「長年の夢でありました新作歌舞伎をここで作れるのは、ありがたいこと」
今月開かれた、新作歌舞伎の記者会見で語ったのは尾上松也さん。これまで歌舞伎からドラマ、ミュージカルなど幅広く活躍してきた歌舞伎界の若手花形です。
今、自らが主演・演出を務める新作歌舞伎「刀剣乱舞」を作り上げています。
古典的な歌舞伎の要素をふんだんに盛り込み、今まで見たことのない新作歌舞伎を目指そうとしています。
いったいどんな作品になるのか、松也さんの思いを寺門亜衣子キャスターが伺いました。
寺門亜衣子キャスター
ー早速なんですが、今回、新作歌舞伎「刀剣乱舞」を手がけようと思われたのはどうしてですか?
尾上松也さん
僕自身もいろんな先輩方の新作に参加させていただくなかで、「歌舞伎」というのは古典作品だけが重んじられるイメージがあると思うんですけども、実は「古典の継承」と「新作を生み出す」の両方をもって、伝統・継承につながっていくと思ってまして。
これまでもたくさんの先輩方が、古典を継承しながら、その時代に沿った新しい作品を生み出してきてくれたからこそ、お客様が離れずに歌舞伎をご愛顧いただいたというところもあると思います。そういう意味で、僕もいつか先輩方にならって、自分で新作を手がけて「歌舞伎の力になりたい、恩返しがしたい」というような思いはずっと思っておりました。
そうした中、「刀剣乱舞」という作品に出会って、この作品だったら歌舞伎として非常におもしろく紹介することができるんじゃないかと、3年ぐらい前から企画を始めた感じです。
「刀剣乱舞」は、もともとオンラインゲームで、女性を中心に人気があります。
さまざまな刀剣に宿っている神様が「刀剣男士」という戦士の姿に形を変え、時代を行き来しながら歴史を変えようとする敵に立ち向かうというストーリー。これまで、映画やミュージカルなどさまざまな作品が生み出されてきました。
(©2015 EXNOA LLC/NITRO PLUS)
ー数ある題材のなかで「刀剣乱舞」に決めたのはどうしてですか?
もともと「刀剣乱舞」のテーマとしているものが歴史なので、歌舞伎も歴史とは非常に関わりの深い演劇ですから、その時点ですごく親和性は高いと思いました。
あとはストーリーの自由度が高いというところですね。歌舞伎以外にもいろんなメディアが取り上げて作品になっているのですが、そのほとんどがオリジナルストーリーなんです。「刀剣乱舞」のゲームの世界観を保ちつつ、それぞれがゼロから物語を作り上げていく。そこに、歌舞伎としてもやりがいを感じましたね。
(©2015 EXNOA LLC/NITRO PLUS)
ーもともとファンがたくさんいる作品で、今回、発表をした時にSNSなどでもかなり反響が大きかったと思いますが、それはご覧になりました?
もう、びっくりしましたね。新作歌舞伎「刀剣乱舞」とネット上で発表させていただいて、出演者も数名、名前を出しただけだったんですけども、それだけで大反響。自分が思ってた以上に、「刀剣乱舞」という作品が愛されてるということを実感しました。とてもやりがいを感じたのと同時に、かなりプレッシャーも感じましたけど…。
ー不安もありましたか?
最初…まあ今でも、不安な気持ちもありますけれども、毎回毎回、各キャラクターのビジュアルを解禁していくのも非常に楽しみでしたね。もちろん不安もありましたけども、そういった経験はあまり今までなかったので、とても新鮮でしたね。
僕自身も初めての演出というところもあって、ゼロから作るという「産みの苦しみ」というものもありまして…。なかなか決まりきらない部分があって、みなさんに発表できることというのが、結構少なかったんです。なので、まずは「やる」というご報告と、決まっている出演者の発表をとにかくしたいという思いでした。
ー「産みの苦しみ」とおっしゃいましたけれども、ゼロから作るというのはどうですか?
