ウクライナ “出口の見えない戦い”に市民は ~油井キャスター現地報告 ① ~

NHK
2023年12月4日 午後5:49 公開

ロシアによる軍事侵攻から1年9か月。

侵攻が長期化する中で、ウクライナでは数多くの兵士、そして市民の命が失われ続けています。報道では、ウクライナ軍の死者は7万人、負傷者は10万から12万人とも言われています。

出口の見えない戦いの中で、遺族たちはいま、戦争とどう向き合っているのでしょうか。また、子どもたちが抱える“心の傷”はどれだけ深いものなのでしょうか。

油井秀樹キャスターが、現地から「ウクライナの“いま”」を報告します。

(「国際報道2023」で12月1日に放送した内容です)


侵攻から1年9か月 “戦禍の日常”とは

油井キャスター:私は今週、ウクライナを訪れています。

まず街で目にしたのは、亡くなった兵士たちの写真です。

油井キャスター:これだけ多くの人たちが戦場で亡くなったのかと…。1999年生まれ、1997年生まれですから、まだ20代。だいぶ若い兵士がこうやって命を落としている…。

ウクライナの人たちは“戦禍の日常”をどんな思いで送っているのか。私たちが取材を進めているさなかにも、突然防空警報が鳴り響きます。

油井キャスター:防空警報が鳴ったので今からシェルターに向かいたいと思います。今ウクライナ全土で空襲警報が出ています。

取材相手に案内され、シェルターに避難しました。

Q. 警報はどれくらいの頻度で鳴りますか? 「毎日、1日に何度もです。戦争が早く終われば、子どもたちもこの“日常”から抜け出せるのです」

出口の見えない戦闘。

非日常であるはずの場所に“日常”があるのだと、突きつけられました。


酒井キャスター:油井キャスターはウクライナの首都キーウの中心部にある独立広場にいます。油井さん、現地はいまどんな状況ですか?

油井キャスター:はい。キーウは午後3時を過ぎたところです。きょうも朝から雪が降っていて、寒さは一段と厳しくなっています。

キーウは、激戦地の東部や南部から離れていることもあり、表面上は驚くほど平穏で、戦時下という雰囲気は感じられません。

レストランやスーパーマーケットなども普通に営業していて、一見、日本とあまり変わらない生活のように見えます。

しかし、ウクライナの人たちに話を聞くと、「友人が犠牲になった」とか「キーウに避難している」など、みな、軍事侵攻の影響を何かしら受けていて、戦争と隣り合わせの生活を強いられていることがわかります。

こちらの独立広場でよく知られているのがこちらです。

所狭しと並ぶウクライナの国旗、この国旗ひとつひとつに戦死した兵士の名前が記されていて、国旗の数が死者数を象徴しています。

ウクライナ兵の死者数は7万人を超えたという報道もありますが、ウクライナ政府は国内の士気低下を懸念して兵士の死者数を公表していません。ただ、ここに並ぶ国旗の数は増える一方です。

戦死者が増え続ける状況を、遺族がどう受け止めているのか取材しました。


増え続ける戦死者 遺族の思いは

私が向かったのは、キーウにある市内最大の墓地。兵士の遺影が飾られた真新しい墓標が数多く並んでいました。

「若い人たちが多い。恐ろしいことです」

「このあたりは空っぽだったのに、この1年であそこまでお墓の列ができました」  

ナディヤ・レシェノクさんは、今年3月、夫のアレクサンドルさんを亡くしました。夫のもとを訪れるたび、遺された子どもたちのことを、語りかけているといいます。

ナディヤさん:とてもつらいです…。以前と同じように暮らしていたのに、自分の一部を失ったようです

経営者として忙しく働きながらも、つねに家族のことを考えてくれる夫であり、父親だったといいます。

ナディヤさん:夫は、私と子供たちを本当に愛してくれました。仕事も趣味も大切にしていましたが、家族を一番に考えてくれていました

軍事侵攻の開始後、故郷を守りたいと、志願兵として戦いに加わったアレクサンドルさん。激しい戦闘が続く東部戦線で作戦に参加。ロシア軍の攻撃を受け亡くなりました。

あとどれだけの犠牲を払えば戦闘は終わるのか、そう思わずにはいられないといいます。

「大勢の人が殺されています。戦争を終わらせる時ではないでしょうか。もし他の国々が私たちを助けてくれるなら、(戦争は)とっくの昔に終わっているはずです」


長期化する戦い ウクライナ市民の思い

酒井キャスター:亡くなった方たちひとりひとりに人生があったこと、ご遺族にとってどんなに大切な存在だったのか、痛いほど伝わってきます。油井さん、多くのウクライナ国民は、長期化するこの戦いをどう考えているのでしょうか?

