視覚障害者に安全な踏切とは

NHK
2023年7月13日 午後5:34 公開

2022年4月、大和郡山市で目の不自由な女性が電車と接触し、亡くなる事故がありました。痛ましい事故から1年あまり。国が踏切内の安全対策を見直し、県内の一部の踏切には点字ブロックが設置されました。この事故から、どのような教訓が得られ、今後、どう生かすべきかを取材しました。(取材:平塚竜河記者)

2022年4月25日の夕方。大和郡山市の近鉄郡山駅の南、約300メートルの踏切で事故は起きました。亡くなったのは、自宅に帰る途中の目の不自由な女性。現場は、道幅が狭く、非常に交通量の多い踏切でした。

当時の様子を現場近くに設置されていた防犯カメラが記録していました。白じょうを片手に歩く女性が、踏切を渡り終えようとする直前、警報器が鳴って、遮断機が下ります。女性は立ち止まったあと、歩いてきた方向に引き返して、事故に遭いました。

女性はなぜ亡くなったのか。防犯カメラの映像などをもとに、警察や視覚障害者の団体は、女性が踏切の中にいるのか、外にいるのか、わからなくなった可能性を指摘しています。事故が起きた時、踏切の中に点字ブロックがなく、踏切の外の設置されていた点字ブロックも一部はがれた状態で放置されていました。

事故から2か月後。国もこの事故をきっかけに安全対策を見直します。従来のガイドラインを改定し、踏切内に点字ブロックを設置するよう自治体や鉄道会社に促しました。

こうした動きを受け、この1年間あまりで、現場の踏切や香芝市など、県内4か所の踏切に点字ブロックが設置されました。

そのうちの1つ、橿原市の近鉄八木西口駅近くの踏切には、「奈良モデル」と呼ばれるタイプの点字ブロックが導入されました。このブロック、事故のあと、奈良県内の視覚障害者の団体や国、自治体などが意見を出し合って開発された、文字どおり、奈良発祥のモデルです。大きな特徴は、点状の凹凸の脇につけられた、棒状の凹凸にあります。目の不自由な人からは、従来の点状の凹凸だけのタイプでは、踏切の中を歩いていると、徐々にそれていってしまうという意見がありました。このため、進行方向をつかみやすいよう、棒状の凹凸をつけたということです。

ことし6月。目の不自由な人たちがこの「奈良モデル」を体験する催しが開かれました。

参加者たちは白じょうや足でブロックの感触を入念に確認。「もっとわかりやすくするためにもう少し凹凸を大きくして欲しい」という意見があったものの、「あると安心する」とか「もっと増やして欲しい」と評価する声が多くありました。

この点字ブロックの開発に携わった視覚障害者団体の辰巳壽啓会長は、踏切に「奈良モデル」の点字ブロックを設置するのが、現時点では最善の形だとしています。その上で辰巳会長は「県内には、JR近鉄含めて600の踏切があると聞いていますので、まず、危険なところから設置するよう、行政、鉄道会社に要望していきたい」と話しています。

一方、点字ブロックとは別の形で、踏切内の安全を確保しようとする鉄道会社もあります。

兵庫県・神戸市に本社を置く山陽電鉄では、2年前から踏切内を監視するAIカメラを導入し始めています。

このシステムでは、遮断機がおりて、踏切内に人が取り残されると、AIが自動で検知します。すぐさま近くの信号が赤になるとともに、電車の運転手に停車を呼びかけ、さらに自動でブレーキがかかる仕組みです。

この装置が実際に稼働した時の映像を見せてもらいました。手押し車の高齢の女性が線路の溝につまずいて転倒。その後、遮断機が下り始めます。

女性は周囲の人に助け出されましたが、異常を検知したAIのシステムが働いて、電車も踏切の手前で停車しました。

山陽電鉄は、この装置を人や車の通行が多い4つの踏切に設置していて、ことし5月の1か月間で30件以上の異常を検知したということです。

山陽電鉄 運転教育課 南山壽リーダー

「この4か所につきましては(AIシステム)導入以後、事故自体は発生していません。すべての歩行者に有効なシステムではないかと考えています。」

山陽電鉄は、踏切内の安全性をさらに高めるため、AIカメラを増やしていくとともに、点字ブロックの導入も検討するということです。

大和郡山市の事故を教訓に、徐々に進んでいる踏切内の安全対策。バリアフリーに詳しい専門家は、踏切内の安全性を高める機運が高まってきたことを評価する一方、私たち歩行者が果たすべき役割についても指摘しています。

アール医療専門職大学 徳田克己教授

「点字ブロックをつけたり、それ以外の安全装置をつけたり、機械や装置によって踏切内の安全を守るという方法と、人の目によるバリアフリーで地域を見守ること。この2つが車の両輪となってやっていくと障害がある人がもっともっと社会に出られると思います。」

踏切を管轄する近畿地方整備局によりますと、事故後、関西2府4県で点字ブロックが設置された踏切は11か所にとどまります。少しずつ対策が進んでいるものの、そのペースは決して早いとは言えません。取材の中で、視覚障害者団体の方から「視覚障害者に優しい踏切は、子どもにも高齢者にも優しい踏切だ」という話を聞きました。すべての人が安心して暮らせるまちをどうつくればよいのか、その手がかりをこれからも伝えていきたいと思います。

(取材:平塚竜河記者)

2020年入局。奈良局が初任地。大和郡山市の踏切事故を発生当初から取材。