愛と憎しみの読書バリアフリー

NHK
2023年8月10日 午後5:30 公開

ことし7月、芥川賞を受賞した小説『ハンチバック』。主人公は身体障害のある女性。読みにくい紙の本を読もうと苦しみながら、自分の身体と孤独とを見つめる物語だ。書いたのは、作家の市川沙央さん。市川さん自身も、主人公と同じ身体障害がある。市川さんだけではなく、「本を愛するがゆえに、読書にバリアを感じる」障害者は多い。どうすれば誰もが読書を楽しめるのか考える。

<番組の内容> 

▶︎障害のある人の読書事情

▶︎読書バリアフリーの取り組み

▶本の中身のバリアとは?

▶みんなが楽しめるマンガ作り

▶芥川賞作家・市川沙央さんからのメッセージ

<出演者>

小沢一敬(スピードワゴン)

市川沙央(作家)

奈良里紗(研究者/弱視・難聴)

宮下愛(知的障害)

宇野和博(視覚障害/筑波大学附属視覚特別支援学校教諭)

レモンさん(番組MC)  

玉木幸則(番組ご意見番)  

あずみん(番組コメンテーター)

<VTR>

小沢

「私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。」(市川沙央『ハンチバック』より朗読)

ことし7月、芥川賞を受賞した小説『ハンチバック』。主人公は、身体障害のある女性。

読みにくい紙の本を読もうと苦しみながら、自分の身体と孤独を見つめる物語だ。

障害者の赤裸々な感情がつづられた内容に、SNSでも大きな反響が。

書いたのは、作家の市川沙央さん。市川さん自身にも、主人公と同じ、身体障害がある。

市川「私の問題は本を読みにくいということでした。障害者がなかなか読者と思われていない。それと相まってちょっとした怒りみたいなものも生まれてきた」

“紙の本が憎い”というのは市川さんだけじゃない。本を愛するがゆえに、読書にバリアを感じる障害者は多い!

どうすれば、誰もが読書を楽しめるのか。本を愛するみんなで考える。

<スタジオ>

レモン:きょうのバリバラはちょっと文化系ですよ。読書がテーマです。こちらの小説『ハンチバック』をきっかけに、マイノリティーの読書を阻むバリアを考えます。ゲストはスピードワゴンの小沢一敬さん。

レモン:いかがだったですか?

小沢:はい。読んで数日経つんですけど。いまだにふとした瞬間に、ああ、ってなってしまう。すごくおもしろいんだけど、それは「おもしろい」っていう単純なことではなくて、いろいろなことを考えるおもしろさ。ずっと口の中、頭の中に味が残っているって感じですね。

あずみん:ということで『ハンチバック』の著者、市川沙央さんにもご参加いただいています。お願いします。

市川:はーい。

作家、市川沙央さん。先天性の難病で筋力が弱く、紙の本を読むことが難しい。

市川:本はなんでも読むし、大好きなんですけど、持って読むのは大変だし、とにかく重くって、管理できないんですよね。本棚にしまおうとしても、自分では無理なので、もっぱら電子書籍で読んでいます。

小沢:愛しているがゆえに憎いという。だって愛してなければ、興味がないわけだから。

レモン:確かに。

小沢:本を愛したがゆえに憎くなってしまったということですよね。

障害のある人の読書事情

<VTR>

ディレクター「おじゃまします」

読書への愛と憎しみを抱えるのは、市川さんだけじゃない。

丸山「こんにちは。丸山明子です。よろしくお願いします」

※丸山さんはご自身での発声が難しいため、PCに入力した文字をアプリが合成音声で読み上げています。

丸山明子さん。10年前、全身の筋力が徐々に低下する難病、ALSと診断された。いまは、首から上の一部と、手の一部しか動かせないため……

ヘルパー「大丈夫?」

丸山:(ほほえみ)

まばたきや表情で、コミュニケーションをとる。

そんな丸山さんの読書の方法は、市川さんと同じ「電子書籍」。

操作に使うのは、視線。目の動きをセンサーで読み取り、見つめ続けることでページをめくる。手で本を持てなくても、機器を使いこなして読書を楽しんでいる。

ディレクター「(本を読むのが)だいぶ早いですね。いま僕追いつけなかったです」

丸山「私はせっかちだから、(機器の)ポジショニングが合わなくてパソコンが動かせないとキーッとなります」

そんな丸山さんが愛する本は……

(『ボードブック はらぺこ あおむし』作:エリック・カール 訳:もりひさし)

“絵本”。

体がいまよりも動いていた頃、自分で手に取って、子どもと一緒に読んでいた。

丸山「まよなかのトイレ」

「あはは」

丸山「よいしょ。赤ちゃんのおむつを替えながら言いました。ちょっと待っててね」

「ちょっと待っててね」

(『まよなかのトイレ』©まるやまあやこ(2010)より)