油井キャスター:街で取材すると、多く聞かれたのは、自分たちの独立と自由を守るやむを得ない戦いだということです。

ただ一方で、犠牲者の増加を懸念する声、さらには領土の一部を断念する選択肢も検討すべきという声も聞かれ、ウクライナの人たちの意見は分かれていると感じました。

「もし強盗が来たなら、私は戦う。子どもたちを奴隷にしたくない。自由な人間であってほしいと願っている」

「私たちと全世界がこの恐怖を止めなければ、10年、20年後も続き、再び同じことが起きるだろう」

「私たちはすでに多くの人命を失い、途方もない損失を被っている。人々は(ゼレンスキー大統領が)交渉のテーブルに着くことを決して許さないだろう」

「(ゼレンスキー大統領は)よくやっているけど、占領された領土を取り戻せない可能性はあると思う」

戦闘が長期化する中で、重要になっているのが遺族や残された家族のケアで、特に問題となっているのが子どものケアです。

残虐な行為を目の当たりにした子ども、親から切り離された子ども。そうした子どもたちの精神的な支援を行っている施設を取材しました。


“心の傷”を抱える子供たち

キーウから車で北に2時間ほどの街、チェルニヒウ。この施設では、心理カウンセラーが常駐し、ロシアによる軍事侵攻で心に傷を負った子どもたちのケアが行われています。

侵攻が長期化する中、街にはこうした施設が増えているといいます。

母親とともに施設に通っている1人の女の子と出会いました。マリア・トカチェンコさん、10歳です。

「日本について何か知っていますか?」

「ピンクの花をつけた木がある」

マリアさんは、両親と弟の4人家族。家族と過ごす時間が何よりも楽しかったといいます。しかし、ロシアの侵攻はその時間を無残にも奪いました。

去年2月の侵攻直後、ロシア軍が占拠したチョルノービリ原子力発電所。

マリアさんの父親は軍人で、当時、原発を警備する任務にあたっていました。

父親はロシア軍によって拘束され、捕虜になったと見られています。侵攻から1年9か月がたったいまも行方が分からないままです。

「お父さんは背が高くて、優しくて…。私に自転車をプレゼントしてくれて、乗り方も教えてくれました」

話を聞いていくうちに、彼女が抱える心の傷の大きさを垣間見る瞬間がありました。

「マリアさん、いま一番の願いごとは何ですか?」

考え込んだまま、ことばにできず、答えに詰まってしまったマリアさん。母親のヴァレンティーナさんがその思いを代弁してくれました。

「今のマリアにとっては、答えることが難しい質問ですが…。マリアの願いは、いま誰もが願っていること。家族が戻ってきて、この紛争が終わることです」

油井キャスター:つらいことを聞いてしまってごめんなさい

「いいんですよ。大丈夫です。自分の感情を、ことばにできるようになってほしいから、この施設に来ているんです。怖がらず、自分の心を閉ざしてほしくないと思っています」

この日、施設で受けたのは、「アートセラピー」です。カウンセラーが、一緒に絵を描きながら対話し、子どもたちが感情を自然と吐露できるように促すことのが目的です。

心理カウンセラー:暗い色や圧力で描かれた線があれば、その子はいまストレスを感じているのではないかなど、うかがい知ることができます。

Q. どうしてこの色を選んだの?

マリアさん:落ち着くから、誰も騒いでいなくて

Q. あなたの気持ちは?落ち着きたい?

マリアさん:落ち着きたい

Q. 今はどう?

マリアさん:落ち着いている  

30分かけて、マリアさんは1本の木を描き上げました。

Q. どうして鳥を描いたの?

マリアさん:鳥はうれしいこと、楽しいこと

「鳥のほかに、山や川も描かれています。それらはいい思い出を表していて、今の自分を支えているものだとマリアは説明してくれました」

取材の最後、マリアさんは自分のことばで将来の夢を教えてくれました。

「心理カウンセラーになりたい。最初は幼稚園の先生になりたかったけど、同じ子どもと関わる仕事だし、私は子どもたちと仲よくなれるから」

酒井キャスター:マリアさんはまだ10歳。幼い女の子が願いを聞かれて答えに詰まる…。その気持ちを想像すると言葉が出てきません。

油井キャスター:子どもたちが負った心の傷は相当深いと思います。

VTRの中で紹介した絵を描くことによって苦しみを癒やすアートセラピーですが、心理カウンセラーによると、中には、モスクワに向けてミサイルを発射する絵を描いた子どももいたということです。愛する家族を失った子どもの中には、憎しみという感情が生まれているのではないか、そんな懸念も感じました。

栗原キャスター:子どもたちが抱える傷の大きさを感じるとともに、今も侵攻が続くことでさらに辛さが増すのではと感じました。やはり、侵攻を早く終わらせなければならないと強く感じますね。


政府高官が語る 戦況の行方は

油井キャスター:ウクライナ政府が領土奪還を目指して大規模な反転攻勢に乗り出して半年になります。

ウクライナ政府で安全保障政策を担う国家安全保障・国防会議のダニロフ書記は、私たちの取材に対して、政府内で使用しているという戦場マップを見せながら最新の戦況を説明しました。

「いまは一進一退の攻防で、双方ともに戦場の主導権を握れていないことは事実だ。しかしそれはこう着ではない。この状況が長期化するか、予測するのは難しいが、我々が優勢になると確信している」

「ロシア政府は我々の国家を分断させようと必死に取り組んでいる。過去2か月半から3か月の間、特別な作戦を仕掛け、国土を内部から不安定化させようとしている。しかし我々は決して降伏しない。自由・独立・国家、すべてが我々にかかっている」

「武器を手に入れ、友好国からの支援が得られれば、この戦いに間違いなく勝利する」

ウクライナというアイデンティティーを守るためには、戦いに勝利しなければならない。しかし一方で、その戦闘は決して楽観できない厳しい状況であることが伝わってきました。

軍事侵攻から1年9か月。

戦いが長期戦・消耗戦となる中で、ウクライナでは、国民の意見の違いや疲労の影も見え始めていて、ウクライナ政府は、結束に揺らぎが生じないか懸念を深めています。

12月4日(月)は、そうした長期戦・消耗戦の課題に焦点をあて、どのように克服しようとしているのか、ウクライナの戦略に迫ります。
 


油井秀樹(「国際報道2023」キャスター)

前ワシントン支局長。北京・イスラマバードなどに14年駐在しイラク戦争では米軍の従軍記者として戦地を取材した経験も。各国の思惑や背景にも精通。

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