地方競馬を支える ベネズエラ人のきゅう務員 “日本での仕事は大きなチャンス”

NHK
2023年11月29日 午後6:10 公開

ベネズエラは、2018年には、年率13万%に達するハイパーインフレとなり経済破綻に陥りました。いま、国民の2割以上、およそ770万人が国を後にし、世界で最大規模の難民危機となっています。

実はその避難民の一部は日本にも来ていて、少し意外な場所で働いています。

(「国際報道2023」で9月26日に放送した内容です)


午前3時の名古屋競馬場です。

来日したベネズエラ人が働いているのは、全国の競馬場や競走馬を育てる牧場です。

仕事は馬の世話やトレーニングを行う「きゅう務員」。この日は、馬が熱中症にならないよう深夜に業務を行っていました。

名古屋競馬場ではきゅう務員の3分の1が外国人で、ベネズエラ出身者は10人。きゅう務員不足が深刻な地方競馬を支える貴重な存在になっています。

「ベネズエラ国民は馬が大好きで、競馬場も常に満員でした。ただ、現在のベネズエラの状況は困難で、家族を助けるために日本に来たんです」

日本人の調教師はーー

「稼ぎに来て、生活がかかっているから、多少のことではめげない。すごく偉い」


ベネズエラでは競馬は国民的な娯楽です。しかし、ハイパーインフレで競馬場で働くスタッフも困窮状態に陥ります。

このとき、日本の人材紹介会社がきゅう務員を募集したところ、多数が応募。現在では、1 0年以上の調教経験をもつきゅう務員およそ150人が「技能」ビザで働いています。

4年前に来日したアレクシス・アブレウさん。

父親の代から馬の世話をなりわいとし、ベネズエラで20年以上のきゅう務員経験をもっています。しかし、現地で得られる給料では生活が困難となり、家族と離れて日本で働く道を選びました。

「肉を買えば、米やパスタが買えない。そんな厳しい状況でした。私の生まれ育った美しい国なのにとても残念です」

アブレウさんは、競馬場に隣接するマンションに1人で暮らしています。毎月の給与やレースの賞金が入ると、すぐに大半を母国に送金。家族7人の生活を支えています。


慣れない日本での生活。日本語を十分に話せないアブレウさんが頼りにしてきた人がいます。ペルー人の通訳、ドゥラント・ガブリエルさんです。ガブリエルさんの会社では調教師と契約し、ベネズエラ人きゅう務員のサポートを続けてきました。

「例えばけがのとき、夜中に馬が暴れて救急車来るけれど、病院の中では誰もスペイン語をしゃべらないから、そのときに僕がすぐに出かけます」

現在サポートするベネズエラ人きゅう務員は全国でおよそ40人。役所での手続きなど、生活全般を支援することが彼らの定着につながっているといいます

「僕が日本に来た時、工場で働いても全く何のサポートもなかった。 (ベネズエラ人たちには)サポートが必要だから、そのときに僕がいなかったらかわいそう」

こうした支援サービスにも支えられ、日本で新たな生活を築いたアブレウさん。この4年、家族とは離れたままです。

しかし、母国に残した子どもを経済破綻の中でも私立の学校に通わせられるようになりました。

「家族を残して一人で異国に行くというのはとてもつらいことです。しかし日本で働けば家族にお金を送り養うことができます。私たちにとってこれは非常に大きなチャンスなんです。体力が持つかぎり、日本で仕事を続けようと思っています」


【取材後記】

ベネズエラはもともと馬と歴史的・文化的な結びつきが強いと言われています。古くは19世紀の独立戦争でスペイン軍に勝利した際、英雄シモン・ボリバル率いる騎馬隊が活躍したとされています。現在でも競馬が盛んなほか、馬に乗りながら牧場を経営するカウボーイのような人たちも多く暮らしているそうです。

今回話を聞いたベネズエラ人きゅう務員の方々からも馬への深い愛情を感じました。人材不足に悩む日本の地方競馬場を、経験豊かなベネズエラ人きゅう務員が支えてくれている現状をとても頼もしく感じます。

一方で今回の取材では、経済破綻によってベネズエラの教育や医療が深刻な状態に陥っている実態も聞き、暗澹たる気持ちになりました。私立の学校では毎日授業が行われているものの、公立の学校では教師に支払う給料が不足し、授業が行われない日も多くあるといいます。

また医療に関しては去年、こんなケースがありました。あるベネズエラ人きゅう務員の方が末期のがんを患い、ベネズエラの家族のもとに帰ることを決めました。日本の医師の診断は余命3~5年というものでしたが、ベネズエラに帰国後、十分な治療を受けられずわずか1か月で亡くなってしまったのです。この方のサポートを行ってきた外国人労働者の支援団体「RINK」の古屋哲さんは、「きゅう務員の方の死を目の当たりにし、ベネズエラの医療状況に大きな闇を感じました。とても残念です」と話していました。

ベネズエラ経済は一昨年から好転の兆しを見せていますが、それでも国を後にする人は増え続けています。今後も、ベネズエラから離れ日本や海外で暮らす方々の状況を注視したいと思います。
 

【政経・国際番組部ディレクター 下方 邦夫】
2012年入局 松山局を経て「おはよう日本」「国際報道2023」などを担当
ペルーに2年半滞在しスペイン語を学ぶ
現在は中南米を中心に取材
 

(この動画は6分7秒あります)