とても楽しいですね。大変なことも多いですけれども、楽しいの方が今は勝ってますかね。
これまでは、もともとある戯曲や作品をやることのほうが多いので、そうすると、ある種の本筋というかアレンジするにしても、元の筋があります。けど、今回は本当にゼロからだったので、題材を何にするかとか、どういう物語にするかというのは非常に悩みましたし、時間がかかりました。その分、そこが決まってスタートしてから、どんどんどんどんいろんなアイデアとかイマジネーションが膨らんでいって、大変ですけど楽しかったですね。
ー「刀剣乱舞」を、歌舞伎ではどう表現しようとお考えですか?
アニメにも映画にもなって、舞台にもなって、ミュージカルになって、宝塚の方もなさってますから…、それでいうと、最後が歌舞伎な気がするので、ファンの方たちはさまざまなものを見てきています。その中で、歌舞伎で取り上げるということは、やはり他の演劇ジャンルとは違う視点がないとおもしろくないし、僕らがやる意味がないだろうなと思います。
まずは、このキャラクターが歌舞伎になったらどうかというところを、あまりその、邪念なく考えるというか…恐れずに、自分が思う歌舞伎のキャラクターとして造形していくことをはじめの一歩としてやっていこうと思いました。
(©NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会)
あとは、作品全体として、“古典”の歌舞伎、みなさんが思われるような歌舞伎の王道をいくような演出と技法をできるだけふんだんに盛り込もうというところを意識はしましたね。
それでもやはり原作があってファンの方もいらっしゃるので、僕だってもう、いち「刀剣乱舞」ファンですし、そういう意味ではファンの気持ちも裏切りたくはない。
…でも、ある意味では裏切りたい部分もあって。もともとの原作の色というかイメージを踏襲しながら、歌舞伎に落とし込んでいくというのが、楽しいけれども非常に時間がかかりましたね。
ー今回「刀剣乱舞」をきっかけに、初めて歌舞伎を見に行く若い世代も多いんじゃないかなと思うんですけれども…
これからの歌舞伎のことを考えますと、どんどん世代関係なく、歌舞伎を見たことのない方にもっともっと歌舞伎に親しんでいただく努力というのは、僕だけではなくて、歌舞伎界全体でやっていかなきゃいけない、努力していかなきゃいけないことだと思います。
特にこれからの僕ら以下の若い世代の方には、もっともっと気軽に足を運んでいただくような環境づくりをしていかなければ、歌舞伎の未来はないと思ってます。そのためには、いろんなところで役者個人が活躍することも大事です。けれども、一番はこういった新作を取り入れながら、入りやすい環境づくりをして、歌舞伎に親しんでいただいて、古典にも触れていただく道が作れたらいいなぁとは思っています。新作歌舞伎の役割というのは、そういったところも大きいかなというふうに思いますね。
ーある意味、プレッシャーも大きいですか?最初に足を運ぶ作品になるかもしれない。
それはすごく意識するところではありますね。だけど、まあせっかくやらせていただくからには、おもしろいと思っていただきたいし、歌舞伎って、こういう魅力があるんだというところにも気付いてほしいというか。その両方をバランスよくお見せするっていうところを目指したいなと思いますね。
ー守るものと変えていくものと、そのバランスって難しそうですね。
形を変えたくないところは絶対にありますし、どうやって伝えていくか、おもしろく見せていくかというのって、要は、見せ方とか、ちょっとした細かい所の配慮で意外と変わってくるのかなというのは、今やっててすごく思います。
例えば、形としてはいわゆる王道の七五調といわれる歌舞伎のセリフ回しだったとしても、その中の言葉を少しやさしくしてあげるとか、分かりやすくする。そういった細かい積み重ねで、少し今までとは違って見えてくるものがあるんじゃないかなと。
でも時には大胆に変えることも必要だと思いますし、要は作り手がどこに信念を持って、どこに幹を据えて作っていくかということで、変わってくるんじゃないかなというような気はしますけどね。
ー松也さんの中で信念、幹みたいなものは?