丸山「幸せでした。本を通じてコミュニケーションをとるというか、子どもが早くめくったらそれに合わせたり、好きなページで細かいところを話したり、一緒に作る感じがとても好きでした」

ところが……

紙の本が憎い。

病気が進行し、丸山さんは絵本を自分の手で開き、読むことができなくなっていった。そこで電子書籍になっている絵本がないかと調べてみたが、思い出の絵本の多くは、紙の本しかなかった。そして丸山さんはいつしか、家族で絵本を楽しむことを、あきらめてしまった……。

丸山「いま、めくって懐かしさがこみ上げました。できないことは考えないようにしていました。でもやっぱり読めたらいいなと思いました」

続いては……

奈良「こんにちは、よろしくお願いします」

奈良里紗さん。奈良さんは、視覚障害教育が専門の研究者。自身も、弱視と難聴がある。

奈良「このぐらいの距離じゃないと文字がまず見えないんですね。ひらがなとか“と”とかだったら見えるけど、ここらへん画数が多い字だと、ぐちゃっとなっていて見えにくいんですよね。で、“〇覚”は見えるけど、それが“視覚”なのか“聴覚”なのかは近づかないと見えないから音声と両方使ってやっています」

音声で本の内容を聞くときに使うのは、視覚障害者向けに開発された「読み上げアプリ」。

アプリ読み上げ「調査結果を受け私たち当事者は、もっと自分たちの障害告知体験を伝えていく必要があるのではないかと考えるようになりました」

ディレクター「めちゃめちゃ早くないですか?」

奈良「めちゃめちゃ早いですか? これ視覚障害の人がこの番組見ていて、『おそっ! 奈良さん』って思っていると思います。早くないです全然」

そんな奈良さんが愛するのが「研究論文」。仕事以外の時間にも読んでしまうほど、熱中している。

奈良「1本の研究論文を書くのに20~30本くらいは引用をするんですけど、『わあ大変そう』って思うかもしれないんですけど、私たちはこれを知るのが好きなんですよね」

しかし……

紙の本が憎い。

10個の学会に所属する奈良さん。定期的に届く、最新の学会誌や論文集は、ほとんどが「紙の本」。

小さな文字で書かれた論文を読むために、「拡大読書器」を使ってみるが……

奈良「すっごい疲れる。首とか腰とかいろいろ疲れちゃって…… なので長文用にはこれは私はあんまり使えてなくて」

それでもなんとかして読みたい。そこでこの日仕事が終わってから、行政の「代読・代筆サービス」を利用。届いていた論文集の目次を読み上げてもらうことに。

支援員「知的障害を伴う自閉スペクトラム症児の“唾遊び”に対する積極的行動支援の効果の検証」

奈良「ちょっと待って『唾遊び』って何ですか?」

支援員「唾……これ唾って読む漢字だよね。口に垂れる唾液の唾ですね」

奈良「唾液の唾の……」

支援員「唾液で遊ぶんだと思います。くちゅくちゅしたりして。たぶん……」

代読をする支援員も、見慣れない専門用語をうまく説明できず戸惑ってしまった!さらに……

奈良「例えば唾指導の論文をちょっと読もうとしたらたいへんですよね?」

支援員「これは表もありますから……そうですね、大変ですね。なんならこれは英語だけのもありますね……」

拡大読書器を使っても、代読サービスを使っても、紙の研究論文が読めなくて、憎い。

奈良「届いたときに一番最初に読めないっていうのはけっこう悔しくて。新しい論文がこうやって届いたらすぐに読みたい。できれば全部読みたい。けど、いま読めないというのが一番私的には切ない」

<スタジオ>

レモン:なるほどね。「読みたい本が紙しかないゆえの憎しみ」っていうことなんですが、小沢さんどうですか?

小沢:普通に「紙の本はこういうところがいいよね」とか、わかっているようなこと言ってたけど、身につまされるというか。

レモン:ですよね。

小沢:ごめんなさいね。紙の本代表みたいにしゃべりだしたけど。

一同:(笑)

レモン:市川さん、どうでしたか?

市川:私も電子書籍じゃないとつらいので、電子書籍を絶対に出さない方針のベストセラー作家さんにお手紙を書いたことがあるんです。詳しく説明してお願いをしてみたんですけど。出版社さんにも問い合わせたり。でも、全然無反応で、スルーされちゃって。

レモン・あずみん:えぇー?

市川:それで、どんどんいじけてしまって。

レモン:はっきり言って、めっちゃムカついたでしょ?

