マティス “幸せの色彩”の裏にあった画家の苦闘

NHK
2023年6月18日 午前9:00 公開

「豪奢、静寂、逸楽」 1904年 油彩/カンヴァス ポンピドゥー・センター/ 国立近代美術館 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle

日曜美術館ホームページでは放送内容に関連した情報を定期的にお届けしています。こちらは6/18放送「マティス 幸せの色彩」に関連したコラムです。マティスは「私は、いつも、自分の努力の跡をかくそうとしてきた」と手紙の中で綴っています。軽快でうたうような色彩が印象的なマティス作品。その背景にあった画家の苦闘を、今回の展覧会の出品作から探ります。

豪奢、静寂、逸楽

マティスの作品における色彩の爆発が起こる転機になった重要な作品と言えば、1905年に発表された「豪奢、静寂、逸楽」でしょう。1898年、新印象主義の画家ポール・シニャックが書いた論文と出会いその色彩理論から影響を受けます。そして実際にシニャックと親交が生まれると共に1904年、シニャックが拠点にしていたフランス南部の街サン=トロペに滞在。そこでの経験がきっかけで生まれたのがこの作品です。

ただ、本人は違和感も持ち始めていました。その翌年1906年に発表した作品「生きる喜び」ではシニャックの点描手法から完全に逸脱しました。マティスにとっては「いかにして色彩をうたわせることができるか」という探求においてより手応えを得た一枚でしたが、シニャックは「なんともひどいことになっている」と失望、この作品をきっかけに2人の付き合いは完全に断たれました。アンデパンダン展に出品したときの周囲の感想も、その多くは酷評でした。ただ一部の先見的な画商やコレクターの目にとまり、結果的にマティスの画家人生はそこから大きく動き始めることになったのでした。

白とバラ色の頭部

「白とバラ色の頭部」 1914年 油彩/カンヴァス ポンピドゥー・センター/ 国立近代美術館 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle

ピカソが「アヴィニョンの娘たち」を完成させたのが1907年。これをきっかけに、フランスではキュビスムが関心を集めるようになり、ピカソを中心とした画壇の雰囲気ができあがっていました。一方、マティスはロシアやアメリカなどで評価が高まる一方、フランス国内ではマティスは脇役に追いやられ、厳しい評価が続きました。ただマティスとピカソの間には互いを認め合う関係で交流もありました。

マティスはキュビスムに対して「もちろん興味はあった。だが私の奥深くにある感覚的な部分には直接語りかけてこなかった」と語っています。ただ絵画に対するさまざまなアプローチを試す中で、1914年から1917年頃にかけてはキュビスム的な作品も発表しています。娘のマルグリットをモデルにして描いた1914年の作品「白とバラ色の頭部」もそのひとつ。マルグリットの着ていた洋服や頭部のフォルムが幾何学的に変換されキュビスム的な構成へと昇華されています。マティスはこの作品を三角定規と物差しを使ってつくりあげたそうです。

背中I~IV

「背中I~IV」 1909-1930年 ブロンズ ポンピドゥー・センター/ 国立近代美術館 Centre Pompidou, Paris, Musée national d’art moderne-Centre de création industrielle

マティスには、1906年から1913年頃まで、その魅力をいちはやく見出し作品を買い支えたセルゲイ・シチューキンというロシア人コレクターがいました。1910年にシチューキンは「ダンス」と「音楽」を購入しましたが、実はマティスは「川辺の浴女たち」という水浴する女性たちをテーマにした絵画も同時に提案しようと習作をつくっていました。彫刻「背中Ⅰ」はこの習作や「ダンスⅡ」と関連して1909年に制作されたと考えられます。

「背中Ⅱ」は1913年に、「背中Ⅲ」は1916年に制作されていますが、どちらも「川辺の浴女たち」の制作を再開した時期と呼応しています。(「川辺の浴女たち」は何度も制作が再開されつつなかなか完成せず、1917年に幅3.8メートル、高さ2.5メートルを超す大作の油絵として完結しました)。「背中Ⅳ」は、1929年から1930年にかけて「川辺の浴女たち」とは関係なく制作されましたが、この時期マティスは絵がうまく行かない悩みの渦中にいました。彫刻を手掛ける理由についてマティスは「自分の考えを整理するため」と語っています。

「背中Ⅰ」から「背中Ⅳ」までを順に見ていくと、形態や量感が何度も探求されている様子を感じ取ることができます。自分が探しているものを見出そうとする、生涯を通じて変わらなかったマティスの姿勢がよく体感できる作品群です。

展覧会情報

◎展覧会「マティス展」は8/20まで、東京都美術館(東京・台東区)で開催中です。

(※日時指定予約制です)