いろんな形の新作歌舞伎があっていいと思うんですけど、今回の「刀剣乱舞」に関しては、歌舞伎の古典にこだわるということ。
「刀剣乱舞」自体は非常に親しみやすいコンテンツなので、それをどれだけ歌舞伎の王道に落とし込めるかというところが、自分の中では全シーンにおいて意識をしています。歌舞伎の古典を、どういうふうに見せていくかという根幹があれば、偏らないんじゃないかと思っていますね。
ー新しい歌舞伎を作るって、ルールみたいなものはあるんですか?
全くないです。皆さんがお思いになるような、「これじゃなきゃ歌舞伎でない」というルールは、実はないんです。
ーそうなんですか!
というのは、歌舞伎をご存じの方ならお分かりいただけると思うんですけども、歌舞伎っていろんなジャンルの演目があるんですね。
舞踊や、“時代もの”といわれるいわゆる堅い、ちょっとみなさんがおわかりにくいと思うようなもの、あるいは“世話物”という非常に現代風のわかりやすい言葉で進んでいく普通のお芝居に近いものもあります。新作歌舞伎もありますし、お洋服でお芝居する時もあったりするので、本当に多種多様なんですね。ですから、これじゃなきゃ歌舞伎ではないという概念はないんです。
ある先輩が「我々が“歌舞伎”だと思ってやれば、もうそれは歌舞伎なんだ」とおっしゃっていて、僕もまさにそのとおりだと思います。みなさんが思う歌舞伎らしさ、というのはあって当然だと思うんですけども。
ですから、“こうじゃなきゃ”ということにこだわらず、自分が見せたい歌舞伎というのを見せていく、ジャンルとしては古典歌舞伎というのは確かにありますので、今回はその古典を用いて作りたいという僕の思いがあります。
とはいえ現代的なものが必要な時は取り入れて、古典に固執しすぎずに、歌舞伎という演目を楽しく見ていただくことができればと思いますね。
(©NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会)
ー「刀剣乱舞」の登場人物たちは、実在した刀をベースにしたキャラクターたち。今回、松也さんが演じる三日月宗近はどういう役でしょうか?
三日月宗近はキャラクターの中で非常に人気の高くて、リーダー的な存在なんですね。
とても古い刀ですが、非常に美しい方として称賛されている刀剣なんですけども、物語の中では、おじいちゃん扱いされたりおちゃめな部分もあったりするんです。ゲームの中では必ず6振りで行動するというのが基本ルールなんですけども、今回も三日月宗近がリーダー的な役割として活躍するようにはなってますね。
(左/©2015 EXNOA LLC/NITRO PLUS)
(右/©NITRO PLUS・EXNOA LLC/新作歌舞伎『刀剣乱舞』製作委員会)
ー三日月宗近を演じるのは、プレッシャーも大きい?
そうですね、最初に名前だけ発表させていただいた時は、「誰が何の役をやるんだ?」という声が大きくて。やはり私が演じるのは、三日月宗近じゃないかという臆測が結構多かったですね。その時点ではまだ物語も決まっていませんでしたし、どの刀剣が出てきて主人公になるのかというのも決まっていなかったんですが…。
僕はちょっとひねくれもんでしてね。(笑)そんなに三日月宗近やってほしいんだったらやってたまるかって思ったんですよ、最初。ですけど、僕もいろいろと勉強しながら考えていく中で、やはり歌舞伎として「刀剣乱舞」の初陣を切る中に三日月宗近がいないというのは、僕の中でもありえないという考えに結局なりまして…。
その中で、諸説あるんですけれども、三日月宗近を最初に愛刀として所持したのが足利義輝という方だということが出てきまして。義輝の最期は非常に壮絶でドラマチックなので、この人との物語を描くと歌舞伎的にマッチするんじゃないかということも、三日月宗近を選んだ上では大きな要素だったと思います。
ー歌舞伎的にマッチするっていうのはどういうことでしょうか?
