北脇昇と日本のシュルレアリスム絵画

NHK
2023年7月2日 午前9:00 公開

北脇昇 「クォ・ヴァディス」 1949年 東京国立近代美術館蔵

日曜美術館ホームページでは放送内容に関連した情報をお届けしています。こちらは7/2放送「「クォ・ヴァディス」の秘密 〜シュルレアリスム画家・北脇昇の戦争〜」に合わせたコラムです。謎めいていることで知られる北脇昇の作品。日本のシュルレアリスム絵画の始まりと北脇昇の作品の背景について解説します。作品を読み解く手がかりにしてください。

日本のシュルレアリスムはいつ生まれたのか?

日本の近代洋画の歴史は外来様式の輸入と吸収の歴史と言えますが、シュルレアリスムに関しては本家のフランスとそれほど時間差なく日本に流入してきました。シュルレアリスムの創始者として知られるフランスの詩人アンドレ・ブルトンが「シュルレアリスム宣言」を発表したのは1924年ですが、それから数年を待たずして、前衛詩人・北園克衛らがつくった雑誌「文芸耽美」にて紹介されています。(「シュルレアリスム宣言」の完全訳が掲載されたのは1928年の『詩と詩論』にて)。シュルレアリスムはまず詩の世界で日本に紹介されました。

古賀春江 「海」 1929年 東京国立近代美術館蔵

その後1930年に美術評論家・瀧口修造がブルトンの「超現実主義と絵画」を訳出。また同年、美術雑誌『アトリエ』で「超現実主義研究」が特集されました。

日本におけるシュルレアリスム絵画の先駆者と言えば古賀春江や福沢一郎です。古賀春江が1929年の第16回二科展において発表した「海」という油絵は後世、日本の美術史におけるシュルレアリスム絵画のスタート地点であったと称されます。

福沢一郎は1924年から31年までフランスに滞在し、その間に制作したシュルレアリスム風の作品を1931年の第1回独立展において発表し注目を集めました。

北脇昇とシュルレアリスム

北脇昇がシュルレアリスムを意識した作品を制作するようになったのはいつからでしょうか。1934年や35年の展覧会に出された作品にはまだそのような作風はなかったようです。しかし1936年には「子供の絵とシュールレアリスト」という、シュルレアリスムに言及する文章を執筆しています。

北脇昇 「空港」 1937年 東京国立近代美術館蔵

1937年。この年は日本の美術界全体においてもシュルレアリスムにまつわる大きなトピックが相次いだ一年でした。まず、6月に海外超現実主義作品展が東京と京都で開催され、その後各地を巡回しました。また美術雑誌『みづゑ』の増刊『海外超現実主義作品集』が刊行されました。日本初となるシュルレアリスム美術の啓蒙的な解説書『シュールレアリズム』が福沢一郎によって上梓されたのもこの年です。

7月に開催された第1回自由美術家協会展では美術家、瑛九によるフォトコラージュを用いた超現実主義的表現が話題を呼びました。

瑛九 「レアル」 1937年 東京国立近代美術館蔵 第1回自由美術家協会展に出品された作品

そして北脇昇も1937年、堰を切ったように超現実主義スタイルの作品を立て続けに世に出します。小説家・村上春樹が2000年に発表した短編集『神の子どもたちはみな踊る』の表紙に使われたことでも知られる作品「空港」が発表されたのもこの年です。

「空港」は楓(かえで)の種子が飛行場に着陸した飛行機のように描かれた作品ですが、ここで採られている手法は、シュルレアリスムの用語でいうところの「デペイズマン」です。「異なった環境におくこと」を意味するフランス語で、本来あるはずのない場所や組み合わせの中にモノを置くことで奇異さや違和感を醸し出す手法です。北脇昇は身近な植物を絵の中でよく用いましたが、1937年の別の作品「独活(うど)」ではウドを、同年の「眠られぬ夜のために」ではホトケノザを、それぞれ奇妙な化け物のように登場させています。

法則や秩序に対する関心

北脇昇「周易解理図(乾坤)」1941年 東京国立近代美術館蔵

1939年に北脇が著した文章「相称と非相称」では、細胞分裂や、植物遺伝学における性染色体数、数学における奇数と偶数の関係、中国の易経などについて言及されていますが、宇宙の秩序や法則といったことに関心があったようです。また『物質と記憶』などの著書で知られるフランスの哲学者ベルクソンの著書を読み込んでいたことも知られています。1939年頃から1942年頃にかけて北脇昇は、数学・易学・色彩学などと関連した作品を集中的に制作しています。

「どこへ行く」を意味する「クォ・ヴァディス」

戦争によって芸術家たちは翻弄されました。北脇昇も同様ですが、終戦の翌年から精力的に活動を再開します。ただ1950年に肺結核と診断され長期療養生活に入り、翌1951年の暮れに50歳でこの世を去りました。結果的に北脇昇が生前公式に発表した最後の作となったのが1949年の「クォ・ヴァディス」です。クォ・ヴァディスとはラテン語で「どこへ行くのか」を意味します。

この絵の真ん中に立っている男性は自分の長男をモデルにして描いたとされていますが、「どこへ行くべきか」とは、北脇自身に向かって投げかけた問いとも言え、しかし同時に、この絵を見る誰もが自身と重ね合わせるのではないでしょうか。男の右側には2つの方向を示す道標が立っていますが、「岐路」「逡巡」などの言葉を連想させます。時代を超えて見る者に普遍的な問いを投げかけ、意識の奥底に訴えかけてくるような絵です。

展覧会情報

東京国立近代美術館(東京・千代田区)で 所蔵作品展「MOMATコレクション」が9/10まで開催中です。今回の番組でご紹介した北脇昇の作品の内、『影(観相学シリーズ)』(1938)が展示されています。それ以外の作品は、現在展示されていません。