています。

「誰もが故郷に帰還したい。普通の市民として暮らしたい」

「私たちには今、存在していい場所がないんです」  

国際人権団体、ヒューマンライツウォッチのフィル・ロバートソン氏はこう語ります。

「彼らは尊厳と権利を持って故郷に帰りたい。土地を取り戻し保護されたいのです」

「ミャンマーとバングラデシュで解決できなければ、より多くの人が逃げ出そうとする」   

別府キャスター:バングラデシュの難民キャンプに何度も足を運ぶなど、ロヒンギャの問題に詳しい、立教大学異文化コミュニケーション学部准教授、日下部尚徳(くさかべ・なおのり)さんにお話を聞きました。
 
 

・あえて危険を冒し逃れるロヒンギャの現状

別府キャスター:今、あえて危険な海を越えて他の国へ逃れるという動きは、バングラデシュのキャンプ内での状況の厳しさ故なのでしょうか?
 

日下部さん:それが一番重要な点であることは間違いないと思います。

治安が悪化し、援助物資が少なくなっていく。加えてミャンマーでクーデターが起き、なかなか自分の生まれた所には帰れそうもない。

「帰還が実現しそうもない」となったところに、なかなか将来の希望を描けない人たちを狙い、外からブローカーのような、人身売買組織のようなグループが入り、彼らを安い労働力として、女性に関しては結婚相手として、東南アジアの国々に送り出すことが問題になっています。
 
 

・ 多数派の仏教徒や軍との関係を優先したスー・チー氏

ミャンマーでは、2016年に民主化運動の指導者アウン・サン・スー・チー氏が事実上のトップを務める政権が誕生しました。

しかし、その政権下で、70万人ものロヒンギャの人々が隣国に逃れる事態となります。軍による行為とはいえ、スー・チー氏には、国際社会からの批判が高まりました。  

別府キャスター:スー・チーさんに対しては、ノーベル平和賞の他の受賞者から「そのような状況ならばノーベル平和賞を返還すべきだ」という厳しい声が寄せられていました。
 

日下部さん:スー・チーさんとしては、「ロヒンギャの人たちを犠牲にしてでも、まずはミャンマーの民主化を安定させよう」という思惑があったと思います。背景には、スー・チーさん自身が多数派の仏教徒の支持を基盤にしており、その多数派の人が差別するロヒンギャの人への支持の明言が難しかったことが1つあります。

日下部さん:もう1つは、ロヒンギャはミャンマー軍の弾圧からバングラデシュに避難していますが、(スー・チーさんは)ミャンマー軍と、民主的な政権を維持する上で“関係を保つ”必要があったため、軍に対しても厳しい措置を取ることができなかったのです。

ロヒンギャの人たちからすると「スー・チーさんですら、この問題に関してはなかなか行動してくれないんだ」という、ある意味絶望が広がった側面があります。

別府キャスター:(ロヒンギャの人たちは)クーデター後の今のミャンマー軍事体制に対して、どう受けとめているのでしょうか?

日下部さん:過去2回、バングラデシュに多くの難民が押し寄せたのですが、その2回ともミャンマーは軍事政権下でした。おおむね2、3年で帰還が無事完了していますので、軍事政権であっても帰還を進める可能性があり、実際、今の軍事政権も帰還を進めるということを明言しています。

ただ現在、クーデター以降はロヒンギャにかかわらず、一般市民の自由や命も脅かされるような状況にありますので、ミャンマー軍事政権が帰還を進めるといっても、バングラデシュ政府側やロヒンギャ自身がそれに応じる可能性は低いと思います。
 
 

・「アジア重視の外交政策」、日本にできることは

別府キャスター:去年(2022年)、ウクライナの侵攻が起きたあとに、ウクライナの人たちの受け入れをめぐって日本社会では支援を強める機運が高まりました。それに比べ、ロヒンギャの人たちの受け入れに対し、熱意や受けとめ方の違いは感じられますか?
 

日下部さん:非常に悩ましいところですが、大きく感じるところはあります。

過去にもアフガニスタン問題や、ミャンマーの問題、ロヒンギャの問題があったにもかかわらず、受け入れるという話にはなかなかならなかったわけです。
 

日下部さん:一方で、ウクライナ危機の場合にはかなりのスピード感で受け入れを決定していきました。欧米で起きた人道危機に対しては迅速に動く反面、アジアで起きた問題に関しては、どうしても腰が重くなる日本の姿勢ですね。

ただやはり、アジア重視の外交政策をとるのであれば、ロヒンギャ問題に対して積極的な姿勢を見せていく必要あると思います。
 

別府キャスター:日本では、しばしば“ミャンマーと日本の伝統的な外交関係”、あるいは“日本が持っているパイプ”という言い方をしますが、どのようなものが本来の伝統的な二国関係、太いパイプであるべきだとお考えですか?

日下部さん:「両国で価値を共有できている」ということが非常に重要だと思います。

例えば、日本がミャンマーに政府開発援助(ODA)を実施するのであれば、実施が経済的な利益だけに基づくのではなく、“民主主義”といった日本の持つ価値観を共有できるということを大前提に支援をしていく姿勢が重要かと思います。
 

日下部さん:ロヒンギャ問題のような難民問題が放置されていくと国際社会が非常に不安定化します。そういう意味で、強権的な民主主義国家や、今のミャンマーのような軍事政権下にある国と“日本がどう向き合っていくのか”というのは今、問われていると思います。
 


別府キャスター:直近の難民危機にはもう6年がたち、そうこうしている内に、今では、危険な船旅に出ざるを得ない状況にもなっています。それだけ“当事者の絶望が深まっている”ということです。

しかし、これは私たちのアジアで起きている人道危機です。

「忘れ去られた人道危機」になるかどうかは、私たちが関心を持ち続けることができるかどうかにもかかっているように思います。
 

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