映画監督・是枝裕和さん。
ある小学校で起きた出来事を
題材にした最新作「怪物」。
子ども・母親・教師、
それぞれの視点から物事が、
多角的に描かれていきます。
このほどカンヌ国際映画祭で
脚本賞を受賞しました。
そんな是枝さんはかつて、
映像制作の仕事を
辞めようと思ったことがあります。
是枝:「『もう向かないな、この仕事、
辞めようかな』って。」
そのとき訪れた、
今につながる人生の分岐点とは?
聞き手は佐藤俊吉アナウンサーです。
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佐藤:「新作『怪物』を拝見して、
1回見て、すぐ2回目を見たのですが
見直してみて初めての発見も
たくさんありました。」
是:「3回見ると
また違うテーマが浮上してくると思います。
坂元裕二さんの脚本自体が
非常に緻密な構成を持っていて、
登場人物たちの心の動きを揺さぶりながら、
次の章に行くと
全く違う揺さぶり方をしていくという
非常に力のある脚本だったので、
僕は今回その脚本の力を信じて
現場に立ちました。」
■是枝さんが映画監督を志したのは
大学生のときでした。
その夢に近づく道として、
卒業後、映像制作会社に入社。
アシスタントとして働き始めました。
ところが、
環境に馴染むことができず、
やがて疲弊していきます。
是:「寝られないとか家に帰れないとか、
それも大変だったけれど。
頭でっかちで、映画だけ見て大学を過ごして、
いきなり現場に放り込まれたときに
やはり何ひとつちゃんと動けない。
思った以上に
自分が現場で使えないという(笑)」
佐:「そうなんですか?」
是:「たぶん認めたくなかったんだよね、
自分で。
こんな番組をやりたいわけじゃない
みたいなことで衝突したりして、
トラブルを起こして休んでいた。」
■入社2年目のころには、数カ月、
会社に顔を出さなくなってしまいました。
それでも是枝さんに
手を差し伸べてくれる先輩がいました。
是:「それこそ会社の先輩が
あんまり休んでいると
(会社に)来にくくなるだろうからと
こっそり僕を呼んでくれて
『この本を企画書にしてごらん』
と言って勧めてくれた先輩がいるの。
会社には行かずにこっそり渡しに行ったら
褒めてくれたの。
『あぁお前やはり書く力があるな』
と言ってくれて。」
■そして是枝さんに、
人生の分岐点が訪れるのです。
休んでいる間に書き上げた
番組の企画書が採用され、
初めてドキュメンタリーを
手掛けることになりました。
タイトルは「しかし…」。
福祉行政の歪みに焦点を当てた番組でした。
是:「当時福祉予算が切り捨てられていく中で
生活保護行政が厳しくなって打ち切られた女性が
自殺をした事件を扱う。
最初の構成では
生活保護を打ち切った福祉事務所の存在
というのはただの悪者だったんですよ。
悪者として描く。シンプルなものだった。」
■ところが、取材を進める中で、
福祉行政の担い手側も
深く悩んでいることが見えてきました。
是:「高級官僚が自殺をする事件があって。
その福祉行政というものが
どんどん彼にプレッシャーとして
かかってきちゃうのね。
調べていくうちに目の当たりにして。
『自分が考えているより
世の中 複雑だな』と思ったんですよ。
それで番組の構成をゼロからやり直して
自殺をしてしまった2人の人間の話に
変えたんですね。」
■この番組がギャクシー賞を受賞。
是枝さんは初めて
仕事への手応えを掴みました。
是:「自分が向き合うべき対象とか
作品づくりで追うべき責任とか
いろいろなことを学ばせてもらいました。
『あ!この仕事はおもしろい』
と初めて思ったんです。
それを28歳で経験していなかったら
辞めていたと思います。」
■さらに、この番組を制作したことで、
いまにつながる“気づき”を
得ることができたと言います。
是:「世の中は
白と黒でできているんじゃない。
グレーのグラデーションでできている、
という発見が大きいんじゃないですかね。
自分の中に訪れたある種の変革なので
多分そこが原点ではあるんですよね。
間違いなく。」
■複数の登場人物の多様な視点を元に、
物事を描いていく。
そんな是枝さんの映画監督としてのスタイルは、
28歳の時の経験が原点になっているのです。
是:「自分が正解を持っている
という錯覚に陥らないように現場に立つことが
大事かなと思っています。
正解が明快に事前に決まってあるわけではない。
そういうことをちゃんと見つけていくことは
ずっと今までと変わらずやっています。」