市川:(うなずき)

小沢:最初に紙の本が憎いって言って、憎いは言い過ぎじゃないかなと思ったんだけど、そりゃ憎い。これだけ好きなもの、受け入れさせてもらえないってなったら、憎いってなるだろうなって。気づかなかったなって思いました、僕は。

レモン:奈良さん。論文が紙しかなくて読めないって、どんな気持ちなんですか?

奈良:お金を払って読めないものが届く、これはかなり……ストレートに言えばムカつきますよね。(笑)

レモン:それはそうですよ。それが人間ですよ。

あずみん:ここからは、障害のある人の読書事情に詳しい宇野和博さんにも、お話を伺いします。

読書バリアフリーの取り組み

レモン:宇野さん、この現状、読書のバリアフリーってどうなっているんですか?

宇野:実は、2019年に読書のバリアフリー化を進めていこうということで、「読書バリアフリー法」っていう法律ができたんですね。いままで、本が読めないっていうのは、主に視覚障害者というふうに思われていたわけですね。ところが、確かにあの、ページがめくれない、それから本が持ち続けられないという上肢に障害のある人、それからディスレクシアといって文字の読み書きに困難のある人、そういう方も対象にして、読書のバリアフリー化を推進していこう、こういう法律が2019年にできているってことなんです。

さらに、読書バリアフリー法の制定を受け、出版界ではこんな取り組みも。去年12月に出版されたこちらの本は、さまざまな形で展開。

紙の本に加えて、「電子書籍」や、見えない人や文字を読むのが難しい人も楽しめる「オーディオブック」。点字を使う人にむけた「点字版」(※現在制作中)。さらに、本に書かれた文字情報を、データの形で読者に直接渡す「テキストデータ」も。

テキストデータとは、障害のある人が、点字、音声読み上げ、パソコンやスマートフォンでの表示など、好きなタイミングで使いやすい形に変換して利用できるよう、出版社から提供されるもの。

弱視・難聴のある奈良さんは、読みたい本の内容にあわせて読み方を選ぶんだそう。

奈良:私は読みたいもの、小説だったら、オーディオブックがいいなと思う。テキストデータだと、合成音声で読み上げられるんですけど、読み上げが間違ってしまうことがあるんですね。日本語って難しくて。一つ、小沢さんに。「ヘンリー・カズヨ」って言われたら、なんだと思います?

小沢:ヘンリー・カズヨっていうのは…………じゃあ、2世の女性?外国の人のミドルネーム的なヘンリー・カズヨ。

奈良:色々でてきますよね。これ「ヘンリー一世」って書いてあって。それを合成音声が読み間違えているんです。

レモン:そういうことが起こってんねや。

奈良:なので、小説を合成音声で読むとずっとヘンリー・カズヨさんだと思ってて。

小沢:奈良さん!2問目お願いします。

一同:(笑い)

レモン:ないです。クイズ番組じゃないです。

奈良:でも、論文だったらテキストデータがいいなとか。

小沢:どう違うんですか。

奈良:論文を読むときはやはり数値とかもありますし。例えば引用してそこから自分が書いている論文に引用して使いたいとか。そこは正しく書く必要があるので。

選択肢があることで、障害のある人も目的に応じた読書を楽しむことができる。

玉木:沢山のひとに読まれるっていうことは、書く側も本来は望んでいるはずやし、ウィン・ウィンやから。これはええんちゃうかな。

あずみん:続いては、本を愛している。でもその中身にバリアを感じているというお悩みについてです。

本の中身のバリアとは

<VTR>

宮下「こんにちは」

ディレクター「こんにちは、よろしくお願いします」

大阪で暮らす宮下愛さん。知的障害のある宮下さんは、抽象的な表現を理解することや、漢字を読むことが苦手。そのため、イラストでの説明や、振りがながあると、理解しやすいという。

宮下「カラーのほうが見やすい。こうやって分類的に色を分けてくれたりしたらわかりやすい」

この日は、近所の本屋へおでかけ。

宮下「いまどんな本が出ているのかなとかは、楽しみに行きたいと思います」

宮下さんが好きな読書のスタイルは、ドラマやアニメの原作になっているマンガを読むこと。

宮下「これは面白かったです。ドラマでは面白かった」

ドラマを見て、ストーリーがわかっているので、理解がしやすいのだという。

宮下「やっぱりだいたい物語がわかっているから、イメージできて面白いですね」

宮下さん、この日は、読書の幅を広げようと、本屋で偶然目にとまったマンガを買ってみることに。

宮下「こんなん見た目カラーで、中もカラーなのかなと。こんなんやったら読んだら面白いかなとか」

ディレクター「どこにひかれたんですか?」

宮下「パッと見た感じ面白そうかなとかって」

読んでみることにしたのは、こちらのマンガ。80代の大家さんと若手芸人の、ほっこりする2人暮らしを描いた作品。映画化やアニメ化もされた、人気マンガシリーズ!