足利義輝は、伝説では名刀を自分の周りに突き立てて、死ぬ間際に大立ち回りをして最期を迎えたというようなエピソードが残ってる人なんです。将軍でありながら剣豪だったというような逸話も残っている人なんです。
“刀剣男士”というのは、歴史を守らなければいけない人たち。歴史を守るために、主が死ぬ方向に持ってかなきゃいけないということも。その中で苦悩する姿というのは、非常にドラマチックだし、歌舞伎にその立ち回りの絵が浮かんだんですね。
ー今回、制作の前に、刀を作る鍛治場にも足を運ばれたそうですが、どんなことを感じましたか?
刀というのは「侍の魂」ということ、これが本当にそうだなと思えるような感覚に陥ったんです。というのは、刀鍛冶の方が何度も鍛錬をして、玉鋼というゴツゴツの塊から美しい刀に変貌させていく様というのは、まさにこう…我々が細胞から人間として、命が、人間として花開いて生まれていくというような過程を見てるような感覚でした。
“焼き入れ”といって最後の工程をする時は、本当に何か命が、魂が生まれてくるような気迫とエネルギーというのを感じました。ひとつひとつの刀が魂を込められて生まれたから、今でも何百年たっても、美しい刀が残っていて、その“思い”が伝わるんだなというのを実感しましたし、この“思い”を受けて「刀剣乱舞」が生まれたんだなというのを体感しましたね。
ーお話を伺っていて、刀を作る職人と、歌舞伎役者。長い歴史を受け継いできたものという何か通じるものがありそうですね。
そうですね。でも歌舞伎と刀だけではなくて、やはり長く続いてるものっていうのはやっぱり“思い”なんじゃないかと。“思い”の継承だと思うので、それは歌舞伎だけに限らず共通項というのはたくさんあるなというのは感じましたね。
(「太刀 銘三条(名物 三日月宗近)」東京国立博物館・所蔵)
刀鍛冶、刀工の皆さんもやはり師匠からそういう“思い”と、技を受け継いで、それを込めてるわけで、我々ももちろん先輩方から役を教えて頂いて、技術というのは、やはりそのものだけでは意味を成さないと僕は感じるんですね。
特に芸術においてはですけれども、やはりその技術とともに、その“思い”と気持ちというのを受け取るからこそ初めて、すべてが成立するような気がしていますので、それは鍛治場に行って、より深く感じたことですね。
ー尾上さんは舞台やドラマなど多忙ですが、「新作歌舞伎を作る」という挑戦へのエネルギーの源は、どこからくるのでしょうか?
いや、もうこれは好きだからです、単純に。歌舞伎、そして舞台が好きで、やっぱり演じるということ、表現するということ、つくるということが、純粋に好き。ただそれだけですね。
とにかく、自分が思う楽しいこと、おもしろいものを、みなさんと共有したいし、それを通じて我々が大好きな、歌舞伎という演劇が皆さんに浸透していくこと。僕は歌舞伎に育てられましたから、こういったことの1つ1つで、少しでも恩返しができたらというような思いもあります。
難しいけど、新しいことにチャレンジするというのは楽しいことばかりではないのは当然ですから。人生もそうですけどね。それを乗り越えてこそ、意味があることだとは思いますね。
ーどんな作品にこれからしていきたいですか?
僕は新作を作る時というのは、この新作が何百年後かに“古典”と呼ばれるつもりで作りたいと思っています。僕がいなくなっても、後輩たちが、「あの作品、松也さんが作ったあの作品をやってみよう」って思ってもらえて、繰り返し上演してもらえて、これが歌舞伎の古典歌舞伎の一部になれたらこんな幸せなことはないですね。
ー古典歌舞伎も、必ず最初は新作歌舞伎だったんですもんね。
そうです、そうです。全部、新作だったものですから。それが、何百年も伝わって、人気を博して古典になってるだけで、基本的にはみんな新作ですから。僕が作る新作歌舞伎もいつかそうなったらいいなという思いを込めて作りたいです。
ー私の周りにも「刀剣乱舞」ファンがたくさんいて、皆さん楽しみにしています。お体気を付けて頑張ってください。きょうはありがとうございました。