豪ノ山インタビュー 三役めざす九州場所

NHK
2023年11月20日 午後7:10 公開

九州場所、幕内3場所目にして
前頭4枚目で挑む豪ノ山。
ここ一年は
すべて勝ち越しの快進撃を続けています。
幼いころから力士に憧れ続けてきたという豪ノ山が
三役昇進を目標に挑む九州場所前、
インタビューに答えてくれました。

取材・文:赤井麻衣子(ゆう5時相撲部副部長)―――――――――――――――――――――

赤井「前頭4枚目という番付ですが、
ここまで自身ではどう思いますか?」

豪ノ山「これからだなという感じがあるので、
満足はしていない感じですね。
先場所、上位には、
自分の相撲をより徹底して取っていかないと
今後勝てないと、分かった場所でもありました」

赤「関取の理想とする相撲は?」

豪「立ち合いしっかりあたって、
足を踏み込んで前に出る相撲が
自分の理想とする相撲なんで
引いたりまわしを取ったりしていては
だめかなと思いますね。
自分はちっちゃい方なので、
どれだけ相手の中に入って
下から押せるかというところですね」

赤「秋巡業では、地元大阪にも行きましたね」

豪「巡業は色々な地方へ行って、
その土地のうまいもの食える
というのがいいですよね!
大阪では他の巡業よりも
声を掛けていただけることも多かったので、
応援してくれている人も
ちょっとずつ増えてきているのかなと思って、
よりいっそう気合の入る巡業でした。
大阪は、巡業最終日だったので、
場所前にいい巡業だったなと思います」

赤「巡業では横綱とも稽古されたそうですね」

豪「幕内力士が多い中、
指名して選んでいただけたことは
すごく光栄なことだったので、
場所前にいい稽古させてもらいました」

赤「関取は食事のこだわりあるタイプですか?」

豪「こだわりは特にないですけど、
好きな食べ物は肉なんで。
肉食っとけばでかくなるかなって。
負け込んだりした時はちょっと気分転換に
付き人を連れて焼肉に行ったり。
寿司も好きなのでいくんですけど、
やっぱり肉食った方が飯食ったなって。
寿司じゃ満足できないって言うか…」

■そんな豪ノ山が相撲を始めたのは6歳のころ
子どもの頃から体が大きく
地元の相撲大会に出場したのがきっかけでした。

                 (兄・拓海さん 妹・鈴菜さんと)

豪「幼稚園に入ったころは、
周りを見てみんなちいさいなって思ってました。
もう何か与えたらずっと食べてたみたいです。
兄弟はもう細くて
全然似ても似つかない感じなんですけど。
でもそのおかげで相撲も始められたので
よかったなと思います」

豪「わんぱく相撲の大会が始まって、
全国大会とかに行くと
本当に僕でもちっちゃかったんで、
上には上がいるんやなっていう世界でしたね。
大きいひとも強い人もいっぱいいるんだなと。
これも、相撲の魅力を感じた部分になりましたね」

■そうして始めた相撲。
子どものころから
相撲を見るのも取るのも好きだったといいます。
大相撲への入門を意識したのは
大阪・春場所の期間、
地元寝屋川市に宿舎を構えていた
境川部屋の存在でした。
師匠の武隈親方・元大関豪栄道が
所属していた部屋でもあります。

豪「春場所の時期になると、
学校が終わったら境川部屋へ遊びに行って、
朝は学校の前に稽古しに行って、
ちゃんこ食べて学校っていう生活をしてました。
親方が現役の時に胸を出してもらったりして、
もう大相撲に行きたいなとずっと思ってました。
毎日稽古している姿や、大きい体にちょんまげ、
おすもうさん格好いいなぁというか、
力士が大好きでした」

赤「子どもの頃に見た
相撲部屋はどんな風に映りましたか?」

豪「一般のサラリーマンとは
だいぶ違う生活というのは、
ちいさいながらに分かっていたんですけど、
将来はもうこの世界に行くんやっていう風に
自分で思ってました。憧れてましたね」

■取材日には、かつての豪ノ山のように
子どもたちが部屋に見学に来ていました。

豪「やっぱり懐かしいなと思いますよ。
ちょっとでも大相撲に興味を持ってもらって
入ってくる子がいたらすごく嬉しいです」

■この日は子どもたちといっしょに
ちゃんこを食べていた豪ノ山。
武隈部屋は相撲部屋としては珍しく
親方がちゃんこを作ってくれるそうです。

■その後、中学生になった豪ノ山でしたが、
進学した地元の中学校には、
相撲部がなかったそう。
豪ノ山のためだけに、
相撲部が創設されたといいます。

豪「全中はやっぱ学校の名前で、
部活がないと出られなかったんで、
そのために部活を作ってもらって。
顧問もやっぱり必要になってくるんで、
校長先生が自ら
俺がやってやるって言ってくれて。
試合にも毎回付いてきてもらっていました。
学校に土俵はないし、だれも入部することなく
自分だけ一人試合に出て
卒業と共に相撲部はなくなっていきましたね」

赤「稽古はその間、どこでしていたんですか?」

豪「近くの中学生がいるクラブに行ったり、
近くの高校へ行ったり、地元の先輩たちが
胸を出しに来てくれたりしてましたね」

■そのころ相撲の稽古は主に土日。
平日はとある場所で
トレーニングしていたそうです

豪「中学校の時一番仲の良かった子が
柔道部だったんで、
平日、ぶらぶらしててもしょうがないんで、
柔道部に入って体を動かしていました。
二刀流というほど柔道できないですけど、
柔道部の顧問の先生が凄いよくしてくれてたので
柔道部で体動かせばいいと言ってくれて」

赤「関取の話を聞いてると、
積極的で行動力があるように感じますね」

豪「どうですかね。
すごく環境に恵まれていた
というところかもしれないです。
周りに積極的に自分を応援してくれる人が
多かったなって思います」

■そんな豪ノ山には
憧れの存在がいます。
高校の先輩でもある大関・貴景勝です。
地元が近く、子どものころから
稽古をつけてもらっていました。

豪「出会いは、小学生の時に自分が
報徳学園に行かせてもらっていて。
貴信先輩がいたというところですね。
当時から本当にもう最強というか、
強い先輩っていう感じで。
ずっと憧れでしたし、
小さい頃からかわいがってもらって、
練習後、一緒にキャッチボールしたり、
遊んでもらったりしてましたね。
自分にとってはただただ優しい、
凄い気に掛けてくれる。
お兄ちゃんみたいな感じでした。
今でも声をかけてくれて、
相撲のアドバイスをくれます」

赤「今の大関の姿は関取に
どんな風に見えていますか?」

豪「高校の先輩でもあって、大相撲でも、
自分の相撲を貫いて上まで行って、
本当に目指す存在というか。
いいとこを真似して見習っていきたいです」

■そんな貴景勝とは、
秋場所初めて、対戦がありました。

豪「自分の相撲で勝ちに行ったんですけど、
しっかりはじき返されたんで、
一からしっかり鍛えて
今場所も当たることになれば
精いっぱいいきたいなと思いますね」

赤「九州は1年最後の場所になります。
どんな場所にしたいですか?

豪「今年は十両優勝して幕内上がってって
いい年ではあると思うので、
最後の場所をしっかりいい成績残して、
終えたいですね。
今の目標が3役に上がることなので
しっかり上を目指して頑張ってきたいです」

豪ノ山関、ありがとうございました!