磯田道史「“学問は、いる”と思った瞬間でした」

NHK
2023年6月19日 午後1:26 公開

歴史学者・磯田道史は、江戸時代を中心に歴史のリアルに迫る、気鋭の研究者。古文書を丹念に読み解き、圧倒的知識を元に人々の暮らしぶりを生き生きと浮かび上がらせる手法は、歴史ファンから絶大な支持を受けている。

好奇心に導かれるまま、なんでも体験して学ぶのが磯田の一貫したスタイル。過去の暮らしや発明を追体験することで、独自の歴史観が形作られていったと語る。


冨永:私は縄文時代、好きなんですよ。縄文の考古学者が書いている本も読みましたけど、諸説あるじゃないですか。

磯田:ありますね。実は縄文に関して言うと、小学校の頃からやってて。

冨永:うん?

磯田:僕、小学校から家から帰ると、ランドセルを天井ぐらいまで放り上げて穴を掘って、竪穴住居を家の庭に作っちゃった。

冨永:なんですか!笑

磯田:それで隣のおばちゃんが、突然出現した怪しいかやぶきの(穴に)、入ってきてのぞいて「磯田くん、何してるの?」って言うんですよ。僕は横に「縄文村」って書いた木札を掛けて、中でソーセージを食べてたっていう。笑。変な小学生でしょ。笑

冨永:いやだーー面白い! 好奇心がすごいんですね。

磯田:そうなんです。

冨永:そこは似てるかもしれない。

磯田:縄文土器はもちろん作りましたよ。これも大変でしたね。

冨永:びっくりです…。

磯田:実はこの縄文土器を開発するために、僕は(古文書の独学から)学校の勉強に戻ったんですよ。何回やっても土器がうまく焼けない。最初バカだから、ちゃんと乾かさずに焼いたら中にある水分が膨張して、乾き切らないと割れるんですよ。何度も破裂するんです。

冨永:どこで焼いたんですか?

磯田:自分の家の庭で、最初は野焼きにしたんですよ。ところが、いくらやっても赤くならないんですよ。

冨永:何色だったんですか。

磯田:茶色とか黒とか、汚い色だらけ。「どうやったらいいんだ」と思ったときに、小学校の図書館へ行って、陶芸の本を探したんですよ。そしたらいい本がありましたね。「(焼き物が赤くなる原因は)鉄分だ」と。要するに、土の中にあるさびのような鉄分が赤くするんだって。

やった!この1行を読んだ瞬間、もう飛んで帰って、家の近所にあった鉄板のさびを集めてじょりじょり細かくして、田んぼの泥と一緒に混ぜて表面に塗り付けて乾かして焼いたんですよ。見事な赤が出ましたね。

冨永:おおーーすごい!

磯田:だからこれ、釉薬(ゆうやく)の原型で。「俺が1年、2年頑張ってもできなかったことが、文字を読んだら一瞬でできる。これは本を読まなきゃいけない」と思いましたね。「やっぱり学問は、いる」と思った瞬間でした。それで本を読み始めたんですよ。色々やった上で(古文書などを)専門で見始めると面白い世界が開けるんですよこれが。

冨永:本当に面白いですね。私も話聞いてて、なんかやりたいですもん。

磯田:やりますか。そういう番組立ち上げますかね。『できるかな縄文』とか。

冨永:やりたい!
 

数々の作品で、時代考証を務める磯田。史実を追求する学問の世界と、娯楽性が求められるフィクションの世界をどう区別しているのか。


冨永:磯田さんが『大奥』を見て、ちょっとここ違うってありましたか。

磯田:あれはもう本質を突けば「吉宗が女性なわけないだろう」だけですよ。

冨永:そもそもがね。

磯田:そこだけですよ、もう。でも、女性にすることによって、かえって見えてくるものがあって。

時代劇論を言うと、僕は時代劇と歴史劇って分けて考えているんですよ。わりに僕、この前作ってもらった『殿、利息でござる!』という映画は史料のとおりにやってるんで、歴史劇。もう1つが時代劇。

「歴史小説」は時代が分かるように描く文学で、「時代小説」はその時代を借りて人間性の面白さや喜怒哀楽を表現するものだと思ってるんですよ。

冨永:ああ、宮部みゆきさんみたいな。

磯田:そうそう。ですから、「時代小説」のほうが意外と、虚でもって実っていうんですかね。フィクションだからこそ本物が見えてくる場合があるんですよ、差分で見えてくるところが。

例えば、イケメンの大奥の男の子たちを全員並べて黒い着物を着せて、暇を申し渡して「出ていけ!」ってやるわけでしょ。これ、男女逆転でやるから、そういうときの人の心情だとか(がわかる)。普段、おじさんたちがあらゆる決定権のある場所を埋め尽くしている日本社会ですよ、現代でも。役員さんとか解説者とか、だんだん女性が増えてきたとはいいながら、僕らみたいなおじさんが偉そうにしているわけですよ。おかしいんですよ、本当は。それをつくった江戸時代が、男女逆転させることによってよく見えてくる。その感じが出せる吉宗の配役は、プロデューサーも演出家もよく考えたな、やっぱりあなたなんですよ。

冨永:めっちゃうれしいですね…本当に!
 
 

2023/6/16 スイッチインタビュー「冨永愛×磯田道史」EP1より