The Crossroad 藤竜也さん

NHK
2023年9月8日 午後6:55 公開

俳優、藤竜也さん。
現在公開中の映画では
頑固一徹な豆腐店の主人を演じています。
役作りのため、藤さんは
都内にある豆腐店で修業したといいます。
俳優としてのこのこだわり、
実は人生の分岐点が大きく関わっています。

藤:「僕はどんくさいから
一生懸命近づかないと役に近づけないからね。」

聞き手は渡辺健太アナウンサーです。

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■藤さんが俳優になったのは
思いもかけないことでした。
19歳のとき東京・銀座の街角で
突然スカウトされたのです。
流されるがままに、仕事を始めた藤さん。
しかし、このままではダメだという思いが
募るばかりでした。
デビューしてから3年後、
若手俳優の力を開花させることで定評があった
ある映画監督のもとを訪ねます。
鈴木清順さん。
数々の名作を生みだしたことで知られます。
この訪問が人生の分岐点になったのです。

藤:「鈴木先生に使っていただいて
教えていただいたら、
もう少し進歩するのではないかと思いましてね。
それで、お宅に伺って
『藤竜也と申しますが、先生の作品で
使っていただけないでしょうか?』と。」

■ところが、監督からかえってきたのは
痛烈なことばでした。

藤:「『藤くんは使ってあげたいけれど
使ってあげようという気にさせる何かが
何もない』と。」

渡辺:「何かが何もない?」

藤:「私には何もない、
そのとおりだと思いましたね。
監督に『何もない』と言われて
“何かある”って何だろう?と。
そこから俳優としての
ひとつの旅が始まったんですね。
さりとて、どうやったらいいのか分からない。
いろいろな(映画の)セットに入って
人様の芝居を見てみたり
映画を見たりしてもね、
やはり分からないんですよね。」

■“何もない”自分自身。
それを意識しながら藤さんは
もがき続けました。
分岐点から3年後、
昭和の大スター、石原裕次郎さんの
主演映画に出演するというチャンスが訪れます。
まかされたのは小さな役。
昭和のはじめ、
浅草でスリをして生計を立てた男、
“地下鉄のサブ”でした。
この役に藤さんは
魂をこめたといいます。

藤:「(地下鉄のサブが生きた)
時代背景から、まずどんな時代だったか
知らないといけない気になって。
そのあたりの本をだいぶ読みあさって。
そうするとスリってどんな商売なのだろう?
どういう生活をしていたのだろう?
有名なスリが登場する本があったり
結構面白いエピソードを拾えるんですよ。
それを少しずつ肉付けしていったんです。」

■徹底的に情報を集め、
想像力を働かせて役作りをしていく。
もがき続ける中で、
藤さんが見出した
俳優としてのスタイルでした。

藤:「本番でセットに入って芝居をしたら、
みんな笑い出すんですよね。」

渡:「どうしてですか?」

藤:「たぶんそれはもう
“地下鉄のサブ”になりきっているから。
撮影所にいるのは“藤竜也”じゃなくて、
役が動きまわっている。
『こいつ、ちょっといつもと違うな』
というようなね。
僕はその笑い声は称賛だと思ったんですね。
ああ、やった!と。
こうして(役に)近づくんだって。」

■この経験で藤さんは
その後につながる手応えをつかみました。
そして、55年たった今も
そのスタイルに磨きをかけています。
最新作で演じたのは
広島・尾道の小さな豆腐店を営む男の役。
その人物になりきろうと
藤さんはスタッフとともにロケハンに参加し
町中を歩き回りました。

藤:「私が演じる人間が
どんな町に住んでいるのか、
どんな銀行に行っているのか、
どんな郵便局か、
全部知りたいわけですよね(笑)
どうもマニアックになりまして。」

■さらには、こんな努力まで・・

藤:「ことしで店を閉める
お豆腐屋さんがございまして。
おやじさんとおかみさんと一緒に
手取り足取り、豆腐作りを教わったんですね。
そこで、私が見ていたのは
おやじさんの仕事場での足つき、腰つき、視線。
このときにはどこに手をかけて
腰をどのぐらいに落としているとか、
手はどこにやっている、
視線はどこにいっている、
表情とか、
そういうものを重点的に盗みましたね。」

渡:「やはり鈴木清順監督のことばが
よみがえってくるんでしょうか?」

藤:「そうですね。
人様にいただいたことばで
これほど役に立ったことばは生涯ありません。
俳優は空っぽでいいと思うんですよ。
よく言えば1年生気分で(役に)入らないと
申し訳ないような気がしますね。
いただいた役のために、すべてを迎え入れる。
もうご自由に入ってきてください、と。」