内容は、某和菓子店のようかんの商品名がわかりにくいことを笑いに変えたお話。しかし……

宮下「なかなかやっぱり……最初やからかな。まだあんまりイメージがついてないかな。物語がよくわからんかった。『そっちー!?』っていうのがなにかわからへん。なにがそっちなん?って」

映画やアニメを見ていない状態で、マンガを読んでみたものの、マンガならではの抽象的な表現を理解するのは難しかった。

宮下「初めてのものってなったら楽しみはあるけど、理解できなかったら面白くないなって思って。ちょっと残念」

<スタジオ>

レモン:宮下さん、漫画ならではの表現わからないっていう部分。どんなところですか、具体的に。

宮下:吹き出しは誰がしゃべっているのかわからないときも。

だから顔が1つで、「そっち」、「これ」みたいな、(文字だけだと)誰がしゃべってんのかなとかわからなかったり。実際顔が2つあって、この人がこっちとかだったらわかるんですけど。

小沢:なるほど。

宮下さんだけでなく、知的障害のある人にとっては、こうした「マンガならではの表現」が、バリアになることがある。

みんなが楽しめるマンガ作り

そこで、研究者や漫画家が開発を進めているのが、『LLマンガ』。抽象的な表現が苦手な人も楽しめるマンガを作ろうという試み。

ポイントは、いろいろな人が楽しめるように、同じストーリーを複数の方法で表現していること。1人暮らしの男性が主人公のこの四コママンガ。電話先の女性に恋心を抱く様子が、2つのパターンで描かれている。

Aパターンでは、一般的な漫画の表現を取り入れている。顔に斜線を引くことで、「顔を赤らめている」ことを、記号で表現している。

いっぽうBパターンでは、漫画的な記号をなくし、セリフとして直接表現。さらに、主人公の男性と電話先の女性を同じコマの中に描くことで、恋心をわかりやすく表現している。

レモン:宮下さん、これ読んだの初めてですよね。どうでした?

宮下:私はAよりBの方がわかりやすかったですね。

一同:ほー。

宮下:このAの影とか、「どきいっ」の表現がよくわからなかったり。

レモン:(顔の)斜線なんかが。

宮下:そうですね、シンプルの方がわかりやすい。

小沢:へー。Bの方がわかりやすいんだ。Aの方がわかりやすいのかなと思っちゃった。

あずみん:でも実は私もAの方がわかりやすい派なんですよ。人によって違うんやろうなーっていう。

小沢:なるほど。

レモン:これ、小沢さん、AパターンもBパターンも人によって違いますし。どちらが自分にとって読みやすい、いいのかっていう選べるところがいいですよね。

小沢:そうですね。だからやっぱり自分に合ったものが選べる時代の方が絶対いいと思います。けれど、僕の個人的な感想なんですが、いいですか。

僕たちも漫才とか作りますけど、作るときには自分なりにわかりやすいものを作ろうとは思うけれど「わかりやすさのために、作りたいものを描けない」っていうのは作者の先生はつらいだろうなとは思う。

宇野:小沢さんがおっしゃったのは、原作をそもそもわかりやすくすることについての是非だと思うんですね。原作の内容をやさしく書き換えるというのはですね、これは確かに著者に求めることではなくて、ボランティアベースがいいかどうかはさておき、第三者がですね、わかりやすく表現を変えてその人にもちゃんと伝わるようにしていくってことだと思うんですね。

玉木:バリバラでいつも言っているのは、0か100かじゃないよね、ただ情報が入りにくい人もいっぱいいるっていうことをまずは知っといてねっていう。それで対話が始まるん違うかなあって、聞いてて思いました。

芥川賞作家・市川沙央さんからのメッセージ

きょうは「障害者の読書とバリアフリー」について考えてきましたが、最後は小説『ハンチバック』の作者、市川さんからのメッセージをどうぞ!

市川:私は障害者が読者と思われていない状況にドロドロとした怒りを持っていて、それを「えいやー!」とぶつけたのが『ハンチバック』という小説です。この小説を通じて、多くの方に、読書バリアフリーの問題を知っていただいて、ちょっとでも現実に社会が動いて、よくなったらうれしいです。もうひとつ私が思うのは「本を読みたいのに読めない、これっておかしいでしょ?」ということを、ちゃんと主張したほうがいいと思う。私は私で、これからも障害者を取り巻く理不尽さをペンの力で伝えていこうと思っています。

レモン:ありがとうございました!

※この記事は2023年7月28日放送「愛と憎しみの読書バリアフリー」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。